235.追憶 -討つ-
残酷な描写、戦闘描写があります。苦手な方はご注意ください。
「クソッタレ! アイツ裏切り者だったのかよ!」
「本当……いつから潜り込んでいたのかしら。」
チッと露骨にヤンが舌打ちをした。しかし、それ以上にシモンの連絡が途中で切れてしまった方が気になった。果たして彼は無事なのか。
今はそんなことを気にしている暇はない。
4人はシモンが挙げたうちの1箇所に向かっていた。先見した部隊の1つからアタリの連絡が来た。
シモンの情報を信じていたウルツ班も間も無く着いた。そこはすでに戦火が上がっており、モニカは踏み出した。
「『D』の文字、七賢人、アタリ!」
「オレも行く!」
「アタシも……。」
「待て!」
飛び出そうとしたヤンをウルツが捕らえた。ヤンが通るはずであった場所は抉れていた。
「七賢人だけでない。何者だ!」
「……よくぞ気づいた。私の存在に。」
その言葉を聞いた瞬間ヤンの背中に寒気が走る。
今まで何人か七賢人に出会したことがあったが、感じたことがない怖気であった。間違いなく殺意であるのに気配がしない、シモンのような敵意のコントロールではない。
もっと根底から異なる何か。
振り返るといつのまにか人が立っていた。
第一印象は地味。
なぜそこに立っているのだろう。
「はじめまして、私の名はダーティ。」
「親玉、と言いたいのか?」
ヤンは無言で通信機で送る。全体に送ると混乱を招くため、ウルツ班と、シノブをはじめとした上層部のみ。
目の前の男は茶色い髪に眼鏡、ちょっとした髭、160cm程度の身長、中肉中背、動きにも特徴はない。
「そう、私は汚れの核。しかし、私なんかよりも汚れているものが何かは分かりますか?」
「……。」
「世界ですよ!」
自分勝手に彼は話していく。
ヤンは眉をひそめた。
「私はこの世界を一度汚して、新人類だけの世界をつくります! さぁ、大きな戦争を始め……。」
ウルツは男が言葉を言いかけたところで砂の波に男を巻き込む。しかし、男は波などなかったかのようにウルツが生み出した砂の上に仁王立ちしていた。
なぜ無傷であの場に立っているのか。ヤンには理解できなかった。
ウルツは決して動じることなくゆっくりと構えた。
「ヤン、2人の援護に迎え!」
「……はい。」
「無駄話をするつもりはない。さて、やり合おうか。」
ヤンがその場を去るのを男は何も言わずに見送った。その言葉を聞いた男はにたりと笑った。
パウルはついてこない後続2人に気づいたが、それより目の前の七賢人だ。一般隊員ではもはや歯が立たないようで、場は阿鼻叫喚に包まれている。
七賢人はシンプルに力で破壊を繰り返していた。そこに臆することなくモニカは【雷】を携えて飛びかかる。
「【雷槍】!」
「出たな、ウルツ班!」
巨人はニタリと笑う。
まるで複数の人間を掛け合わせたような、頭を4つ持つ人造人間のようなバケモノ。恐らくヴィリのように1人の人間に複数の能力を掛け合わせたキメラ、そして七賢人になっているということは知性や理性を持ち合わせた人間であるということ。
モニカは不思議と冷静だった。
頭4つなら能力は4つ。1つは遠目でも見えた【巨大化】による身体一部の巨大化。
「オレが殺す!」
男の身体から何本かの手が生える。聞いたことがある、確か紋付の1人に【複製】を操る人間がいた。
巨大な手の猛攻をモニカは俊敏に避けるが、その手の1つが彼女を捕らえた。しかし、モニカは絞め殺されるよりも早く全身から放電し、一瞬だが相手の手の動きを緩め、すぐさま身体強化により吹き飛ばした。
「【分身】!」
「モニカァ!」
土からむくむくと目の前の男と同じサイズの【分身】が生まれたが、パウルがすぐさま長い【針】を分身に刺す。
それと同時にモニカが発した【雷】はその【針】に導かれるように集められた。すぐさま崩れた分身は土に戻る。
「【ぶ】……、」
「【加工】!」
土が剥き出しになっている場所をヤンがコンクリートにしてしまう。
「ヤン! モニカが暴れっから余計なやつ全員避難!」
「もうやってるわよ!」
「なら、オレも全力で問題ねぇな!」
