243.皆の答え
ついに最終章突入です!
最後までお付き合いいただけると幸いです。よろしくお願いします!
毎日更新でいきます!
「リーンハルトさん。」
「お、シュウゴ。」
リーンハルトが話をしてから数日後、シュウゴがいつもと変わらない様子でやってきた。まるで昼食や訓練に誘いにきたような声音だ。
「この前の話なんですけど。」
「おう、なら場所を変え、」
「オレは参加しますよ。たとえ貴方が反対しても。」
彼は移動さえも許さずに答えた。
あまりにも普段と変わらないマイペースさにリーンハルトが驚いた表情でいると、シュウゴは不思議そうに首を傾げながら、それじゃ、と言って帰ろうとする。
「いや待て待て待て!」
「何ですか?」
「何ですか、じゃねーよ! お前、そんな大事なこと、あっさりと。」
「……すでに決まっていたことを告げるのにあっさりさも何もありませんよ。」
さも当然、と言わんばかりの反応に、リーンハルトの方が戸惑ってしまう。彼はその様子に気づいたのか、少し考える素振りを見せると口を開いた。
「貴方がオレを班に誘ってくれた時、正直何を考えているか分からなかったです。何でオレなんだろう、って。でも。」
リーンハルトは彼のこのまっすぐな瞳を好ましく思っていた。うん、と頷くと彼は続けた。
「隠しもしない期待が、結果に伴った飾り気のない賞賛が、貴方みたいなお人好しに選ばれたという事実が、オレは何よりも嬉しかった。あなたが選んだ他の人たちが投げてくれるまっすぐな感情も、心地が良かった。」
シュウゴは容姿にも頭脳にも、結果としては能力も身体能力にも恵まれている。それはある意味人柄が隠れてしまうということだ。
リーンハルトはそれを理解していた。だから、接し方に気をつけた。
それをシュウゴは鋭敏に感じ取っていた。
「トドメの、出会いですよ。まさか書類じゃなくて、道路でたまたま見たちょっとしたことをきっかけに選ばれてるなんて思わないじゃないですか。オレがあなたについていく理由はそれだけで十分です。」
「……悪い奴。」
シュウゴは小さく笑った。
本音であることには間違いないのだが、最近の彼はその言葉でリーンハルトが喜ぶことを理解して放ってくることがある。
「どっちにしろセルゲイとかヴィリのために参加しますよ。身内には了承も得ました。それに能力が進化したオレは使いたいんじゃないですか?」
「お前、急に現実主義になるよな。」
「オレは元からリアリストです。」
あとで作戦教えてください、というと彼はそのまま大学に行ってしまった。
元より度胸はあると思っていたが、アドルフの一件があって以来さらに逞しくなった気がすると、リーンハルトは苦笑した。
「えぇー、私3番なの?! 絶対1番……せめて2番だと思ったのに!」
「お前は誰と争ってんの。」
納得いかなそうに頬を膨らませるルイホァにリーンハルトは呆れる。どんなに女性らしくなっても、負けず嫌いな性根は変わらないらしい。
誰もいない事務室のソファに座るリーンハルトにルイホァは無防備に近づいてきた。
「親父さんには話したのか?」
「うん。恥にならない仕事をしなさいって。兄様もパウル班の欠員補充あてられるって言ってた。」
「大丈夫かよ……。」
「大丈夫だよ。」
ルイホァはいつもと変わらず朗らかに微笑む。ズーハオも仕事に関しては殆ど私情を挟むこともない。
「リーンハルト。」
「ん?」
「私、まだお礼は言わないよ。」
「……お礼?」
うん、と彼女は頷いた。
「私はあくまでも仕事としてここに来たって思ってた。でも、リーンハルトがあんなことを考えて集めたなんて思いもしなかった。
たぶん、あのまま故郷で特務隊員として働いていたら、みんなと会えなかった。楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、何も知らないままだった。家族の心地よさも、友だちと過ごすことが、好きな人といることが幸せだなんて知らなかったと思う。
