8 アンティック・ディスポジション 1
8 アンティック・ディスポジション
宰華帝国の帝都惑星【華秦】と同一公転軌道上に在り、主恒星【太歳】を挟んだ真反対側を巡っている帝室離宮人口惑星【華征宮】では、今一つの報せが齎せられようとしていた。
複数のシリンダー型コロニーを宇宙空間へ向けて放射状に突き出し、テトラポッドを幾重にも重ね集合させた巨大な人口惑星の内部には、宰華帝国美怜皇帝専用の広大な《四つの季別宮》が存在しており、中でもその一つ、彼女が最も寵愛する【芙蓉仙宮】に設置された宮廷政務執務殿では、高速オプティカル走路の上を足早に《緑紗皇の間》へと向かう帝国外務卿、エウネゲル・威音・ガブリェコフの姿があった。
この宮廷政務執務殿は周囲2位里クィンにも及ぶ、広大で緑彩豊かな森林都市コロニー仕様に設計された独立閉鎖ユニットとなっており、そのほぼ中央部、空中庭園にも似た広大な空間の一角を占める《緑紗皇の間》は、皇帝専用に用意されたプライベート・デッキとしての機能を優先して建設されていた。
その為、この場所を訪れる者は、特別な事情の無い限り自らの「足」で移動することを余儀なくされており、譬え七大世界の一雄として強大な軍事力を誇る宰華帝国の外務卿とて、その許されるべき特別な事情の及ぶ範囲ではなかった。
かれこれもう30バーリ程となろうか、息を切らしながらも急ぐ彼の遥前方には、轟音と共に流れ落ちる巨大な瀑布を背景にして、一際高い塔状玉座に鎮座した妖艶なる女帝の影がようやく窺えた。
余程急いでいたのか、それとも皇帝の眼前に座る畏怖の念の為なのか、その額から流れ落ちる玉の汗がキラキラと輝いている。
漸く謁見の座位にて跪いた彼の前方には、一際高い塔状玉座に鎮座してプラチナシルバーの幾重にも重ねた豪奢な衣を身に纏った彼女、宰華帝国第3代皇帝【美怜】が、聊か不機嫌そうな表情で彼との謁見に臨んでいた。
「陛下、陛下!こちらに御座されておられましたか。此度は、麗しきご尊顔を拝謁叶いまして恐悦至極に存じ奉ります。火急にお目通りを願いましたる段、先ずは平にご容赦を。既にお耳に及びかと存じましたが、私自らご報告に罷り越しまして御座います」
「大儀である外務卿」
彼女の発する凛として一頻り冷めきった、透明感のある美声が辺りを威圧する様に響き渡る。
「して、其方が火急の用向きとやら・・・わかっておるわ。で、《奴》は目覚めたのか?」
「御意に御座います。GUOO=汎人類銀河世界統合機構の、信任委託自治統治領域、【六慾天】の第五天にて、【ヴァレダ】変動数値《カテゴリー7》を探知致しております」
長く後ろ手に束ねた暗灰色の頭髪を靡かせ、駆け込んで来たこの若き外務卿は、玉座の前に跪いた後呼吸を整える事もせず、挨拶の口上も早々に素早く報告を述べ始める。
「今のところ、活性伝播波動の変動値に勢いがございません故、本体が完全に目覚める事無く、いえ、何らかの要因にて不完全体として賦活化したものかと推察されております。なお、アディリア連合星系調査局リディス少佐からの連絡も、同時に途絶えて御座います」
美怜皇帝は、艶やかな漆黒の髪を両耳の上でしっかと纏め上げ、一際大きなフォロヴジョンの王冠と後背にに鏤められた、繻子の様に揺らめく翡翠玉の飾りをさも鬱陶しそうに触れながら、外務卿に憚る事無く大きな溜息を吐く。
「はあァ!・・・リディスの奴め、他愛のないものよのぉ。第五天にて、己が身を持って《奴》の封滅を目論みおったとでも謂うのか・・・」
