☆15かいめ☆ 無限の聖水とそれっぽい何か
「いらっしゃいませ、二名様ですか?空いているお好きな席へどうぞー」
店員の声と、どこか気の抜けた入店チャイムの音。
ラビリスは、フードコートとはまた違う、清潔で整然とした「ファミレス」に圧倒されつつも、大地に促されてボックス席のソファーに深く腰を下ろした。
「……ほぅ。ここは、あらかじめ個別の陣地が割り振られておるのだな。落ち着いて軍議ができそうな場所じゃ」
「ただのメシ屋だって。……さて、注文するか。ほら、ラビリス。これを見て決めてくれ」
大地がテーブルの端に設置された、黒枠の薄い板を彼女の前に置いた。
「……なんじゃ、この黒い石板は。もしや、これに直接名前を刻むと命を吸われるとか、そういう呪いの類か?」
「縁起でもないこと言うなよ。これはタブレット。この画面に触れるだけで、『これを作ってくれ』って合図が飛ぶ道具だ」
大地が指先で画面を軽く叩くと、暗かった石板がいきなり鮮やかな光を放ち、美味しそうな料理の写真が次々と映し出された。
「なっ……!?ひ、光った!?そなた、今、魔法も呪文も使わなかったではないか!なぜ指先一つで、これほど精巧な『絵画』が出現するのじゃ!」
「これが現代の技術だよ。ほら、こうやって横に払うと、別の料理が出てくる。やってみろ」
恐る恐る、ラビリスは人差し指を光る画面に触れさせた。
シュッ。彼女の指の動きに合わせて、画面上のハンバーグが消え、今度は黄金色のオムライスが滑り込んできた。
「……おぉ!動く!絵が余の意思に従って動くぞ!!まるで鏡の中の世界を弄っておるような感覚じゃ……!面白い、面白いぞこれ!」
すっかり「光る板」の虜になったラビリスは、空腹も忘れて夢中で画面をめくり始めた。
「……むむ。和食……洋食……ちゅうか?なんじゃこの種類は!スープから魚を焼いたもの、果ては肉を捏ねて焼いたものまで、一枚の板の中にこれほどの『宴』が封印されておるのか!」
「どれを選んでもいいぞ。……あ、でもそんなにページを戻したり進めたりしてると、注文する前に朝になるぞ」
「……ぐ、ぬぬぬ。選べぬ……。この『卵が乗った赤い粒』も捨てがたいが、こちらの『鉄板の上で弾ける肉』も余を誘惑しておる……。パパよ、この世界の住人は、毎日このような究極の選択を強いられておるのか?精神が持たぬぞ!」
「いちいち大げさだな……。迷ったら、一番大きく写ってるやつを選んどけば間違いねぇよ」
ラビリスは、光る画面と必死に格闘しながら、真剣な眼差しでメニューを吟味し続けた。
彼女にとって、この「タブレット」という魔法の石板を操作することは、異世界の古文書を解読するよりもはるかにスリルに満ちた体験だった。
「ふむ、決まったぞ。余はこの『おむらいす』なるものを所望する!」
ラビリスはドヤ顔でタブレットのオムライスを指さした。
「ほぉん。意外にも王道を突いてきたな……。ソースはどうするんだ?ケチャップとデミグラスがあるけど?」
「な、なに?さらに選択肢があるというのか?……ふぅむ」
真紅の瞳が「ケチャップ」と「デミグラス」の間で激しく交互に動く。
「はぁ……どっちでもいいから好きなの選べよ。お前の選ばなかったほうを俺が注文して味見させてやるから」
「なに!まことか!?であれば、余はこの『けちゃっぷ』なる真紅のソースを纏いしおむらいすを所望する!この鮮血のような赤き輝きこそ、魔王の娘に相応しい!」
ラビリスは、宣戦布告するようにタブレットの画面を力強く叩いた。
「……基準が物騒なんだよ。じゃ、俺はデミグラスな。……ほら、最後はこの『注文を確定する』っていう表示を押せ。これで儀式は完了だ」
