8 アンティック・ディスポジション 3
≪第2象限-宰華帝国侵攻艦隊≫
「いざ、皇太子殿下奪還へ千載一遇の忠節ここに来たれり、総員殿下の救出に全力を傾注せよ!そして今こそ【星銀小玉龍】の捕獲と本国送還を、ここに誓えぃ!!」
ダークグレイと濃緑色に彩られたブリッジの中央司令段の上で、堂々と仁王立ちしたまま、猛将伐沙羅大将が吠える。
「アディリア連合星系艦隊と、ソル系連邦艦隊の奴らに目にもの見せてくれようぞ。上陸位我沙羅樹大佐の前衛艦隊を前へぇ!蹂躙可能なるアディリアの、へっぽこ騎兵艦隊は何処にあるか!」
美怜皇帝の御前にて、直々に勅命を受けた宰華帝国近衛師団の四天王の一人、従肆位伐沙羅大将は、その勇猛さと実直さ故に美怜皇帝からの厚い信頼を得ていた。
【鶺鴒座235薄墨桜】ポータル・ゲートから威風堂々と出現した、宰華帝国最強艦隊の一つ、第3近衛師団艦隊の旗艦である機動要塞艦【玄武城・ゴルディアス】の全砲門は、【星銀小玉龍】を挟撃しようと待ち構える、アディリア連合星系の主力艦隊を既に捕捉していた。
宰華帝国艦隊の強襲突撃艦クラス数隻で構成された前衛艦隊は既に主力艦隊を離れ、変動し続ける【香粋】の衛星軌道上に展開し、混乱を呈していたアディリア連合星系の【ヴァレダ】制圧艦隊に向かって、急加速しながら一気に襲い掛かろうと進撃して行く。
【玄武城・ゴルディアス】の円形祭壇状に配置されたブリッジの下方、指令ユニットの更に下段に配置された哨戒ユニット群からは、緊張感の込もった新たな情報が次々とを伝えられる。
「【告】ソル系艦隊に新たな動きを捕捉。当艦隊の第二象限を遮るように多数の制宙戦闘機群が急速展開中。目標【星銀小玉龍】に向け進行す」
「やはり忌々しきは、ソル系中央宙軍を率いるあのレイルズ卿の先鋒か。今は捨て置け、他に策はある」
伐沙羅司令は苛立たしそうにしながらも、その唇には薄い笑みを浮かべていた。
「【告】第Ⅲ象限、距56位里クィン範囲に侵入したアディリア要塞艦【レゾリュート】及び騎兵艦隊3ユニットの計18艦艇は我沙羅樹艦隊の即刻蹂躙可能範囲に到達。なお、【星銀小玉龍】は、アディリア高速巡航戦艦クラス2艦により追撃を受く」
そこへ、痺れを切らすかのように、血気盛んなエリート青年将校である上陸位我沙羅樹大佐から、戦闘開始を督促する矢の様な伺いが入る。
「【伺】上陸位我沙羅樹大佐より従肆位伐沙羅司令へ、突撃蹂躙のご裁可あれ。我の贄は眼前に有り、眼前に在り」
「小癪な若僧が、まだならん!殿下の御座する船を挟撃しよう等と小汚い手を使いおって、アディリアの絡繰玩具めらが、我慢はならんが沙羅樹よ、今暫し待つのだ。ソル系艦隊の奴らが弄した進撃航路の修正だが、今一つその動きに疑念が残る。そのまま暫し様子を見ておれ」
そう吠えながら、伐沙羅司令は【星銀小玉龍】の拿捕と、明利皇太子奪還に向けた伏兵を張る算段を着々と整えつつあった。
「とは云え、我沙羅樹の若造めも辛抱もう効くまいな、儂とてそうじゃ。そろそろ時も善し、頃も善しか?上漆位ガウリア・摩李ダーナヴァ少佐の特命部隊を解き放つか」
伐沙羅司令は、手元のフォロビジョンに映し出され、軽く黙礼をする若く屈強な女性武官に向かって小さく静かに出撃命令を授ける。
「待たせたな、摩李よ」
「ははっ、従肆位伐沙羅大将猊下の御下知を賜り、有り難き幸せ。恭悦至極、我が身も喜びに震えが止まらぬ如き、歓喜の想いで一杯にてございます」
暗褐色の肌に、短く切り揃えた青藍色の前髪に掛かった右目は見事な金色をした碧眼の、その奥に潜む狂気を纏った鋭い気配を隠して、彼女は気迫の籠ったやや低いアルトテナーの音域を伴い、明瞭に響く口上にて伐沙羅司令に上奏する。
