☆21かいめ☆ 銀色の魔獣を鎮めよ
「さて。飯も食ったことだし、今日は部屋の大掃除をするぞ」
最後の皿を洗い終え、タオルで手を拭きながら大地が高らかに宣言した。
その言葉を聞いた瞬間、食後のお茶を啜っていたラビリスの顔が歪んだ。
「ぬ、掃除じゃと……?貴様、満腹の余に、そのような下働きを強いる気か?掃除など、風魔法で吹き飛ばせば一瞬ではないか」
「……魔法使えないだろ。……なんだ、その露骨にイヤそうな顔は。イヤがっても無駄だからな。今日は昨日買った、少し大きめの荷物が届くんだ。スペースを空けとかないと、置き場がないだろ」
大地は仁王立ちで、散らかった部屋(主にラビリスが広げた戦利品)を見渡した。
「なに?まだ何か買っておったのか? ……ふん、どうせ貴様の趣味のガラクタであろう」
「……いいのか?そんなこと言って。ていうか、さっきまでお前が我が物顔で占領してた布団、あれ俺のだからな?お前、昨日俺がどこで寝たか知ってるか?ソファだぞ、ソファ」
「……知らぬ。余が目覚めた時、そこは余の聖域であった」
悪びれる様子もなく言い放つラビリスに、大地は呆れつつも続けた。
「だから、お前専用の『新しい布団』を買っておいたんだよ。フカフカのやつな。それとベッドと、昨日買った服をしまうための『ラック』も届く」
「……ほぅ?余、専用の……寝床と、衣装棚か?」
ラビリスの表情がピクリと動く。
掃除は面倒だ。だが、「自分専用」の家具が増えるということは、即ちこの部屋における彼女の「支配領域」が拡大することを意味する。
「……ふむ。余の服を床に散乱させておくのは、確かに王族として美しくない。……それに、貴様の煎餅布団から、新品の極上寝具へとランクアップするのも悪くない話じゃ」
「煎餅布団言うな。……で、どうする?手伝うか?それとも、新しい布団が届いても置く場所がなくて、玄関で寝るか?」
「……ぐぬぬ。……よかろう!この余が直々に、部屋の掃除を手伝ってやろうではないか!感謝せよ、大地!」
「はいはい。じゃあまずは、その辺に散らばってるお前のパンツ……じゃなくて『内なる鎧』を片付けろ!」
――数十分後。
「よぉーし!これで一旦、散らかったものはあらかた片付いたな。……じゃあ、お次は『掃除機』の出番だ」
部屋の隅に積み上げられたダンボールや服の山を満足げに眺め、大地は腕まくりをしてクローゼットの奥へと手を伸ばした。
「そーじき?」
聞き慣れない響きに、ラビリスが小首を傾げる。
「あぁ。床に落ちてる埃とか髪の毛とか、そういう目に見えにくい敵を一網打尽にして吸い取る機械だ」
大地が引きずり出してきたのは、長いホースと、銀色に光るボディを持つ掃除機だった。
「ほほぅ……。塵芥を一掃できるというわけか。見た目は……長い鼻を持つ、奇妙な魔獣に見えなくもないが」
ラビリスは、大地の足元でとぐろを巻く電源コードと、蛇のようなホースを興味深そうに観察した。
「……まぁ、そういうことだ。今後、掃除当番でお前がこいつを使うこともあるからな。折角だから、今日は特別にお前にその『指揮権』を譲ってやろう」
「なに?余にこの魔獣の手綱を握らせるというのか? ……ふん、よかろう!吸い込むだけの機械など、赤子の手をひねるようなものよ!」
大地からノズルを受け取ったラビリスは、聖剣でも構えるかのような真剣な眼差しで、切っ先を床に向けた。
「よし、電源入れるぞ。……いくぞ!」
大地が本体のボタンを足でポンと踏んだ、その瞬間。
『ギュイイイイイイィィィィィ――ン!!!!』
「ぬぉっ!!??」
部屋中に響き渡るモーターの轟音。
それと同時に、ノズルの先端が床に張り付き、強烈な吸引力でラビリスの腕をグイと引っ張った。
「だ、大地!待て、こやつ、床を食おうとしておるぞ!凄まじい吸引力じゃ!油断すると余の魂まで吸い尽くされそうじゃ!!」
「大げさなんだよ!そのまま前に押せ!ゴミがあるところを狙うんだ!」
「えぇい、黙れ!今、この暴れる魔獣を抑え込むのに必死なのじゃ!!くっ、鎮まれ!鎮まらぬか『そーじき』よ!!」
轟音を上げる機械と、へっぴり腰でノズルとしがみ合う少女。
そして、その騒音に驚いた黒猫のリキが、毛を逆立ててカーテンレールの上へと緊急退避する
平穏だった休日の朝は、一瞬にして掃除という名の戦場へと変貌を遂げた。
ラビリスはときにカーテンを吸い込み、ウサギウスを吸い込み、大地の足にノズルをぶつけて悶絶させながらも、懸命に掃除に励んだ。
そして――。
『……ブシュゥゥゥ……ン』
大地の操作によって電源が切られ、唸りを上げていた魔獣は、ようやくその長い息を吐き出した。
「はぁ、はぁ……。ど、どうじゃ……!貴様の足首を一つ犠牲にしたが、ついにこの暴れ馬を乗りこなしてやったぞ……!」
ラビリスは肩で息をしながら、勝利のポーズでノズルを高々と掲げた。
額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「……足首どころか、スネを直撃されたんだけどな。……痛ってぇ」
彼はズボンを捲り上げ、赤くなったスネをさすりながら苦笑した。
だが、顔を上げると、その表情は少しだけ柔らかくなる。
「ま、でも見てみろよ。床、ピカピカだぞ」
「……む?」
彼女が視線を下ろすと、そこには埃一つなく、窓からの陽光を反射して輝くフローリングが広がっていた。
部屋の隅に追いやられていたリキも、安全を確認したのか降りてきて、興味深そうに床の匂いを嗅いでいる。
「……おぉ。なんと清浄な空気じゃ。部屋の淀みが消え失せ、光に満ちておる……」
「だろ?掃除機かけた甲斐があったな」
「うむ!これでこそ、魔王の娘の居城に相応しいというもの――」
ピンポーーーン。
その時、部屋の空気を切り裂くように、玄関のチャイムが鳴り響いた。
「なっ!?敵襲か!?油断したところを狙うとは卑怯な!」
即座に掃除機のノズルを構え直すラビリス。
「違うって。……ほら、言っただろ。お前の『城』のパーツが届いたんだよ」
大地が足を引きずりながら玄関を開けると、そこには台車に積まれた巨大なダンボール箱を抱えた配達員二人が立っていた。
「お届けものでーす!こちら、ハンガーラックとベッド、お布団のセットですねー!」
運び込まれたのは、ラビリスの背丈よりも遥かに大きな、三つの箱だった。
「……で、でかい。大地よ、この箱の中に、本当に余の寝床が入っておるのか? まさか、この箱そのものが余の寝床になるわけではあるまいな?」
「や、猫じゃねぇんだから。……ほら、開けるぞ。手伝え」
ついに、ラビリス専用の「領土」が、この部屋に顕現する瞬間がやってきた。




