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どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜  作者: 彩月鳴


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☆24かいめ☆ 黄金の沼と、味の錬金術

「……よし。では、早速『調理』を開始する」


大地は袖をまくり上げ、キッチンの前に仁王立ちして仰々しく宣言した。

その背中からは、まるで伝説の剣を鍛え上げる鍛冶師のような、謎の気迫が漂っている。


「ゴクリ……」


ラビリスは固唾を飲んで見守った。


(来るか……!炎の魔法か、それとも氷の刃による高速解体か……!)



カパッ。


大地が炊飯器を開ける。立ち上る真っ白な湯気。

彼は慣れた手つきで、二つの茶碗にほかほかのご飯をよそった。

ここまではいい。これはあくまで「土台」だ。


そして。


大地はゆっくりと冷蔵庫の扉を開け、パックの中から「生卵」を二つ取り出した。


カチャ。


それを、ご飯が乗ったトレイの横に、コトッと置いた。



「…………よし」


大地は満足げに頷き、ラビリスの方を振り返った。


「……完成だ」


「えっ!!!!?」


ラビリスの目が点になった。

時が止まったかのような静寂。

彼女はトレイの上と、大地の顔を数回往復して見た。



「か、完成……じゃと?貴様、今、何をした?飯を器に移し、冷えた庫内から卵を取り出した……ただそれだけではないか!」


「いや、それがTKGの全てだ。これ以上、何を足す必要がある?」


大地は不敵な笑みを浮かべ、やれやれといった様相で返す。


「火は!?呪文は!?秘伝のタレを煮込む工程はどこへ行ったのじゃ!!」


「生って言ったろ?あとタレならこれだ」


彼がドンッとキッチンの調理スペースに置いたのは、市販の醤油ボトル一本。



「……き、貴様ぁ……。余を謀ったな!?これは料理ではない!ただの『素材の陳列』じゃ!」


あまりの手抜き……もとい、シンプルすぎる工程に、ラビリスはプルプルと震えて抗議した。

だが、大地は不敵な笑みを崩さない。


「ふっ。甘いなラビリス。このシンプルさこそが、素材の味を極限まで引き出すんだよ。……さぁ、席に着け。本当の戦いはこれからだぞ」




席に着いた大地は、不機嫌そうなラビリスに余裕の表情で声をかけた。


「よし、じゃあ食べるとするか。いいか?見てろよ?」


コンコン。


テーブルの上で卵を軽く叩く音が、リズミカルに響く。


パカッ。


慣れた手つきで殻が開かれ、生卵がほかほかの白いご飯へとダイブする。

とろりとした透明な白身と、プルプルと揺れる黄金の黄身。

そのあまりに鮮やかな手際に、ラビリスは思わず「おぉ……」と声を漏らした。



「こんな感じで卵を割るんだ。……ほら、お前もやってみるか?」


大地は言いながら、ラビリスの手元に小さな器(失敗してもいい用の小鉢)を差し出した。


「ふ、ふん。そなたにできて、この余にできぬ道理はない!見ておるがよい」


ラビリスは意気込んで卵を手に取った。

だが、その指先は微かに震えている。


(……ぬぅ。なんという脆さじゃ。少しでも力を込めれば、この場で爆散しそうな気配がするぞ……)


彼女にとって、この小さな球体は、魔剣よりも扱いが難しい「危険物」に思えた。



「い、いくぞ……!」


ゴンッ!


「あ」


気合を入れすぎた。

鈍い音と共に、卵の殻は綺麗に割れるどころか、側面がベコリと陥没してしまった。


「ぬ、ぬあぁぁぁッ!?中身が、中身が漏れ出しておる!!」


「落ち着け!器の上だ!そのまま開け!」


大地の指示に従い、ラビリスは慌てて殻をこじ開けた。

ドロッと器に落ちた黄身と白身。……そして、パラパラと降り注いだ「白い破片」。


「……ぐぬぬ。し、失敗じゃ……。無惨にも、殻の破片が混入してしもうた……」


肩を落とすラビリス。

しかし、大地は苦笑しながら箸を伸ばした。


「大丈夫だって。初めてにしちゃ上出来だ。……ほら、こうやって箸先で殻をつまめば……」


大地は器用な手つきで、白身の中に浮かぶ小さな殻の欠片を一つ、また一つと取り除いていく。


「……む。……器用なものじゃな」



「さ、これでお前も『卵割り』の儀式は完了だ。……それをご飯にかけて、醤油を垂らしてかき混ぜろ」


「……う、うむ」


ラビリスは、綺麗になった生卵を、恐る恐る自分の茶碗へと流し込んだ。

白い山頂に黄金の太陽が輝く。

その光景は、彼女が想像していた「ゲテモノ」とは違い、どこか神々しさすら感じさせるものだった。



「あ、醤油は少しだけにしろよ?あんまり入れると塩辛くなるからな」


ラビリスは頷くと、醤油を数滴垂らし茶碗の中を覗いた。


(ほ、本当に食べて大丈夫なのか?見た目は悪くないが、生の卵とは……)


恐る恐るスプーンを差し込み、大地に教わった通りにかき混ぜてみる。

黄身が崩れ、透明な白身と混ざり合い、真っ白だったご飯が徐々に黄色く染まっていく。



ネチャ……グチャ……。



「……だ、大地よ。これは……失敗ではないのか?」


ラビリスの手が止まる。

茶碗の中には、黄金色といえば聞こえはいいが、ドロドロとした粘液にまみれた何かが広がっていた。


「見よ、この惨状を。美しい白米が、スライムの巣窟の如き混沌とした姿に変わり果ててしまったぞ……。これを食せと言うのか?」


「まぁ見た目は悪いかもしれないけど、味は保証するって」


大地は彼女の抗議を軽く受け流すと、自分の茶碗を一心不乱にかき混ぜた。

そして、躊躇なくその「黄金の沼」をスプーンで持ち上げ、豪快に口へと運んだ。


ズズッ、ズズズッ!


