☆17かいめ☆ 決戦!漆黒の巨塔
「ここから……始まるじゃと?」
「そうだ。……お前、この言葉を知ってるか? 『甘いものは別腹』っていう、この世界の真理を」
「べつばら……?腹の中に、さらに別の異空間が存在するとでも言うのか!?」
「まぁ、そんなところだ。……ほら、これを見てみろ」
大地が再び、魔法の石板を操作し、あるページを開いて彼女の前に差し出した。
そこには、先ほどのオムライスを凌駕するほどの色鮮やかで、天を衝くような「塔」の数々が映し出されていた。
「な、なんじゃ……この、雪の如き白い塊に、宝石のように散りばめられた果実たちは……!この、天まで届きそうな美食の塔は一体何なのじゃ!?」
「これが『パフェ』だ。冷たいアイスと生クリーム、そして甘いソースが層になった、この世の贅沢を具現化したような代物だぞ」
「……ぱふぇ。……ぱふぇ、じゃと?」
ラビリスはゴクりと喉を鳴らした。
既に胃袋は限界に達していたはずだった。
しかし、その画面に映る「冷たくて甘い幻想」を目にした瞬間、不思議なことに、彼女の体の中で新たな「受け入れ態勢」が整い始めるのを感じていた。
「……そなた、まさか余に、この巨大な塔をも攻略せよと言うのか?正気か?さすがの余も、これ以上の戦は……」
「別に無理しなくていいんだぞ? 俺は一人でこの『チョコレートパフェ』を堪能するからな。お前は横で、メロンソーダでもすすって眺めて――」
「待て!!誰が断ると言った!待たぬか貴様!!」
ラビリスは身を乗り出し、大地の腕を掴んだ。
その瞳には、先ほどまでのぐったりとした様子は微塵もなく、新たな獲物を狙う狩人のような輝きが戻っていた。
「……パパよ。余としたことが、この世界の『真髄』を見落とすところであった。その『ぱふぇ』なる塔……。余が直々に、その頂点から根こそぎ征服してやろうではないか!!」
「ふっ、それでこそ魔王の娘。じゃあ、一番デカいやつ注文するからな?」
「よかろう。しかし……どれにすればよいのじゃ。この『イチゴ』の紅き塔も、余の瞳の色に似ていて悪くない。……じゃが、その隣にある、この『漆黒の塔』は一体何なのじゃ?」
ラビリスは、タブレットの画面に映るチョコレートパフェを指差した。
そこには、濃厚な焦茶色のソースが滝のように流れ、板状の菓子が剣のように突き刺さった、威厳あふれる塔がそびえ立っていた。
「それは『チョコレート』だ。この世界で最も中毒性が高く、老若男女を虜にする『禁断の菓子』だな」
「禁断……じゃと?ほぅ、確かにこのどす黒い色合い……。まるで魔王軍の深淵を凝縮したような風格ではないか」
「例えがすげぇな。……お前は食べたことないだろ?独特の苦味と、それを上回る圧倒的な甘みが特徴だ。……どうする?こっちの『イチゴ』は、いわば正統派の姫君。対する『チョコレート』は、夜を統べる邪神、といったところだが」
「……邪神。……くっ、そなた、余の自尊心を煽るのが上手いのぅ」
(……まぁ俺がチョコのほうが良かっただけなんだが)
ラビリスの瞳が、赤と黒の間で激しく揺れ動く。
イチゴの愛らしさも捨てがたいが、大地の言う「禁断」と「邪神」という響きが、彼女の誇り高い魂を激しく揺さぶっていた。
「……決めたぞ!余はこの『ちょこれーと』なる漆黒の塔を指名する!イチゴの愛らしさなど、この余には不要。真の支配者に相応しいのは、この深淵を思わせる色調のみじゃ!」
「鮮血の赤じゃなかったのかよ……。まぁいいや、決まりだな。後悔するなよ?」
「……望むところじゃ!その禁断の味、この余が直々に調伏してくれようではないか!!」
ラビリスは、決死の覚悟で「注文ボタン」を叩いた。
彼女はまだ知らない。
これから運ばれてくる「チョコレート」という名の甘美な罠が、いかに容易く魔王の娘の理性を溶かしてしまうのかを。
「ありがとニャー」
陽気な音声と共にネコ型ロボットが去っていくと、テーブルの上には静寂と、そして圧倒的な「質量」が残された。
「……おい、パパ。『石板』に映っておった絵よりも……実物のほうが遥かに巨大で、禍々しいオーラを放っておらぬか?」
ラビリスの目の前にそびえ立つのは、グラスの縁から上空へと伸びる、チョコレートの摩天楼だった。
渦巻く雲に、漆黒の雨が滴り、その頂には鋭利な刃物のような何かが突き刺さっている。
「写真詐欺(逆)ってやつだな。ほら、溶けないうちに食えよ」
「……ふん。よかろう。ではまず、この頂上に封印されし『黒き刃』から血祭りにあげてやろうか」
彼女は、パフェの頂点に斜めに突き刺さった薄い板チョコを、親指と人差し指で慎重に摘まみ上げた。
