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9 エクサティック・フォヴウィード 2

≪第Ⅱ象限~宰華帝国侵攻艦隊(サイカ・グランフリント)


 「【告】我沙羅樹(ガサラキ)艦隊に被害甚大。先のアディリア連合星系追撃部隊との戦闘にて沈んだ【洸華汪】、【緑碧皇】に続き【ヴァレダ】から放たれた超高出力グラビティ・ブラストの攻撃を受け、戦列艦【金還流皇】以下2艦喪失」


 「【告】強襲巡航艦【神劉玉】以下同級5艦、高速準洋攻撃空母【秋麗殿】、【紅輝殿】喪失」


 「【告】高速突撃艦【秋宴汪】、以下同級13艦喪失」


 「【告】喪失艦増加、されど我沙羅樹大佐からの支援要請無し」



 伐沙羅司令の下には続々と、【ヴァレダ】により想定外の被害を被った上ろく位我沙羅樹艦隊の手酷い戦況が齎される。



 「【告】残存するは、我沙羅樹大佐の座乗する旗艦【碧瑠璃鸞鳳皇】及び【鸞鳳玉】の2艦を残すのみ」


 「我沙羅樹の若僧め、手を出すなと言うのも無理からぬ事であったか。近衛のエリートとて斯くも無残な姿を晒しては、さぞ切歯咬牙せっしこうがの想いであろうな。まあ、命があれば良しとしてもらおう」



 アディリア連合星系【ヴァレダ】制御艦隊討伐に向かった筈の上ろく位我沙羅樹大佐に対して、伐沙羅司令が少しばかり侮蔑を込めた憐れみを(こぼ)していると、若い伝達士官が続けて予期せぬ報せを告げた。



 「【告】上(なな)位ガウリア・摩李ヴァリダーナヴァ少佐の特命部隊より緊急救難信号受信。なお、報せによれば殿下御身の奪還並び【星銀小玉龍ルーミィ】の捕獲に失敗したとの事」


 「何んと?ヴァリまでもが失敗しくじっただと?うむむ、存外骨のある奴らやも知れぬな。まあ良いわ、随行する【紫麗殿】に稚拙な小童(こわっぱ)共を拾おて来るよう伝えよ。丁度好い戒めとなろうて。しかし、こうも悉くチャンスを逃したと在っては、皇帝陛下に申し訳が立たぬでな。どれ、わしが討って出るとするか」



 伐沙羅司令は右眉を傾げながらも、苦々しい表情を湛えて遂に自ら進撃命令を下す。



 「特殊防護艦【赤鬼(セッキ)城】へ伝えよ、誘導空間断絶歪曲領域アクティヴ・ディストーション・フィールドの展開用意。儂と共に【星銀小玉龍ルーミィ】を狩り、殿下を御迎えに罷り越すと致そうかのう。第一護衛艦隊の者共よ、儂に続くが良い」



 猛将伐沙羅大将は、第3近衛師団艦隊旗艦である機動要塞艦【玄武城・ゴルディアス】を前に出し、艦隊後方より呼び寄せた特殊防護艦【赤鬼丸】により発生させたフィールドを、【ヴァレダ】からの攻撃を受ける盾として引き連れて行く。

 蒼天に向かって、巨大な荒鷲がその強靭な双翼を大きく羽ばたかせる姿をした機動要塞艦【玄武城・ゴルディアス】と、その前に陣取った葡萄の房を連ねた異形の【赤鬼丸】が、広大なレイ・セイル状の菱型フィールド・レクテナを三方へと展開しながら艦隊を離れる。

 その両艦に続き、後方から追尾を始めた数十隻の護衛艦群を引き連れて【星銀小玉龍ルーミィ】の強制拿捕に向け動き出したその時、伐沙羅司令の許に異形の神為る存在【虚界門】が顕現したとの報せが連打された。



 「【大急告】伐沙羅司令へ。第Ⅶ象限、753由位里クィンの惑星【香忰(かすい)】付近に正体不明の巨大時空震が連続して発生。変動数値《カテゴリー7》からの推定では【虚界門】の顕現!」


 「【急告】約1,200由位里クィン四方の宙域全体から【香忰】目掛けて、波頭状の鎌首をもたげ光り輝く海面状現象が観測されています。顕現した【虚界門】はエリア第Ⅱ・Ⅲ・Ⅴ・Ⅷ・Ⅸ象限全体に亘り菊花状に拡散し波状進行中」


