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9 エクサティック・フォヴウィード 1

9 エクサティック・フォヴウィード


≪第Ⅳ象限-アディリア連合星系(ユニオン)派遣艦隊≫


 虹色に輝く【香忰(かすい)】のオービタルリングが、呪詛帯樹状クラスターの辺縁構造体へと再構築されると同時に、黄道軌道面(ゾディアック)に展開していたアディリア連合星系派遣艦隊オートシップ【ヴァレダ】制御艦隊は、急速に賦活化する【ヴァレダ】から襲い来る刺胞体によって次々と四散していった。



 「何が起こっていると言うのだ?こんな非武装宙域にソル系の《熾天使艦隊・セイレーズ》だ、宰華(さいか)の《近衛師団艦隊》だと!?次々とこんなものが湧いて出るとは・・・中央政庁(セントラル)軍管区統括人事院の罠だとでも言うのか?いや、調査局の連中が?本当に《銀河大戦》を勃発させるつもりなのか!!」



 戦略策定Ai群の初期想定戦略展開モデルにも起こり得ないような異様な事態を前にして、自らの属する世界統治機構による陰謀の影にさえも思い巡らせ愕然とするティング・モディ司令を尻目に、戦況監視Ai-001、Ai-002が続けて報告をリンクする。



 「【報告】モディ司令、ソル系艦隊及び宰華帝国近衛艦隊は突撃輪形陣を解き、本艦隊と平衡して進行中です」


 「【報告】先攻するSID特務艦追撃部隊と、宰華帝国前衛艦隊が交戦状態に突入」


 「【追加報告】宰華艦隊の新たな別動隊が、目標付近へ向け進攻しているのを確認」



 その知らせに続けて、戦況監視Ai-033が彼らの標的とする【ルーミィ】の状況を告げるべく、空かさず割り込む。



 「【情報連携】ソル系艦隊《セイレーズ》の制宙機3個群団が、急速展開し目標を捕捉。そのまま直衛に入る模様、目下ソル系艦隊勢力圏へ向け進行中」



 戦術作戦支援Ai-01は、SID特務艦追撃部隊との交戦自体が宰華帝国による陽動作戦の可能性が大きいと盛んに具申している。



 「宜しい、戦略策定Ai群に命ず。SID特務艦追撃部隊への増援を考慮したとして、SID特務艦拿捕の可能性と即時緊急撤退プランの再提示を・・・」



 モディがそうコマンドを発しかけたその時、未来観測インフォ・オブザーバーAi-20・レクターが急報を知らせた。



 「【緊急警告】モディ司令、【機密SSSスリーエス-R】最優先緊急コードが発動されます。例の【六慾天(ろくよくてん)】宙域、第四兜率天(とそつてん)トゥー・スィタ星系にて消滅した調査艦隊からの秘匿情報にあった【虚数鏡界面】が、【香忰(かすい)】近傍宙域に出現するのを予測感知プレコグニッションしました。変動指数誤差+-4セコパヒュル、これまでの極大予定調和領域に乖離偏在していた、プラダ4次双曲線上に接する確実変動値が、急速に確定軸線上へと収束しています」



 彼の報せが終わる間もなく、観測インフォAi群が一斉に感知したデータ群によって、その驚異の出現が裏打ちされる。



 「【情報連携】Ai-2020・レクターのデータ補完。正体不明の巨大連続多断層重力震反応が断続して増大しております」


 「【情報連携】間も無く、本艦隊後方半径約1.2パーゼルに渡る広範な宙域から【香忰】を包囲しつつ、広大な【虚数鏡界面】が出現します」


 「【報告】最大予測時空震度Mrk7強を観測。・・・【虚数鏡界面】が今、出現領域値に達しました」



 観測インフォAi-02、Ai-03も、未来観測インフォ・オブザーバーAi-2020・レクターに優先連動し、最悪の事態が起こり得る予兆を孕んだ重大な情報を補完して送り込んで来る。

 モディ司令の右下方には、青白くキラキラと漣めく【虚数鏡界面】を示したフォロビジョンと、可視化された先行重力震波動伝達モデルが表示され、現時空間に不気味にうねりながら近づいて来る得体の知れぬ何者かの様子が、刻々と表示されてゆく。

 それはまるで、全てを無に還す滅びへの強烈な破滅意思の顕現だとでも云うのだろうか、何も存在しない空間自体から突如滲み出し、泡立つ漣となって迫る太古の静謐な《滅び》の姿が忍び寄っていた。



 「いかん!SID艦追撃部隊に追撃中止緊急撤退命令を発動せよ。本艦隊は臨戦態勢を維持し、ソル系、宰華双方の敵艦隊と平衡を保ちながらこのまま退避行動に移行する。奴らの出方から目を離すな」