彼女は片方の耳朶にそっと手を翳し、飾られた朱赤の小さな耳飾りの存在を、嫋やかな指先でゆっくりと確かめながら独り言のように呟いた。
「そうであったか、許すが良い外務卿。・・・我が身に近き者とはいえ、こ度ばかりは冥福を祈ろうぞ」
片肘で玉座に頬杖を着いていた彼女が、やおら居住いを正して合掌の姿勢を執ると、暫しの間礼拝黙祷を捧げる。
「はてさて、《奴》の残りの種子は【六慾天】の何処に潜んでおるのであろうかのぉ?リディスよ、お前は何を探り、何を知ったのだ?・・・では、外務卿。そなたの報告を続けるが良かろう」
ゆっくりと合掌礼拝の姿勢を解いた彼女は、何事も無かったかのように再び頬杖をつき、外務卿に先を続けるよう僅かに掌を振って催促する。
何時もならば他者の死に対する配慮等と、微塵も感心を寄せぬ程に冷徹な美怜皇帝の取った意外な仕草に、ガブリェコフ外務卿は心なしか奇妙な違和感を覚えていた。
「御意。陛下、更に事態は深刻となるやも知れませぬ。先ほど入った外交部からの報によると、アディリア連合星系の侵攻艦隊、フロントフリート中核打撃群第三艦隊要塞艦【レゾリュート】が、【六慾天】へ向け出撃したとの由に御座います。恐らくは【第五化楽天】に於ける、遭難した自国艦の探査・救助開始を名目とした実質的侵攻でしょうな」
「ほう、《奴》を手に入れようとてか?フロントフリート中核打撃群第三艦隊要塞艦【レゾリュート】とな? 何とまぁ、侵攻としては豪勢な事よのう、あの臆病者共が思い切ったもじゃ。まあ、であるからこそ【リディス】の存在にも、それだけの価値を見出せると謂うもの」
「加えて、ソル系連邦宙軍にも、良からぬ動きを察知してございます」
「アディリアの連中はさて置いても、ソル系宙軍の良からぬ動きとな?それはどの様なものなのか?」
一頻り興味を惹いたのか、頬杖を崩した彼女は、ガブリェコフ外務卿の方へと身を乗り出す。
「此度の動きを察知したのか否かは不明では御座いますが、ソル系連邦中央星域総軍直衛、あの第七戦略早期打撃艦隊の本隊が、秘匿演習発動以降、所在不明となっておるとの由で御座います」
無表情のまま、外務卿の揶揄の含まれた報告を聞いていた美怜皇帝の眉が、ピクリと僅かに顰められ、その瞳に一瞬暗い陰りが射す。
「ほほう、撚りにも因ってあの変人提督指揮下の艦隊がかぇ?所在不明で雲隠れとはのぉ。成程、あの変態男が直接介入するつもりとな、はてさて珍しい事もあるものよ」
美怜皇帝はそう吐き捨てるように言い放つと、外務卿をキッと見据えて、彼自らが態々(わざわざ)足を運んでまで彼女へ告げるべき、本題である「報せ」の核心へと迫った。
「あ奴が出てくるなぞと、あはハッ!さては何か善からぬ事を企んでおるのやも知れぬなぁ。・・・外務卿、其方の察するところを意見する事、許して遣わそう。さあ申せ!」
「ははっ、御意。真に陛下の御高察には敵いませぬな。それについては、少々気にかかることとはいえ・・・」
外交交渉の席上にて、譲歩を引き出す絶好のタイミングを逃してしまった新米外務書記官のように、ガブリェコフ外務卿は躊躇しながら彼女から視線を外すと、塔状玉座の後背を流れ落ちてゆく壮大な大瀑布のカーテンにちらりと意識を移した。
「外務卿、何か隠しておる事でもないのか?其方の、その口が臆するようなモノでもあったのだな?ならば其方に聞くまでも無いわ、妾が直接詮議致しても構わぬのだぞ?」
小首を傾げ、斬りつける様な不敵で冷たい微笑を湛えた美怜皇帝は、若き外務卿を見降ろして辛抱強く彼の答えを待っていた。