 「【告】波状重力振動反応増大。不連続な多重空間震動断層を急速に形成しつつ周囲の物質をことごとく消滅させています」


 「【緊急告】本艦隊最後尾付近にも断層時空震発生、光り輝く海面状空間に艦隊最後尾の艦が引き込まれつつあります」


 

 矢継ぎ早に寄せられる絶望的な報告を前にして、伐沙羅司令は歴戦の猛将らしからぬ血の気が失せた頬を引き攣らせ、突如対峙せねばならなくなった【虚界門】という新たな脅威に畏怖する。



 「何と!冷たき虚数空間へ、デュラックの海へと全てを還す腑界への顎が、【虚界門】が此処にて開くというのか?ええい、艦隊後方域の各艦を緊急回避させよ、早うせい、1艦でも多く生き残るのだ、【虚界門】近接艦隊の艦隊統帥権を解除し、各個判断にての戦線離脱を許す!早う逃げよ!!」


 「【追告】ソル系艦隊の最後尾に複数の特殊フィールド艦が展開しつつ、第零・Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ象限に亘る巨大な宙域に空間断絶歪曲領域を展張。我が艦隊の最後尾もこの強力な空間シールドに内包されて行きます」


 「何故か!!我々を守ろうとでも云うのか?己れぇい、この儂を愚弄しおって!!小賢しいにも程があろう」



 突如何の前触れもなく援護を差し伸べようとでもするのか、敵対するソル系艦隊の異様な行動に対して、伐沙羅司令がさも悔しげに歯噛みしながら唸り声をあげた時、近衛府直属の連絡担当士官が宰華帝国ヴリューガル帝星【華秦かしん】より架せられた秘匿通信の入電を告げられる。


 「【最優先至急告】伐沙羅司令へ、只今帝宮《天朱繵(ティエンジュダム)》より秘匿専用亜空間通信回線呼出コールが入っております。帝室軍事顧問ギリュアム卿がお呼びだそうです」


 「ええい!バカな、この様な危急時にか?!・・・いや、そうか、解った。・・・此処へ繋げ」



 伐沙羅司令は、不意に接触を求めて来た帝室軍事顧問グレッグ・ギュリアム卿からの呼び出しに訝しみつつ、やがて心当たりでもあるかのように小さく俯きながら、そのコールに応じるべく担当士官にコンタクトを促した。

 (やが)て中央指揮塔の伐沙羅司令専用フォロビジョンには、ソル系宙軍艦隊総監の軍服を着こなしてはいるが、彼の推測通り見覚えのある懐かしい面影のままの、凛として静かに佇んだ独りの秀麗な人物の姿が映し出されていた。



 「・・・やはりレイルズ卿でしたな。今時分ギュリアム殿からのコールとは果て面妖な?といぶかしんでおりましたが、予もや儂の力を恐れての事では在りますまいな?」

 

 「まあ、そう言うな。久しいな、従よん位伐沙羅大将殿」



 伐沙羅司令は、澄ましたように見下ろし柔らかい口調で応える世理臼を睨みつける。



 「卿が斯様な下衆なる手を用いようとは。いやはや、この様な弱腰となり果てたとあっては、ほとほと陛下も呆れ果てまするぞ」



 彼は挑発的な言葉を投げかけるが、その言葉の奥に在る筈の毒気は微塵も感じられず、二人の間には久々に再会した老師と出奔した子弟の様な、何処となく互いを懐かしむ不思議な空気を滲み出していた。



 「だが、こうでもせねば、貴殿もそう容易くは応じてはくれないだろうと思ったのでね、義弟の隠匿回線を使わせてもらったよ。今更だが貴殿も丈夫の様で何よりだ、その後、陛下は息災であられるかい?」



 老獪な戦士をいたわる様な、敬愛を込めた言葉が世理臼の口からこぼれた。



 「応よ!無論の事じゃ。然るべく一段と御美しく、殊更見目麗(みめうるわ)しゅう御座おわしますぞ」



 何なら、「此処で回線を御繋ぎあそばしても良いのだが?」と続けたくなるのを辛うじて押し留め、伐沙羅司令は続ける。



 「然して、何用ですかな?我が軍を守護するが如くおぞましき所業をなさるとは、何かしら奸計を巡らせておるのではないかと思うと、ちと頂けませぬが?宜しければ愈々いよいよ一戦交えて差し上げまするぞ。さあ如何かな?」