その時、戦況監視Ai-02が新たな悲報を伝えた。



 「【報告】モディ司令、先ほど宰華帝国艦と交戦状態に入っていたSID特務艦追撃部隊とのダイレクトリンク途絶。高速巡航艦「ワリャークシア」並び「リュフェーリシア」は、宰華帝国前衛艦隊と相互破壊戦のうえ、両艦共に爆沈した模様」



 一方で、【虚数鏡界面】の出現予知に脅威を感じた戦略策定Ai群は、先程まで検討していたSID特務艦拿捕の可能性を放棄とした戦略的撤退プランの策定を決し、一斉に全面的撤収プラン《OS/001自己保存的緊急撤退》を推奨していた。



 「邪魔をされたか、忌々しきは宰華帝国の連中だな。何も得れぬまま撤収に追い込まれるとは・・・だが、これまでだな。それも止むを得まい、【ヴァレダ】の覚醒と成長規模が我々の到達予測を遥かに上回っていた訳でもある。中央政庁(セントラル)星域経営企画部の観測判断が楽観的過ぎたのだよ」



 ティン・グ・モディ司令は、【緋翼のルヴァージュ】とリディス少佐の行方も掴めぬまま【ヴァレダ】制圧艦隊とSID特務艦の追跡に向けた部隊の大半を失った上に、派遣艦隊本体の被害を最小限に留めるべく戦略的撤退を余儀なくされている状況に歯噛みするが、最早、一刻の猶予もできない事態を冷静に受け止めていた。



 「《OS/001自己保存的緊急撤退》を承認する。この屈辱は、何時か必ず晴らさせてもらわねばな・・・遥か太古の名将も、そう言っていたではないか?《必ず取り戻す(アイ・シャル・リターン)》とな」



 刻々と成長を遂げる【ヴァレダ】の一部からは、対惑星破砕超高出力グラビティー・ブラストの巨大投射部が続々と生み出され、深紅に煌めく破壊エネルギーが幾筋もの槍となって虚空へと放たれる。

 その膨大なエネルギーの投擲槍ジャヴェリンは、モディの指揮する主力派遣艦隊にも襲いかかり、まるで卵の殻を神々の(たがね)で打ち砕く様に近接艦隊防御用イナーシャル・キャンセラーのフィールドを貫き、次々とアディリア戦列艦を爆散させていた。



 「【報告】モディ司令、各艦単体でのイナーシャル・キャンセラーでは歯が立ちません。【ヴァレダ】から発せられた対惑星破砕超高出力グラビティー・ブラスト放出により、主力艦隊左舷後方第2翼群ライヴ・ユニット護衛艦【DD88】番艦から【126】番艦まで全艦の消滅確認」


 「【追加報告】残存【ヴァレダ】制御第5艦隊とのダイレクトリンク途絶。高速巡航艦【サリューシア】級3艦並び亜級大戦列艦【グラガーシア】が爆沈した模様」



 機動要塞艦【レゾリュート】の傍でも、超高出力グラビティー・ブラストの真紅の光が走り抜け、その直撃を受けた巨大な戦列艦が真っ二つに裂け輝く光の中へと沈んでゆく。

 再び真紅の光が走ると、その後を追う様に一直線となって咲き誇った無数の爆炎が舞い散る。



「【追加報告】後方追尾の残存【ヴァレダ】制御第5艦隊ソリッド・ユニット護衛艦DS177番艦から226番艦までとの全ダイレクトリンク途絶」


「【追加報告】主力艦隊左舷前方第5翼、高速巡航空母【アーガナス】級6艦並び伊級戦列艦「メールバシア」他2艦が爆沈」


「これでは、まるで嬲り殺しだ」



 刻々と入る艦隊の損害報告は、人類の拙い技術をまるで嘲嗤うかのようにも聞こえて来る。

 ティング・モディの数多の戦歴に措いても、今回のミッションは極めて慙愧すべき汚点となるのであろうが、既に彼の思考はあっさりと撤退の決断を下していた。



 「全艦隊緊急離脱用意。【虚数鏡界面】が到来したとなれば最早手出しは出来ん、これ以上此処に留る事は無用だ。有象無象の中央政庁(セントラル)に巣食う夢魔共の思惑など知った事か!第四兜率天トゥー・スィタ星系での《消滅艦隊》の二の舞となる前に本宙域を離脱するぞ」