「も、申し訳ございませぬ・・・いえ!恐れながらそれは平にご容赦願います。外務部対外情勢治安維持安全総局DGSV6からの情報によれば、どうやら、ソル系連邦中央情報調査局星域統制部調査第6課、かのSID、SC606分室の者共が、これに関わっている模様でして・・・当該宙域にて活動中であるとの報告がございました」
「ふふん。あのお転婆嬢ちゃん共か?で、それが此度の件と何か関わりがあると云うのかえ?」
「はっ。SC606分室は最近、メンバーを増配致したと聞き及んでおりましたが、まさかそれが・・・MIDからの転籍者と目される、男性一名が新たに配属されているようで御座います」
静かに目を閉じ、耳を傾ける様に聴いていた美怜皇帝の端正な容貌が、一瞬にして冷たく凍り付いた。
「諄いぞ外務卿!それが何の関係があるというのじゃ?勿体ぶらずに言うが・・・いや待て。MIDとな?まさかな。聞きとうはないが敢えて聞こう、その者の名は何と申すのかぇ?」
彼女が徐に立ち上がると共に、執務室の在る空間全体が瞬く間に凍結され、研ぎ澄まされた刃を首元に突き付けられた様な冷たい緊張感に包まれる。
「はっ、はは。【レイルズ調査官】と称しておられるそうです」
彼は、美怜皇帝の逆鱗に触れかねないないセンシティブな回答をしてしまった自分が、自虐的な倒錯嗜好でも有しているのではないかとさえ錯覚してしまう程の異様な感覚に陥っていた。
伏せた顔を怯えて仰いだ途端、鋭く心臓を抉られるような視線が、今自分に注がれているに違いない。
「はハッ!!お許し下さいませ!陛下のご賢察のとおりにございます」
「やはりな、何故そのような処におるのだ?・・・で、明利は無事なのか!?」
「申し訳ございません。事態の詳細については依然不明にて、未だ事の全貌さえも掴めておりませぬ故に、SC606分室の動向も、正確に確認するまでには至れぬ模様でして・・・」
「そうか、エウネゲル・威音・ガブリェコフ外務卿よ。其方らDGSV6一同、余もや覚悟はできておろうの?」
心胆を寒からしめる、美怜帝の奥底から響く威圧を込めた声をして、いつの間にやら乾いていた筈の彼の額からは、今度は冷や汗が滝の様に滴り落ちていた。
「し、しかしながら陛下、陛下、御安心召されませ。リディス少佐から送られた最後の報告では、生存しておられる由との事で御座います」
その報告を聞き、美怜皇帝は冷徹な光を宿した目を静かに伏せ「ドサッ」と玉座に腰を下ろすと、眉間に一筋の深い皺を寄せ、蟀谷に手を当てて唸るように次の言葉を発した。
「卿よ、それを早く申さぬか。・・・と言う事は、リディスは明利と接触しておったと云うのだな?それよりも、あの眠れる【星銀小玉龍】とも既に邂逅しておったと言うのかぇ?」
「はっ。恐らくは」
「おのれぇぇ、この私の許しも無くか!斯様な事、妾の威信にかけて許されぬ。況してや、明利の無事をも確かめぬ訳には征かぬわ!成程、あの変人提督めが何ぞ企んでおりそうな事じゃ!」
外務卿の眼には、烈火の如く言葉を発した美怜皇帝の瞳の色が、怒りに任せて激烈に移り変わって行くのが見て取れた。
「ヴリューシン軍務卿と、帝室近衛師団第三軍団、従伍位伐沙羅大将をこれへ招請するが良い」
美怜皇帝は、その激烈な意志に任せるまま塔状玉座から再び立ち上がり、外務卿へ向けて雷鳴の如き声を挙げる。
「至急【ミドル・スターズ】へ、【六慾天】第五化楽天へ向け強襲侵攻軍を派遣するのじゃ!アディリアの虚弱なる絡繰り玩具の騎兵艦隊と、ソル系の碌でなし男の大根艦隊なぞ蹴散らしてやるが良いわ!!」
