☆106かいめ☆ 休日最後のお勉強会
ゴールデンウィーク最終日の昼下がり。
約束の勉強会のため、ラビリスと六華の二人はめるの家へと足を運んでいた。
「ほぅ、これがメルの領土か」
「とても可愛らしいお部屋ですわね」
通された部屋をぐるりと見回しながら、ラビリスが偉そうに頷き、六華が上品に両手を合わせる。
「そ、そうかな……。あ、何か飲み物入れてくるね!」
照れくさそうにはにかみ、めるがパタパタと部屋を出ようと踵を返した。
その背中へ向けて、魔王の娘がすかさず欲求を投下する。
「ふむ。ついでに菓子も――」
「ラビリスさん……?今日はお勉強をしにきたのですわよ?」
六華のジト目が突き刺さる。
「わ、わかっておるわ!」
そんな二人のやり取りを見て、めるがドアの前でクスクスと笑う。
「でも、甘いものがあった方がいいよね?今回は時間がなかったから手作りじゃないけど、何か探してくるねっ」
「……まったく。めるさんは、すぐにラビリスさんを甘やかすんですから……」
六華はやれやれと呆れたようにため息を吐く。
すると、ラビリスがニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。
「ほぅ。ならば、リッカは菓子はいらぬということじゃな?」
「そ、そんなこと一言も言ってませんわ!!」
お嬢様は流れるような手のひら返しで、食い気味に猛抗議するのだった。
――十数分後。
お菓子をつまみながらの賑やかな勉強会が始まってしばらく。
ノートに鉛筆を走らせていためるが、困ったようにペンの手を止めた。
「……ねぇ。この算数の文章題、どうしてもリンゴの数が合わないんだけど……」
それを横から覗き込んだラビリスが、腕を組んで自信満々に鼻を鳴らした。
「む?……足りぬのであれば、隣の領地を焼き討ちにして略奪すればよい」
「そんな物騒な答えになるわけないでしょう……」
小学校の算数に突如として持ち込まれた『魔王軍の侵略メソッド』を、六華が即座に却下する。
「ふん。あくまでも平和的に解決しろと申すか……よかろう」
どこから目線かわからない謎の譲歩を見せ、ラビリスはコホンと一つ咳払いをした。
「……ふむ。メルよ、難しく考えることはない。このリンゴを運ぶ『太郎』なるものを兵站、リンゴを前線への補給物資と考えてみよ。さすれば答えは自ずと見えてくるはずじゃ」
「???」
「何を言っているのか全くわかりませんし、余計にややこしいですわ!」
無駄に戦術的すぎる解説を前に、頭上に巨大なハテナマークを浮かべるめる。
そんな親友の心を代弁し、六華が容赦なく切り捨てる。
「な……っ!余の完璧な戦術指導をもってしても分からぬと申すか!」
「はぁ……。教えるときは、もっと相手に寄り添って考えるものですのよ」
「ぐぬぬ……致し方あるまい。……要するにじゃな――」
六華のド正論に唸りながらも、ラビリスは魔王ムーブを引っ込め、めるにも分かるような言葉を選んで真面目に説明を再開した。
「――である故、最終的に残っているリンゴの数は7になるというわけじゃ」
「そういうことかぁ!ありがとう、ラビちゃん!」
パッと顔を輝かせためるの笑みと感謝の言葉に、彼女は少し気恥ずかしそうに視線を泳がせた。
「う、うむ。……また何かあれば申すがよい」
まんざらでもない様子の魔王の娘は、照れ隠しのように小さく胸を張るのだった。
しばらくすると、今度は六華が学校で配られた英語の絵本の前で唸り始めた。
「……これ、どういう意味ですの?スポーツの話かと思っていたのに、突然ケーキの話(a piece of cake)になりましたわ……」
「む?……何を言うておる。『朝飯前』と書いてあるではないか」
「え……?ケーキがなぜ朝飯前になりますの?」
「?……なぜも何も、そう書いておるではないか」
「ですから、単語の直訳と意味が繋がって――」
「じゃから!余にはそう見えておるのじゃ!」
高度な言語魔法が備わっている魔王の娘の目には、特殊な読み方も勝手に意訳されて映っている。
つまり、「なぜそういう意味になるのか」という解説は一切できないという、人に教えるのには全く向いていない悲しい仕様だった。
「そういう言い回しということかしら……。それにしてもラビリスさん、よく知っていましたわね」
自分でなんとか納得のいく解釈を見つけた六華が感心すると、ラビリスはふんぞり返った。
「余は生誕とともに高度な言語魔法をかけられておる。その程度、それこそ朝飯前に決まっておろう」
「……ちょっと何を言っているのかわかりませんが、要するに今のような場面で使うということですわね?」
「ラビちゃん、英語も得意なんてすごいね!」
かみ合っているようで全くかみ合っていない三人娘の勉強会は、こうして賑やかに進んでいった。
それからまたしばらくして。
一段落ついたラビリスがふと視線を上げると、部屋の片隅に置かれた見慣れない木盤に目が止まった。
「……む、メルよ。あれはなんじゃ?」
「あぁ、あれは『将棋』だよ。たまにお休みの日にパパと勝負するんだ」
「しょーぎ……?」
聞き慣れない単語に首を傾げる魔王の娘。
すると、めるは立ち上がって木盤をテーブルへと運んできた。
「うん。この盤面の上で、自分の駒を動かしながら相手の王様をやっつけるゲームだよ」
「なるほど、チェスと同じような遊びということですわね?」
「ほほぅ。自軍の駒を上手く采配して、敵軍を葬り去るというわけか……。なかなか面白そうではないか」
盤面と木製の駒をまじまじと見つめながら、ラビリスがニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。
「よかったら、休憩のついでにちょっとやってみる?駒の動かし方とかルールも教えてあげるよ」
「あら、いいですわね。頭の体操になりそうですわ」
めるの提案に、六華が優雅に微笑みながら賛同する。
すると、すっかりその気になった魔王の娘が突然立ち上がり、ビシッと将棋盤を指差した。
「ククク……。よかろう!戦争とあらば、この魔王の娘たる余が遅れを取るはずがなかろう!リッカ、メル!余の覇道、とくと味わわせてくれるわ!」
世界征服でも始めるかのようなテンションで高らかに宣言するラビリス。
こうして、三人娘の平和な勉強会は一時休止となり、将棋盤を舞台にした『血で血を洗う盤上の聖戦(?)』が幕を開けるのだった。