 戦略策定Ai群は、全面的撤収プラン《OS/001自己保存的緊急撤退》に沿って、戦術支援Ai群へ向けて並列円錐陣からの攻撃展開策定を連携し始める。



 「ソル系と宰華の動きを睨みつつ、奴らに威圧を掛けながら慎重に撤退しろ、撤退だ。《エトルリオβ-0120》のポータル・ゲートへ急げ」



 そしてティン・グ・モディ司令は、(せわ)しく流れ込む情報リンクコネクトを振り解き、艦隊運用指揮ブースをぐるりと取り囲んだ多重円環フォロビジョンを両の手で払いのけるように遮ると、静まり返ったブリッジに独り立ち尽くして叫んでいた。



 「クソ!我々は一体何時まで、古代に生きた神々が刻み付けた怨念に、何時まで恐れ(おのの)き続けねばならんのだ!!」



 ≪第零象限~ヴァレダ=香忰≫


 【ヴァレダ】の周辺部は急速に成長を続け、鳥の巣状に生成されて行く複数の攻撃躯体には、対惑星破砕超高出力グラビティー・ブラストの巨大投射口に深紅の輝きを宿し、星々をも砕く重力場エネルギーを発する変動超重力源を発生させて、不気味な程の超高出力エネルギーを収斂し辺り構わず放射し始める。

 だが、【ルヴァージュ】の落下により胚=レセプターを失った中心部の呪詛帯樹状クラスターは、頭を砕かれた蛇の様にのた打ち回り、そして脆くも溶け落ちながら崩壊を始めていた。

 鳥の巣状の攻撃躯体からは、次々とコントロールを失い漏れ出すように不規則に吹き出す深紅の光となった凶悪な破壊の奔流が、投擲槍ジャヴェリンの如く幾筋も溢れ撒き散らされ、見境なく周辺宙域を襲い始める。


 その存在意義そのものが、全てを破壊するべき宿命を負わせられた呪いとも云うべきなのだろうか。

 【ヴァレダ】は自我を生じる事も無きまま己を破壊の刃と化し、全ての存在そのものを否定するかの如く自らの躰で有ろうと無かろうと、何ら構うことなく無差別に周囲の物を破壊して行った。

 不幸にも深紅のエネルギーラインに捉えられた3大世界の複数の艦は、何ら抗う事も出来ぬまま爆散し、中でもアディリア残存艦隊に襲い掛かろうとしていた宰華帝国我沙羅樹ガサラキ艦隊は、真面に超高出力グラビティー・ブラストによる直撃を受け、無残にも戦列艦や攻撃空母等その戦力の殆どを一瞬にして薙ぎ払われ喪失していた。


 その時、呻きを上げ(ほとばし)る悪意に満ちた呪詛高エネルギーの所在を感知したのだろうか、【香忰ヴァレダ】の南天宙域からゆっくりと宇宙空間を切り裂くように亀裂が生じ、幾筋にも光る複数の渦巻く大海原が音もなく忍び寄り、荒々しい波頭を掲げ切れ切れとなって一気に湧き上がって来た。

 遂に、神々しいまでの「畏怖」を纏ったモノが顕現する。


 それは破壊神、古代超兵器【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】の到来を告げていた。


 その神々しいまでの破壊力は想像を絶し、譬えそれが人類世界の従属物であろうとなかろうと、容赦なく触れ得る物全てを飲み込み虚無へと葬り去って行く。

 【香忰ヴァレダ】の南天側に位置した宰華帝国艦隊の最後尾を始めとして、同じく【香忰】軌道を撤退して行くアディリア連合星系艦隊、それと平衡して進むソル系連邦外洋艦隊の一部とてその例外ではなかった。

 各世界の艦隊は、次々に荒れ狂う波頭に飲み込まれ光り輝く海原へ沈むように姿を消し去ると、二度と姿を現すことなくその全てを虚数海の泡沫へと還元されて行く。

 狂気に駆られし第Ⅳ文明【イーギリァ・トキィエ】により産み落とされた恒星系破壊兵器【ヴァレダ】の存在自体を浄化滅却すべく、第Ⅵ文明【ゼセル】が最後に創造せしめた【ヴァレダ】駆逐用次元振動破砕最終対抗絶対兵器【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】は、永劫の時を超え再び呼び覚まされし今、宿敵の確実破壊を成し遂げるためこの現世宇宙、第五化楽天ニェルマーナ・ラーナティ星系へと降臨したのである。



≪第Ⅲ象限~ソル系連邦中央総軍直衛「熾天使艦隊」≫


 艦隊総旗艦【ファランドゥール】のブリッジでは、オーヴィエント准尉ら《スティネラ属メルキュリア》の5頭による早期哨戒第一オペレーター群が、突如出現した【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】の(もたら)す危機を告げ始めていた。


