☆101かいめ☆ 魔王の娘、酸いも甘いも噛み分ける(物理)
「ふぅ……。あまりにも美味じゃった……」
すっかり綺麗になった金串を置き、ラビリスが膨らんだお腹を満足げにさする。
「いやぁ、マジで美味かったな。ただでさえ美味いのに、外で食べるっつーのがまた、さらに美味さを引き立てるんだよな」
ビール(ノンアル)を片手に、大地も心地よい風に吹かれながら大きく伸びをした。
「わかる!マジ謎だけど、外で食べるのって普段より美味しいよね!」
ヒナも満面の笑みで同意する。
するとすかさず、蓮がスッと眼鏡のブリッジを押し上げた。
「外で食べる食事が美味しく感じるのには、ちゃんとした科学的、心理的な理由があります。例えば、大自然の中では五感が――」
「あー!聞いてない聞いてない!!蓮パイ、こんなところまで来てそういう小難しい話やめてくんない?」
食い気味に言葉を遮り、ヒナが自分の耳をポンポンと叩く。
「ふむ。千家さんが謎と言っていたので説明しようとしたのですが……」
彼は心外だと言わんばかりに小首を傾げた。
「言葉のあやってヤツ!別に今、謎を解き明かしたいわけじゃないの!」
呆れたように言い返すヒナ。
すると、その言葉を聞いていた六華が、胸の前で両手を組みながら顔を輝かせた。
「答えを求めずに自分で謎を解こうとする姿勢……素敵ですわ!ヒナお姉様!」
「……六華ちゃん、多分違うと思うよ……」
見当違いの感動に浸るお嬢様に、めるがジト目でボソリと呟いた。
「余は大変満足しておる。……が。これ、パパよ、なにか甘いものを用意せぃ」
アウトドアチェアにふんぞり返り、偉そうにポンポンとお腹を叩きながらラビリスが要求する。
「ほぅ……?なんでかは知らんが、相当調子に乗ってると見える。……そんなお前にはこれを進ぜよう」
大地はそう言うと、不敵な笑みを浮かべながらゴソゴソとカバンを漁り、中から真っ赤な粒を一つ取り出した。
「なんじゃこれは?グミか?」
「あぁ。最近店に入ってきた新商品だ」
「ほほぅ。最新の菓子を献上するとは、なかなかによい心がけじゃ、どれ……」
ラビリスは何の疑いもなく、その赤いグミをポイッと口に放り投げた。
モニュッと一噛み。
すると次の瞬間――。
彼女の口が、キュゥゥッ!と目に見えるほどの勢いで、見事な『*』へと変化した。
「〜〜〜〜〜っ!?ッ、ひゅ、ひゅっぱ……っ!?ひゅっぱいじょ!!」
両頬を押さえ、涙目でバタバタと地団駄を踏むラビリス。
「ぶははははっ!!いい顔だぞラビリス。スマホの待ち受けにしてやるからこっち向け!!」
腹を抱えて大爆笑しながら、大地が容赦なくスマホのカメラを向ける。
「おのいぇ、たびゃかっひゃな!みじゅ!みじゅをよこしぇーっ!」
顔を真っ赤にして抗議し、テーブルの上のペットボトルへと必死に手を伸ばす魔王の娘。
その威厳の欠片もない姿に、様子を見ていたヒナや蓮、めると六華もたまらず吹き出した。
澄み切った青空の下、穏やかな大自然の河原に、今日一番の楽し気な大爆笑の渦がドッと巻き起こるのだった。
「はぁ~……。死ぬかと思ったわ。ふふ……ラビちゃん大丈夫?」
ひとしきり笑い転げたヒナが、目尻の涙を拭う。
「笑いごとではないぞ!余は甘いものを所望したのじゃが!」
ようやく口の中の酸味を水で洗い流したラビリスが、プンスカと肩を怒らせた。
「後味は甘かったろ?」
「そういう問題ではないわ!」
ニヤニヤと笑う大地を、ラビリスがキッと睨みつける。
すると横から、蓮がクイッと眼鏡を光らせた。
「ですが、酸味というのは疲労回復やリフレッシュ効果が――」
「メガネは黙っておれ!」
ウンチクを語り始めた蓮を、ラビリスが食い気味に一刀両断する。
すると、めるが自分のリュックの中から、綺麗にリボンで包装された袋をそっと取り出した。
「あの、ラビちゃん。これ持ってきたんだけど、よかったら食べる?」
「むむ、これは……?メルが作ったのか?」
ラビリスが目を丸くして身を乗り出と、めるは少し照れくさそうに微笑んだ。
「う、うん。この前約束したワッフルなんだけど……」
「なにっ!?」
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がる魔王の娘。
「わ、わたくしも、いただいてよろしいですの……?」
六華もそわそわと様子を窺う。
「うん。みんなで食べられるように、いっぱい作ってきたから六華ちゃんも食べて」
めるは満面の笑みを浮かべ、袋の中から人数分のワッフルを取り出した。
「……ほぅ。変わった形をしておるな」
ちょこんと手のひらに乗せられた格子状の焼き菓子を、ラビリスは不思議そうに指先でツンツンと突く。
「めっちゃいい匂いなんだけど!ガチでめるちゃんが作ったの!?」
「う、うん……」
鼻をくすぐる甘い香りに、ヒナのテンションが一気に跳ね上がった。
目をキラキラさせる彼女に、めるは「えへへ」と照れくさそうに身をよじらせる。