 伐沙羅大将は、燃える様な眼差しで世理臼を睨み返す。



 「いや、此度は遠慮しておくよ、タダでは済みそうにないだろうからね。それにしても、貴殿を相手に小細工など通しないのは知っていますよ」



 世理臼はそっと片目を瞑って悪戯っぽく答えると、その秀麗な容貌を一瞬で冷たい刃の輝きを(ひそ)めた真顔に変えて、矢庭に伐沙羅大将へと迫った。



 「従よん位伐沙羅大将、荒ぶる神々【虚界門】の降臨だ。《カテゴリー7》だそうだが、あれを侮ると手酷い目に遭うぞ。こちらとしても見ての通りの無様(ぶざま)な状態だ、辛うじて防ぐのみしか出来ない。それから【星銀小玉龍ルーミィ】と【明利メイリ】・・・殿下は、希望に添えず残念だが既にこちらで回収させてもらったよ」



 世理臼は一呼吸置き、猛将伐沙羅大将の反応を確かめるようにして更に念を押す。



 「如何かな?貴殿、今が引き際だと思うが」



 二人の間に暫し沈黙が訪れていたが、その静けさを破ってオペレーターの声が響き渡る。



 「【追告】本艦隊最後尾付近、急速退避中にあった第58番腕列の全63艦が、断層時空震の光り輝く海面状空間に引き込まれ消滅、他の戦線離脱艦も続々と引き込まれています」


 「・・・是非も無き事。だが、このままでは、陛下に申し訳が立たん故・・・」



 伐沙羅大将は、ソル系艦隊の形成した誘導次元空間歪曲場(アクティヴ・ディストーション・フィールド)から零れ落ち、無残にも虚無へと還元されてゆく同胞の悲鳴を、美怜(リーミン)帝より与えられた勅命との間で圧殺する。



 (()の道、陛下の命に適わざれば《死》あるのみ)



 その間にも宰華帝国艦隊の一部が、【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】へと巻き込まれ始めたのを観て取ったのか、世理臼が片方の柳眉を逆立てる様にして、軽い口調で詰めの台詞を伐沙羅大将へ浴びせ掛ける。



 「何、子守をしそこなった面子など別に大したことはないさ、陛下の御機嫌を損ねる理由なぞ他にも星の数程は有ろうからな。その辺は私が請け負うよ」



 淡々と語る世理臼の声には、敗退を覚悟した猛将を気遣いながら苦々しくも、何処となくユーモアを感じさせる響きがあった。



 「ははっ!忌々しくもあるが、がっはははは。然り、然りよ!」



 覚悟を決めて豪胆に応える伐沙羅大将の前面フォロスクリーンには、刻々と艦隊を飲み込みつつある【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】の波紋が迫っているのが見て取れていた。



 「伐沙羅大将、既に手遅れとなったからには早々に此処から立ち去るがいい。貴重な戦力を悪戯に消耗させる事こそ、真に彼女の望む処では無いであろうからな。それに陛下に在っては、レイルズ卿の諫言に従ったまでの事と申し開けばよい。判らぬお方ではないと思うがな、如何だろうか?」



 そう語る世理臼の表情には、何もかもを見通したように淡く微かな期待を込めた笑みが浮かんでいた。



 「くっ、幾らレイルズ卿とは謂えその物の言い様、正直、儂の癇に障りまするな!だが、それも此度は致し方ない。次回、再び敵として戦場にて相見あいまみえる時こそは、必ずや儂の手でその首蔵貰い受けまするぞ!」