その長身の鍛え抜かれた鋼の如き肉体に、はち切れんばかりの黒褐色に煌めくタクティカルスーツを身に纏い、其れでいて豊満に盛り上がる豊かな胸部に続くグっと絞まった腰部からは、只ならぬ程に立ち昇る妖艶な色香さえ漂わせている。
宰華帝室明利皇太子奪還特命部隊隊長、碧眼の上漆位ガウリア・摩李・ダーナヴァ少佐。
その美しく研ぎ澄まされた凶器の肉体を纏った彼女は、勇猛果敢な宰華帝室直属第3近衛師団の中でも機動空間近接格闘戦闘、所謂、艦上白兵戦を最も得意とした空間特殊部隊を指揮する《狂戦士》の一人として、エリートばかりで構成される近衛師団の中でも一際恐れられる存在であった。
「上漆位ガウリア・摩李・ダーナヴァ少佐、我沙羅樹の若僧を囮とするが良い。但し、決して殿下に無礼を働いては為らんぞ。では行け!」
「はっ、万事承知仕りましてございます!!」
フォロヴィジョンの中で跪き、深々と首を垂れた彼女の精悍な横顔には、獲物を与えられし狩人の如き歓喜びの表情が溢れていた。
「【令】【玄武城・ゴルディアス】より、強襲要撃護衛空母【紫麗殿】、強襲捕獲特殊突撃艦【鳥嶺汪】及び、【鳥海汪】は、本艦隊の戦線を離脱し別働作戦行動へ入れ。上漆位ガウリア・摩李・ダーナヴァ少佐の特命部隊は、【星銀小玉龍】の拿捕並び皇太子殿下奪還へ向け先攻せよ。くれぐれも殿下に粗相の無き事、万全の配意と忠誠を持ってこれに尽くせ」
従肆位伐沙羅大将は、近衛艦隊本体自らをも囮とさせるべくアディリア連合星系要塞艦【レゾリュート】の眼前で進路を急速に転じ、上漆位ガウリア・摩李・ダーナヴァ少佐の特命部隊を乗せた別働部隊を秘かに離脱させると、アディリア艦隊、ソル系艦隊と三つ巴の平衡状態となった艦隊布陣を形成する。
一方その頃、【星銀小玉龍】を追撃していたアディリア高速巡航艦【エリークシア】と【リフェーリシア】の2艦に向かって、我沙羅樹艦隊が遂に痺れを切らし牙を剥いて襲い掛かっていた。
それはまるで、逃げ惑う仔羊を執拗に狩る従順な二匹の猟犬が、餓狼の眼前をチラつく絶好の獲物として、その垂涎たる餌食の的そのものと化していた。
宰華帝国突撃艦【洸華汪】と、軽戦列艦【緑碧皇】から一斉に放たれたセカンダリーブラスターの輝く矢と高速光子弾頭弾の群れが、アディリア追撃部隊目掛けて再び虚空を駆けてゆく。
不意を突かれて急襲されたアディリアの追撃部隊からは、アンチミサイル拡散重力弾が対抗する様に続々と射出され、無数の花が咲き乱れるように膨大なエネルギーの爆焔が、両者の間に広がる虚空を覆い尽くし激しく散る。
お互いの存在する空間さえも激しく焼き尽くすかのように、一頻り閃光が輝き続けるなか、やがて一際大きく輝いた妖花の大輪が炸裂する。
続けて二つ、三つ目の大輪が僅かな時間を置いて虚空を輝かせると、再び何も無かったかの様に静まり返った虚空が、ただ広漠と拡がるのみであった。
≪第Ⅰ象限-SID専属艦ルーミィ≫
後方から追撃して来るアディリア追撃艦隊と、宰華艦隊の衝突が撒き散らす戦闘の輝きを受け、【ルーミィ】は只管に【ヴァレダ】から逃れ、【香忰】の近傍宙域から遠ざかっていた。
「ティア、アディリア高速巡航艦と宰華の突撃艦の激突だけど、あらビックリだよゥー。双方とも、相互確実破壊で全部爆散しちゃったよゥー、こりゃ何だか気の毒ゥー」
「そりゃ好都合さね。結果オーライってか?」
テミアに向かって、ホッとした様に伽罹那が相槌を打って答える。
「ふむ、そりゃ結構な事だ。迎撃する余の手間が省けたのだからな・・・だが妙だぞ?辺りの騒々しいこの気配は一体何だ・・・???」
腕組みをしたまま立ち尽くし、息を殺して周囲の様子を窺い発したリトルの語尾が、鋭く少し落ち着かなく聴こえていた。
