☆105かいめ☆ 混ぜるな危険!魔王の娘×ダウナー女子大生
「して、コヨミよ。一体何を間違えておったと言うじゃ?……ハッ!まさかカレーにも魔王がおるのか!?」
カゴの中にいるカレーの『プリンセスズ』を棚へと戻しながら、ラビリスが目を丸くする。
「……いや、違うけど。……あなたがさっきカゴに入れてたのはレトルトカレー、しかも幼児用。で、店長がご指名してるのはカレールー。……そういうこと」
「???」
その見事なポカン顔を見て、暦は本日二度目のため息をつく。
「はぁ……。簡単に言うと、ルーはこれから作る。レトルトは完成してるってこと」
「ふむ。つまりパパはこれからカレーを作るということか……?」
「……そういうこと」
ようやく合点がいったように頷くラビリス。
しかし、再びズラリと並んだ箱を見上げて首を傾げた。
「しかし……このように種類があるとなると、どれを選べばよいかわからぬのではないか?」
「ま、それはそうなんだけど、めんどくさいし、テキトーなルーの中辛でも入れとけば大丈夫」
「ほ、本当にそれでよいのか?」
「……『カレールー』としか書いてない店長が悪い。何か言われたらそう言っといて」
「なるほど……!」
妙に説得力のあるダウナー女子の論理に、魔王の娘は深く感心したように頷いた。
「……次は……じゃがいも、ニンジン、タマネギはさっき入れたから……牛肉?……ふ~ん。店長、関西出身なのかな……」
暦がメモの続きを読み上げながら、ポツリと呟く。
「かんさい?」
「……え。説明した方がいいの?めんどくさいんだけど……」
「当然であろう。そなたが自ら余に従属すると言ったではないか」
「……そんな地雷、踏むわけないでしょ」
ふんぞり返る魔王の娘を即座に否定しつつも、彼女はため息混じりに口を開いた。
「……関西っていうのは地域のこと。こっちではカレーに豚肉を入れるけど、関西では牛肉を使うことが多いんだよ」
「ほぅ、同じ料理でも地域によって材料が変わるのか。それはよいことを聞いた、褒めて遣わすぞ」
「……それはどーも。……ところで、ずっとそんな話し方で疲れないの?」
「愚問じゃな。……むしろ、そなたは何故いつもそんなに疲れておる?」
ラビリスは心外だと言わんばかりに鼻で笑い、すかさず反撃に出る。
すると、暦はジト目で虚空をスッと見つめて呟いた。
「……生きるって、しんどくない?」
「そ、そうか……。その……何があったかは知らぬが、そう悲観するでないぞ……」
唐突に飛び出したあまりにも重すぎる真理に、魔王の娘はドン引きしながらも慰めの言葉をかけるのだった。
そんなやり取りをしている内に、二人は精肉コーナーへと辿り着く。
「ふおぉぉぉ!なんじゃここは!肉の祭典でも開いておるのか!?」
「うん、そうそう」
ズラリと並ぶ肉の山に目を輝かせるラビリスの興奮を、暦は面倒くさそうに
受け流す。
「……それより、カレー用のお肉探してくれる?」
言われたラビリスは、綺麗に整列された棚をじっくりと品定めし――やがて、ひと際存在感を放つ『立派な肉の塊(黒毛和牛)』を引っこ抜いた。
「おいコヨミ。カレー用かどうかは知らぬが、この肉がすこぶる美味そうじゃ。余はこれを所望するぞ」
「……え。2,980円もするじゃん……」
パッケージに貼られた神々しい値札を見て、さすがの暦も目を丸くする。
「これでは足りぬか?」
ラビリスは首から下げた財布をガサゴソと漁ると、中から五千円札をペラリと取り出して見せた。
「……え、5,000円も渡されてんの?…………探すのめんどくさいし、じゃあそれでいっか。私のお金じゃないし」
「ほほぅ。話がわかるではないか」
他人の財布に対する、圧倒的な無関心。
ダウナー女子大生は早々に正解を探す思考を放棄し、あっさり高級肉の購入を許可してしまった。
「……多分怒ると思うから、何か言われたら『牛肉には間違いない』って言っといて」
「うむ、任せておけ!」
こうして大地の財布に、また一つ特大のダメージが確約されたのだった。
