☆14かいめ☆ 高難度ミッション「パンツを買え」
「……よ、よし。着いたぞ。ここだ」
一度は車まで戻ったものの、決死の覚悟で舞い戻ったのは、先ほどまでいたフロアのさらに奥――淡いピンクやパステルカラー、そしてリボンやレースがこれでもかと並ぶ「女児用下着売り場」だった。
大地は、周囲の母親たちの視線(被害妄想込み)を避けるように、不自然なほど素早く棚の間をすり抜ける。
その顔は、まるで指名手配犯が検問を突破しようとしているかのような緊張感に満ちていた。
「……パパよ。なぜ、またこのような『布の祭壇』に戻らねばならぬのじゃ。余は既に、この『ぱーかー』という極上の外套を纏っておるではないか」
ラビリスは、パーカーのポケットに手を突っ込みながら、陳列されたフリル付きの小さな布切れを怪訝そうに眺め、眉をひそめた。
「いいか、ラビリス。よく聞け。……この世界には『インナー』、つまり『内なる鎧』という概念があるんだ」
「……内なる鎧?隠し持てる防刃着のようなものか?」
「いや、ちょっと違う。……お前、向こうの世界では、下……肌着は着てなかったのか?」
「着ておるに決まっておろう。余をどこの蛮族と心得ておる。こう、薄くてさらさらとした、一枚の長い布じゃ。首元から膝までを覆う柔らかな衣よ。それを纏わねば、外側の衣の刺繍が肌に当たって痛かろう?」
「……あぁ、なるほど。ワンピースみたいな感じか」
「わんぴーす?呼び名は知らぬが、とにかく一枚の衣じゃ」
大地は、自分の額にじわりと浮かぶ汗を感じながら、努めて冷静に、かつ周囲に聞こえないような小声で早口にまくしたてた。
「それだけじゃ、その……防御力が足りないんだよ。それにこっちの世界では、その衣をさらに機能的に進化させて、二つに分けてあるんだ。上半身と下半身にな」
「……二つに分かつ?なぜそのような面倒なことを。一枚で事足りるではないか」
「それが現代の合理主義なんだ!上はより動きやすく、下は……その、大切な部分を魔力……じゃなくて、外敵や摩擦から守るために特化してるんだ。これを履かないのは、騎士が兜を被らずに戦場に出るようなもんだぞ!」
大地は、手に取った『うさぎ柄の三枚セット』をラビリスに突きつける。
その様子は、真剣な軍師のようでもあり、必死な不審者のようでもあった。
「……ほぅ。兜なしで戦場に。魔族はそのようなもの必要とせぬが、それは確かに、王族として看過できぬ不備じゃな」
「だろ!?」
「しかしパパよ、二つに分かてばその隙間、すなわち『腹』が弱点にならぬか?敵にそこを突かれたらどうするのじゃ」
「……くっ!そ、それはウサギウスに守ってもらえ!とにかく今のままじゃ、これからのお前の威厳に関わるぞ」
「なっ……!……よかろう。そこまで言うのであれば、その『いんなー』とやらを試してやらぬこともない」
ようやく納得したラビリスに、大地は心底ホッとした。
しかし、それも束の間。
「……パパ。あっちにある、黒いレースの縁取りがあるものはどうじゃ?余の威厳に相応しい気がするが」
「あ、あほか!それはまだお前には早い!……お前は、この綿100%の、肌に優しい、この……クマさんとか、イチゴ柄のにしとけ!」
「なに!?なぜ余がイチゴに守られねばならぬのじゃ!余は……」
「いいから!これがこの世界の『初級装備』なんだ!頼むからもうこれ以上、ここにいさせないでくれ!!」
周囲の「何かしら、あの親子……」という好奇の視線を背中に浴びながら、大地は死に物狂いで数着の下着を掴み取り、レジへと猛ダッシュした。
「……はぁ、はぁ……。よし、これで今度こそ全部揃ったはずだ……」
会計を済ませ、戦利品の入った袋を抱えた大地の顔は、一仕事を終えたどころか、寿命が五年ほど縮まったかのような疲労困憊ぶりだった。
「……ふん。そんなに息を切らせおって。そなた、よほどあの『内なる鎧』の確保が重要だったようじゃな。パパとしての責任感、改めて評価してやるわ」
「……あぁ、ありがとう。俺のライフは既にマイナスだ……もう、今日は一歩も店に戻らないからな。絶対だぞ」
二人は今度こそショッピングモールから出るため、地下駐車場へと続くエレベーターへと乗り込んだ。
大地の腕の中には、かわいらしい下着の入った袋。ラビリスの心には、新しい世界の「不思議な鎧」への期待。
そして彼の心には、二度と女児下着売り場には入りたくないという、悲壮な想いが刻まれていた。
バタンッ。
車のドアが閉まる音が、静かな地下駐車場に響いた。
大地は運転席のシートに深く背中を預け、しばらくの間、ハンドルの上にぐったりと頭をのせて動かなかった。
「はぁ……。なんか、ドッと疲れが出てきた……。もはや、指一本動かす気力も残ってねぇ……」
「……大地?魂が口から漏れ出しておるぞ。しっかりせよ。そなたが倒れては、この馬車を動かす者がおらぬではないか」
助手席のラビリスが、不思議そうに彼を覗き込む。
彼女の足元には下着が詰まった袋。
後部座席には新品の服と、そしてシートベルトで固く守られたウサギウス一世。
大地の犠牲の上に、完璧な戦果が並んでいた。
「……悪い。さすがに今から家に帰って、飯を作る気にはならないな。……どこか、店で食ってから帰るか」
「ふむ。ご苦労であったな。許す!して、次はどんな未知の料理が食べられるのじゃ?先ほどの『てりやき』を超える秘術が、この世界にはまだ隠されておるのか?」
ラビリスの瞳が、期待にキラキラと輝く。
大地は重い頭を上げ、ようやくエンジンをかけた。
低く響くアイドリングの音が、駐車場の冷たい空気を震わせる。
「……そうだな。この時間だし……『ファミレス』にでも行くか」
「ふぁみ……れす?」
「あぁ。ファミリーレストランだ」
「ほぅ。そこには何があるのじゃ?」
「和食、洋食、中華……なんでもある。お前みたいな奴を連れて行くには丁度いい」
「なんと!あらゆる系統の食が一堂に会する場所じゃと!?よかろう。その『ふぁみれす』なる場所へ案内せよ!」
大地は車をゆっくりと発進させた。
スロープを上がり、地上に出ると、窓の外にはいつの間にか夕闇が広がり、街は色とりどりのネオンに彩られ始めていた。
(……ファミレスか。あそこなら、配膳ロボットとかドリンクバーとか、またこいつが驚きそうなネタが山ほどあるな……)
大地の疲れはピークに達していたが、隣で期待に胸を膨らませる「娘」の横顔を見ていると、不思議とアクセルを踏む足に微かな力が戻ってくるのを感じていた。




