☆10かいめ☆ 至高の五重奏
「……よし。では、この『てりやきばーがー』なるものを頂くとしようか」
ラビリスは、聖遺物を扱うような手つきで、丸く膨らんだ包み紙を手に取った。
(前菜のポテトであれほどの美味……。メインディッシュたるこの『ばーがー』が、それを上回ることはもはや明白!余の期待を裏切ることは許されぬぞ……!)
ゴクリと喉を鳴らす。期待と緊張が入り混じり、彼女の真紅の瞳がわずかに潤んだ。
「して、大地よ。この包み紙はどのように剥けばよいのじゃ?まさか、この紙ごと食らえというわけではあるまいな?」
「あぁ、確かに最初はわかりにくいかもな。これはな、こうやって端を少しずつ……」
大地が手本を見せるように、慣れた手つきで包み紙を開いていく。
ラビリスはその指先の動きを、秘伝の術式を盗み見るような真剣さで見守った。
「な、なるほど。力任せではなく、流れに逆らわぬのがコツか……」
彼女もそれに倣い、たどたどしい手つきで自分の包み紙を開いていく。
指先に伝わる柔らかな感触と温もり。
そして、ついに「それ」が姿を現した。
「――っ!?」
封じられていた熱気が一気に解放されるのと同時に、暴力的なまでに甘美な香りが彼女の鼻を突き抜けた。
醤油の焦げた香ばしさ、濃厚な甘み、そしてそれらを包み込む肉の脂の匂い。
異世界の王宮に並ぶ、どんな高価な香辛料を使った料理とも違う、抗いがたい「食欲の塊」がそこには鎮座していた。
「な、なんじゃ、この匂いは……!鼻をくすぐるどころか、脳を直接揺さぶられるような……!これが、この国の『伝統の味』というのか!?」
包み紙の中に溜まった、焦げ茶色の艶やかなソースが照明を反射して怪しく光る。
ラビリスは、その未知の輝きに圧倒されながらも、抗えぬ本能に従って再び喉を鳴らした。
彼女は意を決し、両手でしっかりと「それ」を掴んだ。
大きく開かれた小さな口に、何層にも重なった現代の叡智が吸い込まれていく。
がぶっ!
「――っ!!」
一口、深く噛みしめた瞬間。ラビリスの脳内で、未だかつてない規模の爆発が起きた。
まず彼女を迎えたのは、雲のように柔らかく、ほんのり温かい黄金色のパンの抱擁だった。
だが、その柔らかな感触は、すぐさま次なる衝撃に塗り替えられる。
「な、なんじゃ……!この、噛むほどに溢れ出す肉の奔流は……!!」
ジューシーに焼き上げられた肉の塊から、濃厚な肉汁が溢れ出す。
そこに絡みつくのが、あの「伝統の味」――てりやきソースだ。
醤油の香ばしさと、奥深い甘みが肉の旨味を何倍にも引き立て、舌の上で狂おしいほどに踊る。
さらに追い打ちをかけるように、「シャキッ!」という涼やかな音と共に、瑞々しいレタスの食感が弾けた。
濃厚な味の応酬の中で、その清涼感はまさに砂漠のオアシス。
だが、ラビリスを最も驚かせたのは、それらを一つにまとめ上げる「影の主役」の存在だった。
(……っ!この、肉とソースの間に忍ばされた、『謎の白い蜜』は何じゃ!?)
