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【祝コミカライズ】銀狼殿下の専属薬師~冷酷な狼王子は私にしか懐かない~  作者: ぽんぽこ@銀郎殿下5/16コミカライズ開始!!


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第50話 二日酔いから始まる大騒動



 朝の陽光が食堂に差し込んでいた。


 白いテーブルクロスの上には、湯気を立てるスープと、香ばしく焼かれた肉料理が並んでいる。焼き魚も添えられていて、いつもなら喜んで食べるところだ。


 けれど今朝の私には、その匂いが少し重たかった。


「……なんか最近……食べたくないな……」


 スプーンを手に取るものの、持ち上げるだけで億劫だ。


 胃のあたりがきゅうっと締めつけられる。特に脂の匂いが鼻に届いた瞬間、思わず顔をしかめてしまった。


「マリー様? また食欲が……」


 そばに控えていたメイドが、不安そうに声をかけてくる。


「ううん、平気。ただちょっと……寝不足なのかも」


 笑ってごまかしたつもりだったけれど、声に力が入らない。


(まずいわ……また飲みすぎちゃった)


 ここ数日、ノエルのいない夜を過ごすたびに、私はついワインに手を伸ばしていた。


 寂しさを紛らわせるため。


 眠れるようにするため。


 理由はいくらでも思いつくけれど、薬師としては完全に良くない生活だ。


「でも、ここ数日続いておりますよ? 一度、診てもらった方が……」


「本当に大丈夫。ただ、少し疲れてるだけよ」


 私はできるだけ明るく答えた。


(いけないわ。今日こそは不摂生しないよう気をつけなきゃ)


 そう決意しながらも、スープを数口飲むだけで精一杯だった。


 メイドは不安そうな顔のまま、食堂を出る私を見送っていた。


     ◇


 食堂を出たメイドは、厨房へ向かう途中でコック長に声をかけた。


「コック長、マリー様がここ数日ほとんど召し上がられなくて……。魚も、お嫌いなわけじゃないのに、匂いで気分が悪くなるそうで」


 大柄なコック長は、丸い顔を曇らせた。


「それは心配だな。胃でも悪くされたのか……いや、まさか……」


 その会話を、廊下を通りかかったイーラが耳にした。


 イーラはいつものように整った侍女服を着こなし、髪も乱れひとつなくまとめている。穏やかな表情は崩れていないが、目元だけがわずかに鋭くなった。


「……マリー様が、食欲不振?」


「あっ、イーラ様。はい。それにお顔色も優れなくて……。いつも眠そうですし……」


 イーラは静かに歩み寄り、指先を顎に添えた。


「食欲不振、匂いへの拒否、眠気……」


 低く呟く声に、メイドとコック長が顔を見合わせる。


 イーラの瞳の奥に、思案するような色が浮かんだ。


「……懐妊の可能性があるかもしれませんね」


「えっ!? ご、ご懐妊……ですか!?」


 メイドの声が裏返る。


 コック長も目を丸くした。


 イーラは落ち着いたまま頷く。


「まだ確証はありませんが、兆候としては一致します。陛下に報告する前に、慎重に確認を」


 そう言いながら、彼女の瞳の奥が一瞬だけ陰を帯びた。


 穏やかな微笑の裏に、誰にも触れさせない記憶が沈んでいるようだった。


(……もし本当なら、この国にとっても、私にとっても――運命が動く)


