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7 コンヴァージェンス・ジェネシス 6

 その頃、虚空を隔てた宇宙空間では、超古代文明が築いたポータル・ゲート【エトルリオα0120】を経て、アディリア連合星系ユニオンの外洋宙航戦闘艦隊が続々と姿を出現させていた。

 フロントフリート中核打撃群第三外洋艦隊で構成された、この【緋翼のルヴァージュ】救出派遣艦隊は、第五化楽天ニェルマーナ・ラーナティ星系に進宙した後、急速に惑星【香粋(かすい)】へと接近して行く。

 その中でも、一際巨大な艦隊旗艦機動要塞艦【レゾリュート】のブリッジでは、星系域情報と目指す目標【香忰】に関する動態情報が刻々ともたらされていた。



 「【緋翼のルヴァージュ】からの緊急圧縮連携通信を感受」


 「指向性残置自動記録通信が3度入電あり。発信者は不明」

 

 「どうやら乗員は・・・ほぼ全滅した模様」


 「【香粋】宙域周辺の重力偏差増大、予想より変化が早く始まっているようです」



 その巨大な艦体に似合わず、極めてコンパクトに纏まったブリッジの中央部にある、艦隊司令ユニットに横たわった救出派遣艦隊司令ティン・グ・モディは、次々と告げられる情報に不機嫌そうな面持ちでゆっくりと目を開いた。

 抑々そもそも、中央政庁は何故このような大規模艦隊の派遣を指示したのか、今回の艦隊運用にかかる諸元情報は、通常救出活動の域を遥かに超えていると彼はそう捉えていた。

 そしてそれとは別に、彼の艦隊には極秘戦略オペレーションを遂行すべく密命を帯びている。



 「面白い。大規模戦略侵攻の戦端を、この私にでも開かせるつもりか?まあ、中央政庁の能天気なお役人共も、時折大胆な謀略を考え付くものだな」



 モディ司令は、そんな自虐的な思いを抱きながらも、刻々と流れ込んでくる初動諸元情報群を片っ端から(さば)いてゆく。

 その膨大な情報群の中でも、先ほどから目標地点にて観測されている空間崩壊レベル変動数値に、彼は殊の外魅かれていた。

 リンクしたヴィジョンサーチャーの表示には、地殻を含む惑星規模の物理的変動を認め、オービタルリングを巻き込みながら、刻々と変化を見せ始めている【香忰】の異様な姿があった。



 「まるで、発芽したばかりの超巨大樹状生命体が、虚空を掴んでいくかの様だな。それにしても想像だに出来んのだが、この(おぞ)ましき物体を制御しよう等とは、最新の超越技術の領域と謂えども可能なのか?・・・はてさて骨の折れる事だろう」


 彼は観測インフォAi-004から流れ込んでくる情報流に、多くの思考を割かれながらその物理変動する【香粋】の姿を、一際冷ややかな眼差しで見つめ続けていた。


 

 「ソル系の連中、動きはどうか?」



 続けて、広域哨戒サーチAi群へと指令を送る。

 機動要塞艦【レゾリュート】のブリッジは、その殆どがフォロビジョンによって構成されている仮想空間構造となっており、オートシップの進化形とも言われていた。

 絶えず流れ続ける煌めくディスプレイの奔流の中で、ふと一つの表示系が浮かび上がる。


 「現在、ソル系連邦辺境艦隊に動きはありません。中立干渉宙域クプリット=ライン近傍8Gディルの宙域に展開した後、時折哨戒活動を実行するのみにて、特段の動きはありません」


 「よろしい、先んずれば制すか。【ヴァレダ】は我々のものだな」



 彼は一呼吸置くと、指揮シートの中で身じろぎ一つせず次の指令を下す。



 「これより【香粋】サテライト黄道面軌道ゾディアック・エリアを先攻制圧し、【香粋】進宙軌道を封鎖と同時に【ヴァレダ】の制御を試みる。前衛オートシップ艦隊の高機動戦列艦「アフェーリオン」、「オランジューリオン」以下、前衛第1遊撃機動部隊の先攻進宙開始。高速巡航艦「ワリャークシア」、「リュフェーリシア」の両艦は、黄道面軌道ゾディアック展開後【ヴァレダ】制圧部隊の直衛に当たれ」


 

