☆102かいめ☆ さらば渓流。水際の聖戦と小さな寝息
「ふぃ~、もう入らぬぞ……。余は大変満足じゃ」
手作りワッフルを心ゆくまで堪能し(テイクアウト分も確保済みである)、ラビリスは膨れたお腹を満足げにポンポンとさする。
「んじゃ、腹ごなしにこれでちょっと遊ばない?」
ヒナが自分のカバンをごそごそと探り、得意げに取り出したのはカラフルな水鉄砲だった。
「なんじゃそれは?」
「あら、ラビリスさん水鉄砲で遊んだことはございませんの?」
「みずでっぽー……?」
聞き慣れない単語に、魔王の娘が不思議そうに目を瞬かせる。
「あれで水を飛ばして遊ぶんだよ」
めるが説明すると、ラビリスは目を見開いて跳ね起きた。
「な……っ!魔力を込めずに水を飛ばすじゃと!?……この世界にそんな魔道具が存在しておったとは……」
戦慄の表情で、水鉄砲をガン見するラビリス。
どうやら彼女の目には、恐るべき未知のテクノロジーとして映っているらしい。
「……ふむ、よかろう。飽食の後に身を沈めては、奴のような腹になってしまうからな」
「う、うるせぇ。これでも昔は……ぶつぶつ……」
無慈悲に突きつけられた小さな指の先には、大地の少々だらしないお腹。
痛いところを突かれた中年男は、言い訳をこぼしながらそっと視線を逸らした。
「お、いいねぇ。ちゃんと人数分持ってきたし、向こうで遊ぼ!」
「4つしかねぇのに人数分とはこれいかに……。まぁいいや、三人ともちょっとこっちに」
呆れ半分にツッコミを入れつつ、大地ははしゃぎだした三人娘をチョイチョイと手招きした。
「なんじゃ?」
「いいか?川ってのは毎年必ず事故が起きる、めちゃくちゃ危険な場所でもある。遊ぶのはいいけど、大人の目の届かないところと、川の真ん中には絶対に行かないこと。いいな?」
「「はーい!」」
「むぅ、仕方あるまい」
真剣な眼差しで告げられた厳格なルール。
めると六華が揃って元気よく返事をする横で、魔王の娘も渋々といった様子でこくりと頷いた。
大地の言いつけをしっかりと胸に刻み、水辺へと駆け出す三人娘。
そこには、一足先にサンダルを脱ぎ捨てて川に足をつけているヒナの姿があった。
「ちょい冷たいけど気持ちいいよ!」
「ほほぅ。では余も入ってみるとするか」
「私、泳げないけど大丈夫かな……」
「端の方なら浅いですし、平気ですわよ」
意気揚々と靴を脱ぐラビリスに対し、少し不安そうに服の裾を握りしめるめる。
そんな彼女の手を、六華が優しく引いてエスコートする。
それぞれが素足になり、キラキラと輝く透明な清流へとゆっくり足を踏み入れた。
「む?おぉ……。確かに少し冷たいが気持ちよいな」
「ええ。それに、思っていたより流れが速いですわ」
「うぅ。ラビちゃん、六華ちゃん。ちょっと掴まっててもいい……?」
ひんやりとした心地よい水の感触と、足首をくすぐる川の流れ。
慣れない感覚にキュッと身をすくませ、めるは二人の腕にギュッとしがみついた。
「なんじゃメル。そんなへっぴり腰では魔道具が持てんぞ?」
「ラビちゃ~ん!こっちこっち~!」
「む?……わぷっ!」
振り向いた魔王の娘の顔面に、一直線に飛んできた水流が見事にクリーンヒットする。
両手で顔を拭ってペッペッと水を吐き出すラビリスを見て、犯人のギャルがケラケラと腹を抱えて笑った。
「ぐぬぬ……。魔王の娘たる余に対して不意打ちとは生意気な……!リッカ!メル!共にヒナを成敗するぞ!」
水辺に置かれていた『魔道具』をひったくり、ラビリスは復讐の号令を上げる。
そしてヒナへ向けて銃口を構えた。
「覚悟せぃ!!」
カチャッというプラスチックの軽い音と共に、怒りに任せて力いっぱいトリガーを引く魔王の娘。
しかし――。
チョロ。
勢いよく放たれるはずだった水は、ヒナの足元にすら届くことなく川面へと吸い込まれていった。
「な……っ!全く届かんぞ!」
驚愕に見開かれる瞳。恐るべき未知の魔道具は、彼女の期待を完璧なまでに裏切っていた。
「馬鹿な……!ヒナの攻撃は届いていたというのに、これは一体……」
手の中の役立たずをまじまじと見つめながら、魔王の娘が眉を寄せる。
するとそこへ、六華の鋭い声が飛んだ。
「ラビリスさん!あれを見て!」
彼女がビシッと指差した先――そこには、三人娘が持っている可愛らしいおもちゃとは比べ物にならない、やけにゴツい大型タンク付きの『重機関銃』を構えたヒナの姿があった。サイズ比にしておよそ三倍。どう見ても火力が違う。
当のヒナはといえば、声にならない笑い声で腹を抱えて大爆笑していた。
「おのれぇ……!なんじゃそれは!卑怯じゃぞ!!」
「はぁ〜、お腹痛っ……!だって3対1だし!これぐらいのハンデはもらってもいいっしょ!」
全く悪びれることなく、極悪な銃口を向けてケラケラと笑うJK。
絶望的な兵器の差を前に、魔王の娘はバシャバシャと悔しそうに水面で地団駄を踏んだ。
――十数分後。
「ダ、ダメじゃ……」
「まだ、勝機はあるはずですわ……!」
