8 アンティック・ディスポジション 2
≪第Ⅰ象限-SID専属艦ルーミィ≫
「ティア?後ろを追いて来てた《ちっぱい》のとは別に、第Ⅳ象限E10からS12エリア切線上に何~んか変てこな2個の未確認物体を発見だよゥー。ややや!!軌道変更してこっち来るゥー!ヤだよゥー気付きやがったぁよゥー!ピッタリ捕捉されてるゥー、何か変なの追っかけて来るよゥー!」
「ティア、リヴュス反応炉航跡周期振動波形パターン感ありだよゥー。でぇぇぇ!!そいつらアディリアだよゥー、高速巡航艦クラス2つがこっち向かってくるぞゥー。距離3.3万キルト急速接近中だよゥー」
双星神の声には、次々と迫り来る滅びの魔手先から、振り切れそうに無い牴牾しさが滲み出ていた。
【ヴァレダ】の懐から抜け出して、只管脱出を図る【ルーミィ】の後方からは、アディリア連合星系【ヴァレダ】軌道制圧直衛艦隊高速巡航艦【ワリャークシア】と、【リュフェーリシア】の2艦の猟犬による【ルーミィ】追撃戦が始まっていた。
「テミア、全天長距離索敵だ。奴らの仲間が必ず待ち伏せして居る筈だぞ、何処から湧いて来たのか付き留めろ!ラミア、迎撃戦闘は待つんだ、無駄な消耗は極力避けるぞ。伽罹那、《煉獄宇宙》に突入する用意をしておけ、挟撃されると敵わんからな。リトル、アルと明利の様子はどうか?」
ティアスは双星神の不安を払拭するよう、矢継ぎ早に指示を発する。
「アルと明利なら大丈夫だ、余が確と診ておるぞ」
「ティア、長距離索敵感ありだよゥー。【ヴァレダ】の黄道面軌道周辺にも多数の艦影だよゥー。こりゃ全部アディリアの連中だよゥー。あらららららら!んでもって次々と【ヴァレダ】の餌食になってるよゥー?ちょっと可愛ソウかもゥー」
「何でワチらを追っかけてくんのかなぁ?変態かよゥー」
「こりゃ間違いなく変態だね、挟み撃ちって、嫌よゥー」
「ふぎゃああ!「変態だぁ、変態だぁ。大変だぁ、大変だぁ」うぎゃああ!」
「やっかましぃぞ、双星神!!ティア、《煉獄宇宙》に入るには、まだ惑星共鳴の影響圏内を抜けていないから。早すぎるよ!」
振り向き際にティアスへ向けた伽罹那の顔には、主席宙航師として不測の事態を危惧する険しい表情が浮かんでいた。
「一難去って、また一難か?全く次から次へと、そんな事だろうと思ったわょ。でぇー?そいつらを何時頃見つけていたんだ?リトォール!!」
ティアは、積年の罪を背負いし囚人を見下す様に、厳しい眼差しで再びリトルを睨み付ける。
「お、おおぅ、ち、ちょっと前からかな?・・・その辺にチョロチョロやって来て、何ぞ、ぐだグタやっておったなぁ?まぁ、余はあまり気にも留めなんだわ。はーはははは、こっちはそれどころじゃなかったしーぃ。・・・別に良いではないか?はーはははは」
「・・・又やったのか?本当はいい加減な注意不足だったのだろう?」
「うーん、そうとも言えるのぉ。はーはははは」
現実の危険な罠が待ち構えるのを前にして、渇いた笑い声をあげ事の次第を誤魔化し始めたリトルが恍けた様に小首を傾げ、それを見ていたティアスは、どっぷりとした疲労感に襲われる。
「《宇宙1だーっ!》てかぁ?バッカじゃなかろうかぃ」
「何じゃとぉ?伽罹那もっぺん言うてみぃ!このへっぼこ宙航士め、余はな、来る者は拒まんのだよ」
「参ったなリトル・・・はぁ~。姉貴め、今度は本当にしくじったのだな」
真赤な顔をして、真面に伽罹那へ食って掛かったリトルの反応を見て、ティアスは更に眩暈を憶える。
「《ミスったの》とは、ずぇったい言えないよゥー。なっ!」
「そうそう、やっぱ《解ってても》言えないよゥー。ねっ!」
「リトルよぅ、2匹の猟犬に追われて、逃げ惑う可愛い仔ヒツジちゃんを演じるなんて、早々お役回って来ないんじゃね~の?なんだか胸がキュンキュンって、するなぁ!でへへへへへ」
「「そんなム・ツ・カ・シ・イ、乙女心なのゥー!」分かって欲しいのゥー!」
