☆107かいめ☆ 盤上に降臨した黒い天使
「――っていう感じだよ。できそう?」
「ふむ、なかなか奥が深そうじゃな。敵兵を寝返らせて自軍に加えるというのは、魅了魔法か何かか……?」
「魔法ではなく、捕虜の再利用ではなくて?……チェスと似ていますけれど、そこが一番大きな違いですわね……」
将棋ならではの奥深いルールを、物騒な解釈でそれぞれ納得する魔王の娘とお嬢様。
「それじゃあ、最初はラビちゃんと六華ちゃんでやってみる?」
「よかろう。我が覇道、まずはリッカに見せてやろうではないか」
めるの提案に、ラビリスが腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。
対する六華も、優雅に髪をかき上げながら自信満々に微笑み返す。
「よろしくてよ。わたくし将棋は初めてですが、チェスの経験がありますの。決して遅れは取りませんことよ?」
「面白い!いざ、尋常に勝負じゃ!」
パチパチと盤上に駒が並べられていく。
初心者同士の対局にも関わらず、二人の間にはまるで国家の存亡を懸けた最終決戦のような火花が散っていた。
対局開始から十数分後。
パチッ……!
静かな部屋に、六華が無駄に優雅な所作で指した駒の音が響き渡る。
「チェック……じゃなくて、王手!ですわっ」
「な……っ!ば、馬鹿なっ!?」
泥沼の攻防の末、ついに魔王の娘が追い詰められた。
「ぬぅぅ……貴様ぁ!余に忠誠を誓っていたにも関わらず、いとも簡単に寝返りおってぇ!!」
ラビリスは、自陣の急所に打ち込まれた『元・自軍のエース』をワナワナと震える指で指差して叫ぶ。
「あら。今この駒は、わたくしに忠誠を誓っておりますの。……で、どうしますの?」
勝気な笑みを浮かべ、盤面を見下ろす六華。
しかし、絶体絶命のピンチに立たされた魔王の娘も、ただでは終わらない。
「ふん。じゃが、そやつに謀反の疑いがあったのは余もとっくに察しておったわ!……で、あればこうしてくれるわ!!」
パチィッ!!
ラビリスは自らの持ち駒の中から一つを掴み取ると、王と飛車の間に勢いよく叩きつけた。
「な……!そ、それは先ほどまでわたくしに仕えていた兵……!わたくしの兵を盾にするなんて、卑劣ですわ!」
「ふははは!なんとでも言うがよいわ!こやつも今や、その身を賭して余を守る立派な配下となっておるのじゃ!!」
ただの平和なボードゲームを、重厚な愛憎と裏切りの戦記へと昇華させながら、二人の盤上決戦はさらなる白熱を見せるのだった。
しかし、それから数分後。
「む、これは……」
「あら……」
「あ〜。これは引き分けだね……」
盤面は、どうやってもお互いにトドメを刺せない完全な膠着状態に陥っていた。
将棋用語で言うところの『入玉』である。
「ふむ。確かにこの状況では、決着をつけられそうにないか」
「そうですわね……」
「すごいね、二人とも!初めてでこんなことになるなんて!」
めるがパチパチと手を叩いて二人を褒め称える。
「ふん、リッカよ……。余の軍勢から逃げ切るとは、なかなかやるではないか」
「ラビリスさんこそ、初めてとは思えない見事な采配でしたわ……!」
二人はまるで百日戦争を戦い抜いた戦友のような顔つきで熱い視線を交わし、ニヤリと微笑んだ。
「大体の流れは掴めましたわ。……それではめるさん、一局お相手していただいてもよろしいかしら?」
「え……。連続でやって大丈夫?」
「ええ、もちろん。むしろ、ちょうど温まってきた頃合いですわ……!」
六華がスッと姿勢を正して、めるへと挑戦状を叩きつける。
すると、後ろからラビリスも身を乗り出してきた。
「余もまだまだやれるぞ!」