「・・・何だ?!これは何だ!!いかん、双星神周りをよく見てみろ、様子が変だぞ!ティア、用心せいよ!!この宙域一面に【ヴァレダ】の発する瘴気と、無数の人が発する恐怖に彩られた疝気が互いに渦巻いておるではないか!!」
リトルは周囲の空間に只ならぬ何かの気配を察したのか、フォロビジョンを眺めまわす様に頭を振り、警戒感を込めてグルり一面全天に拡がった宇宙空間を見渡す。
「ラジャーだよゥー。リトル、うん、超広域全天哨戒をアクティブ、ポチっと・・・ややぁ!んっじゃいこりゃあああ??」
「うっぎゃあああ大変だよゥー!何だか知んないけど、辺り全天、天の光は全て宙航艦ってかぁ?!ティア、周囲をウジャラカどっかの大艦隊に囲まれてるよゥー!!!」
「こんな「こんな光景見た事無いよゥー!」無いよゥー!何かの「何かの星域間合同の総合軍事演習でもやってるってーの?」てーの?すっごい「すっごい数の戦闘艦が集結しているゥー!!」しているゥー!!」
双星神が、ロンドの旋律で脅威の姿をハモらせ異常な事態を報告すると、テミアが慌てふためき全天フォロビジョンを超長距離レンジへ切り替える。
其処には、これまで見たことも無い無数の星々に鏤められた、三つ巴に絡んで渦巻く星雲と見まごうばかりの三大世界の大艦隊が、【ルーミィ】を中心として集結している壮絶な光景が展開されていた。
「すっげぇぇええぞぉぉおおおお!何じゃあこりゃあああ・・・・・・・絶句」
「あ・・・あぁぁぁちゃ~、こりゃ本格的にツイてないわぁ、眩暈してきたわょ~お?最近の星雲占い星回りご機嫌ナナちゃんだったっけぇ?出かける前の三唱忘れたからかなぁ?前回のオペ報告書を《おみくじAi》に作らせたのがバレちゃったから?ブツブツブツ・・・」
その光景を前にして唖然とした伽罹那は言葉を失い、放心状態で訳の分からない日頃の行動に反省の弁を呟くティアスの瞳には、螺旋を描いた大艦隊のキラキラと発する光が空しく映り込んでいる。
そんな二人を可哀想に見つめていたリトルは、半ば呆れ果て独り覚悟を決めていた。
「やれやれ、プライマリー主砲《アルクビエレ・バスターキャノン》の心積もりでも、やって置く他ないのかものぉ・・・ぐしゅん」
無数に集結した三大世界の各艦隊は、その持てる力を互いに誇示し、威嚇し合いながら、【ルーミィ】の確保を巡り一触即発の危険を孕んだ均衡の中で、【香粋】=【ヴァレダ】の近傍宙域に壮大な螺旋状の渦巻きを描いて進撃を続けていた。
「・・・ええい!!全く!次から次へと性懲りもない事ね、もぉ~う慣れたわよ!慣れりゃいいんでしょ?え~え、逆境でも悪運でも、何でも来いだ。片っ端から捻じ伏せてやるわよ!さぁ掛かってきなさい。」
漸く我に返ったティアスは、この絶体絶命な事態を前に肝を据えたのか、悪態を吐きながら立て続けに襲い来る不幸の連鎖から逃れる事を、半分諦めて逆に太々しく立ち直る。
「でぇ!双星神、そこな超絶大艦隊さん達は、一体何処いらの方々なのかしら?」
「ティア、・・・あら、復活したのね・・・。この複数のリヴュス反応炉航跡周期振動波形パターン群からしてぇ、ソル系艦隊、宰華帝国艦隊、アディリア連合星系艦隊で構成された、三竦み状態の大艦隊と断定ですゥー」
「ティア、・・・こら、開き直ったね・・・。こいつら【ルーミィ】を中心として【香粋】近傍の広大な宙域に、螺旋型した三角渦巻き柱状の包囲網を形成して相互に牽制しながら、グルグルと進撃しているよゥー」
「ひぇぇぇ、冗談じゃねーぞ!!つまりぃ、ウチらの近傍宙域の全天、三大世界の戦闘艦まみれで、そいでもって皆さんウチらを狙ってらっしゃる~と?!ひょっとし無くても、ティア、これって凄すぎるんじないの?空前絶後、前代未聞、絶体絶命、こ、こいつぁ・・・に、逃げられねぇぞぉぉおおお!」