伽罹那と双星神は余計な茶々を入れ燥ぐ様に話すが、その表情に何時もの余裕は微塵も感じられなかった。
アディリア連合星系の2匹の猟犬は、【ルーミィ】に比べ3倍ほどもあろう巨体を更に加速させ、極北天宙域へと遠ざかって行くサミュエルの小型巡航艇には脇目も触れず、漆黒の暗闇を駆けジリジリと距離を縮め簸た寄せて来る。
「余計な事を言うでないぞ伽罹那。余は仔羊などではないわ」
「そうよねぇ、どっちが仔羊だか。無駄に年喰った老獪な臥龍ってとこかしら?無暗に手を出すとぉーあぁ怖い、怖い」
ティアスのアッパー揶揄に反応したリトルの声には、思わず切れ切れのプチプチ音が混じり入る。
「(プチッ、老獪だとぉ?)・・・年増の戯言も大概にせぇよ、羊の皮を被ったヤギさんだぞ、余は可愛いいのだぞ」
「(プチっ、年増だァ?)あーら、山羊の内臓喰い漁って皮だけ被り、次の獲物を待ち構える鰐さんだっけ?いや、あれ大蜥蜴だっけかぁ?さっきの大道武芸でもさっさと咬ませてやればいいのに。「斬っん!」てね?」
リトルの挑発に乗せられ、ティアスが繰り出すストレートが交差し激突するかのように、プチプチ音と共に彼女の額にも薄らと怒りの血管が浮かび上がる。
「(プチッ、プチッ、うぉのれい余を愚弄するとは、怪しからん、全くもって許せん!)やれやれ、あのような小物相手に勿体ないではないか、ケバケバな無駄遣い等せぬわ。年増の浪費癖も世話が焼けるのぉ」
「(プチっ、プチっ、クッそぅ誰がケバケバだぁ?浪費癖は・・・当たってるかも)煩いぞ、楽観主義の暈けチビババァめ。元はと言えばアンタが・・・」
「「あのぉ、お二人とも、今の立場解ってんのゥー?今私たちィ追われてるんですゥーけどぉ・・・」」
内輪揉めの不毛な闘いへ早々に終止符を打つため、双星神が二人の間へと機敏に割って入る。
「後ろの奴ら、足が思ったより遅いんじゃねーか?絶対これって待ち伏せの予感アリアリだねぇ。テミアどうよ?」
「伽罹那、大正解ぃ!流石は主席宙航師だよゥー、PITの重力偏差分析からは【香忰】前方黄道軌道上に、正体不明の質量集団必然って、予測してるゥー」
「ティアの予想とDom!ピッタリじゃん?これって待ち伏せだなぁ・・・どうするティア?」
振り返った伽罹那の眼には、顎に手を当てて子供の様に拗ねはじめたティアスの姿が映っていた。
「如何もこうも無いわよ!ヒップを捲ってとっとと、トンずらするのよ!!」
「「「はァ゛ァ゛ァ゛ァ~?」~?」~?」
伽罹那と双星神の口からは、溜息にも似た落胆の声が漏れ出し、続けて追い打ちを掛けたリトルの罵声が飛ぶ。
「(プチッ)下品よのぉティア、能無しかお前は!?」
「(ブチっ)何おぅリトル!其れも是もアンタの所為だろうがぁ!!」
ティアスの堪忍袋の緒が切れかけた当にその時、【ルーミィ】の右舷後方遥か彼方の宙域から撃たれた、複数のセカンダリーブラスターの輝く矢と高速光子弾の群れが、アディリア連合星系の追撃部隊へ猛然と襲い掛かったのである。
不意を突かれたアディリア連合星系追撃部隊からは、アンチミサイル拡散重力子弾が対抗する様に射出され、無数の花が咲き乱れるように膨大なエネルギーの爆焔が虚空を覆い尽くして行く。
「ティア!右舷後方で多数の定域重力放射と荷電粒子エネルギーの激突反応確認だよゥー!!何でェ?戦端が開かれてるゥー」
「何だとっ!テミア解析を急げ、仕掛けて来たのは一体何処の連中だ?」
「ティア、リヴュス反応炉航跡周期振動波形パターン微弱感ありだよゥー。指向判定推測誤差30パリㇽでぇ、・・・さぁ?・・宰華の?宰華帝国の戦闘艦だとゥー?!うっぎゃああぁぁぁぁぁぁあ訳解んないよゥー!艦隻数不明、距離5.7万キルト付近の宰華艦隊が、追ってくるアディリア連合星系艦を攻撃中だよゥー、何でだぁー?」
「宰華帝国だと?最悪じゃないか・・・いや、でも、待てよ?・・・これはチィャ~アンスよ!起死回生を懸けて、ここは宰華艦隊を利用するのが上策だな」