「あとは……。……あれ、魔王の娘は?」
メモに視線を落としたほんの一瞬の間に、横にいたはずの魔王の娘の姿が忽然と消え失せていた。
暦は「はぁ……」と本日何度目か分からないため息をつくと、キョロキョロと周囲を見回す。
すると少し先の通路から、香ばしい匂いと共に、やけに威勢の良い声が響いてきた。
「美味い!美味いぞ!!外のパリッとした食感も素晴らしいが、噛むたびに肉汁が溢れ出してきおるわ!肉の皮を被った果実と言っても過言ではないぞ!!」
「……いた」
(ホント、コミュ力高いな……)
視線の先には、ウインナーの試食コーナーの真ん前で、爪楊枝を片手にラビリスが食レポを披露している。
「お嬢ちゃん、美味しそうに食べるねぇ。もう一つ食べる?」
「なにっ!まさか余を肉汁の海で溺れさせるつもりか!?……くくく、よかろう!その勝負、受けて立とうではないか!」
「アハハ、面白いお嬢ちゃんだねぇ」
「……何やってんの?」
すっかり試食販売のおばちゃんと意気投合し、一人で謎のフードファイトを繰り広げている魔王の娘の背後から、暦がジト目で声をかけた。
「む?……むぐむぐ、ゴクン。この者がどうしても余に食してほしいと懇願してきてな」
「あら、この子のお姉さん?よかったらお姉さんも一つどうぞ?」
「姉ではないんですが。……あ、いただきます」
流れるようなおばちゃんの営業トークをフラットに否定しつつも、彼女はちゃっかりと爪楊枝を受け取ってパクりと口に運ぶ。
「……おぉ、美味しい」
「そうであろう、そうであろう!まだ沢山ある故、遠慮せずじゃんじゃん食うがよいぞ!」
「……いやいや、これ味見用の試食だから。無限に食べていいものじゃないって」
「む、そうなのか?」
「……そ。これ食べて美味しかったら、商品を買ってねってこと」
「ふむ。であれば、これを三つほどいただいていこうか」
「あら、ありがとう!」
気前の良い魔王の娘の宣言に、おばちゃんが嬉しそうにウインナーの束を三つ、カゴの中へと投入した。
「……え。メモに書いてないよ、それ?」
「なに、心配することはないぞコヨミ。その紙に『ういんなー』と書き足せばよいだけのことじゃ」
ニヤリと笑みを浮かべ、おばちゃんに借りたボールペンで堂々とメモの改ざんを始めるラビリス。
「……おぉ。めっちゃ悪いじゃん……。さすが魔王の娘……」
「フハハ!余の知略をもってすれば、当然のことじゃ!」
(※注:本人は完璧と思っていますが、丸っこい字で『ういんなー』と書いただけです)
店長への追加ダメージを止める気など毛頭ない暦は、その見事な悪知恵にパチパチと薄い拍手を送る。
褒められてすっかり気を良くした魔王の娘は、いっぱいになったカゴを見下ろし、得意げに高笑いを上げるのだった。
――数分後。
どうにか無事に会計を終え、スーパーの外へと出てきた二人。
「コヨミよ、世話になったな。覇気のない女と思うておったが、そなた、なかなか見所があるぞ」
「……あ、うん。もうやりたくないけど……」
ラビリスからの高評価を、暦はため息と共にフラットに受け流した。
「……それじゃ帰るね」
「うむ!さらばじゃ!」
ペタペタと力なく歩き去っていく女子大生の背中を見送ると、ラビリスはふと、自身の首から下げた紐付きの財布を覗き込んだ。
少しだけ小銭が残った寂しい中身。しかし、それを見た彼女はあることを閃き、ポンッと手を打った。
「……おぉ、そうじゃ!」
そのまま彼女がとてとてと向かった先は――。
「おい、おばば!これでまんじゅうを一つよこすがよい!」
店先で相変わらず日向ぼっこをしているお婆さんへと、小銭を突き出すラビリス。
「…………はい?」
「じゃから、まんじゅうを一つくれと言うておる!!」
「あぁ、はいはい」
かくして、両手で温かいまんじゅうを持ち、それを幸せそうに頬張りながら意気揚々と帰路につく魔王の娘。
この後、ライフ……もとい財布をほぼゼロにして帰還した彼女が、大地にこってりと叱られたのは言うまでもない。