喉の奥に込み上げて来る恐怖を必死で飲み込み、引き攣った表情をした伽罹那の発する声がブリッジに響き亘ると、見渡す限りの全天を埋め尽くす壮観な戦闘艦隊群の光景を刮目しながら、ティアスは尚更他人事のように感嘆する。
「参ったなぁ。これはまるで、センターアリーナでスポットライトを浴るカリスマ・アイドルってとこかしらぁ?ホーほほほほ、嫌ぁよぉ~滅入っちゃうな、そんな齢でもないしハハハ・・・はあぁぁぁ、《第4次ウェルム戦役》?いえ、今度こそ《銀河大戦》かな~?」
「ティア、それ冗談になってない!!どーすんだょティア!どぉすんのぉ?《煉獄宇宙》突入深度確保領域まで、まだまだまだまだまだ、ま~だ随分とかかるぞぉ・・・っと?・・・!!!!何だぁ!!あれ!!何か来る!あそこ!」
何時もの伽罹那らしくもなく混乱に拍車のかかった半泣き状態で、呆然と立ち尽くし全天フォロビジョンに向けた彼女の指先が一点に静止すると、攣られて皆の視線も自然とそこに集まった。
そして、彼女が再び絶句するのと時を合わせるかのように、全天フォロヴィジョンの中心部に位置した【ルーミィ】のフォログラムの周囲には、小さな光点群がぽつぽつと灯って、あっという間に取り囲まれてしまった。
「ティア、近接警戒アクティブに多数感ありだよゥー!囲まれちゃったよゥー」
「畜生、今度は一体何だってんだぁ?襲ってくるのかぁ!嬲り殺しかぁ?」
新たな脅威の出現に、テミアと伽罹那の緊迫した声が重なって、【ルーミィ】のブリッジは重々しい緊張感に包まれる。
「しょうがない!受けて立つぞラミア、近接防空迎撃戦闘用意だ!」
「ラジャーだよゥー。近接防衛システム起動ゥー。ターシャリーブラスター、リニアキャノン・ファランクス66-参式拡散重力子弾装填完了ゥー。ALSミサイルランチャー及び光子魚雷発射管開け、イナーシャルキャンセラー最大出力緊急展開、何時でも来やがれだよゥー!」
素早いラミアの対応に【ルーミィ】の対空防衛システムが次々と連動し、ターシャリーブラスター護幇塔とリニアキャノンが一斉に虚空を睨むと、彼女は発射管制トリガーにじっくりと指を絡ませる。
「ティア、ラミア、STOP!STOP!STOP!ちょっちょっ、ちょっと待って、撃っちゃだめですよゥー。識別コード受信、感ありですゥー、ラミア待て!撃つのステイだよゥー!よしよゥーし、ステイ、ステイ、いい子だよゥー、いい子。よゥーし」
「あなた誰!今の何!!ガルルルルルあたしゃ犬コロ属かよゥー?うぉにょれテミア、憶えてろゥー!」
緊張感が支配するブリッジにテミアの上擦った声が奔ったが、その後に続いた彼女の安堵の言葉を聞いて、皆の凍て付いた表情は一瞬に氷解されて行った。
「のへえぇぇぇ友邦だったよゥー!ソル系宙軍ですゥー。ソル系宙軍の制宙艦載機群が接近中だよゥー。助けに来てくれたかなー?んーと、はあぃ、はいはい、やっぱり早速救難要請挿入通信来たよゥー、ティア繋いじゃうよゥー?」
「ああテミア、良くてよ。はてさて、少々早すぎるんじゃないか?今頃お迎えでもあるまいし、尚更頼んでも無いんだけどねぇ、何処の所属のお方かしら?」
次第に近付いて来る白い輝点群をティアスは繁々と眺め、やがて出現したソル系宙軍の制宙艦載機に【ルーミィ】の周囲が完全に囲まれると、緊張と安堵が織り交った異様な空気が漂うブリッジに、力強く凛として澄んだ女性の音声が響き亘った。
「SID所属艦【ルーミィ】、聞こえるか?こちら、ソル系中央星域直衛《熾天使艦隊》第七早期打撃群機動艦隊中核機動戦闘空母【トラディスカンティア】所属、第四戦術師団特殊戦闘ユニット【天駆ける乙女No7】センター3の総括大隊長、迦楼羅・ローゼンバルト少佐である。貴艦の損害状況はどうか?無事なのか?」