ニンマリと北叟笑んだティアの瞳が、最良の戦術を閃かせたように一瞬キラリと光った。
「古来から謂うじゃないの?《最悪な事態が起これば起こるほど、最善の到来が近いのも又必定》ってね。リトル、伽罹那、今だ!第一戦速でブッチギり逃げ切るぞ!!」
後方から【ルーミィ】を追い縋っていたアディリア連合星系追撃部隊と、それを襲撃する宰華帝国の前衛艦隊は互いを貪るように激突を始め、両艦隊が発する激しい攻防の輝きを後方に受けながらピンチを切り抜けるべく【ルーミィ】は加速を続ける。
だが、この先彼女らの行く手には、更に大きな暗雲が待ち構えている事を、未だ誰一人として知らずにいた。
≪第Ⅲ象限―ソル系連邦中央直総軍直衛「権天使艦隊」≫
彼の眼前に広がる宇宙空間には、醜悪なる存在【ヴァレダ】の誕生シーンが幕を上げていた。
エメラルド色に輝いていた惑星【香粋】からは、幾筋もの呪詛帯樹状クラスターが蔦を絡ませるように公転軌道上へと伸びあがり、メビウスリング状の惑星環を巻き込んで、更にその先の宇宙空間へと成長拡散を続けて行く。
既に第Ⅰ象限には、本来であればアディリア連合星系侵攻艦隊が【香粋】の起動を終えた制圧艦隊をフォローするべく、惑星衛星軌道上のL3、L4宙域に布陣を終えて外敵の干渉を待ち構えるように立ちはだかっていたのであろうが、先に覚醒を始めていた【ヴァレダ】の影響を受け、大混乱に陥っていた。
その遥か下方の第Ⅱ象限では、つい先ほど出現した幾つもの光点が、螺旋を描き整然と勇壮な艦列を組んで接近して来る姿が、フォロ・ディスプレイに表示され始めていた。
「本艦隊第Ⅱ象限、艦隊総監閣下の予測より幾分早目ですが、宰華帝国艦隊が出現しました」
ブリッジオペレーターが淡々と告げる中、彼は《熾天使艦隊》司令タドレリア・グリーニー提督の傍にある艦隊幕僚監部総監シートに深々と横たわり、胸の前で華奢な両の手指を咬ませて困りごとを話す様に呟いていた。
「執拗いな、やはり来たか美怜帝。君もそう簡単に諦めてはくれないようだな」
「レイルズ閣下、このまま宜しいのですか?」
グリーニー提督は、俯いたままフォロスクリーンを覗き込み、静かな声を発して進撃開始の最終確認を彼に求める。
「ああ、構わんよ。このまま《演習》を続けてくれたまえ、グリーニー提督」
世理臼・レイルズは、緊張を孕んだこの局面に在って、表情一つ変えもせず涼しげな声で淡々と指令を下した。
長く伸ばした白金色の髪をしっかりとオールバックに整えて、黄金に輝く鋭い両の瞳と、一見して美しい女性と見まごうばかりの秀麗な風貌を持った彼は、踝まで広がったローブ状の提督軍装着衣をその透き通るような肌をした躰にきっちりと着込み、紫紺色のベースに金色の豪勢な刺繍が施された、統合幕僚本部次長の証である裃ストールを両肩に羽織っている。
だが、その煌びやかに飾られた風貌に反して、彼の柳眉な右眉の上にある小指の長さほどに深く刻まれた傷は、幾多の激烈な戦火を潜って来た彼の勇猛さを醸し出していた。
一触即発の危機的状況を前にして、ソル系連邦中央総軍直衛艦隊の中でも最強と謳われた四つの《熾天使艦隊》の一つを統率している、老錬なグリーニー上級大将と言えども、顔色一つ変える事無い彼の不動の姿に対し、一門の尊敬の念を抱かずには居られなかった。
世理臼・レイルズ、そう彼こそは、この広大な人類銀河七大世界において強大な軍事力を誇るソル系連邦宙軍の全権限を実質的に握る男であり、そしてまた、ソル系政府中枢中央政庁議会にあっては、プロパガンダ的政策決定を補佐する統率枢密機関《枢密院ソル系テラ8宗家会議》の重鎮、レイルズ家の現宗主でもあった。
「全艦に告ぐ、第Ⅱ象限に出現した宰華帝国の前衛艦隊と、平衡状態を取りつつ侵攻速度を同調させよ。アディリア連合星系艦隊とは、第Ⅰ象限から第Ⅱ象限に架かる緩衝アーチを構築させ、宰華帝国艦隊と同じく平衡状態を保て。なお、如何なる状況があっても、こちらからの先制攻撃は一切行ってはならない。これは演習である。繰り返す、これは演習である」
