表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜  作者: 彩月鳴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/79

☆19かいめ☆ おやすみ

「……ふぅ。この『ぱじゃま』なる衣……格別に着心地がよいな。まるで、極上の羽毛を全身に纏っておるようじゃ」


脱衣所の扉を開けて現れたラビリスは、感心したように自分の袖をさすっていた。

真っ白な肌の血色がよくなり、頬がピンク色に染まっている。

大地が選んだパジャマは、彼女の華奢な体には少しだけ大きく、手首まで隠れた袖が「萌え袖」のようになって、彼女の幼さをいっそう際立たせていた。


「それは寝るときにだけ着る服だからな。肌ざわりもいいし、締め付けがないから開放感があるだろ?」


「うむ。寝るためだけにこれほど贅沢な衣を用意するとは。そなたら人間の睡眠に対する執着、侮れんな……」



ラビリスは、床に届きそうな裾を気にしながらソファの前に立つと、少しだけもぞもぞと腰のあたりを動かした。


「……しかし。この、下側に纏わされた『内なる鎧(パンツ)』は、少々窮屈ではないか?衣の開放感が、この一点において阻害されておる気がするのじゃが……」


眉をひそめ、慣れない下着の感触に抗議の視線を送るラビリス。


「それは大事な肌着だから我慢しろ。……いいか、それがお前を守る『最後の防壁』なんだ。慣れれば履いてることすら忘れるようになる。それが現代人の第一歩だ」


「……ふん。履いているのを忘れるほどの一体化か。……よかろう、そこまで言うのなら耐えてみせようではないか。これもまた、この地を統べるための修行というわけじゃな」


ラビリスは渋々ながらも納得し、ぽふっとソファに腰を下ろした。

柔らかな布に包まれた彼女からは、先ほど大地が教えたボディソープの、淡い花の香りがふわりと漂う。


(……やれやれ。中身は魔王の娘でも、まだまだ世話のかかるお子様って感じだな……)


ソファでくつろぐ彼女を見て、大地は心の底から安堵した。

彼女がようやくこの世界の「日常」の中に一歩踏み込んだのだと、そのパジャマ姿が証明していた。




「それよりほら、そのままだと風邪を引くからな。仕上げに髪を乾かすぞ」


そう言って大地が取り出したのは、流線型のフォルムをした、どこか近未来的な雰囲気を感じさせるドライヤーだった。

自分は短髪で、普段はタオル一枚で済ませてしまう彼だが、この時のために、モール内の家電量販店で「一番髪が痛まないやつを」と店員に詰め寄って購入した逸品だ。



「なんじゃそれは?奇妙な形をしておるな。それに髪の水分なら、先ほど『たおる』とやらで十分に拭き取ったぞ。これ以上、何をせよと言うのじゃ」


ラビリスは、湿り気を帯びた髪を肩に散らし、不信感たっぷりにその機械を睨みつけた。


「いや、それじゃまだ不十分だ。お前の髪は長いし、放っておくと傷んじまうからな。……いいか、これはお前のために、店員さんに相談してちょっと奮発して買ったんだ。お前の髪は……その、綺麗だからな」


さらりと、だが本心を混ぜて告げると、ラビリスは一瞬だけ丸い瞳をさらに大きく見開いた。


「……き、綺麗じゃと?当たり前じゃ!余の美貌は魔族の中でも語り草……。……ふ、ふん。そなた、下僕の分際でなかなか見る目があるではないか。そこまで言うのであれば、その貢ぎ物の性能、確かめてやろうではないか」


(いや、そこまで褒めてはないんだが……ま、いいか)