 伐沙羅大将は不敵な笑みを湛え、さも憎らしげに世理臼へ言い放った後、二人の間には無言の了承が交わされる。



 「すまないな、従よん位伐沙羅大将殿。そうならない様に努力するよ」


 「・・・ふっ。何とも勿体ないものよのう!卿のその器量。今一度帝国の為に・・・いや、既に詮無き事でもあったな。卿もお気をつけられるが良い」



 伐沙羅大将はさも残念そうに首を振ると、思い直したように微笑を続ける世理臼を睨み付けて激しく一瞥をくれ、若い通信士官に回線を強制遮断するよう手振りで命ずる。



 「では、これにてお去らば致す。次こそは陛下の戦場にて!」


 「何れまた、お会いしましょう・・・」



 未だ何かを言いたげな世理臼・レイルズの画像を振り捨て、彼は続けて【玄武城・ゴルディアス】のブリッジ中に響き渡る弩声を上げ全艦隊に転進を下命した。



 「作戦変更ぞ!全艦これより【蒼鷺(あおさぎ)座455朧幻燈桜(おぼろざくら)】ポータル・ゲートへ転進せよ!!」



 宰華帝國第3近衛師団には《撤退》の文字は無かった。

 次なる勝機を目指す《転進》のため、苦渋の思いで一斉に回頭を始めた艦隊の姿を静かに見据えながら、伐沙羅大将は先ほど遭遇した男との遣り取りに想いを馳せる。

 本来であれば、栄光ある宰華帝國を銀河の覇者たるべく繁栄の頂きへと導くため、稀有なる美怜(リーミン)皇帝を補佐すべき秀逸な能力と、類稀(たぐいまれ)なる美貌を兼ね備えた男【世理臼・レイルズ】。

 嘗ては美怜帝の(かたわ)らに居た筈のその男が、そうまでして何故敵陣に身を置き続け、尚も愛した者と闘い続けねばならないのか。



 「最早、尋ねる事も無いのかも知れぬが、さてレイルズ卿よ。・・・何れお主の首は、必ず我が手で陛下に献上せねばな」



 彼は世理臼との接触を陛下へ上奏すべきか否かを考えあぐねた末、逡巡する捉え処無いこの難問を頭の隅へ無理やり追い払った。

 画して、宰華帝国侵攻艦隊は古の超兵器【光燐海フォスフォール・オシアヌス】との遭遇に翻弄され、第五化楽天ニェルマーナ・ラーナティ星系から転進を余儀なくされることとなったのである。



≪第零~第Ⅰ象限 SID専属艦【ルーミィ】≫


 「あっ、そうだった。おい伽罹那カリナぁ、摩由羅マユラ姐さんが話したいって言ってたぞ?ティアス室長殿、申し訳ないが本所属分遣艦隊司令、摩由羅・ローゼンバルト提督より直接コンタクトを希望されているのだが、お繋ぎしてもよろしいか?」


 【ルーミィ】のブリッジには、惚れ惚れするほど精悍な顔つきをした迦楼羅カルラ・ローゼンバルト少佐が、スカルメールのコクピット越しに映し出されていた。

 【ヴァレダ】が覚醒する混乱を潜り抜け、追い縋るアディリア連合星系艦隊追撃部隊を退かせ、更に宰華帝国【星銀小玉龍ルーミィ】拿捕部隊からの奇襲攻撃を(かわ)した【ルーミィ】は、次々と襲い掛かる魔の手から辛くも逃げ延びた末、今度は友邦軍【天翔ける乙女(スカルメール)】の護衛機部隊に取り囲まれ、事実上味方の艦隊による「護送」という名目上の「包囲」を受けると云う、実に奇妙で理不尽な状況に置かれていた。


 そして今、フォロスクリーンに映る迦楼羅カルラ・ローゼンバルト少佐こそ、【スカルメール】を率いる伽罹那の実の姉であり、その精悍な姿を憧憬の眼差しで見つめていた伽罹那は、彼女の言葉が耳に入ると一瞬にして我に返り、ティアスに向かって激しく訴える。



 「あっ!ダメ、ダメダメダメダメダメだったらダメ、やめてよ迦楼羅姉さん!!お、お、お願いだよティア、それ絶対やだかんね!ティアは知らないんだぁからぁ。あの、ローゼンバルト家最恐の《極悪非道冷徹無比》な摩由羅姐さんなのよ!」


 「ハーイ、良~ッく存じていますよ~ぉ。ソル系連邦宙軍主幹部上級官吏選抜登用候補生戦術士官大学過程の後輩としてはねぇ、偉大な大先輩からのたっての頼みとあらば、こりゃあ断れないわぁ。うんうん、こういう時は、う~んと先輩を立てとかないとね~、残~念だけど後々祟るのよぉ伽罹那。あ~ぁ、瓜畑、瓜畑っと」


 「「・・・ティア、それね《桑原、桑原》っうんだよゥー」」


 「あら、そう?双星神、いいからさっさとつないでチョーだい」



 双星神(アシュヴィン)の余計なフォローも流石に呈を成さず、独り唖然とする伽罹那を余所に肩を竦めたティアスは、双星神に向かってあっさりと接続コンタクトを承認する。



 「げえぇぇ、何でだよぉ!!何でぇ摩由羅姐さんがティアの先輩なのよぉ?いゃっ!!それ変、絶対おかしい絶対やだカンネ!迦楼羅姉さん、や゛め゛て゛ょ゛ー゛!!ホンと勘弁してほしいわーもぉー!!」