グリーニー艦隊司令は、念を押す様に本《演習》作戦発動の指示を告げた。
「さて、SIDの御嬢さん方と不肖の息子は、今頃どうしているかな?」
レイルズ艦隊総監の凛と響く透き通った囁きを聞き取ったのか、《トゥルシオープス属ユピテリオリス》の早期警戒セグメント主席オペレーターが、流線型の優雅な姿態を拗らせて彼の眼前にモニターを表示し直ぐに答えを寄越して来た。
既に人類の盟友となって久しい、この地球起源の海棲知的生命体である別名《ドルフィン族》は、最も宇宙空間の航行に適合した能力を発揮し、希少な数ながら人類と共に銀河文明進出の貴重な一翼を担っている。
「SID専属艦【ルーミィ】は、現在【香忰】の第二衛星軌道を離れ、我が艦隊下方第Ⅳ象限へ向かって加速中ですが、アディリア連合星系主力艦隊に頭を押さえられており、後方より【香忰】近傍から接近するアディリア高速巡航艦クラスの2艦に追撃を受け、挟撃状態に曝されています」
「更に、SID専属艦【ルーミィ】を追撃している、アディリア高速巡航艦クラスの2艦に対して、第Ⅱ象限に出現した宰華帝国の前衛《蹂躙》艦隊が交戦状態に入りました。あまり宜しくは無いでしょうね?卑怯よ寄って集って、酷いもんだわ!」
続けて、早一回り小柄の期警戒セグメント次席オペレーターが、盛んにエコロケーションで怒りの感情を歌いながら、尾ヒレを2、3度激しく震わせて彼の眼前モニター表示を書き換えると、上司である《トゥルシオープス属ユピテリオリス》の主席オペレーターから叱責が飛んだ。
「私語は慎みなさい!オーヴィエント准尉、申し訳ありませんレイルズ艦隊総監閣下、お許しください。《スティネラ属メルキュリア》の彼女はまだ若く、今回が初めての艦隊旗艦オペレーター勤務なもので、少々救助熱に高揚しているようです。以後、感情コントロールについては厳しく躾けておきますわ」
「いいえ、構いませんよ。有能なるユリューシィア・パシフィカ中尉、将来有望な良い部下をお持ちで羨ましいですね。大切に願いますよ」
世理臼はニコリと微笑んで、オーヴィエント准尉を威嚇するように漂う主席オペレーターを宥めると、オーヴィエント准尉は嬉しそうに体を震わせ、恥ずかしさと喜びの歌が入り混じったエコロケーションを囀り、より一層深いオペレーティングに没頭し始めた。
「だが、それはまた、救出するには大層良い兆候だな。では《熾天使艦隊》司令グリーニー提督、第七早期打撃機動艦隊の摩由罹・ローゼンバルト提督へ伝えてくれ。すまんが迎えを送ってくれないか?」
「ラジャーです閣下。第一副司令!GOだ!!」
グルーニー提督は、一段下のフロアに座る艦隊幕僚の一人に向かって手を上げると、空かさず彼は艦隊左翼に陣取った第七早期打撃機動艦隊へ向けて出撃命令を発した。
「こちら《熾天使艦隊》ラファエル軍総監旗艦【ファランドゥール】艦隊司令グリーニー提督より命ず。第七早期打撃機動艦隊第Ⅱ航宙群中核機動戦闘空母【トラディスカンティア】へ、《セイレーズ》の出撃を要請する。SID所属艦ルーミィ周辺の制宙権確保と、我が艦隊への誘導救出オペレーションメニュー《ランドマンナロイガル》を開始せよ」
グルーニー提督は第一副司令の指示を聞きながら、艦隊総監シートで寛ぎ横たわる世理臼へと再び顔を傾げて話し掛けた。
「閣下、宰華帝国の動きも用心せねばなりませんな。奴らの展開位置から察するところ、間違いなく【ルーミィ】がターゲットかと。やはり予想通りとはいえ、強襲要撃防衛となれば摩由罹・ローゼンバルト提督の手前、一波乱ありそうですぞ」
「ああ。その時は、宜しく頼むよ」
世理臼の声に、グルーニーはニヤリと笑みを浮かべると、遥か虚空に浮かび堂々と進撃を開始した複数の艦影を眺め、それの一つに座乗している愛弟子へと思いを馳せていた。