「……間違いない。この鈍く光る漆黒の輝き、触れる者全てを切り裂く鋭利な刃……。まさか、神を屠ったとされる伝説の魔剣『ローエングリン』が、このような辺境の食堂に封印されておったとはな……!」
「なんでやねん……。ただの板チョコだっつーの。早く食わねえと指の熱で溶けるぞ」
「黙れ下僕!これは神聖な儀式なのじゃ!」
ラビリスは「魔剣」を恭しく掲げると、その切っ先を小さな口で「パリッ」とかじり取った。
「――ッ!?」
その瞬間、彼女の動きが止まった。
「……なんじゃ、これは。最初は硬質な食感であるにも関わらず、舌に乗せると……瞬時に溶けてゆく……!」
口の中に広がったのは、カカオ特有の芳醇でほろ苦い香り。
しかし、それが唾液と混ざり合った瞬間、濃厚でまったりとした甘美な奔流へと変化したのだ。
「くっ……!苦いのに、甘い!?大人の味かと思えば、幼子をあやすような優しさを見せる……。おのれ魔剣ローエングリン、なんと狡猾な精神攻撃を仕掛けてくるのじゃ……!」
(板チョコ一枚でそこまで語れる才能が羨ましいよ……)
ラビリスは残りの魔剣を一気に口の中に放り込むと、今度は細長いスプーンを構え、本丸である「漆黒の巨塔」本体へと突撃した。
「えぇい、ままよ!深淵の王(予定)たるこの余が、貴様の全てを喰らいつくしてくれるわ!!」
スプーンが、たっぷりとチョコソースのかかったソフトクリームの山を深々とえぐり取る。
それを迷いなく口に含んだ、次の瞬間。
「…………ん、んんんんんぅぅぅぅぅぅぅ……ッッ!!!!」
ラビリスはスプーンを咥えたまま、白目を剥いて仰け反った。
強烈な冷たさが脳天を突き抜けた直後、雪崩のように押し寄せてきたのは、凄まじいまでの「甘さ」の波状攻撃だった。
滑らかなソフトクリームの冷たい口溶け。その下から現れた、濃厚なチョコアイスの重厚なコク。
さらに、底の方に潜んでいたコーンフレークの「ザクザク」とした食感が、甘さに溺れかけた意識を心地よく揺さぶる。
「は、ふ……っ、あま……甘い……っ!脳が、余の魔王(予定)としての理性が、溶かされていくようじゃ……!!」
「だろ?それがチョコレートの魔力だよ」
もはや、ラビリスの口から勇ましい言葉は出てこなかった。
彼女は熱に浮かされたようなトロンとした目で、ただひたすらにスプーンを動かし続けた。
冷たさに身震いし、甘さに悶絶し、時折、頬を押さえ「んふぅ……」とだらしない声を漏らしながら、魔王の娘は現代の「禁断の果実」に完全に屈服していた。
「…………ふぅ。……終わったぞ。余の、我らの完全なる勝利じゃ」
ラビリスは、かつて漆黒の巨塔がそびえ立っていた透明なグラスを、燃え尽きた戦士のような眼差しで見つめていた。
グラスの底には、溶け残ったわずかな茶色の雫と、彼女の激闘の痕跡であるスプーンの筋だけが残されている。
「……お見事。完食だな、ラビリス」
「う、うむ。……じゃが、パパよ。余は……余は、もう一歩も動けぬ。この『ちょこれーと』なる魔力、あまりに強大すぎた。余の腹の中で、今もなお甘美なる反乱軍が暴れ回っておる……」
彼女はトロンとした瞳のまま、椅子の背もたれに体を預けた。
それはもはや、「ただの食べすぎた子供」そのものだった。
「はは、だと思ったよ。……よし、じゃあ帰るか。俺は会計を済ませるから、お前はゆっくり立ち上がれ」
大地がレジで精算を済ませ、店内の喧騒を背に二人は自動ドアを抜けた。
「……っ。もうすぐ春だってのに、まだ肌寒いな」
外は、すっかり夜の帳が降りていた。
ショッピングモールの明るい光とは対照的な、澄んだ夜の空気が二人の肌を撫でる。
ラビリスは、その空気で少しだけ正気に戻ったのか、火照った頬を両手で押さえながら夜空を見上げた。
「……ふむ。星は見えぬが、異世界の夜も悪くないものじゃな。あの『ぱふぇ』の冷たさが、この夜風と混じり合って……なんとも心地よい」
「ならよかったよ。……さ、俺たちの『馬車』へ戻ろう。ウサギウスが待ちくたびれてるぞ」
二人は再び手を繋ぎ、街灯の下をゆっくりと歩き出した。
駐車場へと向かう大地の足取りは、どこか満たされていた。
ラビリスの小さな手からは、今日一日の冒険で得た確かな「信頼」が伝わってくる。
「……大地よ」
「ん?」
「……『明日』は、何を食べさせてくれるのじゃ?」
「……。……まだ寝る前だっつーの。少しは胃を休ませろ」
そう言いながらも、大地は心の中で明日の朝食の献立を考え始めていた。
静寂が包む駐車場で、二人の足音が重なり合って響く。
車の中では、シートベルトに守られた「配下」が、静かに主の帰還を待っていた。