 イーラはそっと目を伏せた。


 そのとき、外から馬の蹄の音が響いた。


 衛兵の声が、玄関の方から慌ただしく届く。


「殿下、ご帰還です!」


     ◇


 王城の玄関前に、騎士団の一行が到着していた。


 馬から降り立ったノエルは、旅装のままだった。黒い外套には道中の砂埃がかかっていたが、背筋はまっすぐ伸びている。


 銀の髪が風に流れ、赤い瞳が城の中へ向けられた。


 旅の疲れを見せるより先に、彼は口を開く。


「マリーはどこにいる?」


「お部屋にいらっしゃるかと!」


 衛兵の返事を聞くなり、ノエルはすぐに歩き出そうとした。


 その足を、イーラの声が止める。


「殿下、少々お待ちを。ひとつ、確認をしたいのですが」


「……? なんだ、なにかあったのか?」


 ノエルは足を止めた。


 早くマリーに会いたいのだろう。表情はいつも通りに見えるが、目だけは少しだけ不満そうだった。


 イーラはその様子を見ても動じない。


「奥様とのご関係は順調で?」


「何かと思えば、順調に決まっているだろう」


 ノエルは少し胸を張った。


 その反応に、イーラは静かに目を細める。


「夜のほうも?」


「なっ……!」


 ノエルの顔が一瞬で赤くなった。


「な、何を言うんだ、イーラ!」


「当然の務めを果たされているか、確認しているだけです。王族として、子を残す責務がございますから」


「そ、そんなことを……っ!」


 ノエルは完全に言葉を詰まらせた。


 耳の先まで赤い。戦場ではどれほど恐れられていても、こういう話題にはまるで慣れていないのだ。


 イーラは小さく笑った。


「顔が真っ赤ですよ、殿下。ふふ……その様子なら、心配はなさそうですね」


「何が心配ないんだ……」


 ノエルが眉を寄せる。


 けれどイーラは、長年彼を見てきた侍女らしく、すでに結論を出した顔をしていた。


(やはり、可能性は高い……)


 そして、静かに告げる。


「殿下。マリー様が――懐妊されたかもしれません」


 ノエルの動きが止まった。


「……っ!? マリーが……!?」


 赤い瞳が大きく見開かれる。


「本当か!」


 そのまま廊下を駆け出そうとしたノエルを、イーラが慌てて止めた。


「お待ちください! 本人に直接聞くのはおやめください。女性は繊細です。過度な確認は負担になります」


「……そ、そうか……たしかに……!」


 ノエルは真剣な顔で頷いた。


 さっきまでの動揺が嘘のように、今度は考え込む表情になる。


「俺は、どうすればいい」


「まずは出産についてお学びになるとよいでしょう。準備が肝心ですから」


「……分かった。助言、感謝する」


 ノエルは重々しく頷くと、マリーの部屋とは逆方向へ足を向けた。


 その目は、戦場へ向かう時と同じくらい真剣だった。


     ◇


 王城の図書館は、昼でも静かだった。


 高い天井まで届く本棚が並び、窓から差し込む光が床に長く伸びている。紙と革表紙の匂いが満ちた空間で、ノエルは真剣な面持ちで本棚を見上げていた。


「出産、育児、妊婦の心得……どれを読めばいい?」


 独り言にしては切実な声だった。


 そこへ、年配の女性司書がそっと近づいてくる。落ち着いた茶色の髪をまとめ、丸眼鏡の奥から優しげな目を向けていた。


「まあ、殿下がご自身で?」


「い、いや、その……事情があってな!」


 ノエルはまた耳まで赤くなる。


 女性司書は苦笑しつつ、棚から一冊の本を抜き出した。


「では、こちらをおすすめします。初めて父親になられる方には、基礎から分かりやすいかと」


「……助かる!」


 ノエルは本を受け取ると、表紙をじっと見つめた。


 まるでそこに、これから守るべきものの答えが書かれているかのように。


 その横顔は、どこまでも真剣だった。


 そして私はそのころ、自室で銀狼のぬいぐるみを抱いたまま、二日酔いの頭痛と戦っていた。


「……うぅ。今日は絶対、もう飲まない……」


 そう誓った声は、誰にも届かなかった。


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「私を虐げた義妹の子を育てることになりました。元婚約者が今さら親権を主張してきましたが、いつまで選ぶ側だとお思いですか?」
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