「いよいよ始まるのかもしれんな、《銀河大戦》とやらが。摩由羅提督、頼んだぞ」
青銀色に鈍く輝く中核機動戦闘空母【トラディスカンティア】のブリッジでは、濃藍色の指揮スーツに身を包んだグルーニー提督の愛弟子、摩由罹・ローゼンバルト提督が少し不満げな表情で顔を上げた。
「全く、VIPの回収等とは世理臼総監閣下も、私に対する嫌がらせかぁ?やれやれ、序に愚妹と、じゃじゃ馬達の回収を何故我が精鋭《天駆ける乙女達》がやらなきゃならんのか、理解に苦しむぞ。それに師匠も師匠だ、グルーニー提督も弟子へ当て付けるにも程がありませんか?ねぇ、パズール艦長」
腰の後ろで軽く手を組みながら、彼女の横に悠然と佇むネレス・イディアス・ド・パズール艦長は、イライラ気味の彼女に一切構う事無く、ニコリともせず何時もの様に冷めた表情で淡々と言を返した。
「摩由罹司令がご不満を語る理由は別として、宰華帝国の蹂躙戦が始まる前に何とかしませんと、後々、厄介な事に巻き込まれますな」
「まぁ~た始まった。パズールさんの謂う厄介な事とは?」
「決まっているじぁありませんか、分遣艦隊司令が御嫌いな政争事ですよ」
パズール艦長は何時もの様に嫌味を込めた台詞をサラリと返答したが、今回は何故か珍しく一呼吸の間を置いた後、何時もとは違ってやや饒舌に後半部の説明を続けて付け加えていた。
「所謂、《銀河大戦》勃発における、前哨外交交渉の道具ですか。何せ、あそこに居るのは、紛れもなく宰華帝国に関係するVIPでしょうからな。いやはや「当て付け」等とは少々誤解が過ぎませんかね?グルーニー提督閣下も前述の話を御懸念されている筈、本官は、高度に政治的且つ軍略的にもベストな選択かと推察いたしますが如何でしょう?」
「そいつは好かんな。何時もの如く貴官の想像も聊か飛躍しすぎかと思うが、師匠が私に撃って出ろと仰るのならしょうがない。《セイレーズ》を発進させなさい。悪いけど、大渋滞になってる交差ポイントの真ん中で、無邪気に遊んでる危なっかしいVIPとじゃじゃ馬達を、さっさと引っ張ってきてちょうだい、ミンチになるわよってね。あぁ、私が《銀河大戦》の引き金弾いちゃう役だなんて御免被りたいわ、悍ましいったらありゃしない!!」
パズール艦長の進言を入れて、イライラ顔から少々困ったちゃん風に表情を変えた摩由羅・ローゼンバルト提督は、首を竦め片目を瞑りながら彼に続きを催促する。
それを見たパズール艦長は、表情一つ変えずに、相変わらず普段通りの無表情さのまま言葉を続けた。
「では、世理臼総監閣下の手前でもありますし、派手に演出を盛り上げるとしましょう。今回は、セイレーズNo7、最強センターユニットの3個小隊を出撃させます。総括大隊長は是非とも、迦楼羅・ローゼンバルト少佐が宜しいですかな?」
「はいはい、是非ともだけは余分だが、貴官のお好きなように。ホント貴方は政治事が御上手のようね。勿体なさすぎ。私は少々剥れてますからね。だが、宰華艦隊の動きには気を付けて措け、先制を許すなよ」
「はっ。司令も目聡いですな、尤も今回はちょっとした特別の《得物》を用意しております。但し、これもまだ仕様評価実装験証フェイズⅡのモノなので、無駄に使わない事に越したことはありませんがね」
パズール艦長は、第七戦術師団特殊戦闘ユニット《天駆ける乙女》全7小隊を構成し、その中でも《最強》との呼び名を冠するセンター各ユニット《VF403リリス》、《VF404ヘルヴァ》、《VF405スラン》の各小隊にスクランブルを指令する。
「以下、指令のまま、誘導救出オペレーションメニュー《ランドマンナロイガル》。センター各ユニット作戦開始せよ」
【トラディスカンティア】の管制艦橋は、《セイレーズ》の発艦準備が始まると、嵐の如く一気に沸き返った。
