☆103かいめ☆ 魔王の娘、はじめてのおつかいへ行く
ゴールデンウィークも後半戦に突入した、4日目の朝。
「そういやお前、友達と一緒に勉強会するとかなんとか言ってなかったか?」
綺麗に畳まれたコンビニの制服を通勤用の鞄に押し込みながら、出勤準備中の大地がふと尋ねる。
「それは明日じゃ。今日は特に用事もない故、何をしようかと悩んでいたところじゃ」
「お、ならちょうどいいわ。ちょっと『おつかい』を頼みたいんだが」
「おつかい?余はそなたの使い魔などではないぞ」
ソファの上でウサギウスの頭を撫でていたラビリスが、心外だと言わんばかりに振り返った。
「その使いじゃねぇって。代わりにちょっと買い物してきてほしいってこと」
「ほとんど同じではないか。魔王の娘たる余を小間使いにしようなど、片腹痛いを通り越して全腹が痛いわ」
(それは普通に腹が痛いでは……)
フンッ!と鼻を鳴らし、ウサギウスをギュッと抱きしめたまま偉そうにふんぞり返る魔王の娘。
「ほぅ。家事は分担って前に約束したのになんもしてねぇのは誰だ?」
「ぬぐ……!」
痛いところを突かれた魔王の娘が、気まずそうにウサギウスでサッと自分の顔を隠す。
「じゃあこうしよう。おつかいに行ってきてくれたら、帰りにお菓子を買ってきてやる」
「ふむ、そこまで言うのでならば仕方あるまい。……ただし、安物の菓子で余を使役できると思うでないぞ?」
魅惑のワードにあっさり食いつき、配下の陰からひょっこりと顔を出したラビリスが、キリッとした表情で条件を突きつけてきた。
「な、なんだよ。何をご所望なんだ?」
「メルの話によれば、『ぽっきー』なる菓子が美味いらしい。じゃがなかなか買うてはもらえぬようじゃ。即ち、高級な菓子であることは明白!故に、余はぽっきーなる菓子を所望する」
「…………2個買ってきてやる」
「なに……っ!?大盤振る舞いではないか!熱でもあるのではないか!?」
(なんてかわいい奴なんだ……)
倍の要求を呑んでみせた大地の太っ腹に、ラビリスが目を見開いて驚愕する。
あまりにもちょろすぎる交渉成立であった。
「失礼な。……まぁいいや。んじゃ行ってきてくれるんだな?」
「よかろう。その任務、見事に成し遂げてやろうではないか!」
ウサギウスを天高く掲げ、自信満々に胸を張るラビリス。
(ぶっちゃけちょい不安だけど。メモに書いてあるものぐらいならなんとかなんだろ……)
まるで『はじめてのおつかい』に挑む我が子を見送るような不安を抱えつつ、大地は手早く買い物リストを書き上げる。
そして、ソファで意気揚々とふんぞり返る魔王の娘へ、五千円札と一緒にそのメモを手渡した。
「スーパーの行き方はそのメモの裏に書いてある。ま、近いからすぐに行けるだろ。……あとは表に書いてあるものを買ってきてくれたらいい」
「かれーるー。じゃがいも……他にも色々あるな。まぁよくわからぬが、衛兵を問いただせばよかろう。任せておくがよい」
渡されたメモをまじまじと見つめ、息をするように物騒な解決策を口にする魔王の娘。
「普通に聞けよ……。マジで頼んだぞ?あ、今はまだ開いてないから、昼ぐらいに行けよ?あとお金はそこに置いてある財布に入れて、ちゃんと首にかけて行くんだぞ?」
「わかっておるわかっておる。そなたはさっさと勤めを果たしてくるがよい」
「ホントに大丈夫か?……じゃあ行ってくるから、買い物と留守番頼んだぞ」
何度も念を押し、大地は後ろ髪を引かれる思いで玄関へと向かう。
ガチャリと扉が閉まり、やがて廊下を歩く足音が遠ざかっていった。
「ふん、行きおったか。この程度の些事、余にかかれば容易いこと。余をなんと心得ておる」
部屋に静寂が訪れると、ラビリスは配下のウサギウスをベッドの定位置へと恭しく鎮座させる。
そしてリモコンを手に取ると、すっかり手慣れた動作でテレビの電源を入れた。
「さて、本日の情報収集を終えたら向かうとするか」
そこにあるのは威厳ある魔王の娘……ではなく、すでに地球の休日に馴染みきった、お茶の間の主婦の姿であった。
――数時間後。
「ほぅ。これが『すーぱー』なる建造物か!思っておったより小さいな……」
大地の描いた手書きの地図を片手に、首から紐付きのお財布を下げたラビリスが、堂々と腕を組んで声を上げる。
「どれ、早速衛兵に尋ねるとするか」
ターゲットを見定めた彼女が振り向いた先には、店先で気持ちよさそうに日向ぼっこをしているお婆さんの姿があった。
(衛兵のわりにはえらく年老いておるな。このような人材で店を守れるというのか……?)
内心で失礼極まりない評価を下しつつ、ラビリスは威風堂々とお婆さんの正面へと歩み寄る。
「おい。余はかれーるーなるものを探しておる。どこにあるか申すがよい」
「…………はい?」
「じゃから、かれーるーを探しておる!どこにあるか申せと言うておる!」
「…………あんだって?」
「ぐぬぬ……。下手に出れば舐め腐りおって……!」
純度100%の高圧的な態度なのにも関わらず、魔王の娘はぷるぷると肩を震わせて勝手に憤慨していた。
「あーはいはい。ごめんね、耳が遠くてね。これがほしいのかい?」
お婆さんがしわくちゃの笑顔で、そっと一つのおまんじゅうを差し出した。
「なんじゃこれは……?」
渡された謎の茶色い物体を両手で持ち、くんくんと匂いを嗅ぐ魔王の娘。
特に危険がないことを察知すると、ためらいつつも小さな口でそれをかじった。
「……っ!う、美味い!なんじゃこの優しく包み込むような甘さは!例えるなら――って違うわ!!」
感動のあまり十八番の食レポを披露しかけ、ラビリスはハッと我に返って教科書のようなノリツッコミを炸裂させる。
「美味しかったかい?」
「うむ、実に美味であった。……じゃが、そうではない!余はかれーるーを探しておると言うておろう!!」
「カレールー?お嬢ちゃん、ここはまんじゅう屋だよ?」
「え……?」
気の抜けた声が漏れ、彼女の動きがピタリと止まった。
「スーパーはあっち」
のんびりとした声で、お婆さんが目の前を指差す。
言われるがまま振り返ったラビリスの視線の先――そこには、煌々と看板を光らせる建造物が堂々とそびえ立っていたのだった。
「そ、そうか。なに、ここの『まんじゅー』とやらに少々興味が湧いただけのこと。おばばよ、大儀であったぞ」
顔を真っ赤に染めながら、ラビリスは残りのまんじゅうをポイッと口に放り込む。
自身の盛大な勘違いを必死に誤魔化すように、無駄に堂々とした足取りでまんじゅう屋をあとにした。
もちろん、親切にしてくれたお婆さんに手を振ることも忘れない。
「ふん、大地め。紛らわしい地図を書きおって!」
理不尽な文句を垂れつつ、ラビリスは今度こそ本物のスーパーの正面に立ち、改めてその外観を見上げる。
「なるほど。中々に煌びやかな装飾じゃ。小型のバザールと言ったところじゃな」
あながち間違ってもいない絶妙な解釈を終えると、魔王の娘は自動ドアの向こうへ意気揚々と足を踏み入れたのだった。