 ティン・グ・モディ司令はセオリー通り【香粋】の惑星軌道制圧に乗り出すと、軍令を司る戦術支援Ai-001は、オペレーションに最適な分遣艦隊構成を即時に組成し、各艦への伝達を始める。

 その指令を受けた、アディリア連合星系救出派遣艦隊の最前列からは、巨大な戦列艦を含むオートシップ先攻艦隊第1遊撃機動部隊の13隻が滑るように離れ出て、変化を始めた【香粋】の衛星軌道上へと一斉に展開し始める。

 先攻艦の殆どは、極限まで自動化された自律思考サイボーグ型オートシップで構成されており、その中で凡そ人類と呼べる生命体が乗船していたのは、僅か5隻に過ぎなかった。



 一方サミュエルは、アリュナールが手にした【炎樹の剣レーヴァティン】の力により、カシィの転移サークレットで、緊急脱出用の小型巡航艇のコクピットへと一瞬にして転送されていた。

 彼は、自分の身に一体何が起こったのか判らないまま、呆けたように巡航艇の床へ転がり、目に映った天井をジッと凝視する。

 一瞬の沈黙の後、彼は狂気に駆られた様に一頻りゲラゲラと笑い転げ始めた。

 そして、碧く点滅するパイロットランプのサインを視界の片隅に捉えた途端、彼に与えられた《リディス=カリビア》からの指令と、彼自身の生への渇望、未来を観たいが為という欲望が発する猛烈な衝動に襲われ、忽ち現実に引き戻されて行く。

 彼は反射的に飛び起きると、碧く点滅する輝きを放って並ぶメインパイロット・コンソールシートへと勢い飛び込んだ。



 「俺は当分狂うことも許されないのか?・・・やれやれだ、俺もとんでもない呪いを懸けられてしまったようだな」



 彼が乗った小型巡航艇を始めとする、殆どのアディリアの艦船は、極少数の人員で稼働させることができるセミ・オートシップ仕様になっており、彼の目の前には、その特徴でもある操縦の全てを司る飛晶球が、青い光を発して彼を待ち受け鎮座していた。



 「どうだ、まだ間に合うか?」



 彼はそう呟きながら飛晶球の認証水晶球面に手を翳し、リディスのIDコードを利用して巡航艇の起動させると、急速に超小型リヴュス反応炉が活性化を始め、艇体は波打つ地表をふわりと離れて一気に飛翔する。



 「よしよし、良い飛晶球だぞ。だが、流石に此処まで進化すれば、科学もまた、一つの《魔法》だとも云えるな」



 かたちばかりの操縦スティックを握りしめたサミュエルの脳裏に、以前語っていたリディスの意味深な言葉が蘇って来る。



 「サミュエル。貴男も知ってのとおり、我々アディリア連合星系ユニオンの生存圏に於いて活動する派遣艦隊の構成要員は、その全てを、連合の辺境統治領域にある惑星から送られて来る生身の人間達に頼っている。だが、今や中央政府領域にあって生身である人の姿を見る事は殆ど無い。既に中央政府領域では、生物学的《人類》としての生態活動は途絶えて久しかろう。それが一体何を意味するのか?《人》の介在しない文明の発展が、果たして《人類》が目指した本来の進化体系で在ると言えるのか?否か?私には到底見極めも付かない事だがな」



 サミュエルは、刻々と変貌を遂げる【香忰】を睨み付けながら、小型巡航艇を勢い加速させ惑星重力圏からの離脱を図る。



 「《人》の進化の姿か・・・【香粋】のこの姿が意味しているモノも、やはり同じだと言うのか?ふぅ、答えも何も、兎も角今は何としても逃げ延びるのが先だぞ!」



 遥か前方には、白銀の航跡を引く【ルーミィ】の姿を捉え続けていた。

 彼は、【ルーミィ】の薙ぎ払った呪詛帯樹状クラスターが再び閉じる前に、必死の操船で【ヴァレダ】の顎からの脱出を試みる。


 呪詛帯に侵蝕されたリディスの半身との融合を果たした【レセプター】は、惑星【香粋】自体に割卵の如き構造分裂を開始させるスイッチとなり、呪われし太古の超兵器【ヴァレダ】の躯体を生成させるステップを迎えていた。

 遠く遥か「古代消滅戦争」の末期、【イーギリァ・トキィエ】と人類の呼ぶ「第Ⅳ先史文明」が、バイオハザードにより生み出した生物兵器と超越魔法技術との融合体、恒星系破壊兵器【ヴァレダ】が今、遂にその姿を現す。