「「無事だぞゥー!」!」
空かさず双星神がフライング気味に即答したのを受け、ローゼンバルト少佐は少し満足げな明るい声を発すると、早速責任者との接触を図る。
「それは何よりGood、諸天の加護の由だな。後は我々に任せて措け、安心するが良いよ。では艦長は何方か?」
「こちらSIDソル系連邦中央情報調査局星域統制部調査第6課606分室専属特務艦【ルーミィ】艦長、星域調査部統括官ティアス・マッコード室長です。ご苦労をお掛けしますねローゼンバルト少佐、貴官の救助に感謝します」
ティアスは一呼吸置いた後、キャプテン・シート・コンソールに浮かんだサウンド・オンリーの表示に向かってやんわりと礼を返しながらも、この後に続くであろう不吉な予感に、チラリと前方の多重操環フォログラムに佇む伽罹那の姿へと視線を移した。
(何~て事でしょう。「逆境でも悪運でも、何でも来いだ」とは言ったものの、端っから捻じ伏せられそうだわ。あああ厄日よ、厄日。今日は、スーパー・スペシャル・ウルトラ・ハイパー・超絶・アーンラッキィーディだわ・泣・泣)
選りにも選って、あの勇猛果敢な【天駆ける乙女】の総括大隊長、迦楼羅・ローゼンバルト少佐が相手では、そう簡単には逃げ果せそうもなく、ましてや、ソル系中央星域直衛《熾天使艦隊》第七早期打撃群機動艦隊ともあれば、かの《冷血非情な人物》が指揮している事にティアスは思い当たっていた。
そのうえ、ソル系中央星域直衛《熾天使艦隊》の背後には、如何やら軍上層部の遥か雲の上に坐、例の《お偉いさん》の姿さえ垣間見える有様だ、彼が相手となれば、当然こちらの勝ち目は無さ過ぎる。
ティアスは、背筋に冷たい戦慄が奔るのを皆に感付かれぬよう、必死の思いで抑え込んだ。
「これは、マッコード大佐でしたか?貴職のご活躍は兼がね聞き及んでおります、こちらの方こそ光栄であります。では、SID専属特務艦【ルーミィ】艦長、ティアス・マッコード統括官。これより貴艦周辺の制宙権確保と、我が艦隊への誘導救出ミッションに入ります。ご面倒ではありますが、以降我々の保護下に入り指示に従って行動願います」
「ラジャー。こちらこそご苦労を掛けますねローゼンバルト少佐。どうぞ宜しく願います」
ティアスは、意に反してあっさりと軍の指揮下に与する事に同意をした後、徐に回線を遮断すると、ニコリともせず嫌味を湛えて此方を睨むリトルへ声を掛ける。
「味方の敵も然るもの、しっかり言葉も選んでいるわね。脱出・・・っていきたいところだがなリトル?もう少し辛抱するぞ」
「全くだ、余も異存はないぞ。しかし、嬢ちゃんも随分と偉くなったものだな?マッコード大佐殿」
「嫌味か?それより、伽罹那が心配なのだが・・・」
ティアスの視線に攣られたリトルが、ふと前方の伽罹那に視線を移すと、何かを呟く彼女の表情には、複雑な気配を漂わせているのが観て取れた。
「そうか・・・姉さん達が?・・・来てくれたんだぁ」
半分泣き顔を崩したような歓喜に歪んだ表情の中にも、それでいて微かな悲壮感を忍ばせた複雑な表情を見せる伽罹那は、多重操艦フォログラムの中で腕組みをしたまま、項垂れ立ち尽くしていた。
その時である、突如虚空を切り裂いて遥か前方から発せられたであろう複数の高エネルギーラインが、【ルーミィ】のイナーシャル・キャンセラー・フィールドを掠めて鋭く後方へと駆け抜ける。
「ティア、大変だよゥー!!前方約2万キルト近接防衛宙域のCAの際に、宰華帝国強襲要撃護衛空母が1出現、攻撃して来るゥー!こりゃまたリトルゥー!なぁ~ぜぇじゃ~よゥー、早期警戒システムにど~して反応しなかったのじゃよゥー?」
テミアの上擦った声が、リトルの不手際と彼女への不信感を滲ませ、再びブリッジに緊迫感を齎す。
