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どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜  作者: 彩月鳴


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20/79

☆20かいめ☆ 新しい朝がきた!

カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝陽が、ラビリスの白銀の髪をキラキラと輝かせる。

どこか遠くで鳴くスズメのさえずりに誘われるように、彼女はゆっくりと瞼を開いた。


「……ふむ。ここは……。そうか、大地の本営であったな」


視界に入ったのは、見慣れぬ天井と、すぐ隣で寄り添うように横になったウサギウス一世の姿。

昨夜、寝落ちしてしまった恥ずかしい記憶が微かに蘇り、ラビリスはシーツを鼻先まで引き上げた。


――と、その時。

布団の中に、ウサギウスとは反対側、自分の腰のあたりに「奇妙な違和感」があることに気づいた。


「……なんじゃ?布団の中に、何か『伏兵』が紛れ込んでおるような……」


もふもふとして、なにやら異様に温かい。

しかも、耳を澄ませると「ゴロゴロ……」という、地響きのような、だが心地よい一定のリズムの振動が伝わってくる。


ラビリスは、布団の中でうごめくその「塊」を、確かめるように恐る恐る指先でつついてみた。


その瞬間。


「……ンニャ?」


短く、低く、どこか聞き覚えのある声が聞こえた。


「――っ!?」


ラビリスの全身に電流が走る。

この、喉の奥を鳴らすような独特の響き。

彼女の脳裏に、昨日の朝の腹の重み、そしてザラザラとした舌の感触が鮮烈に蘇った。


(ま、まさか……あの漆黒の魔獣『リキ』か!?なぜ、なぜ余の寝床におるのじゃ!)