 開花したレセプターの在る祭壇基底核部から、惑星の地下深く縦横無尽に張り巡らされた樹塊構造体に賦活エネルギーが伝達されると、【ヴィオラディ・シグラ】と【ヴィオラディ・テグラ】の群体が融合した超硬質強化クラウス・セルロース・ナノファイバー構造ともいうべき、恐ろしく軽く強靭な組成力を持った呪詛帯樹状クラスターが、急激に宇宙空間に向かって幾筋もの巨大なクリスタル状の腕を伸ばし始める。

 【香忰】の広大な海は裂け、大陸の地表が幾重にも割れ捲れるように反り返ると、地下に眠っていた列柱状の巨大地下樹塊構造体が、南北に走る大陸沿いに次々と姿を現し、変化しながら競り上がった。

 続けて、【ヴァレダ】躯体構造の空隙を埋める様に吸い上げられた濃密な海水が、超硬質の補強膜となって展張すると、宇宙空間へと伸び出した呪詛帯樹状クリスタルクラスターは、その硬化させた海水を補強材として身に纏い、衛星軌道上のオービタル・リングへ向かって次々と伸ばした先端部を融合させて行く。


 そして【ヴァレダ】は、惑星【香粋】自らを崩壊させると、今度は惑星公転軌道上に沿って奔る無数の触手となって、蠢き絡ませた蔦枝を伸ばし拡げて行く。

 やがて、宇宙空間に拡がる茨のように、無数に絡まる不規則な網目状構造の形を露わにすると、鳥の巣状となった幾つかの網状構造の渦底には、深紅のルビー光を発する重力振動中心源が産み出された。

 その赤色偏差の輝きは次第に明るさを増し、緋色の薔薇星雲にも似た禍々しくも美しく咲き誇る恒星系破壊兵器【ヴァレダ】の姿を異様なほど怪しく、不気味に浮かび上がらせたのである。


 激変する【ヴァレダ】の懐で《ミッドガルド》に乗ったアリュナールは、呪詛帯の渦巻く中を瀕死の明利を背負ってリディアの預けた【炎樹の剣レーヴァティン】を振り翳し、流れる琥珀色の結界を展開しながら最後の希望を胸にして、ただ一筋に《北天》を目指して飛び続けていた。



 「大丈夫よ、まだ大丈夫・・・明利(メイリ)、貴男を絶対死なせはしない」



 アリュナールは、《ミッドガルド》の出力リミッターを強制開放し、オーバーブーストへとスロットルを目いっぱいに踏み込むと、《ミッドガルド》は彼女の必死の想いに応えるように、爆音を上げて一気に急上昇を始める。


 高出力イオノエンジンのオーバーブーストが発する強烈な振動は、その機体を大きく震わせ激しい衝撃となってアリュナールを襲い、同時に急速上昇に伴って明利を背負ったハーネスの荷重が、ベルトを忽ち凶器へと変え、彼女の身体を激しく締め上げて行く。



 「クッツ!痛ッうっ!!《ミッドガルド》持って下さいね!」



 命を繋ぐベルトは魔物の爪と化した様に彼女の肩や、脇腹、太腿付近くのタクティカルスーツにギリギリと喰い込み、生じる激痛にアリュナールの顔が苦痛に歪む。

 やがて彼女のタクティカルスーツの下からは、鮮血がジッと滲み出し、ワームグレーのコンビネーション部分をゆっくりと朱色に染め始めていた。

 だが、アリュナールは構わず真直ぐ天を仰ぎ視て、ただ只管に上昇を続ける。



 「まだよ、未だよ、未だです、未だですよ、まだまだ、まだ・・・まだまだまだ」



 限界上昇速度に達した《ミッドガルド》が鋭く奏でるエマージェンシーコールは、吹き荒び叩きつけられる風に紛れて、もう彼女の耳には届かない。

 フォロコンソールのインジゲータは灼熱の赤い警告明滅を発し続け、それに()れてエンジンの金切り音は一段と大きさを増し、まるで悲鳴を上げる様に異様な振動を発し始めていくのが感じられた。



 「持ってくださいね、明利!《ミッドガルド》お願い、翔んで。もっと速く!もっと高くゥ!!」



 アリュナールと明利を乗せた《ミッドガルド》は、ほぼ垂直に近い状態で一気に北天の空へと向かって舞い上がり、更に凄まじいGと風圧が彼女の意識を失わせるように襲い掛かった。

