250.最終決戦 -裏切り者同士-
戦闘描写あります。ご注意ください。
『ドロシー、あなたは無理に特務隊にいなくていいのよ。』
戦が激化する中、帰省したゾエは私にそう言った。
どうして、と問うたが彼女は苦しそうに笑うだけで答えてはくれなかった。
今だから分かるけれども、たぶん、彼女はただ疲れてしまったのだと思う。身体ではない、心が。
でも私はやめなかった。
少なからず特務隊員として能力を振るうことに優越感を覚えていた、新人類優位主義者とさほど違いない思想を持っていたからだ。
結果さえあれば何も問題ないと。
最初に手を差し伸べてくれた人が違う人だったならば、私はまるで真反対の人生を送っていただろう。
今でも、能力は生きるべきところで生かされて、それで優劣がつくことは当然だと思う。
変わったのは、なぜ自分は能力を使い、その結果何を生み出すのか、それを考えるようになったことだ。
フェベとゾエの愛情が、モニカのきっかけが私を導いた。
それで馬鹿みたいに甘い友達がいたから、私は今ここで無茶をする。でも死んでたまるものか、やっと私の世界に暖かい音が溢れてきたのだから。
だから私は死なないでと、声の限り叫ぶ。
『【音波】!』
「……。」
エルナがジャンの至近距離でのナイフ捌きから、咄嗟に回避動作に出て、身体強化により一気に距離を置いたのを見計らって、ドロシーは【音波】を放った。
辺りの微細な振動から読みにくいはずであったが、ジャンもまた音声のようなものを生み出して相殺した。
「こちらエルナ! 裏切り者1名発見、ジャン・アップソンの全権停止を求、」
「エルナ!」
エルナの背後から不意に【発火】した。
ドロシーの声が無ければ反応に遅れていた。
髪についた火を手で握り消すと同時に目の前にジャンが迫る。
「遅いな。」
「そりゃアンタに比べたら遅いわよッ!」
エルナは咄嗟に通信機と反対側の手首を勢いよく叩く。オリヴィアの提案で作ったものだ。衝撃で発光し、自分の方には小さな敷居が立ち上がるため目を潰されることはない。
ジャンは怯んだが、それと同時に辺りのものがカタカタと揺らぎ、突如ジャンを取り巻くように飛び交う。
「【衝撃波】!」
ドロシーが腕を振るうと壁を抉る音波が彼に襲いかかる。
このような大規模攻撃は初めて見たため、傍らのエルナでさえ一瞬驚いた。
『来……ッ、!』
ドロシーが咄嗟に避けると彼女が音声通話のために使用していたパソコンが【発火】した。
能力は念力ではないのか。
ドロシーは舌打ちをすると低い声で小さくつぶやいた。
「念力、じゃないね。たぶん【ポルターガイスト】。」
「ポルターガイスト?」
「誰も触っていないのに物が動いたり、ラップ音が鳴ったり、発火発光を繰り返す。それでもってあの男は恐らく紋付。」
「瞳……ね。」
間近で見たエルナは気がついていた。
眼鏡をかけているため分かりにくいが、外すと右眼が義眼であった。そこに刻まれる紋付の証、『d』の文字が見えた。
そして、ドロシーの【衝撃波】により壁が半壊した場所にはジャンはいなかった。
「それに私たち2人を前に逃げる。ずっと侵入していただけある選択。」
「……つまりは。」
「1、戦闘してもいい勝負。2、逃げるに値する情報を既に掴んでいる。3、他に狙いがある。」
「1は楽観的すぎよね。」
「そう思うよ。」
エルナは深く息を吐く。
先ほど彼には触れたため【共感】による場所探索ができる。
「見つけた。本部情報局詰所に向かってる。」
「そこでは私もあまり本気で戦えない。必ず仕留める。……あの男も動くだろうから遅れは取らない。」
ドロシーとエルナは目で会話するとすぐに動き出した。
ジャンは、なんとか【衝撃波】を避け、本部内を奔走していた。まともに食らった発光弾、目眩しのせいで視界が明らかではない。
情報局にあった情報では彼女があれ程までに強い攻撃技を持つことは知らされていなかった。彼女もまた爪を隠していたということだ。
ジャンが懐に隠し持つのは爆弾。
彼が『Dirty』に所属したのはユーマニティ戦争が終わってからだった。あのお方に直々に声をかけられたのだ。
元より新人類優位主義に傾倒した思想を持っていた彼は、すぐに『Dirty』の思想を理解した。前回は負けたから敵になった。だが、勝てば彼らの思想は正義となる。
今は恐らく自分が裏切り者と知って本部は混乱しているはずだ。自分の権限を切るために。
そして、自分は正体が明らかになった時のためにウイルスのトラップも仕掛けておき、既に作動してある。今すぐ戻れば、本部を混乱させられる。あの人の役に立てる。