その頃、迦楼羅・ローゼンバルト少佐は、【トラディスカンティア】艦載機格納デッキで愛機、艦隊直衛用最新鋭高速迎撃戦闘機《NAT-SEF-33スカルメール》のコクピットに滑り込むと、各種アビオニクスがリンクしてゆく毎に明滅するフォロニクス・ゲージを見つめて、久々に訪れたスクランブルの感触をワクワクと楽しんでいた。
魅惑的なルージュ・オーカーに塗装された彼女の機体には、白く薄く浮かび上がる様に描かれたスカルヘッドの海賊旗が躍る。
それは、《天駆ける乙女》不動の総括大隊長機の名を雄弁に物語っていると共に、今や手を伸ばせば届きそうな所に居るローゼンバルト家の末妹が、密かに抱く憧れの象徴でもあった。
彼女が一頻りご機嫌なところで、通信用モニターの隅にコールサインが浮かび、若い通信士官の発する、心地好いセカンドテナーの声がインターコムに響く。
「迦楼羅・ローゼンバルト大隊長へ。通信要請あり」
「何か!」
「ブリッジの分遣艦隊司令よりアイズ・オンリー・ダイレクト、専用秘匿回線でどうぞ」
「ああ、了解した!」
モニターに表示された通信士官に向けて、不機嫌な意味を交えた了解サインを送る。
伝えてくれた若い彼には然程の罪も無いのだが、迦楼羅にとって折角のお楽しみ時間を邪魔されたとあっては、殊更いい気分で居られるはずもない。
「チっ!」と舌打ちしながら、彼女はインターコム通信セレクトを専用秘匿回線にセットし直す。
「・・・んもぅ忙しいのに。何なん?摩由羅姐!」
「ああ、お楽しみの処すまんな迦楼羅。現在SID専属艦【ルーミィ】は、アディリア連合星系の高速巡航艦2隻による追撃を受けている、慎重にな。だが・・・宰華帝国の動きにも気を付けてくれ、奴らの狙いは《あれ》に乗っている宰華のVIP、皇太子殿下だ。それから・・・」
「はーい、はいはい、えっ?そんなVIPが居るの?そ~りゃ大変だ!それから、姉さんの考え解ってるから。伽罹那の事も心配いらないって。ったく、らしくないな~、そこでシャンとしててよ。ったく!!」
流石にローゼンバルト家の兄弟姉妹中で、最恐の名を冠する極悪非道冷血長女も、末の妹である伽罹那の事となると、他の兄姉達以上に取り乱すとは意外なものだと感心させられる。
「・・・まあ、それだけじゃない事も大方察しが付くけど」
「呉呉も、頼んだぞ」
摩由羅が一言そう言い終わると、迦楼羅は口元をニヤリと歪ませてインターコム通信ユニットを全方位フルレンジ通信へと開放する。
「こちら総括大隊長機、迦楼羅・ローゼンバルト少佐より、VF403リリス、VF404ヘルヴァ、VF405スラン各小隊長機へ令する。これより順次発艦し、アディリアの人造猟犬共に付け狙われている哀れな仔猫ちゃん、SID専属艦【ルーミィ】を救出し、その安全を確保せよ。なお、捕獲後も、そうそう、ご機嫌を損なうなよ!」
「VF403、「VF404、「VF405、「ラジャー!」!」!」
各小隊長からの緊張感のある返答が、迦楼羅のインカムに木霊する。
すると迦楼羅は、彼女への返答が発した残響の中に、何処からか騒がしい一小隊の囀りが混り込んでいるのに気が付いた。
どうやら、ツィートラインモードをリンクアウトし忘れた、VF404ヘルヴァ小隊のオッチョコチョイな小隊長さんが居たらしく、迦楼羅は悪戯心からか暫くの間その冗長なセッションに耳を傾けてみる事にした。
「ジュリアだょー。マミラリア小隊長ぉ、この規模ちょっとぉ大袈裟じゃにぁい?それにぃ、この何とかってぇ弾頭いらないしぃ、邪魔だしぃ」
「桃凛っす。多寡がSID専属艦1隻のお迎えだけで、まるでお祭りみたいっすね」
「リーザ楽し、お祭り楽しぃ。MIRV-TZQrⅡ弾頭も、かぁいいー、チョーかっちょいい!ワクワクするぅ!」
リニア・シュート・カタパルトのタキシングデッキに整然と待機し、モルフォ蝶の羽の様に濃藍紺色から瑠璃色へと変化する、光学迷彩ステルス・ペインティングを施された【VF111】ヘルヴァ小隊の間では、ちょっとしたディスカッションが持ち上がっていた。