プラチナシルバーの幾重にも重ねた豪奢な衣を大きく揺らし、それまで七色に揺れていたフォログラムの《挙身光》を燃え上る紅蓮の輝きに燻らせた宰華帝国第3代皇帝【美怜】は勅命を下す。
「星さえ砕く我が力と、帝国の威光勢力を篤と見せ付けてやるが良い。今こそ、宰華帝国帝位承継の正当なる皇太子【怜汪亮徳明利】と【星銀小玉龍】を奪還し、わが帝国の手中とせよ!!」
「御意ー!!!」
エウネゲル・威音・ガブリェコフ外務卿は、彼女の勅命を受け反射的に撥ね起きる様にして立ち上がると、美怜皇帝に深々と頭を垂れ「緑紗皇の間」から颯爽と退出して行った。
「では陛下、急がねばなりませぬな」
外務卿が退出したのを見計らってか、美怜皇帝の玉座の横には、いつの間にかフォロ・ヴィジョンにより投影された偉丈夫な男性の姿が佇んでいた。
そして彼は、シネマティクスの解説でもするかのように、滑らかな口上を述べ続ける。
「あの第Ⅳ文明が生み出した超兵器【ヴァレダ】を封じるため、第Ⅵ文明の創造しトラップ、対封滅戦用次元断層究極破壊兵器【洸燐海】が、リディスが誘った呪詛帯の匂いにて呼び寄せられ【香忰】もろ共、原子分解させる事となるのでしょうな」
やがて美怜帝は、翳のある哀しげな微笑みを浮かべながら、その男の幻影に向かって淡々と応えた。
「世理臼の奴め、それを知っていて・・・いや、そうではないな。リディスに追わせていた【ヴァレダ】の7つの光輪(種子)の一つが、第五化楽天に封印されてあるか否かは、寧ろ見極めきれていなかった節があるようだが?これで、未発掘の残る光輪(種子)は、後2つとなった訳だ」
彼女はそう話しながら、ゆっくりと塔状玉座に身体を預けて静かに目を閉じる。
「そして姉上、今、其処に明利が居ると?」
「そうだ」
「星龍の眷属【星銀小玉龍】も一緒だったと?」
「そうだ」
「どう在っても、手に入れる御つもりなのですか?」
「・・・そうだ」
それっきり二人の間に交わされる言葉は無く、滔々と流れ落ちる大瀑布に遮られたかの様に永い沈黙の時だけが後に残されていた。
《第Ⅳ象限-アディリア連合星系派遣艦隊》
【香粋】サテライト黄道面軌道ゾディアック・エリアを制圧したティン・グ・モディ司令率いるアディリア連合星系侵攻艦隊は、【香粋】の進宙軌道封鎖を完了した後、本来ならば惑星上を隈なく走査して【ルヴァージュ】の行方を探査し、その中でもリディス少佐の確保と、【レセプター】の特定ステップへと速やかに移行するべき処であった。
だが、【香粋=ヴァレダ】の覚醒変化が予想以上に激く進行していたため、対【ヴァレダ】制御用として極秘裏に連合星系内にて試作開発されていた、双極投錨制御重力場安定装置を設置する事さえ困難な状況に擱かれてしまっていた。
そう、獲物は既に成長し過ぎていたのだ。
それどころか、軌道上に展開していた第1遊撃機動部隊の高機動戦列艦「アフェーリオン」と、「オランジューリオン」は、一斉に襲い掛かって来た呪詛帯樹状クラスターの触手に包み込まれ、両艦とも成す術もなく轟音をあげて瞬く間に破壊されてしまっていた。
尚も、衛星軌道上の各ポイントに配置されつつあった【リフレクター】搭載艦は、呪詛帯樹状クラスターを制圧するべく【リフレクター】の試作機群を稼働させるが、【ヴァレダ】の成長に何ら影響を与えることさえ敵わないまま、圧倒的な触手の波状攻撃に曝され爆散するか、運よく躱せた搭載艦も制圧軌道のポジショニングポイントを放棄して、あたふたと逃げ惑う始末であった。
「【報告】モディ司令、「アフェーリオン」並び「オランジューリオン」が爆沈しました。対【ヴァレダ】リフレクター搭載艦も、次々に破壊されています。現在、第1遊撃機動部隊残存3艦のみです」