この時既に【ルーミィ】は、ステルス・フィールド結界に遮蔽されていた、宰華帝国特命部隊の接近を喉元近くにまで許してしまっていた。
簸た寄せるその巨大な宰華帝国の艦影は、【天駆ける乙女】の救援到来に安堵する【ルーミィ】一行に対し、突如姿を現して奇襲攻撃を開始する。
「リトォール!!なぜ気付かなかったのかぁ!毎回、毎回!毎回!!こうも易々と、やはり暈けたか!いや?リトルお前まさか?・・・今度は何を企んでいるんだ!?」
激烈な怒りと疑念の色を載せて、訝しそうに向けられたティアスの冷たい眼差しが、鋭くリトルを射抜く。
その間にも【ルーミィ】の直ぐ傍では、続けて襲ったエネルギーラインに貫かれて2つの大きな閃光が巻き起こり、再三対峙しているティアスとリトルの横顔を煌々と照らし出す。
【ルーミィ】の前方から迫る、宰華帝国別働隊の小型強襲要撃護衛空母【紫麗殿】から射かけられたセカンダリーブラストの直撃を受けて、【ルーミィ】の防空宙域に護衛配置されていたスカルメール《VF405スラン》隊を構成していた〈ウルスラ〉と、〈テヴ〉の2機が無惨にも爆散していた。
「ああ、すまぬ。フロント・アウトレンジ早期警戒モードへの切り替えを忘れていたぞ。・・・ただ、それだけだ、余には別に他意は無いぞ」
「本当に信じていいのだな」
「ああ。・・・それだけだ」
散りゆくその二つの輝きを横顔に受け、真顔のリトルがティアスに向かって厳しい視線を返し、対峙して確と見つめ合う二人の視線は互いに疑念と信頼を絡ませながら、それぞれの思いを乗せて再び激突していた。
「ティア、続けて宰華のクリティカル・スマッシャー級攻撃艇が多数急速接近中だよゥー!」
緊張感の籠ったテミアの声に続き、間髪入れず【紫麗殿】から飛び立っていたクリティカル・スマッシャー級攻撃艇【懐珊Ⅴ】による【八仙伐倒隊】が出現し、セイレーズの護衛する絶対防衛宙域へ向け一斉に光子魚雷を放つ。
「来おったか。ティア良いな手を出すでないぞ、ここは彼女らに任せるとしよう」
思い出したかのように、【ルーミィ】の近接警告システムが喧ましく唸りを上げて敵攻撃艇の接近を告げ、リトルは周囲の宇宙空間を仰ぎ見て迫り来る敵に一瞥を刳れる。
「くそっ!・・・良いだろうリトル。但しだ双星神、防空近接防衛システムを起動したまま臨戦体制を維持しておけ。彼女らの手に負えない時は、迎撃を許可する」
「「ラジャーだよゥー!スペッシャルで行こゥー」」
それっきり寡黙に向き合うティアスとリトルの二人の影に重なって、宰華の【懐珊Ⅴ】を迎え撃つセイレーズが放った対空ミサイルと、【八仙伐倒隊】の光子魚雷との間で、虚空を焦がす爆炎の華が壮絶に咲き乱れていた。
《(Piv警告です)第Ⅲ象限から敵急速接近します。(Piv警告です)数3、5、7(Piv警告です)回避対応ブログセル(Piv警告です)3ルーチン推奨しま・・・》
迦楼羅・ローゼンバルト少佐は、五月蠅く騒ぎ立てて耳を衝く近接警報システムの支援AIが繰り出す警告音声を、煩わしそうにOFFにするとインターコムに向かって各隊に指示を与えた。
「迦楼羅より《VF403リリス》、《VF405スラン》各小隊長機へ、各個散開のうえテトラフォーメーション迎撃戦闘開始!頭を遣えよ、所詮奴らはリモートの絡繰りだ。《VF404ヘルヴァ》隊マミラリア准尉。貴官らはSID専属艦【ルーミィ】の直衛へ入れ、これ以上宰華の奴らを近づけるなよ!」
虚空を駆け迫る宰華帝国クリティカルス・マッシャーの動きを見抜いて、瞬く間にリモートと見破ったローゼンバルト少佐は、一気に片を付けるべくターレットスコープに次々と標的をクリッピングし始めていた。