「マミラリアだ。そうだな、意外とこのイベント有名になるかもな。何でも噂じゃあ?どっかのVIPがあれに乗ってるらしいじやないかっ!」
【VF404ヘルヴァ隊】小隊長マミラリア・ルエッティー准尉のコクピットでは、サイドコンソールヴィジョンに、VF404ユニットを構成する4人の部隊員を模したそれぞれのアバターが、勝手気ままで楽しそうに踊る表示が映っていた。
「桃凛っす。またまた、小隊長。またまた~、そんなジョーク流行りませんってばぁ~」
「マミラリアだ。桃凜、別に流行らせようとはして無いと思うんだがね・・・」
「 桃凛っす。ええ!?本当なんっすか?何だってそんな所に、そんなVIPが居るんっすかぁー。何やってんっすかぁねー?バケーション?嫁か婿探しだったりしてぇ、いゃあ嫁だ嫁っす!」
「リーザ。てへてへ、リーザ楽しぃそれって雄だょ!」
「ジュリアだょー。オスゥ?それ、笑えるーぅ。キッと雄じゃん?」
「英玲奈ですぅ。それ、きっと雄ですぅ。男に決まってますぅ・・・ハァハァ」
「マミラリアだ。お前ら、何んっー反応だよ」
マミラリアは、メディウム・バーブルの短髪を掻き揚げながら調子を扱いた隊員達の戯言に呆れつつ、オーバーホールを受け頗る快調の愛機《NAT-SEF-33スカルメール》に頬刷りする。
不甲斐ない部下の此奴等を当てにするより、イザとなったら頼れるのは絶好調な愛機、オリジナルネーム《マハー・アルテア》と、そしてこの腕一本だ。
「マミラリアだ。ジュリアー、捕虜だよ、多分捕虜。あいつらSIDが、摑まえたんじゃない?」
「え、英玲奈です。じゃぁ、じゃあ?い、今、拷問なんかしてますかねぇ?ハァハァ」
「リーザァ!拷問楽し、リーザ楽しぃ?それってぇ変態?」
「マミラリアだ。あぁ~りーざも立派な変態さんだよっ。こらっ英玲奈!お前興奮し過ぎだぞ。そうそう、それから、試作品のMIRV-TZQrⅡ弾頭は、注意書きを良く読んで用法容量を正しく守って使えってさ、甘く見ると痛い目に逢うとよ。しっかし、惜っしいかったなあ、説明くれてたNAT社の技術屋兄ちゃんは、そこそこマニアックなナル(ナルシスト)ちゃんイケメンだったぞぅ?」
「え、英玲奈です。はぁはぁ、でも、でも。隊チョー?ハァハァ。今や肛門のイケメンより、顔面のVIPですよぉぉぉ、はぁはぁ」
「リーザ。英玲奈も変態してるのぅ?超奇っショーい!リーザ楽しぃ」
「マミラリアだ。ワクワクするのは解る、判るからぁ。いいから品性保って落ち着けっつーの、英玲奈、リーザ」
(此奴ら出撃前はいつもこれだぁ・・・すーぐカテコールアミンを、いっぱいコッパイ充填しちまうのなぁ、脳内物質ぴちゃぴゃ沁み出して特異体質と云うか?病気だょ、立派なぴょーき!ほぇぇぇぇぇ)
各種アビオニクス・コントロールシステムをチェックしながら、マミラリアの脳裏にはふと得体の知れない不安が翳めて過る。
「マミラリアだ。もうおしまい。各機リニアシューター・ブーストポジションにスタンバイ!」
「ジュリアーだょ。ひぇぇ、捕虜にゃ?・・・つってことはぁ、第4次ウェルム戦役勃発ってか?今度こそ《銀河大戦》ですかにゃ?早いとこ婿探しておかなくちゃにゃー。あっ!!英玲奈のド変態めこっち寄んな!ごゥラぁー!近寄んじゃねぇー!!てめーは桃凜の左翼2番だ、あっちゃいけろー!」
「リーザいゃあぁぁァァ!英玲奈こっち来るだめっ。リーザの横もダめぇぇぇイやぁぁぁァァ!!」
「マミラリアだ。お前ら・・・五月蠅い。さっさとスタンバるか、命令違反で潔くここで腹ぁキレぇぃ!!!」
そのハスキーな声に似合わず華奢な体付きをした桃凛が、マミラリアの声に反応して太々(ふてぶて)しくも手際よくスラスターグリップを握り締め、早くも火器管制システムロックを解除してセミオートに起動させる。
