234.追憶 -賽は投げられた-
残酷な描写、戦闘描写があります。
苦手な方はご注意ください。
シモンは決して弱くはない。
しかし、出力調整をはじめとした身体強化に長けるオリヴィアや鬼神部隊とも呼ばれるウルツ班の面子と比べればどうしても弱かった。それに彼は身長はあったが他と比較できないほどに筋肉量が少なく痩せ型であった。
恐らく一撃くらえば呆気なくアドルフに捕まり【分解】されてしまうのだろう。シモンはため息をついた。
理想は撃退。でも自分には無理。
ならば、援軍がくるまで待つのが無難。
シモンはほぼ防戦一方で2人の攻撃を避ける。幸い彼もスピード特化の身体強化であれば比較的得意であったため、回避に絞り、あわよくば逃げられないかと避け続ける。
「ま、でも無理か。」
アドルフの方は恐らく弱点がある。仮説でしかないが、厄介なのはヘサームの方だ。
「アドルフさん、コイツ殺していいよなぁ?」
「構わない。」
「でもちょこまか動いて面倒くせぇんだ。なぁ、いい手ねぇのかよ?」
「驚いた、案外理性的なんだね。」
「あぁ? オレ様は超優秀なバケモノだからよォ!」
挑発したつもりが全く乗ってこない。
本当ならばこれ以上の研究所の崩壊は避けたい。しかし、逃げる合間に確認した限りでは、本棟に自分以外に生き残りはいなそうだ。
ならば。
「僕も結構優秀なバケモノだからね。」
「「!!」」
道連れ上等。
シモンは壁のある場所に設置されたスイッチを押す。それは所長である自分しか知らないもの。
研究所は轟音を立てて次々と爆発し、敵味方関係なく火を噴きながら崩れて行った。
シモンは爆発させた順から、自分の被害を最小限に抑えられるルートを脳内で検索し、敢えて生き埋めになる。幸い計算通りに済んだのか、アドルフとヘサームも崩落に巻き込まれたようだ。
「痛かったなぁ。でも、今のうちに……。」
ほんの少しの油断とほんの少しの計算違い。
誰が敵は2人だけだと言ったのか。
背中に痛みが走る。視界の端で捉えたのはワープホールから顔を出す【ネクロマンサー】を使う七賢人であった。背中を貫いた刃には即効性の毒が塗ってあったのか、間もなく全身が痺れてしまう。
「シモンとあろうものが油断したな。」
「……瓦礫に埋められていたくせによく言いますね。」
「あぁー、テメェネクロマンサー! オレの獲物を盗ってんじゃねぇ! 食わせろ!」
「この人は自分の人形にすると申し上げましたよ。なら腕1本くらいなら構いませんよ。」
「やーりぃ!」
シモンは敵のやりとりを聞きながら血に伏していた。それをアドルフが嬉しそうに見下していた。
「どうだ、ずっと飛び続けていた天才よ。地に落ちた気分は。」
「最低ですよ。」
「それはいい。お前も私の配下になるとでも言えば生かしたかもしれないのだがな。」
シモンは自ずと自分の命が終わりに向かっていっていることに気づいていた。背中の傷から入った毒が全身を巡り、徐々に自律神経を蝕んでいくのがわかった。
やることはやった、やりたいことはできなかった。
心の中で幸せにすると誓ったはずの彼女に謝罪を述べながらシモンは殺気だった目でアドルフを睨みつけた。
「そんなのごめんだね。僕の未来を奪ったツケ、必ずどこかで払ってもらう。地獄の入口で待っているからな。」
「……そんな未来、来ないだろうよ。」
ごめんなさい、ウルツ班のみんな。
ごめん、オリヴィア。
一緒に、幸せになりたかった。
それを最期にシモンは目を閉じた。
その数分後であった。
任務に行っていたオリヴィアが研究所に戻ってきたのは。ちょうどユーハンが他にめぼしい人材はいないかと席を外した時だった。
アドルフもヘサームも、絶望を映す彼女を見ながら彼の亡骸をぞんざいに扱いながら不敵に微笑んでいた。
「アドルフさん、何を、して……?」
「ああ、遅かったな。今生の挨拶ができず残念だったろうに。」
オリヴィアの瞳に憎悪が浮かぶ。
それを愉快そうにヘサームは笑いながら見下ろしていた。
「何だァ、この女食っちまっていいか?」