「…………」


ラビリスが息を呑んで見守る中、大地は口いっぱいに頬張り、満足げに咀嚼してゴクリと飲み込んだ。



「んー、美味い!やっぱこれだよな。新鮮な卵の甘みと醤油の塩気、最高だ」


「……う、美味い……のか?その、ドロドロとした物体が?」


「あぁ。見かけで判断してると損するぞ。……ほら、早く食ってみろって!」


大地のその屈託のない笑顔と、本当に美味しそうに喉を鳴らす音。

それが、ラビリスの背中を押した。

毒見役(大地)が平気な顔をしている以上、毒ではないはずだ。



(……えぇい、ままよ!魔王の娘たるもの、未知の食文化に怯えてどうする!)


ラビリスは意を決して、スプーンで「TKG」をすくい上げた。

トロリと糸を引く卵液が、ご飯粒をコーティングしている。



「い、いざ参る……!」


目を瞑り、そのスプーンを口の中に放り込んだ。



「……むっ!?」


ラビリスの真紅の瞳が、カッ!と見開かれた。


(……なんじゃ、これは……!?)


身構えていた「生臭さ」や「不快なぬめり」は、そこには微塵も存在しなかった。


最初に舌を包み込んだのは、白身のドゥルッとした感覚ではない。

熱々のご飯の熱でほんのりと温められ、半ばクリーム状と化した卵液の、驚くほど滑らかで「絹のような舌触り」だった。



「…………!!」


咀嚼しようとした顎が止まる。いや、噛む必要すら感じさせない。

卵という名の黄金のヴェールを纏った米粒たちは、摩擦がなくなったかのように、口の中でツルツルと踊り狂っている。


そして、遅れてやってくる味の爆発。


濃厚な黄身のコク。

それが、白米が持つ本来の甘みを、狂おしいまでに引き立てている。

そこに、わずか数滴垂らした醤油の塩気と香ばしさが、鋭い斬撃のように割り込んでくるのだ。


「甘い……いや、しょっぱい……?否!これは……完璧な調和!!」


ラビリスは震える手で頬を押さえた。



「大地よ……!この『ドロドロ』は、ただの混沌ではない!黄身の濃厚な旨味が、醤油という名の『闇』を取り込み、ご飯という『光』と融合することで……口の中で『味の錬金術』が起きておる!!」


「……相変わらず食レポになると饒舌だな。でも、美味いだろ?」


「美味いなどという次元ではない!舌の上でとろけ、喉を通り過ぎる瞬間の、この……キュッとした醤油の余韻!そして鼻に抜ける穀物と卵の香り……!」


ラビリスのスプーンを持つ手が加速する。

カチャカチャカチャ!と、器とスプーンがぶつかる音が部屋に響き渡る。


「温度も絶妙じゃ!冷たい卵と熱い飯によって、計算されたかのような温度になっておる!……止まらぬ!いや、止められぬ! 」


ズズッ、ズズズッ!


もはや「食べる」ではない。

彼女は、その黄金の液体を「飲んで」いた。


「はふっ、はふっ……!んぐッ……!」


喉越し。そう、このTKGの真髄は喉越しにある。

噛み締めるよりも早く、旨味が喉を滑り落ちていく快感。

それは渇いた砂漠に水が染み渡るように、空腹のラビリスの胃袋をダイレクトに満たしていく。




「……ぷはぁッ!!」


ものの数十秒。

ラビリスが顔を上げると、そこには一粒の米も残っていない、まるで舐め回したかのようにピカピカになった茶碗だけがあった。



「……大地よ」


口の端に黄色い米粒を一つつけて、ラビリスは恍惚とした表情で呟いた。


「……これは、危険な食べ物じゃ。咀嚼という工程を省略し、生命力そのものを直接胃に流し込まれた気分じゃ……」


「気づいちまったようだな……。TKGは飲み物って言われる所以に」


大地も最後の一口をズズッと啜り込み、満足げに笑った。

質素な昼食のはずが、そこには王宮の晩餐会にも勝る「食の感動」があった。




――数分後。




満腹感と窓から差し込む午後の柔らかな日差し。

そして、掃除を終えた部屋の清浄な空気。

それら全てが、抗いがたい「睡魔」となってラビリスを襲った。


「……大地よ」


ラビリスは重くなった瞼をこすりながら、ふらふらと新しいベッドの方へ歩いていく。


「少しだけ……横になるぞ。あくまで、この新たな寝床の……耐久性能を……試験するため……で……」


言い訳もそこそこに、彼女はふかふかの布団の上へダイブした。

もごもごと心地よいポジションを探して丸くなると、そこには先客――黒猫のリキが既に香箱座りで待機しており、「ここが一番温かいぞ」と言わんばかりに彼女の背中にピタリと寄り添った。


「……むにゃ。……リキよ、狭い、ぞ……。……ぐぅ……」


数秒もしないうちに、規則正しい寝息が聞こえ始める。


新品の家具の木の香りと、TKGの満足感に包まれて。

魔王の娘は、幸せな午後の夢へと落ちていった。

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