「桃凜っす。英玲奈はいらねーっす。自分、戦没者功労遺族年金貰う人が未だいないっす。隊チョー(((婿を!)!)!)世話してくださいっす」
息もぴったり、「婿」の言葉の部分だけに同調した全員のアバターが、声を合わせて斉唱する。
「桃凛ーっす。発情・・いえ発艦スタンバイ完了っす」
発艦用リニア・シュート・カタパルトに向かって、次々と出撃用のタキシングウェイ・エッジ・ラインが灯り、ヘルヴァ隊各機へ発艦誘導が開始されて行く。
「マミラリアだ。皆して婿、婿とほざくな、バッカたれ共が。あたしの方が先だっ!!そこだけ盛るんじゃねぇ!」
「え、英玲奈です。スタバりました。じゃぁ?じゃぁ?し、小、小隊長。いっそのことVIPとやらが男だったら?ハァハァ。略奪ってのは如何でしょーか?ハァハァハァ、ジックリと嬲てェじゅㇽㇽル。弄んでぇへへへへ」
「ジュリアだょ。隊長濡れたにゃ、いや、いや、シューター乗れたのにゃあ!スタンバイいいのにゃ。英玲奈ァー?今のそれ、いいのにゃ。肉食系のぉジュリアはぁ凌辱乗ったぁ!!」
「リィザァ~。それは~喰い千切る感触ぅ~?ういぃぃ~乗る!!リーザ楽しぃ。ズコボコ好いよ、スタンバイ良いよ、キャハハハハー」
「にゃはーははは」
「があっはハハハ」
「ヒャーほほほほ」
「・・・マミラリアだ。・・・お前ら無敵か、はたまた無能だな」
VF404ヘルヴァ小隊での会話を内心面白そうに楽しんでいた迦楼羅は、今回のVIPのお出迎えするのに見合う、エントリー・エスコート役を適切に割り当てる事にした。
「よし、そこ《VF404ヘルヴァ隊》。小隊長マミラリア・ルエッティー准尉か?婿か奴隷にするかは知らんが、何ならそのVIPとやらを力ずくで拉致って差し上げてみろや?んな訳でぇ、VF404ヘルヴァ隊、先鋒行っとくか~!今なら、仔猫ちゃんを追撃しているアディリアの高速巡航艦2匹のワンちゃんが直接マッチョにお相手をしてくれるらしいぞ」
「げへぇ、獣姦かょ・お?・・・???あれ?リンク?何で?あッ、これ、ああぁぁああぁぁああ!これ大隊長!?いっかーん、マミラリア・ルエッティー准尉であります。ラジャーです!先鋒喜んでェー!!」
虚を突かれ慌てふためくマミラリアのアバターを眺め、腹を抱えて笑う統括大隊長機の迦楼羅・ローゼンバルト少佐は、何故かしらこのミッション自体が、結構幸先の善いモノになるとの感触を得ていた。
「マミラリアだぁ(泣)。何でだバカヤロー、手前ぇらの「盛り」の面倒まで見きれっか! VF404ヘルヴァ隊、桃凛、英玲奈、ジュリア、リーザの各機、さっさとリニア・シュート・スゥィングGOだ!出るぞっ!!」
確かに、ツィートラインモードのリンクタブをOFFにし忘れていたのを思い出したマミラリア・ルエッティー准尉は、勢い何処へとも当てつける先の無い怒りの矛先を、これから始まる作戦行動にでもぶつける他なかった。
そして怒れる彼女のフォロスクリーンには、各小隊長機のアバターより送られた「ミッション・イベント先鋒一番隊は、ヘルヴァ隊を俄然推奨する」との嫌味籠ったサインが続々浮かび上がるのを見て、がっくりと肩を落とすと文句を吐き続けるのをピタリと止めた。
発艦タキシング・シュート・ラインが次々と点灯し、黒い虚空へと伸びながらPCLが点滅を始め、空かさず「GO」の表示が浮かび上ったタイミングで、スラスター推進出力をマックスへと一気に踏み込む。
【トラディスカンティア】のリニア・シュート・カタパルトから、艦隊直衛用最新鋭高速迎撃戦闘機の一群が次々と放たれ、【ルーミィ】救出へと向かって堂々と虚空を駆け抜けて行った。
「SIDの艦に宰華のVIPの救出・・・実質は捕獲命令だがな。【香忰】は妙な崩壊中で、辺りはアディリアと宰華の新鋭大艦隊にビッシリ囲まれているか・・・、何だか知らんが、これは大変な事になりそうだな」
迦楼羅は先鋒を飾るVF404ヘルヴァ隊が引く航跡を、真顔に戻った険しい視線でキッと眺めていた。