「新人類だ。やめておきなさい。」
「へーへー、まぁもう腹一杯だからよ。女1人やろうとやらまいと関係ねぇもんな!」
「どんな人間も私利私欲のために動く。しかし、この男は最後までそれをせず人類の悲願に届きかけた。だからこそ私の元につくように言ったのだ。だが断った。
そんな判断しかできない強情なこの男は、哀れな傀儡になり、みっともなく世から消えるだろうよ。それを守ることもできない貴女も哀れだな、オリヴィア。」
オリヴィアはわなわなと唇を震わせると、完全に2人を相手取る覚悟が決まったのか、殺気を帯びていく。
「あなた達2人は私が仕留める!」
「ヒャハ、面白そうだァ!」
「……待て。」
オリヴィアに襲い掛かろうとしたヘサームは彼の静止に従い踏み止まると、突如襲いかかってきた溶解液と振り下ろされた鞭のような攻撃に2人は後退した。
攻撃した人物を見やると見覚えのある兄弟がいた。
「親愛なるアドルフよ。久方ぶり、憎たらしい顔をしている。」
「ねぇねぇイチヨウ、コイツらやっちゃっていいのー?」
「ああ、存分に。」
そこにやってきたのは前線にいるはずの半人造人間であるイチヨウ、そしてその弟であり完成された人造人間であるニヨウがいた。
それだけで済めば良かったのだが驚くべき人物もまたいた。
「よくもまぁ我々の重要な拠点をやってくれましたね、モリスくん。」
「……まさか本部長シノブ殿までお目にかかれるとは。」
「それだけじゃない。もう間も無くすれば援軍も来るし、『Dirty』の作戦を読んで、特務隊との全面戦争もまもなく始まる。さてどうする?」
語り口は酷く優しいが一瞬でもつけ込む隙を与えれば自分たちは間も無くやられてしまうだろう。
「我々がたかだか4人に慄くとでも?」
「……。」
アドルフとヘサームの後ろから現れたのは、ゾンビを率いたユーハンだ。
しかし、シノブは一切動揺することなくナイフ1本で蹴り出した。そしてイチヨウとニヨウはそれに構わず攻撃を放っていく。当時シノブの能力は一般的に明らかにされておらず、流石にオリヴィアも動揺した。
なぜならイチヨウはシノブの肌が傷つくのを躊躇わず溶解液を放ち、ニヨウは彼の身が削れていることを厭わず鞭を振るう。シノブもまたそれに構わず、この場で最も俊敏に動き倒していく。
その迎撃力は凄まじい。
「もう懐だ。」
「調子に乗るなよ!」
「シノブさん!」
思わずオリヴィアは悲鳴を上げた。
ヘサームの拳により彼の頭が吹き飛んだ。加えて同時にシノブの胸に触れたアドルフが彼の心臓を【分解】しているのだ。
だが、シノブの足はその場で踏みとどまり、破壊されていない腕がヘサームを吹き飛ばし、左足でアドルフを吹き飛ばした。
「僕の能力、知るのはごく一部のみ。なぜなら存在が禁忌であるから。」
「……何なんだよこのバケモノ。」
「まさか現実にいるとはな。不老不死が。」
アドルフとヘサームはみるみる再生していくシノブの身体を見て驚愕を隠せなかった。その間にイチヨウとニヨウの手により生み出された傀儡達は圧倒されていた。
「アドルフ殿、ヘサーム殿。ここは一度引きます。」
「チィ……。」
「それが妥当だな。」
「待て!」
2人はユーハンが顔を出したワープホールに身を潜らせる。シノブはそこに迷わず爆弾を投げ込んだ。ワープホールは閉じてしまったため何が起きたかは分からない。
それを終わりととったらしいシノブは3人を振り返った。
「各地で一斉戦闘が始まった。僕たちも出るよ。」
「私たちがですか?!」
「そう、最終決戦だからね。各地で七賢人、紋付の目撃情報が相次いでいる。」
「最終決戦……。」
「先程、バシュくんから筆頭に会ったと連絡があった。君とニヨウくんはそちらに。」
「はーい。」
「僕とイチヨウで『Dirty』の頭が現れたという情報が入ったワイズくん達の元に向かう。気をつけてね。どうやら、そちらはーーー。」
シノブの言葉を聞いてオリヴィアもニヨウも剣呑な表情を浮かべた。
そう、この時この裏ですでに絶望は始まっていたのだ。