彼女の知らないその白いソースは、絹のように滑らかで、驚くほど濃厚。
それでいて微かな酸味が、甘辛いソースと肉の脂を完璧なまでに調和させ、まろやかなコクの深淵へと彼女を誘う。
「ふ、ふぉぉぉぉぉおおお……!!」
パンの柔らかさ。肉の猛々しさ。草の瑞々しさ。漆黒のソースの甘美さ。そして、謎の白い蜜の慈悲深さ。
五つの要素が、口の中で一つの完成された楽章を奏でる「五重奏」。
ラビリスの頬はパンパンに膨らみ、幸せのあまり真紅の瞳は潤み、細い眉はハの字に下がっていた。
「……んんぅぅぅ!美味い!美味すぎるぞ大地……いや、パパ!余の知る宮廷料理など、この円盤状の小宇宙の前では、ただの粗食に過ぎぬわ!!」
「だろ?それが日本のソウルフードの一つ、てりやきバーガーだ」
大地が笑いながら指差す。
「ほら、ラビリス。口の周り、ソースとマヨネーズでベトベトだぞ」
「ふ、ふぇ……?……むぐっ、構わぬ!このような至高の体験を前にして、些細な体裁など気にしておれるか!!」
夢中で二口目、三口目と食らいつくラビリス。
ソースが頬に付こうが、鼻の頭にマヨネーズが飛ぼうがお構いなしだ。
魔王の娘としての誇りは、今や完全に「食欲」という名の本能に屈していた。
ポテトを放り込み、コーラで流し込み、そしてメインのバーガーを頬張る。
そのたびに、椅子からぶら下がった足をぴょこぴょこと幸せそうに振る。
その姿は、異世界の魔族などではなく、ただの「美味しいものに目を輝かせる幸せな女の子」そのものだった。
「てりやきばーがー……実に見事なり……!!」
すべてを平らげたラビリスは、膨らんだお腹を満足げにポンポンと叩き、至高の悦びに浸っていた。
その表情は、強敵を打ち倒した勇者のごとく誇らしげな「ドヤ顔」であったが、悲しいかな、その口の回りは見るも無残にベトベトに汚れていた。
「そりゃよかったよ。……ほら、じっとしてろ」
大地は苦笑しながら、トレイから紙ナプキンを一枚取ると、彼女の口元に手を伸ばした。
「……んむっ!?な、なんじゃ、いきなり……!」
「ソースが鼻の頭まで付いてるんだよ。そのままじゃ、魔王の娘が台無しだろ?」
大地は優しく、丁寧にその汚れを拭き取っていく。
「っ……!こ、子供扱いするでない!これぐらい、余一人でできるわ!!」
ラビリスは顔を真っ赤にして、大地の手からひったくるようにナプキンを奪い取った。
そのまま、「ふんっ!」と鼻を鳴らしていそいそと口元を拭き始める。
だが、鏡がない場所でのセルフ清掃は、案の定たどたどしい。
ナプキンを動かすたびに、逆に汚れを広げているようにも見えた。
(……偉そうなこと言ってるけど、ただの食いしん坊にしか見えねぇな)
大地はそんな彼女の様子を、目を細めて眺めていた。
これまでの「異世界からの来訪者」という緊張感は、この賑やかなフードコートの喧騒と、てりやきソースの匂いの中にすっかり溶けて消えていた。
「……ふぅ。これでよいか?」
ようやく拭き終えたラビリスが、少しだけ鼻の下に拭き残しを作ったまま、再び凛とした表情で大地を見上げた。
「あぁ、綺麗になったぞ。……さて、腹もいっぱいになったことだし、そろそろ行くか」
「うむ。満足じゃ。この世界の『伝統』、存分に堪能したぞ!」
そう言ってラビリスは、すべてを堪能した様子で席を立った。……はずだった。
だが、トレイを片付けようとする大地の横で、彼女の視線がふと止まる。
そこには、先ほどまで睨みつけていたメニュー表が置かれていた。
その隅っこで、プラスチックのおもちゃの写真が一際光っているようだった。
(……ふん。あのような、稚拙な細工物。余が興味を持つはずもなかろう)
彼女は歩き出そうとして、ほんの数秒、いやコンマ数秒だけ、その写真をじっと見つめた。
それは、魔王の娘としての誇りと、少女としての好奇心の狭間で揺れる、あまりに露骨で、切実な「一瞥」だった。
大地はその視線の動きを、黙って見届けていた。
(……ったく、世話の焼ける……)
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
おかげさまで☆10かいめ☆まで来ました!てりやきバーガー、美味しいですよね。
今回はカップラーメン、じゃがりこに続き、てりやきバーガーを献上しましたが、皆さんがラビリスに食べさせてみたい、やらせてみたいことはありますか?もしかしたら参考にさせていただくかもしれません(笑)
面白かった、お腹が空いた!という方は、ぜひ【下にある☆】で応援いただけると嬉しいです!
今後も、ぜひ二人の奮闘記をよろしくお願いします。