「わ、わかった。それじゃあラビちゃんは、勝った方と勝負にする?」
「よかろう。つまりこの勝負の勝者に勝てば、余が覇王ということじゃな!」
「ふふっ、負けませんわよ?」
全く疲労の色を見せない二人の無駄に高いモチベーションに、めるは苦笑いしながらもコクリと頷き、静かに将棋盤へと向き直るのだった。
――それから、わずか数分後。
パチ……。
「あ、あれ?おかしいですわ……。でしたら、これをこちらに……」
パチ……。
「あれ……?そうなると、今度はここが……」
パチ……。
「……王手」
「えっ!?そ、そんな……。一体いつの間に!?」
盤面を食い入るように見つめ、顔を青くさせる六華。
圧倒的なまでの制圧力。チェス経験者のお嬢様が、手も足も出ずにジワジワと真綿で首を絞められるように追い詰められていく。
「い、一体何がどうなっておるのじゃ……?」
外から見ていたラビリスでさえ、全く理解の追いつかない神速の包囲網。
パニックに陥る二人に対し、めるは「えへへ」といつも通りの天使のような笑みを浮かべてみせた。
「ま、まだですわ……!ここに先ほど奪った駒を……!」
ワナワナと震える手で、自陣の急所を守るように慌てて駒を打ち込む六華。
しかし――その瞬間だった。
ピタリとめるの無邪気な笑みが消え去る。
「……ふふふ」
代わりに浮かび上がったのは、完璧な計算に裏打ちされた『黒い笑み』だった。
「え……?」
「六華ちゃん……罠にかかったね」
「ひっ!」
甘く、そして容赦のない死の宣告。
駒を静かに動かすめるを見ながら、お嬢様がガタガタと震えだした。
「ま、参りましたわ!!」
悲鳴のような降伏宣言が部屋に響き渡る。
しかし、盤上を完全に支配した小さな軍師は、不思議そうに首を傾げた。
「え……。でも、まだ『逃げ道』は用意してあるよ……?」
「も、もう結構です!わたくしの負けですわ!!」
それが『さらなる絶望を長引かせるための罠』だと本能で察知した六華は、涙目でブンブンと激しく首を横に振る。
「……わかった」
少しだけ残念そうに呟くと、次の瞬間、めるの顔はパッといつもの天使のような笑顔へと綻んだ。
「すっごく楽しかった!六華ちゃんありがとっ」
「え、ええ……。わ、わたくしも……た、楽しかった、ですわ……」
純度100%の無邪気な笑顔を向けられ、六華は震えながら返事をした。
「それじゃ、次はラビちゃんだねっ」
ニコニコと愛らしい笑顔のまま、めるが次なる『生贄』へと視線を向ける。
「ぐっ!……よ、よかろう。散っていったリッカの仇を取ってやらねばならぬからな……」
「ラビリスさん……!」
引きつった笑みを浮かべて将棋盤の前に座る魔王の娘。
自身の仇討ちを掲げてくれた戦友の勇姿に、六華は感動の面持ちで両手を握りしめる。
「それじゃあ、『手加減なし』でいくよ!」
「なっ!?……ま、まぁアレじゃ。ここ、このような遊びに……その、全力を出すというのも大人気ないというかな……。お互い、きき、気楽にやるのがよいかもしれぬな」
無慈悲な死刑宣告を受け、ラビリスが目を泳がせながら盛大に日和り始めた。
「ダメだよ!遊びでも勝負は勝負なんだからっ」
「ぬぐ……!ふ、ふん、そこまで申すのであれば、余の本気を見せてくれる……!メルよ、余に平伏す準備をしておくがよいわ!!」
退路を完全に塞がれた魔王の娘。
もはや引くに引けなくなった彼女は、震える声で高笑いを上げ、ヤケクソ気味に虚勢を張るのだった。
――そして数分後。
「参りました……」
そこには、盤上のすべてを支配して黒い笑みを浮かべる天使と、その足元でガクガクと震えながら平伏す、魔王の娘とお嬢様の姿があった。