「……ついに、後戻りできぬ最終段階というわけか」
ラビリスはゴクリと喉を鳴らし、震える指先でその表示に触れた。
「……ふぅ。これで、あとは待つだけか」
「あぁ。でも料理が来るまで手持ち無沙汰だろ。……ラビリス、あそこを見ろ。あそこは『ドリンクバー』って言ってな。あらゆる聖水が飲み放題になる禁断の場所だ」
「な……っ!あ、あらゆる聖水が、飲み放題じゃと……!?この世界の慈悲はどうなっておるのじゃ!!」
立ち上がった大地の後に続き、ラビリスは店内の一角に鎮座する巨大な機械の前へと導かれた。
そこには、十数種類もの色鮮やかなボタンが並び、冷気が漂う幻想的な空間が広がっていた。
「ほぅ……。先ほどの『コーラ』もあるのか。この果実水も、緑の毒々しい液体も……すべて、好きなだけ注いでよいのか?」
「そうだ。でも、飲みきれないほど注ぐのはマナー違反だぞ。……ほら、グラスを持て。まずは何から試す?」
ラビリスは透明なグラスを両手でしっかりと握りしめ、錬金術の素材を選ぶかのように、真剣な眼差しで各ボタンの「名称」を読み上げ始めた。
「……かるぴす……じんじゃえーる……」
その時、彼女を熟練の錬金術師のような閃きが襲った。
「ハッ!……パパよ。も、もしや、これらを一つの器の中に『合成』することも可能なのではないか?」
「……。まぁ、それは可能だし、気持ちはわからなくもないが、一つにしたほうがいい。魔力の暴走……じゃなくて、味が混ざって不味くなるからな」
「ふむ……。しかし、この『漆黒』と『鮮緑』を混ぜ合わせれば、かつてない究極の毒薬が完成する予感がするのじゃが……」
「やめろって。……ほら、まずはオムライスに合わせて、さっぱりしたやつにしとけ」
大地の制止も耳に入らぬ様子で、ラビリスは未知の液体が湧き出る「魔法の泉」を前に、好奇心の翼を羽ばたかせていた。
「ふむ。とりあえずそなたの忠告に従い、この毒々しい緑の液体にしたぞ」
「それは『メロンソーダ』だ。コーラと同じく炭酸だから、刺激には気をつけろよ?」
「ほぅ、メロンを使っておるのか。余の居城の庭園にも実っておったが、あれは王族のみが食すことを許される高貴な果実。……ふむ、期待ができそうじゃ」
ラビリスは期待に胸を膨らませ、ストローを口に含んだ。
そして、先ほどの学習を活かして、慎重に、かつ一気にその液体を吸い上げる。
「――ッ!?」
カラカラと音を立てる氷の間を抜け、冷たい液体が舌に触れた瞬間、ラビリスの体がビクッと跳ねた。
「う、美味い!コーラと同じく口の中でパチパチと暴れておるが、奴とはまた違った、どこか優しくも力強い風味をしておる!」
「……じゃが」
彼女はグラスを少し遠ざけ、その「透き通るような不自然な緑」をまじまじと見つめた。
そして、何かに気づいたように鋭い視線を大地に向ける。
「……大地よ。これは、メロンではない。断じて、余の知るメロンではないぞ。『別の何か』じゃ。そなた、ついに余を騙したのか?」
「いや、騙したわけじゃないって……。それは、この世界の……なんて言うか、化学の力で作られた『メロンっぽい何か』なんだよ」
「かがくの力……?そなたら人間は、果実の実体に頼らず、その『魂』だけを抽出して水に溶かしておるというのか!?おのれ人間、なんと恐ろしいことを……!」
神をも恐れぬ行為にワナワナと震えつつも、ラビリスは再びストローを咥えた。
本物ではない。それは確信している。
だが、一度味わってしまったその「偽りの甘美さ」に、彼女の舌は抗うことができずにいた。




