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【祝コミカライズ】銀狼殿下の専属薬師~冷酷な狼王子は私にしか懐かない~  作者: ぽんぽこ@銀郎殿下5/16コミカライズ開始!!


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第53話 W疑惑

 昼下がりの王城では、長い廊下にやわらかな日差しが差し込んでいた。


 その中央を、ノエルが落ち着かない様子で行ったり来たりしている。遠征から戻ったばかりだというのに、疲れた様子はなく、むしろ妙に頬が緩んでいた。


(イーラには、まだ本人へ余計な負担をかけるなと言われたけど……ニケになら少しくらい話してもいいだろう)


 そう考えたところで、ちょうど廊下の角からニケが姿を現した。


 柔らかな茶色の髪を揺らしながら近づいてきたニケは、ノエルの顔を見るなり首を傾げる。


「顔がにやけてるけど、いいことでもあったの?」


「にやけてなどいない」


「にやけてるよ。すごく」


 きっぱり言われ、ノエルは口元を引き締めた。けれど、隠しきれない喜びが目元に残っている。


「……実はな。誰にも言うなよ?」


「うん!」


 ニケが素直に頷くと、ノエルは周囲を確認してから声を潜めた。


「マリーが……もしかしたら、子供を授かったかもしれないんだ」


 ニケの目が大きく見開かれる。


「えっ!? 本当に!? それってつまり、弟か妹ができるかもってこと!?」


「しっ、声が大きい!」


 ノエルが慌てて口元へ指を立てると、ニケは両手で自分の口を押さえながら何度も頷いた。


「まだ確かじゃない。イーラが、本人には負担をかけるなと言っていたからな」


「分かった。秘密にする」


 ニケはそう答えたものの、全身から喜びがあふれている。今にも走り出して誰かへ話しそうな様子に、ノエルは少し不安を覚えた。


「そうだ。名前も考えてある」


「もう?」


「男の子ならリック、女の子ならリリーだ」


「決めるの早すぎない?」


「準備は早いほうがいいだろう」


 ノエルは至って真面目だった。


「もし女の子なら、きっとマリーに似て可愛いだろうな」


 そう口にすると、自然と表情がやわらぐ。


「黒い髪で、よく笑って……少し落ち着きがなくて、薬草を見つけたらすぐに拾おうとするかもしれない」


「それ、ほとんどマリーお姉ちゃんじゃない?」


「似ているなら、それでいい」


 少し離れた廊下の角で、私は足を止めていた。


 ノエルに会いに行こうと思っていたところで、偶然二人の声が聞こえてきたのだ。


(子供……? リリー……?)


 胸がざわつく。


 さらに耳を澄ませると、ノエルの明るい声が届いた。


「早くリリーに会いたいな」


「だから、まだ早いって」


「そうだ。商人を呼んで、ドレスも用意しなくては」


 私は、その場から動けなくなった。


(リリーって誰? 他の女の人の名前?)


 昨日、出産について司書と話していた姿を思い出す。


 妾を迎え、その人との間に子供を作るつもりなのだとしたら、すべての話がつながってしまう。


 ノエルの笑い声が、妙に遠く感じられた。



 少しあと、玄関ホールを通りかかった私は、さらに嫌な場面を目にした。


 ノエルが、マルグリット王妃と話している。


 王妃は鮮やかな装飾のついたドレスをまとい、いつものように隙のない微笑を浮かべていた。


「まあ……噂は聞きましたよ。おめでとうございます、ノエル殿下」


「えっ、あ、ありがとうございます」


 ノエルが少し慌てながらも礼を返す。


(おめでとうって……やっぱり、本当なんだ)