 「え~え宜しいも何も、迦楼羅少佐お繋ぎ下さい。おほほほほ、お好きにどうぞ摩由羅・先・輩!」



 伽罹那の抵抗も虚しく、ティアスがそう言い終わるや【ルーミィ】のブリッジの中央には、第七早期打撃機動艦隊中核機動戦闘空母【トラディスカンティア】のブリッジから送られて来た摩由羅・ローゼンバルト司令の威迫漂う堂々たるフォロビジョンが出現する。



 「SID・SC606ティアス・マッコード室長か?久し振りだな。遅くなって済まない、無事だったかな?」



 濃藍色の下地に、見事な銀色の刺繍で縁どられた艦隊指揮官ユニフォームを纏った摩由罹・ローゼンバルト中将が、さも涼しげな表情でこちらを凝視していた。



 「ええ、何時もの様に何とかですけどね。ご無沙汰いたしております摩由羅先輩。いえ、摩由羅・ローゼンバルト中将閣下。それにしても、提督自ら態々(わざわざ)お出迎え頂けるとは、助かりました。恐縮です」



 何時に無く、ティアスにしては緊張感の漂う慇懃な礼を述べている。



 「それは何よりであったなマッコード室長。うむ、無事ならば良い。それにしても《お出迎》とはね・・・まあねぇ、ティア、何処の組織にも色々と在るものだよ、私も上の命には逆らえないからな。処で、明利・レイルズ殿下のお姿は?一見してお見受けできないようだが?其処に居るのか?」



 摩由羅提督は張り付いた冷たい表情を崩さず、獲物を狩る鋭敏な目つきで周囲を一通り確かめる様に見渡す。



 「あいつは無事だぞゥー。今、大浴場のお風呂浸かってるぞゥー。(??殿下だぁ?どゅこと?・・・?)」


 「男湯なんだけどゥー。流石に汚れまくってちゃ遺憾でしょゥー。(?どゅこと?・・・?殿下だぁ??)」



 この時、摩由羅提督が発した「明利」の後に続く「殿下」との敬称を付した言い回しに、双星神は奇妙な引っ掛かりを覚えていた。

 


 (ワクワク殿下?((こりゃ、トンデモ面白そうな事になっちまうかもゥー))殿下ワクワク!)



 双星神(アシュヴィン)は、絶妙なタイミングで明利の所在を上手く(とぼ)け、続いて餌を捲いてみる。



 「彼、多分呼んでも来ないだろうけどゥー?(さぁ、喰い付けよゥー)」


 「彼、今頃スッポンポンで堪能中だょゥー?(そぅだぁ、今だぞゥー)」


 

 確かに、明利はただ今再生医療ユニット・ポッド一杯に満たされたLCL-Hi・Ringel氏液の浴槽にタップリと浸け込まれ、生死の境を彷徨っている真っ最中であり、彼女らの表現も(あなが)ち間違いではない。

 余計な処で、常に厄介事を持ち込もうとする傍迷惑な双星神に対し、ティアスは思わず頭を抱えたい衝動に駆られる。



 「風呂だと?」


 ((そらよゥー、コイ、こい、来い!喰い付いて来いよゥー))


 「ふむむ、何と!その艦には《大浴場》とやらがあるのか?そうか、それは好いな。落ち着いたら一度、私もその《大浴場》とやらへ伺っても良いかな?いや・・・まあ・・その件は別としてだな、殿下が無事であるならそれで良い」


 ((あ゛あああぁ~そこかよゥー、期待外れだよゥー、流石は伽罹那の姉さんだぞなゥー。噛み合わねー))



 双星神の期待を見事に裏切った摩由羅提督は、《大浴場》とやらに対して個人的に大いに興味をそそられていた様子であったが、自分を見つめる双星神の奇異な視線を感じたのか、少し改まった姿勢で話を続けた。



 「宰華帝國サイカ・ヴリューガル第一皇太子怜汪亮徳明利メイリ殿下とやらの、ご尊顔を拝するのも一興かと思ったのでな?と言うより、単なる生存確認だ。無論、この話は最高機密事項に属する。」



