第十話
・お酒は二十歳になってから。
・お酒は節度を持って楽しみましょう。
・最近飲んだお酒:「BICICLETA カベルネソーヴィニヨン」(赤ワイン)
その後、イブシー市の市街地内を捜索し、敵に捕らわれていた工場の労働者を解放するとともに、その様子を家の中で見ていた市民たちに戦いが終わったことを触れて回った。
幸いにも工場労働者に大事はなかった。被害は工場の設備と、ストックされていた食料ぐらいだったようだ。
「まさか、私が戦いに参加することになるとは思わなかったけれど、助けることができてよかった」
「こちらとしても、召喚した直後は本当に戦えるのか不安だったが、圧倒的な力を見せつけてくれてとても感謝している」
「リーシュもありがとう」
「いいえ、私はただ皆さんの後ろについていただけですから」
「あのお……」
三人で話しているところに、おずおずと二人の男性がやってきた。
「ああ、これはイブシー都市長と、こちらは」
「私は燻製工場の工場長を務めている者です」
「この度はイブシー市の危機を救ってくださり、ありがとうございました。もしよろしければ感謝も含めまして、ご食事をして行っていただければと」
「いや、これは当然のことをしたまでで……」
都市長と工場長からの申し出にノーマンはやんわりと断りを入れようとしていたが、既に様々なアテを食べながら打ち上げのお酒を飲もうと思っていた明海はそうさせなかった。
「ノーマン、ここは相手の好意に甘えよう」
明海の言葉にノーマンは苦笑いを浮かべるだけだった。
それから旅団ともども、燻製工場の中にある労働者向けの食堂に通された。食堂は特に被害を受けていないあたり、ゲコゲコ団はここで食事を取っていたのだろう。
「本市の名産品の燻製製品です。心ゆくまでお楽しみください」
大皿には燻製製品が並び、そして各テーブルの間に麦酒、葡萄酒の樽が置かれていた。どうやら、お酒も心ゆくまで楽しんでいいらしい。
腸詰めやら、干し肉やらに手をつけながら麦酒や葡萄酒に口をつけるというのをどれぐらい繰り返していたのだろうか。いくらでも飲めるが、胃袋は人並みなので、食べるための一口一口は小さい。しかしそれを基にして飲む量がとてつもない。
「ノーマン王子、この女性は本当に人間なのでしょうか」
「工場長、それは彼女に失礼だ。彼女は我が国が召喚した勇者なのだから。少なくとも人間ではない」
工場長の言葉を否定しないあたり、ノーマンもかなり失礼である。
食卓に並んでいる干し肉のうち、豚の肩肉で作ったベーコンのようなものがあったので、さっきの戦闘でなんとか残していたウイスキーの入っていたスキットルを取り出し、ベーコンを食べながらウイスキーを味わっていた。ベーコンに染み付いた燻製香と塩気が、少し癖のあるウイスキーの味わいにさらに深みを持たせる。異世界でまさかこんなにおいしいマリアージュを楽しめるとは思わなかった。
そしてベーコンとウイスキーを楽しむと、また麦酒と葡萄酒のサイクルに戻っていった。
その様子を見ていたノーマンはただそっと見ていることしかできなかったが、明海のおかげで危機を乗り越えられたと思うと、ほっとしながら料理を味わうことができた。
リーシュはというと、自らも多少飲み食いをしながらも、明海にぴとっとくっつき、お酌をし続けていた。「ただ道中で助けただけなのに」と明海が言うと、「いいえ、私がそうしたいんです」と頑なだったため、明海としては優しい子なんだなと思うだけだったが、リーシュはどうやら違うようだった。
そんなこんなで、杯を乾かし続けていた明海だったが、工場長が来るなり大喜びをしていた。
「工場長!こんなにおいしいものを作ってくれてありがとう」
「いえ、喜んでいただけたなら何よりです」
「それで、燻製の製品でね、作ってほしいものがいくつかあってね」
「ほう……」
イブシー市にある酒が全てなくなってしまうのではないかというぐらいに酒を空けている明海の姿を見て距離を取っていた工場長だったが、新たなビジネスチャンスと見るや否や、目がギラリと光った。
「これとこれなんだけど……」
「ほうほうほう」
こそこそと話す二人の姿はまるで悪だくみをするかのような怪しさだった。
しかし、後日イブシー市から新たに開発された燻製味玉といぶりがっこは、イブシー市の名をさらに上げることになるものだった。
この世界ではあまりゆで卵を作る文化がなく、それ自体も驚かれたが、ゆで卵を燻製し、さらに調味料に漬け込んで作られた燻製味玉の存在は世間に更なる驚きを与えた。
また、いぶりがっこは明海が単にこの世界に来る直前に食べたものだったからということだけでしかないが、どうしても燻製製品は肉か魚かのどちらかになってしまっていたものに革命を与えるものだった。残念ながら大根はなかったが、それと同じような根菜があり、それを漬物にして燻すことによって、独特な味わいを楽しむことができた。
クリームチーズと合わせて、ワインを飲みながら食べることとなるのは、さらにまた後日の話である。