 「引き続き【ヴァレダ】が、ランダム照射し続けていた対惑星破砕級の超高出力グラビティー・ブラストの放射軸が偏向しています。【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】に集中させ始めました。まるで狂ったように撃ち続けていますが、その効果は認められません」


 「【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】急速活性化による被害状況です。本艦隊最後尾部、第23・24群外縁哨戒ユニットが消滅です!一瞬で消えました!」


 「同、本艦隊第Ⅲ象限展開中の第6コンテナ輸送艦隊カーゴの最後尾1隊、12艦とも通信途絶しました!これも一瞬です!」

 

 「同、宰華帝国艦隊最後尾部も、次々と【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】に飲み込まれています。消滅反応を多数感知」


 「同、アディリア連合星系の惑星【香忰】軌道に布陣していた制圧艦隊は、・・・これも、ほぼ全滅です!」


 

 (けたた)ましくエコロケーションを(さえず)る若きオペレーター達の後方では、落ち着き払いゆっくりとその体を回転させていた《トゥルシオープス属ユピテリオリス》の主席オペレーター、ユリューシィア・パシフィカ中尉が、宙域空間に拡がる禍々しき破壊の波動を敏感に感じ取って行く。



 「確かに、これ【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】は、我々物質界にある存在その物を根本的に脅かす《脅威》であると認めます。艦隊司令、状況はあまり宜しくありませんわ」



 低く唸ったブリッジ・主席オペレーターが戦況報告に加えた意見具申に、《熾天使艦隊》司令タドレリア・グリーニー提督は、襲い来る尋常ならざる脅威を前に正直困惑を隠せなかった。



 「レイルズ総監閣下、如何なさいますか?単艦でのディストーション・フィールドでも、まるで歯が立たないようですな・・・ここは一先ず撤退をなさいますか?」



 グリーニー提督は、額に噴き出してくる汗を手袋の先で拭いつつ、世理臼・レイルズ艦隊総監の方へと視線を移すと、この異様な事態を予想していたとでも言いたげに(なか)ば微睡みながら幕僚監部艦隊総監シートに埋没していた世理臼は、広大な艦隊統合指揮専用ブリッジへとその視線を遊ばせていた。

 世理臼としても、この様な事態に対する切り札的対応策を準備していた訳では無かったのだが、この時彼の脳裏に一つのイメージが閃き立つ。



 「ふむ、撤退ねぇ。・・・そうしたい処なのですがね?提督。今ある資源を最大限有効に駆使して抗って見る事を人類の命題とするならば、実に便利な道具がありましたよ?」



 彼の左眉が、悪戯っぽくピクリと動いた。



 「目的外の使用となりますがね、使ってみようじゃありませんか?まあ、ここは一つ、人類の意地とやらでも見せて措くとしましょうか」



 勢い、その「閃き」を試してみたい衝動に駆られた世理臼は、弾かれた様に総監シートから立ち上がると、その身に(たが)わぬ猛り狂った猛虎の様な怒号を張り上げて、一気に指令を発した。



 「艦隊総監から最優先勅令!【ヴァレダ】コントロール専用フィールド発生システム搭載各分遣艦隊へ緊急非常配置への移動を令す!目的外運用となるが、各艦の誘導次元空間歪曲場アクティヴ・ディストーション・フィールドを最大出力とし、本艦隊後方宙域全天面に至急展開せよ!!その後、5パーギル毎の宙域にフィールド発生艦を順次遷移配置させ、扇状展開しつつ、第零・Ⅰ・Ⅱ・Ⅳ象限に亘る多重エネルギー・ウォールを構築して、敵味方問わず全ての艦隊を包み込め!!」



 それまでの世理臼艦隊総監の落ち着いた様子とは打って変わって、一瞬の間に雷神の如く変容した彼の真意を測り兼ねたのか、凍り付いたまま呆然と立ち尽くすグリーニー提督らの艦隊司令幕僚幹部達に向かって、世理臼は再度怒号を張り上げて一括する。



 「何をしている!!!フィールド発生艦が焼け焦げても構わん!邪魔な戦列艦も押し退けて良し!!最大出力だ、死にたくなければ急げよ!!」



 グリーニー提督はその激烈な一括を受け、彼の発した雷撃に弾かれた様に指令を捲し立てて復唱する。



 「ラジャー!艦隊司令よりフィールド発生艦各分遣艦隊へ令す。艦隊最後尾部から鶴翼形態移行しつつ最大出力、最優先だ!!フィールド発生艦の展開宙域に配置されている障害艦は敵味方の区別なく、全て除けてやれ!!」