「すげぇな。店で買ってきたって言われても絶対気づかないぞこれ」
「えぇ。照り、香り、硬さ。食べる前からすでに一流の出来栄えですね」
手に乗せられた小さな芸術品に大地が感心していると、蓮がまるで茶器でも鑑定するかのように、眼鏡の奥で鋭い光を放っていた。
その様子は完全にプロのそれである。
「めるさんのお菓子は本当に絶品ですのよ。みなさんも絶対に虜になってしまいますわ!」
そして極めつけは、『えっへん』と聞こえてきそうなぐらいのドヤ顔をキメているお嬢様だ。
彼女は作った本人を差し置いて、誇らしげに胸を反らしていた。
「そ、それじゃあ、みんな食べてみてっ」
めるの可愛らしい号令に合わせて、全員がワッフルを口へと運ぶ。
サクッ。
心地よい音が響き、バターの芳醇な香りがふわりと鼻をくすぐった。
こんがりと焼けた外側の生地はサクサクで、その内側からはふわふわとした食感が顔を出す。
控えめで優しい甘さが口いっぱいに広がり、先ほどのすっぱいグミの惨劇を完璧に上書きしていった。
「ふぉぉおおおお……ッ!!なんじゃこれはぁぁぁっ!?」
一口かじった瞬間、ラビリスが歓喜にワナワナと震えだした。
「見よ、パパよ!この表面に刻まれた複雑な幾何学模様……ただの意匠かと思いきや、甘美なる魔力を逃さず絡めとるための魔法陣であったわ!」
「お、おぅ……。もはや何を言ってるのかわからんが、美味いのは伝わったわ……」
「さらにこの食感!鋼の防壁を突破したかと思いきや、その奥には雲のように柔らかな聖域が広がっておる!噛み締めるたびに、慈愛に満ちた甘露の雨が余を満たしていくぞ……ッ!」
食べかけのワッフルを天高く掲げ、大仰なポーズで絶賛する魔王の娘。
「むぐむぐ……ゴクン!……ぐぬぬ、実にけしからん!!……メルよ!そなたは余を内側から破壊するつもりか!!」
「えへへ、ありがとうラビちゃん」
語気こそ怒っているようにも聞こえるが、ラビリスの顔は感動に打ち震えきっている。
そんな大袈裟すぎる親友の称賛を、めるは照れくさそうにはにかみながら受け止めていた。
(今ので通じたのか……?)
謎のコミュニケーションを前に、大地は考えることを放棄して静かに手元のワッフルをかじった。
「いやでも、ラビリスの言う通り……かはわからんが、確かに美味いな!マジでプロ顔負けだな。この優しい甘さが体にめちゃくちゃ染みるわ」
手元のワッフルをしみじみと見つめ直し、大地は本気で感心して深く頷く。
「マジどーなってんの!?ガチで神なんですけど!外サク中フワの黄金比じゃん!めるちゃん、これ絶対お店出せるって!」
普段から料理をするヒナにとっても、その完成度は舌を巻くレベルらしい。
興奮気味に前のめりになって大絶賛だ。
「えぇ。生地の配合、焼き加減、そして何より作り手の純真な愛情……すべてが完璧です。これを国宝に指定しない政府の気が知れませんね」
極めて真面目なトーンで国家への不満を漏らすのは、小さなワッフルを恭しく両手で捧げ持った蓮である。
その静かなる狂気を孕んだ称賛は、もはや何かの信仰の域に達していた。
「そうでしょうそうでしょう。めるさんの作るお菓子は、どんな高級なお菓子よりも美味しいですのよ」
「そ、そうかな。でも、すっごく嬉しいな」
嵐のような絶賛の声に、なぜか本人の代わりにうんうんと深く頷く六華。
対するめる本人はというと、みんなの喜ぶ顔を前に、嬉しさと照れくささでもじもじと俯いていた。
「……あ、いっぱい作ったから、おかわりもあるよ!」
パッと顔を上げ、天使の微笑みと共に別の袋が開かれる。
「むむ!残りはすべて余がいただく!袋ごとよこすのじゃ!」
「お待ちになって、ラビリスさん!」
一番乗りで袋に手を伸ばそうとした魔王の娘に、六華の細い指先がビシッ!と容赦なく突きつけられた。
「……いくら美味しくても、独り占めはいけませんわ。めるさんがみなさんのために作ってくれたのですから、仲良く分けるのがレディの嗜みというものです!」
「ぬぅ……リッカよ、もっともらしい正論を申すではないか」
「えぇ、当然ですわ」
キリッとした表情で説教を垂れ、優雅に胸を張るお嬢様。
だが次の瞬間、彼女は流れるように洗練された所作で、空になった自分のお皿をスッとめるの鼻先へと突き出した。
「……ですから、残りのワッフルの『半分』は、このわたくしがいただきますわ。さぁめるさん、わたくしのお皿へ!」
「あはは!六華ちゃん、言ってることとやってること矛盾しすぎっしょ!」
息をするようにとんでもない暴論を吐いた六華に、ヒナがお腹を抱えて大爆笑する。
「何を言うか!メルは友である余の為に作ってきたのじゃぞ!」
「あなたこそ何を言っていますの!?わたくしだってめるさんのお友達ですわ!」
ついさっき語っていたレディの嗜みは、遥か彼方の空の向こうへ。
絶品の手作りワッフルを巡って、魔王の娘とお嬢様による、醜くも可愛らしい仁義なき争奪戦が幕を開けたのだった。