圧倒的な火力の前に為す術もなく蹂躙され、ずぶ濡れになった魔王の娘が浅瀬にへたり込む。
それでも隣のお嬢様は、負けじと悔しそうに川の向こうを睨みつけていた。
「や、こっちがピュッとしておる間にバシャーッ!はさすがに無理じゃろ……」
絶望的な戦力差を訴え、完全に心が折れかけているラビリス。
するとそこへ、めるがそろりと身を寄せてきた。
「ちょっと作戦を思いついたんだけど、こんなのはどうかな?」
彼女の小さな手招きに合わせて、三つの頭が一つに集まる。水音に紛れて、コソコソと秘密の作戦会議が始まった。
「……ほ、本気ですの?」
「いや、メルよ!実によい作戦じゃ!それで行くぞ!」
数秒後、提案された内容に六華が目を丸くする。
対照的に、ラビリスはニヤリと不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
そして――。
「……蓮パイ、何してんの?」
「私のことはお構いなく」
川の真ん中で重火器を構えるヒナへ向かって、眼鏡を光らせた蓮が無表情のままジリジリと水面をにじり寄っていく。
その異様な光景に、彼女は疑いの目を向けた。
「絶対なんか企んでんじゃん。もしかして――」
「今じゃ!」
ヒナが銃口を向けようとしたその瞬間、ラビリスの鋭い号令が響き渡る。
すると、蓮の後ろから、隠れていた三人娘が一斉に飛び出した。
「わっ!冷たっ!ちょ、それズルくない!?4対1じゃん!!」
「今の私は人ではありません。言うなれば、天使を守る為の聖なるガボボボボボ……」
怒涛の不意打ちを浴びたヒナが、抗議の声を上げながらも容赦なく重火器のトリガーを引く。
放たれた極太の水流を顔面にモロに受け、崇高なる盾の長口上は、無残な泡音となって川へと沈んでいった。
――さらに数十分後。
激闘の末、完全に燃え尽きた五人は、ずぶ濡れのまま河原に死屍累々と並んで倒れ伏していた。
「お前ら、そんなカッコで寝てたら風邪ひくぞ。終わったんならさっさと着替えてこい」
「……ガチで疲れたんだけど。蓮パイの動き、無駄にキモかったし……」
「失敬な。最小限の動きで盾になっていただけです」
唯一被害を免れた大地が呆れ顔で見下ろす中、ぜぇぜぇと荒い息を吐くヒナと、見事にメガネを曇らせた蓮が言い合う。
どうやらあの後、聖なる盾は独自の進化を遂げて泥沼の長期戦にもつれ込んでいたらしい。
「とにかく服が重くてかなわぬ。さっさと着替えるぞ」
「どこで着替えたらいいのかな……?」
「ま、まさか外で着替えるなんてことは……」
ずっしりと重くなった服を引っ張り、真っ先に起き上がるラビリス。
それに続いためると六華は、周囲の開けた大自然を見渡して不安げに身を寄せ合った。
野外での着替えなど、箱入りのお嬢様にとってはまさに前代未聞の試練である。
「あ、アタシ簡易更衣室持ってきてるからそこで着替えてね」
「おぉ、準備いいな。どこに置いてあんだ?」
「アタシのカバンの横~」
河原に転がったまま、気怠げに手をヒラヒラと振るヒナ。
遊びにおいては一切妥協しないギャルの有能さに、大地は感心したように深く頷いた。
服を着替え終わり、心地よい疲労感に包まれたしばらく後。
ぽかぽかとした陽気の中、小さな魔王軍の面々はすでに夢の中へと旅立っていた。
すやすやと穏やかな寝息を立てるラビリスの頭をそっと撫で、大地はヒナと蓮に向き直る。
「ヒナ、蓮、ありがとな」
「いいっていいって、アタシもガッツリ楽しんだし!」
「私も、皆さんと共に有意義な戦術を学べましたので、気にしないで下さい」
二人の言葉に、大地は苦笑いを浮かべる。
「そっか。ま、そのうちこの借りは返すよ」
「やったー!焼肉ゲットー!」
「言ってねぇよ……」
ちゃっかり焼肉をもぎ取ろうとするギャルを華麗にツッコミ、大地は大きく伸びをした。
「さて、主役たちが寝ちまったことだし、そろそろお開きにすっか!」
「んだね」「そうですね」
楽しかった一日の終わりを惜しむように、大人たちは穏やかに笑い合いながら片付けの準備へと動き出した。
「おーし、忘れもんはねぇな?」
すっかり眠りこけた子どもたちを後部座席に寝かせ、すべての荷物を車に積み込んだ大地が振り返る。
「ゴミも片づけたし、大丈夫と思う!」
「ぜぇ……ぜぇ……」
元気よく親指を立てるヒナの足元では、行きと同じく激重BBQセットを一人で運ばされた蓮が、燃え尽きたボクサーのように肩で荒い息をしていた。
「よし、んじゃ帰るかぁ!」
大地の明るい声を合図にドアが閉まり、エンジン音が静かな大自然に響き渡る。
車がゆっくりと走り出すと、窓の外では茜色に染まり始めた夕暮れの景色が優しく流れていった。
ミラー越しに映るのは、遊び疲れて身を寄せ合うように眠る、小さな三人娘の平和な寝顔。
その微笑ましい光景に、大地とヒナと蓮も自然と笑みをこぼす。
魔王の娘たちと過ごす忘れられない一日は、こうして穏やかな余韻とともに幕を閉じるのだった。