ヤンが作り上げたコンクリートから針を生み出すとそれを操り一気に男に向かって放たれる。男は筋肉を異常収縮させたのか、全身を震わせるとパウルの猛攻を避けていく。
「逃がさないわよ!」
モニカもまた発光させながら追撃を繰り返す。ヤンは大怪我している面々を救出する。パウルは攻撃をしながら同様に避難活動を進める。
圧倒的、今やウルツに勝ち越しているモニカ、攻守一手に引き受けるパウルに感心しつつヤンはふと気づく。
頭部は4つであることから恐らく能力は4つ。身体に恵まれていることもあるだろうが、【巨大化】、【複製】、【分身】、これごときの能力で七賢人になれるのか。相手がモニカとパウルということで苦戦するのは分かるがこの実力で七賢人になれるのか。
あと1つの能力は何だ。
ヤンは避難した人間達や犠牲者の様子を思い返す。
目眩や吐き気といった軽症から、顔面蒼白、チアノーゼ、昏睡している者、痙攣。外傷以外の症状も目立つ。
落ち着け、シモンだったらすぐ分かることだけど、彼を頼り切るだけでいいのか。彼と一緒にいて学んだことを思い返せとヤンは思考を巡らせる。
ふと、男の口角が上がったのが見えた。
「モニカ、パウル! 酸素!」
「【気体構成変化、酸素欠乏】!」
「「!!」」
至近距離のモニカはヤンの声に反応できなかった。パウルは咄嗟に息を止めた。男の目の前でぐしゃりと崩れたモニカに男は腕を振り上げた。
パッと見たところ、半径30m。ヤンは一気に接近しその距離を計った。そして手を何もないところに掲げた。
できるか、できないか、そんなことは言えない。
「【加工】!」
何の気体がこの空間に充満しているかは分からない。でも、できることならこの空間に広がる気体をただの空気に【加工】する。
スッとヤンはその空間に足を踏み入れて気体を吸う。
目の前では男が嬉々として動けなくなったモニカに腕を振るうところであった。どうやらパウルが踏みとどまったのは見えていないらしい。
「パウル!」
「【大針】!」
パウルは見事に男の眼窩を貫き4つの頭に針を貫いた。しかし、男の動きがほんのわずかにぶれる。
モニカは空気を吸うと、横に転がり技を避けながら一気に能力を発揮した。
「【火山雷】!」
モニカは自らの鼻血も、頭痛も、構わず一気に放電する。雷ともに炎も噴き出し、あたり構わず男ごと全体を焼き尽くす。
ヤンもパウルも思わぬ破壊力に目を丸くする。
「パウル、ヤン! トドメぇ!」
「【加工】!」
「【大針】!」
コンクリートの一部をダイヤモンドに、それで作った針を携えてパウルはその男の心臓を貫いた。そしてモニカがダメ押しに頸動脈を持っていたナイフで素早く切り裂いた。
男は無惨な姿のままその場に崩れた。
「……やった。」
「バケモノじゃねぇか。クソ。誰が、欠けてても勝てなかった。畜生。」
「ちょっと2人、大丈夫?!」
ヤンが鼻血を拭いながら2人に駆け寄った。パウルはモニカの技に巻き込まれて軽度の火傷とふらつきだけで済んでいるが、間近で酸素を奪われ強い能力を放ったモニカは目の前で嘔吐をしている。
「あ、そういやウルツさんは?」
「大丈夫なら、アンタはウルツさんところ戻る! 今向こうのトップと相対してるのよ!」
「なっ、」
「行かないと……!」
「お前は足引っ張るだろ、オレだけで行く!」
「……そうね、今のモニカじゃ無理だしアタシもあの男の気配全く分からなかったし。」
「オッケ、なら行、」
『誰か、』
不意に鳴り響いた通信機に3人は動きを止めた。
あまりにも弱々しく、一瞬誰の声か分からなかった。しかし、すぐにパウルがハッとした。
「エメリッヒ、エメリッヒなのか?!」
「うそ、エメリッヒさんですか?! 何で……!」
『オレは、死ぬ。でも、いい。』
「馬鹿野郎何言って、今から行くから!」
ぐず、と泣くような、鼻を啜るような音がするとともにエメリッヒの懇願のような言葉が漏れた。
『誰か、リーンを助けて……!』
【こぼれ話】
当時のウルツ班の実力は、エメリッヒ、リーンハルト、モニカ、ウルツ、パウル、ゾエ、ヤン、シモンの順でした。
身体能力だけで言えばモニカは容易にウルツを上回っていましたが、能力の相性で負けることが多かったようです。ゾエは能力は強力でしたが、あまり身体強化は得意ではありませんでした。




