☆104かいめ☆ 戦慄!食料に設けられた身分制度
「ふむ、中はなにやら独特の匂いがするのぅ」
キョロキョロと店内を見渡し、スーパー特有の香りに鼻をヒクつかせるラビリス。
「む。……皆一様に同じカゴを持っておるな。そういえば、しょっぴんもーるでも同じことをしておったわ。よかろう、この店もそれがルールと言うわけか」
一人で勝手に納得し、彼女は自分の小さな体には不釣り合いな買い物カゴを「よいしょ」と両手で持ち上げた。
「よし。あとは、衛兵を問いただせばよいだけのこと……。このような簡単な任務で高級菓子を二つも用意するとは、大地のヤツもやっと余の偉大さを理解したようじゃ」
大いなる勘違いにうんうんと深く頷き、彼女は意気揚々と周囲を見渡す。
すると、入り口付近にズラリと並んだ関所に、それぞれエプロン姿の衛兵が配置されているのを発見した。
「ふむ、何やら忙しなく動いておるな。……む、あやつは手が空いていそうじゃ」
ターゲットを見定め、自身の半分ほどもあるカゴを引きずるように持ちながら、とてとてとレジへと歩み寄る魔王の娘。
そして、衛兵のもとまで辿り着くと、ちょいちょいとエプロンを引っ張った。
「……?」
「余はかれーるーを探しておる。どこに置いてあるか申すがよい」
「あら、おつかいかしら?偉いわねぇ」
(こやつ、余の覇気を読み取ったというのか?余がいかに偉大かを見抜きおったぞ……!)
おばちゃんの優しい労いを称賛へと華麗に変換し、ラビリスは得意げにフンスッと鼻息を荒くした。
「それは事実じゃが、今は重要な任務中じゃ。……して、かれーるーはどこに置いてある?」
「カレールーね?そこの列の奥の棚に並んでるわよ」
「ほぅ、あの通路じゃな?褒めて遣わすぞ」
おばちゃんに労いの言葉をかけ、ラビリスは教えられた通路へと堂々たる足取りで進んでいく。
そして目的の棚の前にたどり着くと、カゴを床に置き、腕を組んでズラリと並んだ商品を見上げた。
「……かれーるーなどないぞ……。あの衛兵、余に偽の情報を掴ませたのではあるまいな」
不満げにレジの方をキッと一瞥し、彼女は再び棚の箱を一つ一つ観察し始めた。
しかし、いくら探しても見つかる気配がない。
当然である。彼女は、文字通り『カレールー』と書かれたパッケージを一生懸命探していたからだ。
「むぅ……あるのは、ヘドロのような絵が描かれた箱ばかりじゃ」
パッケージにプリントされた美味しそうなカレーの写真を、失礼極まりない語彙で酷評する魔王の娘。
だがその時、彼女の脳裏に給食で食べた『茶色いドロドロとした食べ物』の記憶がフラッシュバックした。
「……ハッ!これはまさか、あの美味なるカレーか!?つまり、かれーるーというのはカレーの『ルー』ということか!」
名探偵のような鋭い閃きと共に、見事に点と点を繋ぎ合わせるラビリス。
しかし次の瞬間、彼女はきょとんと首を傾げた。
「……して、ルーとはなんじゃ?」
根本的な疑問は、何一つ解決していなかった。
「まぁよい。先ほどの衛兵がここにあると言うた以上、これがカレールーというものなのであろう。……しかし、どれを選べばよいのじゃ……」
メーカー、ブランド、辛さの段階。壁一面にズラリと並ぶ圧倒的な物量を前に、ラビリスは再び困惑の海へと沈む。
「同じ名前の中でも種類が分かれておるぞ……。むむ、こちらには白いものもある。しちゅー?前に学校で食したものは、もっと黒っぽいのものであったはずじゃが……」
その後も悩みながら順番にパッケージを睨みつけていた魔王の娘が、ある商品の前でピタリと足を止めた。
「な……っ!王子じゃと!?カレーにも身分があるというのか!……む!こちらには姫もあるではないか!!」