「《VF403リリス》隊、各機ラジャー」
「《VF405スラン》隊、各機ラジャー」
「《VF404ヘルヴァ》隊、マミラリアです。先鋒は我々の筈です!《VF404ヘルヴァ》隊が行きます。行かせて下さい!」
「迦楼羅だ。落ち着けマミラリア准尉、高々【懐珊Ⅴ】クラスのレジャー・ボートなぞ物の数ではない、我々で叩き落すさ。それより敵攻撃護衛空母の位置が怪しいとは思わんか?奴ら何かを仕掛けて来るつもりだろう。マミラリア【ルーミィ】を頼んだぞ。・・・よし、各機散開せよGO!!」
マミラリア准尉の必死の抗弁も空しく迦楼羅少佐はそう言い残すと、突撃してくる宰華【懐珊Ⅴ】の一群に向かって容赦なく牙を剥いて襲い掛かり、それに続くセイレーズの2部隊が迎撃戦を開始し、勢い拡散しながら彼方此方で無数の閃光の渦を煌めかせ始めた。
次々に巻き起こる迎撃戦の破壊炎を前にして、【ルーミィ】を直衛すべく残された《ヘルヴァ》隊にも緊張が漲る。
「マミラリアだ。聞いたとおり、我々は【ルーミィ】の直衛に入るぞ。各機、五芒星 フォーメーション展開、北天頂は桃凛に任せる。各機気合入れてぇ配置に着けぃ!」
「英玲奈です。ら、ラッジャーです」
「ジュリアだょ、ブッㇻジャーじゃん!」
「リーザ、ラジャアだょ」
「桃凛っす、ラジャーっす」
マミラリア小隊長の指示の許《ヘルヴァ》隊の各機は、【ルーミィ】を中心に据える五芒星を描いた直衛防御隊形へと移行した。
その《ヘルヴァ》隊の動きとほぼ同時に、漣を立ててステルス・フールド結界を解いた宰華強襲特殊突撃艦が、突如【ルーミィ】の真近にその姿を出現させたのである。
「マミラリアだ。やっぱり来やがった!!南西天のジュリア、距離近いぞ約2,000メルティ。デカいなこれが宰華の突撃艦か?!」
「桃凛っす。隊チョー北東天からも約5,000メルティに宰華艦出現っす」
「ナ~ニィ~?挟撃とは、やぁってくれるなぁ!!」
「ジュリァーだょ。ステルス・フィールド結界でストーキングってかぁ?うぜーったらしぃシィ」
「リーザ。ワクワクするぅ」
「ジュリアだょ。すなぁ!!リーザ、ピ~ンチじゃーん」
桃凛のヘッドアップディスプレイには、金髪の長い髪を纏めて押し込んだヘルメット越しに、片方の眉を顰めたジュリアの引き攣った皮肉笑いをするアバターが映っている。
「え、英玲奈でぇっす。な、な、何か大きな穴が、さ、宰華の艦腹に開き始めたでぇす」
「マミラリアだ。しまった!そいつは艦船収納用のセンター・ウェル・ドックに違いない、こいつら特殊強襲捕獲艦だぞ!」
「英玲奈でぇす。隊チョー、それ・・何?何?なーに?」
惜しむべきかな、絶世の美貌を誇る英玲奈の頭上には、幾つもの「????」マークが浮かび、その傍らで、マミラリア准尉が見せるであろう落胆した表情を容易に想像してしまったリーザは、笑いが込み上げるのを必至に堪えていた。
「ふふふ。リーザ、変態と馬鹿だぁい嫌ぁい、キャハハハハ」
その時、珍しく緊迫した声を発した桃凛からの通信が異常事態を告げる。
「桃凛っす。隊長、火器管制アビオニクスに異常、通常兵器使用不能っす!」
「マミラリアだ。クッそう抜かった、こいつは寄りにもよって《相克結界》だぜ、奴ら白兵戦でも仕掛けるつもりか?これじゃあ手も足も出せないぞ!!」
「ジュリアだぃ。何それぇ?うぜってーなぁ、困まっピ~ンチ」
「マミラリアだ。奴ら、その腹にSID艦を喰らい込む心算だぞ!」
「ジュリアだぃ。ひぇぇえええ!!恐怖、拉致ってランナウェイ!強姦魔か?!くそったれぇい!!!」
「・・・マミラリアだ。ジュリア、偶にはお前もいい表現するのな。関心、関心」