 摩由羅提督はこのタイミングで皮肉たっぷりな言い方をしながら、双星神の期待通りのカミングアウトをぶちまけていた。



 「ききき来ったーーー!なななな何とぉ!何と!!やはり明利が?本物、宰華の皇太子殿下だとゥー?」


 「ききき来ったーーー!誰がじゃ!何でぇじゃ!!ほんと明利が?真贋、宰華の帝室、皇族だとゥー?」



 双星神は、先ほど摩由羅提督が妙な言い回しをしていた言葉を再認識し、固唾を呑んで互いを見合う。

 敢て意識的に避けていた事実を目の当たりにして、これまで二人が明利《殿下》に行ってきた数々の傍若無人な所業を顧みたのか、ゴクリと生唾を飲み込み引き攣った表情を浮かべて硬直していた。



「「さっきの宰華の眼帯マッチョ女がのたまってた事は、ホントだ~ったんだよゥ~」」



 力も抜け切ったうえ、更に絶望感をも込めた声をハモらせて、呆然自失とする双星神。



 「そうだ、宰華帝国皇太子怜汪亮徳明利殿下だが?まあ、私もつい最近知ったのだがな。中央経営機構内部でも一切明かされていない、HG級トップシークレット扱いらしい・・・何だ、諸君らには知らされていなかったのか?」



 淡々と語る《極悪非道冷徹無比》な摩由羅姐さんを前にして、アッサリと明された明利の素性とその重大性に、伽罹那も我を忘れて呆然と立ち尽くす。



 「なななな何だって、また、あんな奴が?いや、彼が?・・・本当に宰華帝國帝室の?・・・そんなぁバカな!じゃあ一体全体、何んだっで此処に居るんだぁ?」


 「伽罹那よ、何がそんな「バカ」なのかは知らないが、殿下がそこに居る理由こそ諸君らの方が詳しかろうに?」



 面白い程意外な表情を見せた摩由羅提督を見ていたリトルが、さも恨めしそうに斜め後方に顔をそむけて、ティアスに向かってぽそりと吐き捨てるように呟く。



 「フン、戯言を言いおってからに、余計な事を喋るでないぞ」



 一方のティアスと云えば、豊満で豪奢に盛り上がった胸の双丘を、確と両の腕で抱えたまま泰然と素知らぬ顔をして、こちらもまた面白くなさそうに摩由羅提督を見返していた。



 「まあ、それはそれで良しとしてだ、これ以上、私を面倒事に巻き込んでくれるなよ、ヤンチャなお嬢ちゃん達。これより私の指揮下に入り軍の指示に従ってもらおう、大人しくしていろよ」



 摩由羅提督は、悠然とティアス達に向けて指令を発する。 



 「ソル系連邦中央総軍第七早期打撃機動艦隊は、本時点をもって貴艦の我が艦隊への一時編入並び怜汪亮徳明利殿下と貴職らを保護し、本国迄の護衛送還の任に当たらせてもらう。ご苦労だったなティアス・マッコード室長、後は安心して我々に全てを任せるが良い」


 「はっ、有難うございます。ソル系宙軍の救援並び護衛に感謝申し上げます」


 (チぃ、まずったなこりゃ。リトルよ、ここは大人しくして居るんだぞ!)



 得も言われぬ不安を押し殺したティアスが、摩由羅提督に対して顔色一つ変えずに奇麗な敬礼を返したところで、やはり黙っておれないリトルがずけずけと言い放つ。



 「余を艦隊へ誘導し、保護、護衛送還の任に当たるだと?何を言うのか!呈の良い言い回しをしおって、軍警の拿捕拘禁、強制連行と如何違うのか?全く聞いて()きれるぞぉ、一体何時から貴様ら中央総軍は官憲の(いぬ)畜生と成り下がったのだ?」


 「ほう、そこの御チビさんか?これは大層に辛辣な物言いだが、逆上(のぼ)せた言葉には気を付けた方がいいぞ。(しばしば)起こるのだがね、これから先の護送中に生じる《不幸な事故》など物の数ではないからな」



 薄ら笑いを浮かべている摩由羅提督の顔には、明らかに刺すような冷たい殺気が浮かんでいた。



 「はてさて、余も舐められたものよ、当に不幸よのう相手を間違えるとは。言うに事欠いて《不幸な事故》に遭うのはお前らの方では・・・???」



 次第に覇気を纏い気色ばんでゆくリトルに向かって、ティアスが素早くアイコンタクトを取り「(こん畜生め!厄介な人が出てくる前に、脱出するぞ)」と、サインを送る。

 それを見て一瞬呆れた表情を浮かべたリトルは、ティアスの想定にハタと気が付いたのか途端に打って変ったように態度を豹変させると、摩由羅提督に向かって盛んに媚びを売り始める。