 ディストーション・フィールド発生装置を搭載し、重戦列艦を5隻ほど束ねたコーン状の異形な姿をしている巨大な特殊仕様艦の一群が、世理臼艦隊総監の指令を受け次々と艦列を組み直す。

 やがてソル系艦隊の後方には、特殊仕様艦が巨大なパラボラ構造部を無数に広げ始めると同時に、発せられたディストーション・フィールドのエネルギー防護壁が、銀色のオーロラをはためかせて幾重にも折り重なる様に展開し始めた。

 この広大な宙域をカバーする為に展開された、防御フィールド・ウォールの形成に要するエネルギー負荷は途方もなく膨大なものとなり、恐らくは人口惑星2個分を優に1年間は維持できる程の、莫大なエネルギーを放出している事だろう。


 その防御フィールド・ウォールが、急速に【香忰ヴァレダ】と三大世界の各艦隊を遮る次元歪曲場の多重シールドを形成すると、【ヴァレダ】から無差別的に放たれていた深紅の破壊エネルギーラインは、辛うじて鉄壁の遮断壁フィールド・ウォールに弾き飛ばされて偏向拡散していった。

 それは又、同時に迫り来る【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】との干渉領域を形成し、その侵蝕を押し留めようと歪曲場の偏向形成面に沿って強烈な光の渦を生じさせ【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】の破壊波をも中和し始める。


 次々と鶴翼の扇状に配置されて行く各フィールド・ウォール分遣艦隊を目掛け、【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】の泡立つ虚無の渚は幾度も打ち寄せる波となって押し寄せる度に、多重シールドとの摩擦を生じさせ激烈なエネルギー干渉波を周囲宙域に撒き散らす。

 絶え間なく襲い来る破壊神の災いの手から、全てを守ろうとしている浅ましき人類の抗いは、辛うじて古き神々の呪縛から逃れようともがき続けている様でもあった。



 「総監閣下、このまま何時まで持つのでしょうか?辛うじて維持てはいるようですが、神にでも祈りたくなる気分ですな。・・・いや、今や敵は、その古の神々でしたか・・・失礼」



 荒ぶる太古の神に祈りを捧げようとは、全くバカげた妄想に憑りつかれたとでも言わんばかりに、皮肉っぽく口元を歪ませたグリーニー提督の顔には僅かに暗い影が差し、前代未聞の異様な事態の進行を前にして、この老練な提督もかなりの緊張を強いられている様子が窺えた。

 


 「ああ提督、その心配ならば無用だよ。私は諸天善神の守護を、我が意の赴く処と共に有らん事を常々誓願しているのでね。祟り神さえも何れは鎮めて、我が軍門に帰依させるだけさ」


 「しかし総監閣下、こちらの放出エネルギーも莫大です。アディリアと宰華の連中をも護るとなると、早々長くは持ちません」


 「そうだねぇ。我が目的も間もなく果たせる事だろうし、確かにアディリアと宰華の連中にもこれ以上義理立てする必要も無いしね」



 防御フィールド・ウォールが、偏光するオーロラの様に三大世界の艦隊がいる空間を包み込み、【洸燐海フォスフォール・オシアヌス】との間で激しく攻防を続け、暫しの時が流れる。

 世理臼は「ホッ」と一息溜息を漏らし、《トゥルシオープス属ユピテリオリス》の幕僚副官一頭を傍に寄せてブリッジオペレーターに何某かの通信回線を開くように命じると、今度はグリーニー提督へ向かって一転した軽い口調で話しかけた。



 「・・・そろそろ、古き神々を相手にした人類の意地の張り合いも限界でしょうかね?それはそうと、迎えに行ってもらった摩由羅さん達も子守に飽きる頃合いでしょうから、さぁてと正念場です。グリーニー提督?ご苦労を懸けますが、さっさと此処から逃げ出す準備をしましょうか?」


 「はっ、ラジャーです。全艦、ミッション《ランドマンナロイガル》及び【ティリオット・レイズン88】のターミナルフェイズに入る」


 グリーニー提督は、世理臼艦隊総監の秀麗な顔に一瞬浮かんだ微笑をチラリと眼にした途端、この男の底なしの能力を歴々(まざまざ)と見せ付けられたような気がした。



 「古の神々を相手にして一歩も引かず、(あまつさ)え敵対的世界の艦隊をも守護するとは。敵にするには恐ろしすぎる。が、味方としても得体の知れぬ空寒い気がする。・・・とは、当にこの人物の為に在る様な言葉だな」



 彼はこの時、そう遠くない未来で起こるであろう激動的な予兆の片鱗を、心の片隅に確りと封印しておくことにした。


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