《ヘルヴァ》隊の存在を無視するかのようにステルス・フィールド結界を開放し、一切の通常兵器を無効化する《相克結界》を展開させた強襲捕獲特殊突撃艦【鳥嶺汪】と【鳥海汪】は、【ルーミィ】を上下から抑えるべく確実に捕獲可能なポジションへと移動して行く。
先に姿を現した【鳥嶺汪】が南西天から接舷を目論んで急速に接近を始め、【ルーミィ】のディストーション・フィールドを中和しながら絶対防空領域まで侵入すると、艦艇格納用のセンター・ウェル・ドックを、まるで古生代デボン紀に生息した最強甲冑魚の頭骨顎の様に大きく開放させ、【ルーミィ】目掛けて拘束アーム群を伸ばし始めた。
続く【鳥海汪】も、北東天から同じく強靭な頭骨顎の如きセンター・ウェル・ドックを開放させながら、不気味な動きで滲り寄って来る。
「クソっ、宰華の艦に憑りつかれてしまったか」
ティアスは、全天フォロビジョンの下方から不気味な顎を開き、その奥から更に延び出してくる【鳥嶺汪】の拘束アームの群れに向かって、身震いを憶える程の嫌悪感を抱きながら吐き捨てるように言うと、今度はリトルが彼女に向かって嫌味タップリに応酬を始めた。
「だ・か・ら・言うておるのだ。こんなもの何ともないぞ、余を信用せぬからだ」
「何だとォ!言ってくれるじゃないの、「気付かなかっただけ」だと?この期に及んでいけしゃあしゃあとシラを切るとは、この前科者が!」
「己れぃ!疑い深いのも大概にせいよ!!」
「何をぉ?ボーっとしていた等と、お前が嘘を吐くからだろうが!」
「余は、「ボーっと」していた等とは言っておらぬぞ、今の言葉、撤回せい!撤ーっ回せんかぁ!!」
ティアスとリトルは何時もの大喧嘩を始めた姉妹の様に、激しい口撃応酬を続けながら迫り来る危機を前にして、場違いな程執拗く睨み合っていた。
「ティア、あのゥー、両舷上下各部1番から20番ターシャリー護幇塔、1番から10番リニアキャノン砲塔旋回照準完了ゥー。索敵距離下方100メルティ、上方200メルティ直ぐ其処だよゥー。自動追尾ターゲット・ロックオン、迎撃戦セットアップ完了ゥー。・・・えっとおゥー要らないか?こりゃいらないね。もう、限りなく《ゼロ・ポイント》射撃だよゥー。もぉー、めんどくさいッたら、一発撃っとくゥー?」
「ラミア、撃つんじゃねぇ!如何やら《相克の結界》で括られているようだぜ。この結界内では通常兵器は役に立たねーぞぉ」
リトルと睨み合うティアスに代わって、伽罹那が堪え切れずに迎撃許可を求めるラミアを制止する。
「・・・ティア、リトルゥー、よくもまぁ度々とゥー・・・あ~のね、申し訳ございませんが、姉妹喧嘩もぉ、その辺で止めといたらどうよゥー?ふぅ、あ~あ、こんな時にアルと明利が居てくれたらねぇ、ほゥー」
堪らず、溜息交じりのテミアが二人の間に割って入った。
「フン!!!言われるまでもない、後で覚えときなさいよ。偽装欺瞞の忌々しい人造チビくそガキ擬きババぁが!!さっさとお逃げなさい!」
「やれやれ、解っておるわ!!!疑い深いぞ、出来損ない人属の幼稚な肌荒れボケ年増め!!そう慌てる事もないのだがな!」
「ブスリ」と毒づきながらティアスが手打ちをすると、リトルも「グサリ」と返して一先ずの睨み合いに終止符を打った。
「・・・しかしだ、幼稚な肌荒れボケ年増の所為で、こうも強引にストーカーに連れ込まれそうになるのかと思うと、其れも又其れで癪な話だぞ。余は、そんな気更々無いしーぃ、勘違いすんなしーぃ、うぅぅぅーーーーーーやだぞ」
不機嫌極まりないと言いたげな表情のリトルが、眉間に皺を寄せ唸り始める。
こうして二人の発する険悪なムードがブリッジを支配する中、SC606一行は、相次ぐ難関を乗り越え更に立ち開かる当面の敵、南北の両天からルーミィを挟んで迫り来る2隻の宰華強襲捕獲突撃艦との対決を余儀なくされていた。




