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【祝コミカライズ】銀狼殿下の専属薬師~冷酷な狼王子は私にしか懐かない~  作者: ぽんぽこ@銀郎殿下5/16コミカライズ開始!!


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第49話 恋しい人の毛でぬいぐるみを作りました

 春の光が、窓辺にやわらかく差し込んでいた。


 王城の庭園では噴水の水がきらきらと跳ね、刈りそろえられた植え込みの上を小鳥が軽やかに飛んでいく。遠くから聞こえるさえずりは穏やかで、港町で聞いた波音とはまるで違う。


 それでも、私は手のひらで温かいカップを包みながら、ぼんやりと海の景色を思い出していた。


「……ズッパの街、楽しかったなぁ」


 市場に並ぶ色鮮やかな布。焼いた魚の香ばしい匂い。潮風に揺れる灯り。人々の感謝の声。


 そして、夜の宿で隣にいたノエルのぬくもり。


 思い出しただけで、頬がじんわりと熱くなる。


(あの夜のノエル……普段よりもずっと優しくて、まるで夢みたいだった)


 胸の奥が、ふわりとあたたかくなる。


 言葉は多くなかった。けれど、額に落とされた口づけも、そっと抱き寄せてくれた腕も、今もはっきり覚えている。


 誰かに触れられることが、こんなにも安心できるものだなんて、昔の私は知らなかった。


(前は薬のことばかり考えてたのに。人に触れられることが、こんなにもあたたかいなんて……)


 ふと、胸の奥に昔の景色がよぎる。


 薄暗い路地。雨に濡れた夜。誰も信じられず、ひとりでうずくまっていた小さな自分。


 あのころの私は、人の手を怖がっていた。


 差し伸べられる手が助けなのか、罠なのか、分からなかったから。


 けれど今は違う。


 ノエルの手なら、迷わず取れる。


(もう、あのころには戻れない。……まさか、私がこんなに誰かを愛する日が来るなんてね)


 自分で思って、胸がまた熱くなる。


 私はごまかすようにカップへ口をつけた。ほんのり甘い薬草茶が喉を通る。


 けれど、部屋は静かだった。


 机の上には本がきちんと重ねられ、椅子も整えられている。寝台には柔らかな布がかけられ、部屋の隅にはノエルが使っていた外套が丁寧に畳まれていた。


 どれも彼の気配を残しているのに、肝心の本人はいない。


「でも……ノエル、今は遠征中なんだよね」


 声に出した途端、寂しさがはっきり形になった。


 ノエルは騎士団の任務で王都の外へ出ている。予定では十日ほどで戻ると言っていた。


 まだ、たった三日。


 それなのに。


(あと一週間も帰ってこないなんて……)


 カップを置いて、私は寝台に倒れ込んだ。


 白い天蓋を見上げる。きれいに整えられた布が、妙に広く見えた。


(ノエル……会いたいよ)