だけど、ありがとうはまだ言わないよ!」
語気が強いがどこか優しい彼女は出会った時に比べ、人として大きくなった。進化できないもどかしさや生まれた新しい感情、別れ、全てを糧にして強くなったのだ。
リーンハルトは目元を柔らかくし、微笑んだ。
「この戦争は私たちなら終わらせられる。そうでしょ? だから、お礼は全部終わってから。」
「……なら、待ってるよ。」
「約束だよ!」
傍らに腰をかけたルイホァの頭を撫でると彼女は嬉しそうにした。この表情だけは変わらない。
「そだ、戦争終わったらケイのことどうすんだ?」
「ぶぇ?!」
「いって!」
反射的にルイホァはリーンハルトの脇腹に拳を叩き込んだ。完全に油断しきっていたリーンハルトは腹を抑える。
「急に変なこと言うから!」
「否定はできねーが……。」
「ちゃんと言うよ! うかうかしてたらケイに先越される! ちょっとニヤけないでよ!」
「悪いって。」
重めのパンチを掌で受けながらリーンハルトはへらりと笑う。
ーオレさ、『新人類の先』に到達した時に色々考えさせられてさ。でもやっぱり到達して良かったと思ったんだ。やっとリーンハルトさんを守ることができるって。
不意にルイホァは彼の言葉を思い出す。
その様子を感じ取ったのか、リーンハルトは不思議そうな顔をした。
「……リーンハルトも。」
「ん?」
「本気でまずいなって思ったら逃げていいんだからね。自分の命を、優先していいんだからね。」
できない相談だ。
リーンハルトは口を噤んだが、すぐに答えた。
「ああ。もちろんだ。」
今のルイホァにはその嘘がバレてしまっているのだろうか。
彼女は、ならいいけど、と小さく呟くと立ち上がって部屋の外に出てしまった。全くいい女性に育ったもんだとリーンハルトは薄く笑った。
「ルイホァ。」
「あれ、兄様? もう異動?」
「今回はパウル班の顔合わせだ。」
ルイホァの前に現れたのはルイホァの兄のズーハオだった。ぎりぎりリーンハルトに気配を勘づかれない距離に待機していたらしく、彼はルイホァに手招きをした。
「どうしたの? リーンハルトに用事?」
「ルイホァに用がある。配置の話は聞いたか?」
「いいえ。今日やっと作戦参加表明したくらい。」
「リーンハルト班は相変わらず……いや、言及すまい。」
呆れたような、しかしどこか柔らかい雰囲気にルイホァは首を傾げた。
「それに関して少し相談がある。構わないか?」
「うん。」
改めて自分に彼が相談してくる内容とは何だろうと想像がつかないままルイホァは言われるがままにズーハオについて行った。
リーンハルトが仕事を終えたところ、オリヴィアが訪ねてきた。彼女は相変わらずの態度で淡々と作戦への参加表明をした。
「参加状況は?」
「あとはエルナとケイと、あとハーマンもだな。ハーマンは仕事後にって連絡来てるけどな。」
「そう、他の班は?」
欠員のことやズーハオのことを話すと、オリヴィアは仕方なさそうに笑う。
「そうね、他の班ならまだしも、元ウルツ班は苛烈な場面に遭遇することが必至だもの。辞退したくなる気持ちも分からなくはないわ。」
「まぁな。」
「それに貴方達、いつも以上に自分の命を蔑ろにしようとしているもの。」
自覚ない? とオリヴィアが追い討ちをかけてくる。
リーンハルトはその不意打ちに一瞬表情をこわばらせたが、何のことだとすっとぼける。その反応さえ予想通りだというようなオリヴィアは鼻で笑った。
「私だって仇を討つために自分の命を賭した人間だからそれくらい分かるわ。私が言うのも説得力がないけど、目の前で自ら命を果たそうなんて愚の骨頂よ。残される方の気持ちも考えなさい。」
「……別に。」
「あなたが誠意で選んだ班員が誠意を返さないと思う? 侮らないでほしいものね。」
ふと勝気な笑みを見せたオリヴィアは、珍しく無礼にもリーンハルトに人差し指を向けた。
「思わぬところから攻撃を食らっても知らないわよ。」