恐る恐る布団を覗き込むと、そこには黄金の瞳を半分だけ開け、あからさまに「寝ているのを邪魔された」という不機嫌そうな顔をしたリキが丸くなっていた。


「……ひっ。き、貴様……!なぜここにおる!余の……余の、寝首を掻こうという魂胆か!?」


ラビリスは顔を真っ青にして、隣のウサギウス一世を抱きしめた。

しかし、リキの方はといえば、威嚇をする気配は微塵もない。

それどころか、ラビリスに「おい、狭いんだよ。もっと端に寄れ」とでも言いたげに、尻尾で彼女の腰をペシッと叩き、再び丸くなってしまった。


「な……っ!?い、今、余を叩いたか?この魔王の娘を、あしらうように尻尾で……!」


リキは一度だけ面倒くさそうに「フンッ」と鼻を鳴らすと、ラビリスのパジャマの裾に顔を押し付け、再び深い眠りへと落ちていく。


「……ひぃっ!?貴様、余に対して媚びを売るというのか!昨日、あのような仕打ちをしておいて!!」

ガタガタと震え、口では峻烈な言葉を吐きつつも、その指先はリキの背中を、無意識のうちに優しく撫で始めていた。


「……ふむ。……おぉ。……なんという極上の毛並みじゃ。……よ、よかろう。貴様の主の君主たる余の慈悲により、今ばかりはここで眠ることを許してやるわ……」

震える手で、リキの背中を恐る恐る撫でるラビリス。


彼は薄目を開けることすらせず、確信犯的な「ゴロゴロ」を鳴らし続けた。

それはもはや威嚇ではなく、この「新入り」を自分の暖房器具代わりに認定したという、リキなりの宣言であった。



「お。起きてたのか?ぐっすりだったな。もうすぐ飯の準備ができるから、顔洗ってさっぱりしてこい」

仕切り越しに聞こえる大地の声は、どこか眠たげで、けれど確かな温かみを持っていた。


ラビリスは布団の中で身じろぎし、腰に密着している「黒き熱源」――リキを再び見下ろした。


「……だそうじゃ。残念じゃったな、漆黒の魔獣よ。こうなった以上、この余がいつまでも貴様の添い寝に付き合ってやるわけにはいかぬ」


ラビリスは布団の隙間からリキに囁きかける。

だが、リキは返事をする代わりに、フンスと鼻を鳴らしてさらに丸まり、彼女のパジャマを「ふにふに」と前足で捏ね始めた。


「…………」


リキの喉から響く、低く心地よい「ゴロゴロ」という振動。

昨日、あれほど震え上がったはずなのに、彼女は動けないような動きたくないような奇妙な感覚を覚えた。


「……も、もう少しだけじゃぞ。……貴様があまりにも熱心に余の加護を求めて離れぬゆえ、仕方のないことじゃ。感謝するがよい」

ラビリスは、言い訳をするように小さく呟くと、めくっていた布団をそっと元に戻した。


キッチンから漂う朝食の香りと、布団の中のぬくもり。

髪をシーツに散らしながら、ラビリスは「もう数分の猶予」という名の贅沢を噛みしめるのだった。




――数分後。




「……やっぱり二度寝してやがったな、こいつ」


キッチンから様子を見に来た大地は、布団の中で芋虫のように丸まっている「小さな塊」を見て、こめかみをピクリと動かした。

昨夜の殊勝な寝言はどこへやら、今のラビリスは現代の悪魔的習慣『二度寝』の深淵にどっぷりと浸かっている。


「おい、飯ができたぞ!いつまで寝てんだ、さっさと起きろって!」


「ハッ……!?」


大地の大きな声に、ラビリスはバッと上半身を起こした。

髪はあちこち跳ね、寝ぼけ眼で辺りを見回す姿は、威厳も何もない。


「ったく。珍しく早起きして作ったんだからな。冷める前に食うぞ。ほら、さっさと立て」


「……ね、ね、眠ってなどおらぬ!余は……そう、先ほどからこの漆黒の魔獣リキが余の腰にまとわりつき、一歩も動けぬよう封印術をかけておったから仕方なく……!」

ラビリスは顔を真っ赤にしながら、布団の隣を指差して必死に抗議した。


しかし、大地は冷めた目で彼女を見下ろし、親指で背後のリビングを指した。


「……リキなら、あそこにいるが?」


「……え?」


ラビリスが凍りついたように視線を向ける。

そこには、朝日が差し込むソファの上で、無敵の「香箱座り」で鎮座するリキの姿があった。


彼は大きく欠伸をすると、まるで「何を一人で騒いでるんだ、この小娘は」と言いたげな、冷ややかで知性溢れる黄金の瞳を彼女に向けた。


「…………なっ」


布団の中には、リキがいたはずの微かな温もりだけが虚しく残っている。

いつの間にか、彼女を「湯たんぽ」代わりにしていた魔獣は、主の食事の気配を察して早々に戦線を離脱していたのだ。


「……あ、あの裏切り者め……っ!余にさんざん甘えておきながら、自分だけ先に撤退するとは……!卑怯なりリキ!敵前逃亡は軍規違反じゃぞ!!」


「はぁ。いいから顔洗ってこい」


「ぐぬぬぬ……!」


ラビリスは裏切りのショックに、ワナワナと震えながら洗面所へと向かっていった。




「……ふん、裏切りの魔獣リキよ。あとでじっくり軍法会議じゃからな」


ラビリスは顔を洗い終えると、ソファで澄ましている黒猫を恨めしそうに睨みつけながら、よろよろと食卓についた。

髪はあちこち跳ねていたが、キッチンから漂う「昨日とは違う香ばしい匂い」が、彼女の食欲を強引に叩き起こす。


「……なんじゃ、これは。昨日とはまた趣が違うのぅ」


テーブルの上に並べられたのは四つの器。

炊き立ての湯気を上げる白米。黄金色の層が重なる卵。琥珀色の汁物。

そして――何やら怪しげに「糸」を引く小鉢。


「これがこの国の、基本の『朝食』だ。……ほら、まずはその『卵焼き』から食ってみろ。昨日のオムライスとはまた違う味付けだからな」


「ほぅ……。この黄金の巻物のような物体が、卵の進化系か」


ラビリスはフォークで、卵焼きを一口運んだ。


「――っ!おぉ……!昨日のオムライスとはまた違う深みのある味。旨味を凝縮した汁がじゅわりと溢れ出し、口の中を優しく浄化してゆくようじゃ……。美味い、美味いぞ大地!」


「そりゃよかった。……で、問題は次だ」


大地が指差した小鉢の中で、茶色の豆がひしめき合っている。

ラビリスがフォークを突っ込み、持ち上げようとした瞬間――。


「なっ……!?な、なんじゃこれは!!」


持ち上げた豆から細い糸が無数に伸び、彼女の手元と器の間を蜘蛛の巣のように繋ぎ止めた。


「だ、大地!この豆、生きておるぞ!粘り気のある魔力を放ち、余の動きを封じようとしておる!!」


「落ち着け、それは『なっとう』だ。大豆を腐らせ……じゃなくて、発酵させた……まぁチーズの親戚みたいなもんだ。よく混ぜて、その白米の上に乗せて食うんだ」


「く、腐……っ!?そなた、魔王の娘に腐った豆を食わせるというのか!しかもこの、鼻を突く独特の芳香……。うっぷ。もしや、泥沼を煮詰めた禁忌の毒薬では……」


「いいから食ってみろ。食わず嫌いは魔王の娘の名が廃るぞ?」


「ぐぬ。そなたそれを言えば余が動くと思っておらぬか……?」

ラビリスは顔をひきつらせながらも、大地の挑発に乗り、糸を引く納豆を恐る恐る口に運んだ。


ズズッ。


「…………ッ!?」


衝撃が走る。

強烈な香りに反して、口の中に広がるのは深い豆の旨味と、タレの塩気。そして、それらを全て包み込む白いごはんの圧倒的な包容力。


「……なんじゃ、この『ねばねば』は……。最初は不快であったはずなのに、噛むほどに米の甘みと混ざり合い、喉を通る頃には……さらなる一口を求めて、余の魂が渇望しておる……!」


「はは、だろ?納豆の魔力に気づいたか。……味噌汁も飲めよ。落ち着くぞ」


ラビリスは味噌汁を啜り、ふぅ……と深い吐息をついた。

派手な衝撃はない。だが、体中が目覚めていくような、穏やかな充足感。


「……大地よ。そなたら人間は、毎朝このような『儀式』を行っておるのか。……派手さはないが、一日を始めるための力が湧き上がるようじゃ」


「まぁ、パンの日もあるし、毎朝ってわけでもないけどな」


寝ぐせを揺らしながら、ラビリスは一心不乱に米を口に運び続けた。

足元では、自分もご飯を食べ終わったリキが、満足げに顔を洗っている。

小さなアパートの食卓。そこには、昨日よりも少しだけこの世界に馴染んだ、少女の笑顔があった。

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