誇らしげにドライヤーを掲げる大地に対し、ラビリスはどこか照れくさそうに、だが満足げに顎を引いてソファに座り直した。



「よし、じゃあ行くぞ。……驚くなよ?」


大地がスイッチを入れた瞬間、「ゴォォォォォーッ!!」という重厚な風切り音が狭い部屋に響き渡った。


「――ッ!?な、なんじゃこの咆哮は!そなた、家の中に小型のワイバーンでも飼っておるのか!!」


「ワイバーンじゃない、ただの風だ!ほら、じっとしてろ」


最初は熱風に身を固くしていたラビリスだったが、大地の大きな手が優しく髪を梳き、温かな風が頭皮を包み込む感触に触れると、次第にその強張りが解けていった。


「……ほぅ。……おぉ……。これは、なんとも形容しがたい心地よさじゃな……。温かな魔力の奔流が、髪の一本一本に命を吹き込んでゆくようじゃ……」


「だろ?マイナスイオン……って、まぁ髪に良い精霊みたいなのが出てるらしいぞ」


「精霊……。なるほど、そなたが奮発したと言うだけのことはある。余の髪が、先ほどよりも輝きを増しておるのがわかるぞ……」


ドライヤーの音に紛れて、ラビリスの小さな吐息が漏れる。

大地の不器用ながらも丁寧な手つきと、高級ドライヤーがもたらす極上の温風。

今日一日の疲れが、その温かな風と共に、少しずつ、少しずつ溶け出していくようだった。



――数分後。



「……よし、こんなもんだろ」


大地がスイッチを切ると、それまで室内を騒がせていた風の咆哮が消え、しんとした静寂が戻ってきた。

そこには、湿り気を失ってふわりと舞い上がり、まるで月の光を紡いだような、見事な白銀の髪をなびかせるラビリスの姿があった。


「……おぉ!大地、見てみよ!余の髪が、先ほどよりも一層、神々しい輝きを放っておるぞ!」


ラビリスは自分の髪を指先ですくい上げ、うっとりと眺めた。

奮発したドライヤーの効果は絶大だった。パサつき一つないその髪は、指の間をさらさらと滑り落ち、まるで絹のような光沢を放っている。



「本当だな。……店員が『天使の輪ができる』とか言ってたけど、あながち嘘じゃなかったみたいだ」


「てんし……?まさか余の髪に宿敵の加護を求めるとは不届きな。……じゃが、この指通り。まるで風そのものを纏っておるようじゃ……。ふふ、ふふふ……」

自分の髪のあまりの心地よさに、ラビリスは何度もその感触を確かめていた。




それからしばらくすると、温かな風呂、満腹のお腹、そして心地よい温風の抱擁――。

重なり合った「安らぎ」の波が、ついに彼女の限界を打ち破ろうとしていた。


「……ん、……ぅ……」


「……おい、ラビリス?」


「……う、うむ。……余は、まだ、起きておるぞ……。魔王の娘たるもの、これしきで、意識を……手放す、など……」


そう口にしながらも、彼女の瞼は重く垂れ下がっている。

コクン、コクンと、白銀の頭が危うげに揺れる。



「……大地。……あの、うさぎ……うさぎうす、は……?」


「あぁ、ちゃんと布団で待ってるよ。……ほら、もう寝ろ。今日はいっぱいはしゃいだからな」


「……う、うむ。……よかろう。……余も……しばし、冥界の……視察に……行って……」


最後の方は、もはや言葉にすらなっていなかった。

ラビリスはふらふらと立ち上がろうとしたが、そのままソファに倒れ込みそうになる。

大地は慌ててその小さな体を支え、軽く抱え上げた。


(……軽いな。さっきまであんなに偉そうに暴れてたクセに)


抱き上げた彼女からは、お日様のような髪の香りと、ボディソープの残り香がした。

大地は、ウサギウス一世が鎮座する布団へと、小さな魔王の娘をゆっくりと運び始めた。




彼は、腕の中で完全に脱力したラビリスを、落とさないよう慎重に運び、布団へと下ろした。

そこには、彼女の配下である特務工作員・ウサギウス一世が、静かに主の帰還を待っていた。


「……よし、着地。……おやすみ、ラビリス」


枕に頭を沈めた瞬間、彼女の白銀の髪がシーツの上にさらりと広がる。

部屋の灯りを反射して、まるで星屑のように微かな光を放った。

ラビリスは無意識のうちに隣にいたウサギウスの腕を引き寄せ、そのふかふかの腹に顔を埋める。


「……ん、……ぅ……」



大地はしばらくの間、その小さな寝顔をじっと見つめていた。

昨日、この少女と出会った時の殺伐とした空気は、もうどこにもない。

あるのは、ただの「今日一日を全力で遊びきった、一人の女の子」の穏やかな寝息だけだ。


(……てりやきに、おもちゃに、下着に、パフェか。……。……一日で一ヶ月分くらいは疲れたな)


大地は苦笑し、彼女に布団を肩までかけた。

自分の静かだった独身生活は、今日という日を境に、二度と元の形には戻らないだろう。

金は飛ぶ、神経は削れる、そして世間の目という「物理攻撃」にも耐え続けなければならない。


けれど。



「……ぱぱ、……っ……。……ありが、と……」



消え入るような、微かな寝言。

それは、魔王の娘としての傲慢な命令でも、プライドの裏返しの強がりでもない。

ラビリスの心の奥底から漏れ出した、純粋で、無防備な感謝の言葉だった。



「…………。……。……どういたしまして」



大地は一瞬、不意を突かれたように目を見開き、それから今日一番の優しい笑みを浮かべた。

その一言だけで、今日一日のあらゆる疲れが報われたような気がした。


彼は立ち上がり、壁のスイッチに手をかけた。


「……さぁて。明日からは、もう少し『パパ』らしい献立でも考えるか」


パチンと音がして、部屋の明かりが消える。

カーテンの隙間から差し込む月明かりが、寄り添って眠る少女と真っ白なぬいぐるみを、静かに照らし出していた。


不器用な中年男と、居場所を失った魔王の娘。

二人の、奇妙で、騒がしく、そして温かな新しい生活の一日目は、こうして静かに幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