 「うっ、やっだぁ、御免なしぁ~い。うちのへっぽこ三流宙航士がぁさぁ、そう言えってたのぉ。すっごぉい数の戦闘艦さん達に囲まれてたからぁ、ヒク、ヒク。びっくりしちゃってぇ、お姐さんあれを率いてるんだぁー、すっごおおぃなぁ。以後気を付けますからぁー、ウル、ウル。ご勘弁ねぇ、お許くだしぁ~い、ぐしゅ、ぐしゅ」



 いきなりグズり出し、泣き落としを始めたリトルに思わず指を差され、突如として根も葉もない冤罪話をでっち上げられたうえに、やれ《へっぼこ》だ《三流》だと罵られた伽罹那が、額に青筋を立て怒髪天を突く勢いで暴発寸前になっていた。



 「てっめえ!このくそチビィ何言ってやがんだぁ!言うに事欠いて《へっぽこ》だぁ?さ、さささ《三流》ってのはおい、それは無いぞぉおおおおおぉぉ!!許せねぇ!よぅーしぃ上等だぁ、くそチビィおもてに出やがれえぇぇい!!」


 「ヤだぁ、お姉さん怖わあい。おもては冷べたぁぃうちゅー空間だぞぉ?アタシ死んじゃうぅぅ、シク、シク。お姉さんお独り様で、宜しくどーぞぉ」


 「何ぃおう!!モッペン言ってみぃ、エアロックにプッシュ込んだるぞぅぅぅぅううう!!」



 リトルは、明らかに咬み付き所を穿違えている伽罹那の姿を平然と眺め(すか)して、いけしゃあしゃあと言い逃れを図るのだが、後ろ手にぐっと握りしめ微かに震える彼女の右拳は、中指だけを確りと立たせたままその指先を真っ直ぐにティアスへと向けていた。



 (ティアース!!余にこの様な猿芝居を打たせおってぇ、憶えておくが良かろう。この屈辱、後でキッチリ晴らさしてもらおうぞ!)



 だが意外にも、そのリトルの演技が通じたのか様子を見ていた摩由羅提督の顔からは、先程までの刺すような冷たい殺気が嘘の様に消え去っていた。



 「さてと、面倒なご挨拶と交渉はこれまでとして、済まなかったな、面白くはなかったろう?ティア、これも仕事だ勘弁してくれ。(ついで)に、昔の(よしみ)と言っては何だか少し時間をくれないかな。そこに居る我が出来損ないの愚妹と、少しだけ話をさせてくれると助かるのだがな」



 遣れやれ、御見通しでしたかとばかりに肩を竦めるティアスの視線の先では、伽罹那が頻りと首を左右に振り続け、懇願の表情を湛えた必死の形相で拒否反応を示していた。



 「はっ、ラジャーです。摩由羅先輩、専用秘匿回線に切り替えましょうか?」


 「いや、このままで構わんよ。ちょっとお借りする」



 そう言って、摩由羅提督は圧倒されるほどの威圧感を纏い悠然と伽罹那の方へと向き直ると、困った悪戯をした子供を叱る様に優しく静かに言葉を投げかけた。



 「伽罹那・・・無事か?」


 「・・・うん・・・」



 伽罹那を静かに見下ろし佇む摩由羅提督の瞳には、唯独り伽罹那の姿だけを捉えたまま微動だにしない。

 二人の間を沈黙が包み込むと、その静寂に(たま)らず伽罹那の額に一筋の汗が滴り落ち、ティアスら他のメンバーも、張り詰めて居た堪れない程に凍り付いた空気を無言で遣り過す外なかった。

 やがてその緊張に耐えかねたのか伽罹那は斜め下方に視線を落とし、吐き捨てる様にぽそりと呟く。



 「・・・な、何しに来やがったんだ・・・」



 長姉の威圧感漂う冷徹な視線に居た堪れなくなった伽罹那が、苦し紛れに吐き捨てた言葉を耳にした途端、摩由羅提督の瞳に弾け飛んだ激烈なスパークは、誰の目にも鮮やかに写った。

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