貴族を彷彿させる文字を前に、カレーの世界にも厳格な身分制度が存在するのだと驚愕する。
「じゃが、それならば話が早い。余は魔王の娘であると同時に、魔族の姫でもある。これを買えば問題なかろう」
自分と同等の位(?)に狙いを定めると、ラビリスは『お姫さま』と書かれた可愛らしいパッケージをドサドサと容赦なくカゴへと放り込んだ。
「まぁこんなものでよかろう。……次は、じゃがいもか」
見事(?)一つ目のミッションをクリアし、満足げに頷いた魔王の娘は、少し重くなったカゴを引きずりながら意気揚々と次の売り場へと向かうのだった。
――数分後。
別の衛兵から聞き出した情報を頼りに、野菜コーナーへとたどり着いたラビリスは、ズラリと並ぶじゃがいもの前で再び腕を組み、難しそうに眉を寄せていた。
「女王と男爵……。ここにも身分制度を持ち込んでくるとはな。一体この世界の食料はどうなっておる?」
カレールーに続き、野菜にまで存在する厳格な身分差に戦慄する魔王の娘。
彼女はカゴの中のルーと、目の前の芋を真剣に見比べた。
「……カゴの中にはすでに『姫』がおる。女王と共にあるべきか、それとも男爵にエスコートさせるべきか……」
姫のパートナーとして相応しいのはどちらか――大真面目に悩みを深めていると、不意に背後から、抑揚のない気怠げな声が降ってきた。
「……魔王の娘じゃん。何やってんの……?」
「む?」
聞き覚えのある平坦すぎるトーンに、ラビリスが勢いよく振り返る。
「き、貴様は……!」
そこに立っていたのは、半開きのジト目でラビリスを見下ろす、神崎 暦の姿だった。
「コヨミではないか!このようなところで何をしておる!?」
「……え。買い物だけど……」
スーパーという空間において、あまりにも愚問すぎる問いかけに暦がジト目を向ける。
「そ、それもそうか……」
圧倒的な正論を前に、魔王の娘はあっさりとトーンダウンした。
「……今日はまお……店長は一緒じゃないの?」
「む。あやつは今、勤めに出ておるわ」
「……そっか。私が休みってことは、店長出勤だもんね……へへ……」
自分は休日であるという事実を思い出し、暦は少しだけ嬉しそうに乾いた笑いを漏らす。
「……じゃあ、一人でおつかいしてるんだ。……ふーん。偉いじゃん」
「ふん、やっと余の偉大さに気づいたか。……おぉそうじゃ、コヨミよ。姫の付き添いには女王か男爵、どちらがよいと思う?」
「……え、なんの話?」
突如として始まったファンタジーな問いかけに、暦は半開きの目を瞬かせた。
「じゃから、ここに女王と男爵がおるじゃろ?このカゴに入っておる姫に相応しいのはどちらかと聞いておる」
ビシッとじゃがいも売り場のポップを指差し、さらにカゴの中を見せつけてくるラビリス。
暦はめんどくさそうにカゴの中身とじゃがいもを交互に見比べて全てを察した。
「……何言ってんのかよくわかんないけど、カレーだったら女王じゃない?」
「ほぅ。やはり親子で並び立つのがよいということか……」
一人で深く納得している魔王の娘に、暦がカゴの中の『お姫さま』を指差す。
「……ていうか、ホントにそのカレーで合ってる?」
「む、どういう意味じゃ?」
「……んー。……店長に何頼まれたの?」
「これじゃ!」
自信満々に突き出された手書きのメモを受け取り、暦のジト目が左右に往復する。
「……やっぱり間違ってるんじゃない?」
「なにっ!?」
「……それ買って帰ったら、多分店長に怒られると思うよ。……はぁ。めんどくさいけど、今回だけお姉さんが手伝ってあげよう……」
わざとらしく深いため息を吐き出す女子大生。
しかし、彼女は不本意ながらも『はじめてのおつかい』の引率役を買って出るのだった。