「『Dirty』の奴らに遅れをとるわけねーだろ。」
「相手がそれだけとは限らない、って忠告してるのよ。」
オリヴィアはふと年下の少女と青年の表情を思い出す。
彼女はリーンハルトから戦争のことを語られた後、彼を除いた班員を集めてあることを伝えた。
元ウルツ班の面々はおそらくかつての自分のようにーー。
それは薄々皆察していたのだろう。
大して驚いてはいなかったが、オリヴィアが明確に言葉にしたことにより実感が湧いたらしく各々考え込んでいた。
そのことについては、リーンハルトに伝えてやる義理はない。相変わらず鈍感な彼に苦笑する。
「私、これでも貴方に感謝しているのよ。復讐に囚われて視野の狭くなっていた私が変わるきっかけをくれたのだから。」
「本当かよ。これでもかってくらい今口撃を食らってる気がするんだが。」
「気のせいよ。」
「そうかよ。」
リーンハルトは呆れたように笑った。
「多少の怪我だったら私が治してあげるから生きて戻ってくるのよ。」
「……ああ。」
オリヴィアは目を細めると、それ以上何か言葉を口にすることはなかった。
仕事を終えて本部を出る頃、ハーマンはリーンハルトを尋ねてきた。
さくっと参加表明をすると、彼はリーンハルトを飲みに誘ってきた。2人で飲みにいくことは班結成当初からよくあることで、ご用達の個室居酒屋へ向かった。
「煙草いいか?」
「珍しいな。やめたんじゃなかったのか?」
「時々吸いたくなることがあるんだ。いいだろ。」
「別にいいけどよ。」
大概ハーマンが吸う時は昔のことを振り返る時かストレスを感じた時だ。後者は、ここ最近はめっきり機会がないから前者だろう。
勝手に考えていると、ハーマンはタッチパネルから注文を進め、煙をふかしながら話し始めた。
「お前、オレが何か昔のことを考えてんだろーなとか思ってるだろ。」
「違うのか。」
「違う。」
あまりにもはっきり否定され、リーンハルトは首を捻る。
それをハーマンは笑いながら見ていた。すぐに彼は答え合わせをしてやる。
「オレが考えてるのは未来のことだ。」
「未来?」
「ああ。」
短くなったタバコの火を消しながら彼は続けた。
「例えばオレが断ったとしても戦争は起こる。戦争はいつ終わるかなんて誰にも分からん。人も死ぬ。オレが参加することで、誰かたった1人でもいい。誰かの命を救えたらと思う。」
「……そうだな。」
「それにな、自分の子どものことやケイとかルイホァとか、これから先を生きていく次の世代のことを思うとユーマニティ戦争はここで終わるべきだ。それを成し遂げられる才能が揃っている今、畳み掛けない選択肢はないだろう。」
そして、とハーマンは続けた。
「その未来で、お前が生きていてほしいともオレは思う。」
「……そんな易々と殺されねーよ。」
ハーマンもオリヴィアも付き合いが長いせいかすぐに考えていることを気づかれてしまう。
リーンハルトはふと乾いた笑いを漏らしたが、ハーマンの言葉は本気だ。誤魔化されてはくれないだろう。
「……出会った頃はちっこいガキだったのにな。」
「おま、そんなこと思ってたのかよ。」
「ああ。だが余程今の方が人間らしい。第一印象はまさに無機質、って感じだったからな。」
「無機質、な。」
ハーマンの言う通り、自分は今以上に空っぽだった。それを周りの大人達の、ウルツ班の、そして今のリーンハルト班のみんなに満たしてもらえた。
「ま、そんな子どもでも、気づけばこうやって一緒に酒が飲める年齢になってるってことだ。ケイやルイホァが大人になったらお前もこの感慨を味わえるだろうよ。」
「そんなもんかよ。」
「そんなもんさ。」
酒が届くと、ハーマンはリーンハルトの目の前にそのジョッキを掲げた。いつも通り、リーンハルトもまたジョッキを掲げた。
「「仕事をお疲れさん。」」
2人が合わせたジョッキからは気持ちのいい高い音が鳴った。
いつもの日常と変わらない、そんな光景だった。




