☆108かいめ☆ 全国模試開始!解答用紙に建国された三つの理想郷
ゴールデンウィーク明け2日目。枢星学園。
「――始め!」
教師の鋭い合図と共に、教室内で一斉に問題用紙がめくられる音が響き渡る。
そう、全国の小学生たちが己の知力をぶつけ合う戦場――『全国模試』が幕を開けたのである。
(ふむ、最初は算数か……)
教室内にピンと張り詰めた静寂が降りる中、全国の小学生たちを絶望の淵へと追いやる数々の難問たちに、ラビリスはスッと目を通していく。
しかし、数問ほど眺め終わったところで、彼女は退屈そうに「ふぁぁ……」と大きなくびを一つ噛み殺した。
(なんじゃこれは?全く歯ごたえがないわ。これならば、この学園に入学するために課された試練の方がまだマシではないか……)
北条理事長の嫌がらせを突破した魔王の娘にとって、一般的な全国模試の難易度など、もはや最初の村周辺でのスライム討伐クエストに等しい。
周囲の生徒たちが早くも頭を抱えて唸り声を上げる中、再び出そうになるあくびを涙目で堪えながら、ラビリスはスラスラと解答用紙に鉛筆を走らせていくのだった。
一方、そんな退屈しきっている魔王の娘の前の席に座る六華は――。
背後から絶え間なく聞こえてくる淀みない鉛筆の音に、ピクリと肩を揺らしていた。
(……さすがですわ、ラビリスさん。まったく止まることなく書き進めていますわね。わたくしも負けていられませんわ……!)
この春、枢星学園に突如として現れた規格外のライバル。
強大なプレッシャーを感じ取ったお嬢様は、静かに闘志の炎を燃やし、気合いを入れ直して難問へと立ち向かっていく。
そして、ラビリスの隣の席に座るめるはというと。
(あ、これこの前ラビちゃんに教えてもらったやつだ。やっぱり一緒に勉強してよかったぁ)
謎の魔王メソッドが功を奏したのか、彼女もまたマイペースにスラスラと解答欄を埋めていく。
しかし、ふと鉛筆の手を止め、コテンと首を傾げた。
(……そういえば、なんで最後の方は二人ともあんなに震えてたんだろ……?)
自分が盤上でどれほどの地獄を見せたかなど、当然ながら自覚は微塵もない。
数日前の休日のことを呑気に思い返しながら、一人穏やかに試験をこなしていくのだった。
――数時間後。
昼食を終え、模試は後半戦へと突入していた。
(……午前中の算数と英語では苦労しましたけれど、国語はわたくしの得意科目。ここを落とすわけにはいきませんわ……!)
闘志を燃やす六華は、漢字の読み書きやことわざ、長文読解などの難問を、小学二年生とは思えない達筆な文字で次々と埋めていく。
(あ、このお話、お父さんが何度も読んでくれたやつだ。この時の作者さんの気持ちは、たぶん――)
一方のめるは、持ち前の思考力と理詰めの推理を駆使し、作者の意図を淡々と、かつ正確に紐解きながら解答欄を埋めていた。
二人がそれぞれの持ち味を活かして悠々と鉛筆を走らせる中――前半戦で無双していたはずのラビリスは、ある一つの問題の前で完全に手を止めていた。
問:強いものが何かを得て、さらに強くなること。空欄を埋めなさい。「( )に金棒」
(ふ〜む。聞いたことがないのぅ。この『こくご』とかいう科目は、どうにもこの国の文化が絡んでおってわかりにくい。えーっと、強いもの……)
さすがの言語魔法をもってしても、日本のことわざまでは翻訳しきれないらしい。
腕を組み、眉間にシワを寄せてウンウンと唸るラビリス。しかし、数秒後。
彼女は「ハッ」と目を見開き、ポンと手を打った。
(……なんじゃ。そうか、悩むことなどなかったわ)
そして魔王の娘は、絶対の自信と誇りを持って、解答欄のど真ん中にでかでかとこう記入した。
『よ』
その揺るぎない自己肯定感と謎過ぎる解答に、見回りをしていた教師がそっと天を仰いだことなど、彼女は知る由もなかった。
そしてさらに時間が過ぎ、長かった全国模試もいよいよ最後の科目である『社会』の最終問題へと差し掛かっていた。
【問】
ある町で、みんなから集めたお金を使って、新しい建物を一つだけ建てることになりました。町の人たちの意見は、次の三つに分かれています。
・お年寄りのための『大きな病院』
・子供たちのための『新しい学校』
・商人が働きやすくなるための『大きな橋』
あなたがこの町のリーダーなら、どれを優先して建てますか?
また、その意見が通らなかった人たちをどうやって納得させますか。あなたの考えを書きなさい。
(なるほど。どれも町を豊かにするためには必要な施設ですけれど……)
問題文を読み終えた六華は、鉛筆を唇に当てて少し悩んだあと、解答欄に流麗な文字でこう記入した。
『「病院」を建てます。なぜなら、人の命が一番大切だからです。反対する人たちには、他の建物も必ず順番に建てることを約束し、話し合いで誠実に説明してわかってもらいます。』
命の尊さを第一に掲げ、選ばれなかった者たちへも寄り添い、対話による平和的解決を図る。
まさに教養とノブレス・オブリージュを体現したかのような、非の打ち所がない完璧な模範解答であった。
一方、その頃のめるは――。
(う~ん。やっぱり、先のことまで考えないとダメだよね)
可愛らしく首を傾げながらも、彼女の頭の中にはすでに数十年先を見据えた壮大な『未来の都市計画』が構築されていた。
めるは解答欄に、規則正しく几帳面な文字でこう書き連ねた。
『「学校」を建てます。将来の町には、賢い大人を育てることが一番の利益になるからです。反対する人たちには証拠の数字を見せて説得します。それでも反対するなら、学校を病院や市場としても使える案を出して、全員が得をする形で納得させます。』
将来的な利益と確固たるデータによる反論。さらには反対派の逃げ道すら塞ぐ、実利を兼ね備えた完璧な折衷案。
先ほどの六華が『理想のリーダー』だとするならば、こちらは恐ろしく完成された『現実主義』の解答であった。
そして最後、大トリを飾る魔王の娘は――。
(ふん、くだらぬ。そもそも全員を言葉で納得させようなど、弱き為政者の発想よ)
悩む素振りすら一切見せず、呆れたように鼻を鳴らすラビリス。
そして彼女は、丸っこい平仮名で、解答欄を堂々と埋め尽くした。
『「橋」を建てる。金と物流がなければ、結局は病院も学校も維持などできない。反対する民衆との話し合いなど無用。先に橋を作って利益を出し、その一部をリーダーからの「褒美」として後から分け与えてやる。民は言葉で説得されるより、目に見える利益と力を見せられた方が、喜んで従うものである。』
『道徳と理想』を掲げた六華、『論理と実利』で説き伏せためる。
それらすべてを力でねじ伏せる、経済と物流の重要性を完璧に理解した上での『圧倒的な力と富による独覇道』。
可愛らしい平仮名でビッシリと書き殴られた、恐るべき帝王学のレポート。
この解答を採点することになる見ず知らずのアルバイトや担当教師が、「この国の未来はどうなってしまうんだ」と本気で戦慄することになるのは、ここから数日後の話である。