戦況監視Ai-0011は、歌う様に状況報告をモディの視覚野に届ける。
続けて戦況監視Ai-0012が、刻々と変動してゆく【香忰】から飛び立った、2つの小さな光点の存在を告げた。
「【報告】モディ司令、【香忰】の第一衛星軌道上を離脱し、本艦隊の第Ⅱ象限に侵入する艦影らしい物体を探知しました。リヴュス反応炉航跡周期振動波形パターンは、ソル系連邦艦船に近似のものと断定されます」
「【連携報告】なお、当該艦船後方からから小型巡航艇クラスの艦艇が当星系北天宙域方向へ分離しました。リヴュス反応炉航跡周期振動波形パターンは微弱で読み取れませんが、進宙する周辺宙域にポータル・ゲートの存在は確認されておりません」
「何と言う事だ?こんな僅かな間で制圧艦隊がほぼ全滅するとは。成程、得体の知れぬ超古代兵器め、一筋縄ではいかんな」
モディの顔にくっきりと苦渋の影が差す。
「それより、くそッ、そいつは報告に在ったSIDの特務艦だな。我らの狩場へコソコソと潜り込んでいた上に、他所様の上前を撥ねようと企んでいたとは。やはり、リディス少佐の情報が奴らの手に渡ったか・・・ソル系の犬め!逃がすなよ!!」
予断を許さない状況を前にして、モディは柄にもなく汚い捨て台詞を吐いていた。
「直接本艦隊にてSID特務艦の頭を押さえるぞ。直衛の高速巡航艦「ワリャークシア」と、「リュフェーリシア」に追撃を命ずる。破壊するなよ、必ず捕獲しろ」
「【意見具申】分離したもう一つは、如何致しますか?」
戦術支援Ai-01は、戦術展開上、考慮に値しない取るに足らない捕捉物体ではあったが、敢てその行動と目的を確認すべきであろうと考えていた。
「今は、それどころでは無い。北天宙域方向へ離脱した小型巡航艇の方は捨てておけ。必要とあれば事が済んだ後に、漂流中となった処でもって捕獲すれば良い」
戦術支援Ai-01は、先ほど「一筋縄」と罵ったモディへの答えを図りかねるように【ヴァレダ】への制圧攻撃パターンを組み直し、主力艦隊直衛の高速巡航艦2艦へ【ルーミィ】追撃戦への戦術変換指令を送る。
その間にも、早期哨戒Ai-003から入る情報流が更に混沌を孕んだ、新たな脅威的情報連携を囁き始めていた。
「【報告】モディ司令、後方宙域2.2バーグル内に新たな脅威を探知しました。左翼第Ⅳ・Ⅴ象限に艦影多数出現中です。リヴュス反応炉航跡周期振動波形パターンを、ソル系連邦宙軍艦のものと断定しました。大規模外宇宙侵攻艦隊かと想定されます」
突如降って湧いたように、【香粋】目掛けて急速接近して来るソル系突撃艦群の後方には、続々と巨大な戦列艦を含む大艦隊の姿が続いて来るのが確認されていた。
「【追加報告】当該ソル系艦隊が急速接近して来ます。何故か我が方の先攻艦隊の直前にて、弧を描く包囲陣形を展開せぬまま、我々と平衡展開陣を形成保持し進行中です」
ソル系艦隊の取った奇妙な戦術展開に、戦術支援Ai-002が戦略策定支援Ai-01との再協議を申請するため、盛んに急き立てて来る情報流に苛まれながら、モディは封印された撤収計画のサンプル群に情報端手を伸ばして評価を始めていた。
「手を付けるのが遅すぎたな。中央政庁の奴らめ、やはりこれも罠だったのか?」
その間にも、早期哨戒Ai-003が戦域詳細分析マトリクス・モデルを、モディの情報視野に届ける。
「【追加報告】現在接近しているのは、ソル系連邦宙軍の主力前衛艦隊と思われます」
「【連携報告】この艦隊構成から推測される該当戦力規模としては、中枢第七早期打撃艦隊主力戦隊の・・・本物のようです」