【ポルターガイスト】を使い、ドアを破る。
中から悲鳴が。
聴こえる予定だったのだ。
「……あれ?」
誰もいない。
数分前までアレだけ人々が慌ただしく走り回り、指示が飛びかかっていたにも関わらず。
「やぁ、アップソンくん。裏切りお疲れ様。現状に驚いたかな?」
「……シノブ、様、」
背後に気配なく立っていたのはトーキョー支部支部長が立っていた。
いや、同じ気配を纏っているだけで別物だ。
「一瞬動揺したがそういうことか。白々しいな。セルゲイ・ラスキン。」
「あら、バレちゃったか。」
シノブの姿はみるみるセルゲイになる。青い髪を揺らす青年はフッと微笑んだ。
「エルナとドロシーが連絡を入れた時点でここは本部ではなくなったよ。シノブさんからオレに命じた任務は3つ。裏切り者発見の報告次第シノブさんに【変化】しその声で情報局本部を別拠点に移すよう命令すること、お前が蒔いたウイルスを1人で処理すること、そして討伐すること。
前2つが達成されない場合、オレはこの首輪から出た毒針で殺されるとこだったんだよねー。」
セルゲイは義手でくるくると回していた首輪をぞんざいに投げ捨てた。
「オレは知らされていない。」
「あの場にいた人全員知らなかったよ。ついでに言うと、オレもあの人らがどこに本部を移したか、それも知らないんだよねー。元裏切り者はツラいねぇ、ね、現裏切り者さん。」
そう言いながらセルゲイは手を刃に【変化】させる。
ジャンが瞬きをすると同時に、目の前のセルゲイは居なくなっていた。真上に殺気、咄嗟に避けると一撃で仕留める勢いで落下してきた。
一瞬交わる視線には何も読めない。
セルゲイの義手を【発火】させようとしたが、誰かに【変化】しているらしく、彼の腕は【発火】しない。
「【発光】!」
「【変化】!」
セルゲイは発光の瞬間に限り、虫に【変身】し、光が収まるとともに人間に戻る。
ジャンは舌打ちをする。
能力を明かしていないはずにも関わらず、完全に対応されている。
ジャンの能力は人体にかけることはできない。
だから、ドロシーのパソコンやセルゲイの義手を狙った。そして、ポルターガイストの影響を及ぼすことができるものは自分の目で捉えられるものに限る。
背後に回り込んでいたセルゲイは迷わずジャンの頸動脈を狙ってきたため、ジャンは身を捩って避ける。左肩口に彼の刃が掠る。
元来のセルゲイは、シュウゴと同じ戦術で相手を手籠にするタイプである。加えて元情報屋、下調べを重ね能力の弱点をついて倒すのが本来の彼の戦い方だ。
「アドルフ様も厄介な男を生き残らせたものだ……!」
「そりゃどうも。」
彼はヒット&アウェイを繰り返す。スピードを重視しているようだ。
セルゲイは素早く銃を引き抜くと足を撃ち抜いた。急所ではなく、あくまでも脚を。
銃を【発火】させたが、それを読んでいた彼はそれをジャンに投げつけてきたのだ。
せっかく自分は紋付になったにも関わらず、『Dirty』を裏切ったただの組織員にここまで圧倒されるのか。
彼の身体機能が、リーンハルトが舌を巻いた経緯などもちろんジャンは知らない。
「トドメ!」
「オレが、『Dirty』の思想を理解できなかったお前に負けるわけないだろうが!」
セルゲイは突如揺らいだ空間に危険を察知し、身を翻して距離をとった。しかし、ジャンの能力が速すぎた。
辺りの壁が壊れ始め、自身のように揺れる。
備品が惑星のように円運動で暴れる。
恐らく制御できていないであろう速度であり、セルゲイの左瞼を掠める。速度のこともあり、勢いよく皮膚が切れる。
「んだよ、コレ!」
「【ポルターガイスト】よ、オレの命を食って敵を殺せ!」
この様子、セルゲイはデータで知っていた。
クリフォードが暴走した時、才能がない者が『新人類の先』に足を踏み入れた時と同じだ。
ああ、まずい。避けるの、間に合わないかも。
崩壊する壁と襲いかかってくる物品、無作為に発火する物、セルゲイは苦笑いを浮かべた。
その時だった。
『セルゲイ! 変化して!』
突如頭に響いた声に、セルゲイは避けた。
その頭上をあり得ないほどの規模で【衝撃波】が走ったものだから、セルゲイは後に危なかったとドロシーに苦言を呈した。
【こぼれ話】
セルゲイの能力は身についているものにも影響を及ぼします。そのため【義手】も変化可能です。ちなみに今回は身長がほぼ同じリーンハルトの腕に変身しています。
決戦前の訓練で彼は1回の変身で部分毎に姿を変えることが可能なことに気づきます。ただし制限として必ずセルゲイ本体を介さなければなりません。
本体→リーンハルト、腕→ヴィリ、などができないということになります。