 こんな気持ちになるなんて、少し前の私なら絶対に信じなかった。


 薬の素材が足りないとか、研究時間が足りないとか、そういうことで頭を抱えることはあっても、人に会えないだけで胸が重たくなるなんて。


 私は枕に顔を埋め、小さくため息をついた。


     ◇


 夜になっても、気分は晴れなかった。


 侍女たちが下がったあと、私はそっとノエルの部屋へ向かった。


 別に、悪いことをしに行くわけではない。夫の部屋に妻が入るだけだ。たぶん、きっと、問題ない。


 扉を開けると、灯りの落とされた部屋に月明かりが差し込んでいた。


 王族の部屋にしては飾り気が少なく、武具と本、必要最低限の家具だけが整然と置かれている。無駄を好まないノエルらしい部屋だ。


 私は寝台のそばに歩み寄り、ふと足を止めた。


 枕元に、銀色の毛が一本落ちている。


「……あ」


 思わず指先でつまみ上げた。


 細くて、月明かりを受けると淡く光って見える。ノエルの神獣化の影響だろうか。普通の髪よりも少しふわりとしていて、指先にやさしく触れた。


「ふふっ……なんだか捨てるのも勿体ないわね」


 その瞬間、胸の奥で何かがひらめいた。


 私は自室に戻ると、手持ちの毛糸と針を取り出した。薬師の道具ではないけれど、布袋や包帯を縫うくらいならできる。


 銀色の毛を少し混ぜ、白と灰色の毛糸を合わせて、ちくちくと縫い始める。


 丸い顔。小さな耳。短い手足。


 少しずつ形になっていくそれを見ていると、寂しさがほんの少しだけ紛れた。


「これで耳のふわふわも完成っと」


 手のひらほどの銀狼のぬいぐるみが、机の上にちょこんと座る。


 尻尾は少し曲がってしまったけれど、それも愛嬌だ。私は指先でそっと整え、胸に抱きしめた。


「……うん。かわいい」


 けれど、抱きしめてみると、少し物足りない。


 もう少しだけ、ノエルらしさが欲しい。


「……うーん、もうちょっと素材が欲しいわね」


 私はぬいぐるみを抱いたまま、もう一度ノエルの部屋へ足を踏み入れた。


 寝台の下、絨毯の端、クローゼットの奥。丹念に探してみるが、そう都合よく銀色の毛が落ちているわけではない。


「さすがに、そんなに抜けないか……」


 残念に思いながら立ち上がったとき、棚の奥で瓶がきらりと光った。


 手を伸ばしてみると、高価そうなワインボトルが数本並んでいる。


「これ……貴族からの贈り物? ノエルはあまり飲まないし……飾ってるだけ?」


 月明かりが赤い液体を照らしている。


 私はしばらく迷った。


 勝手に飲むのは、よくない。よくないけれど、たぶんノエルは怒らない。いや、むしろ「好きにしろ」と言いそうだ。


 それに、今日は少しだけ眠れるようにしたい。


「……少しくらい、いいよね」


 静かにコルクを抜く。


 グラスに注ぐと、赤い色がゆっくり揺れた。


 せっかくなので、ズッパで買った干物も皿に並べる。軽く炙ると、香ばしい匂いが部屋に広がった。


「ん……おいしい」


 干物は塩気があって、ワインにもよく合う。


 けれど、ひと口飲んだあと、胸の奥にぽつりと寂しさが落ちた。


「でも……やっぱり、ひとりだと味気ない」


 ノエルがいたら、きっと顔をしかめながらも付き合ってくれただろう。


 ニケがいたら、干物を狙って横から手を伸ばしてきたかもしれない。


 そう思うと、余計に部屋の静けさが気になった。


(ノエル……早く帰ってきて。ひとりがこんなにも寂しいだなんて……)


 グラスを傾ける。


 頬が少し熱い。


 もう一杯だけ。そう思って注いだはずが、気づけば瓶の中身はずいぶん減っていた。


(ノエル……今ごろ何してるんだろう……)


 遠征先で、騎士団の人たちと食事をしているのだろうか。


 誰かに頼られているのだろうか。


 もしかして、どこかの貴族令嬢に話しかけられていたりして。


(まさか、他の女の人と……)


 そこまで考えた瞬間、私は勢いよく首を振った。


「ば、ばかばかっ! そんなわけないでしょ!」


 ノエルはそんな人じゃない。


 そう分かっているのに、不安が胸の奥で小さく膨らむ。


(私のことは好いてくれていると思うけど……ノエルも王族だし。今の国王様みたいに、奥さんを何人も娶るかも)


 嫌だ。


 そう思ってしまった。


 自分でも驚くほど、はっきりと。


(責任感がある人だもん。国のために、次の世代の神獣人を残す必要があるって考えてるかもしれない)


 グラスをもう一度あおる。


 喉を通る熱で、胸のざわめきを押し流したかった。


(……それにノエルって、優しいし。顔も整ってるし。銀髪で、赤い目で、黙って立っているだけでも絵になるし……ほんと、罪な人……)


 考えれば考えるほど、心が落ち着かない。


 私は銀狼のぬいぐるみをぎゅっと抱いた。


「ノエルの……ばか……」


 机に突っ伏す。


 月明かりの中、赤く染まった頬をぬいぐるみに押しつけたまま、私はいつの間にか眠ってしまっていた。


 この夜の小さな不摂生が、まさか王城中を巻き込む騒ぎになるなんて。


 この時の私は、まだ少しも知らなかった。



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