「【情報連携】只今、艦隊旗艦【ファランドゥール】を確認しました。敵戦力について旗艦麾下の推定艦艇数は、本艦隊の優に6倍強と想定されます」
「バカな!ソル系宙軍の中央政府直衛艦隊が直接此処にか?こんな特殊な宙域に来るというのか?何故だ?在り得ない!!有り得る筈が無いではないか!」
「【意見具申】相対交戦時の推定勝算確率0.00000002パヒュルです。推定生存確率0.0011パヒュルです。戦術支援Ai群による開戦成果の検討結果は、即時撤退を推奨します」
戦術支援Ai-002が悲惨極まりない絶望的な数値を示し、戦闘を回避すべく再考を求めモディに囁く。
彼我の勢力差における絶対数的戦力差での衝突は、個別撃破と云う悲劇の戦術的連鎖を招き入れ、それ故勝利への扉を意図も簡単に閉ざしてしまう。
その愚かな行為を、古典式的「ランチェスターの強者法則」は今に問う。
それ故に、尚も強者は限りなく圧倒的な勝利を手中とし、ゲームチェンジャーを有せぬ弱者は抗しきれる意志さえ空しく撃ち砕かれ、踏み躙られ、消え去る運命にある事を示していた。
そして追い打ちをかける様に、早期哨戒Ai-010から更に驚くべき情報が報告される。
「【報告】モディ艦隊司令、ソル系連邦宙軍の他に本艦隊直上1.7バーグルに新たな脅威が出現中します。リヴュス反応炉航跡周期振動波形パターンを、宰華帝国軍と断定します」
「【追加報告】識別データ照合結果によれば、宰華帝国の帝室近衛艦隊と推測されます。第3近衛師団艦隊旗艦機動要塞艦【玄武城・ゴルディアス】を確認しました」
数十に及ぶ重装突撃フリゲート艦と、高速巡航クルーザークラスから成る宰華帝国艦隊の蹂躙艦隊が降って湧いたようにアディリア艦隊の頭を押さえながら、並行して距離を詰め猛然と迫って来た。
新たな敵の出現に絶対的不利となった状況を前にして、戦略策定支援Ai群から交戦回避の作戦検討指示が戦術支援Ai群へと乱れ飛び、ブリッジの混乱に拍車を掛けて行く。
「締めたゾ!!」
その凶報を手にしたモディは、これぞ当に千才一隅のチャンスとばかりに記憶巣内を隈なく走査し始め、太古の昔から命脈と変わる事無く語り継がれていた、「SONSHI戦略法」の巻を素早く閲覧した。
その巻にある要諦三十六計略の第二計《囲魏救趙》及び、第十三計《打草驚蛇》が記された「勝戦・攻戦の計」を焦りながら紐解き始め、彼はその中に一つの光明を見出す。
「本艦隊は、第Ⅱ象限をソル系艦隊の動きに沿わせ平衡状態を保ち、奴らの様子を見つつ追撃部隊に任せたSIDの特務艦を利用し、これを囮とする。次いで宰華帝国艦隊との迎撃戦に備えつつ、第Ⅰ象限を近接させて奴らとの間でも平衡状態を保つのだ。そして共に喰い合えば、我が艦隊の機は必ず生じる」
モディは戦略策定支援Ai群と、戦術支援Ai群へ向けて戦術補完変更データを伝達した後、改めて交戦回避の再検証を指示する。
「【意見具申】プロトコル「SONSHI戦略法」を加味した、相対交戦時回避の勝算確率48.195パヒュル、生存確率66.326パヒュル。検討結果、当該選択を推奨します」
先ほど即時撤退を具申していた、戦術支援Ai-002が飛躍的に上昇した改善数値を示し、他の戦略支援Ai群も挙って賛同意向をモディに提示すると、彼の眉間に深く刻まれていた一筋の皺がゆっくりと開いてゆく。
「実に面白いものではないか?銀河の新しき神々は、野獣達の蠢く荒れ野を彷徨いしこの哀れな仔羊の祈りを、斯くも聞き届けてくれるとでも言うのか?」