 視界が滲みそうになる。


 胸の奥が、焼けるように痛かった。


 私は二人に見つからないうちに、その場から離れた。




 夜。


 私はノエルを部屋へ呼び出し、両手を胸の前で握りしめていた。


 言わなければならない。


 何も聞かないまま終わるなんて、耐えられない。


「マリー、どうした?」


 ノエルは少し不思議そうに私を見つめている。


「今日は……お願い。一緒に寝てほしいの」


「……え?」


 ノエルの目が大きくなる。


 その驚き方に、また胸が痛んだ。


「どうした、急に」


「……不安なの」


 視線を落とし、寝衣の裾を指でつまむ。


「正式な跡継ぎのために、妾が必要になることは頭では分かってる。私じゃ、王族の妻に相応しくないかもしれない。でも、それでも……」


 声が震えた。


 ノエルは何も言わず、私を見ている。


「薬師として役に立つから、そばに居させてほしい」


 喉の奥が苦しい。


「私、ノエルが大好きなの」


 言葉にした瞬間、涙がこぼれそうになった。


 ノエルはしばらく呆然としていた。


 やがて、困ったように口元を緩める。


「……そんなに自分を責めるな」


 静かに近づき、私の肩へ手を添える。


「お前は、俺にとって唯一無二の存在だ」


「え……?」


「跡継ぎとか妾とか、そんな話はどうでもいい」


 ノエルの声は迷いがなかった。


「俺が愛しているのは、マリー。お前だけだ」


 胸の奥が大きく揺れる。


 ノエルがそっと抱き寄せると、張り詰めていた気持ちが一気にほどけた。


 けれど次の瞬間、ノエルが鼻をひくつかせる。


「……酒の匂い?」


「え、あ……!」


 慌てて目を逸らす。


 けれど、棚の上には中身の減った酒瓶がそのまま置かれていた。


「ノエルがいない間、寂しくて……ほんの少しだけ飲んでたの」


「まったく、マリー」


 ノエルは眉を下げる。


「本で読んだぞ。妊婦は酒を控えたほうがいいらしい」


「……妊婦って、誰のことですか?」


「……え?」


「え?」


 二人で顔を見合わせる。


 数秒の沈黙のあと、ノエルが戸惑いながら口を開いた。


「イーラから聞いたんだ。食欲がないとか、匂いが駄目になったとか、眠気が強いとか……」


「それは、つい飲みすぎちゃっただけで……!」


 思わず声を上げる。


「でも、ノエルが悪いんですよ! 私を何日も放っておくから……!」


 言ったあとで、はっとする。


 頬が熱くなり、私は唇を噛んだ。


「……ごめんなさい。お酒のせいで、不安が強くなってたんです」


「不安?」


「アルコールが抜ける時に、気分の落ち込みや自己嫌悪が強くなることがあるの。“ハングザイエティ”って呼ばれる状態で……」


「お、おう……急に難しい話になったな」


 ノエルは困惑しながらも、真剣に聞いていた。


「だから、いつもより気持ちが揺れてしまって……ノエルがいないだけで、何もかも駄目になる気がしたんです」


「マリー……」


 ノエルが優しく私を抱きしめる。


 その胸に身を預けた瞬間、体から力が抜けた。


「おい、マリー? まさか今も酔っているのか?」


「ふふ……ノエル、あったかい……」


 私は彼の服をつかみ、そのまま頬を寄せる。


 すると、ノエルの呼吸が少しずつ乱れ始めた。


「なんだ……この感じ……妙に暑いな」


 机の上には、小さな瓶が転がっていた。


 昼間、モルト殿下から冗談半分に渡された試作品。


 ラベルには、小さな文字で“媚薬アロマ”と書かれている。


「まさか……!」


 ノエルが気づいた時には、香りはすでに部屋中に広がっていた。


 私は彼の胸元をつかみ、潤んだ目で見上げる。


「ねぇ、ノエル……離れたくないの。今夜は、一緒にいて」


 ノエルはしばらく私を見つめたあと、静かに肩を抱き寄せた。


 唇が重なる。


 拒む理由も、ためらう気持ちも、もう残っていなかった。


 その夜、私たちは互いの温もりを確かめながら、長い時間をともに過ごした。


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