 その時、突如大きな振動が襲う。

 彼女は、ハーネスを握り締めた手を一瞬緩めそうになったが、体に喰い込む激痛に耐え必死に歯を食いしばる。



 「痛ったぁい!!で、でも離しちゃダメ。明利ィ!決して貴男を失いたくないよ。いえ、絶対に失わないわ!」



 彼女の肉体に食い込んだハーネスの痛みは、彼女と明利を繋ぐたった一つの絆のように感じられ、アリュナールはその大切な絆を確かめる様に、再びしっかりとハーネスを握り還す。


 一方の【ルーミィ】は、呪詛帯樹状クラスターが形成した巨大な壁面に沿って降下を続け、次々と繰り出される刺胞攻撃を躱しながらギリギリの限界低域高度へ到達すると、《ハイレート・クライム》を開始しようとしていた。



 「リトル、《ミッドガルド》は何処だ!!」



 ティアスは、リトルへ向かってアリュナールと明利の到達位置確認を命じる。



 「案ずるでない、もう既に見つけておるわ!焦るでないぞ、今、ちゃんと捕捉しておる」


 「ティア、居たよゥー!居たァ!!右舷前方仰角45度。距離約3,000メルティ。シッカリ翔んで先行してるゥー!」


 「よしよし、確り北天に向かって上昇しているではないか、よーし、よしよし、そのまま翔ぶが良いぞ、もう少しの辛抱だ」



 テミアの報告に追い縋って、伽罹那の声がタイムアップを迫る。



 「ティア!こっちも限界低域高度維持空域から外れそうだ。滞空時間ギリもう無いよ!」


 「よし、伽罹那ぁ!今だ、《ハイレート・クライム》開始ゴー!!」


 「ラぁッジャー!どぅりゃあああー!大気圏内スラスト・ラムジェット・エンジンシステム点火!!面舵20、仰角45、ハイレート=クライム開始ゴー!!」



 【ルーミィ】は伽罹那の躁艦に合わせて、軽快にくるりと艦首方向を変え勢い上昇を始めると、《ミッドガルド》を追って敢然と《ハイレート・クライム》を開始した。

 だが、その【ルーミィ】を追撃して、呪詛帯樹状クラスターの形成する巨大な壁面からは、再び執拗に呪詛帯の刺胞攻撃が放たれ始める。



 「ティアー、しっつこぉぉおおおおい!!まーた、あのチクチクですゥー。ラミアー、左舷後方からいっぱい来ッぞゥー!」


「ラミァ!構わん、片っ端から叩き落とせえぃ!」


「ラッジャだよゥー!チクチク嫌だよゥー。こぉいつゥー!おにょれえい、邪魔くせーんだよ全くゥー!!どりゃ、どりゃ、散れぇいどりゃあああ!ええい、墜ちろぅどりゃ、どりゃ!」



 ラミアが、目まぐるしいまでの超絶な火器管制コマンド連打を繰り出すと、即応したターシャリーブラスターとリニアキャノンが咆哮を上げ、絡まる様に迫り来る刺胞攻撃の束を嵐の様に次々と薙ぎ払ってゆく。

 ティアスは、先行する《ミッドガルド》の姿を眼で追って、不安そうに見つめ続けていた。



 「テミァ!着っ艦ベイ開け!!伽罹那!アルと明利を受け止めろ!」


 「ラッジャだよゥー!ティア、着艦ベイ、ゲートスライダー・ロッキングエジェクト、フルオープン開始。しっかり抱き締めてやるぞゥー、さあドーンとこいよゥー!」


 「伽罹那、いいか?チャンスは一度だ!一気呵成(いっきかせい)に掻っ攫らえええぃ!!」


 「ラジャーでぇい!ティア、行っくよお!オートスタビライザー・フルフラット。バリアブルフィン・アクティヴコントロールにチェンジでぇい」



 爆音を響かせて、後方から迫っているであろう【ルーミィ】の気配を感じながらアリュナールは必死に耐え続けていた。

 強烈な風圧とGが、彼女の体を押し潰すかのように襲い掛かり、アリュナールの右手は次第にマヒし始め、《ミッドガルド》のスラスト・スティックを握りしめた感覚が、痺れる様に薄れて行く。



 「早く!・・・【ルーミィ】・・・早く来てぇ!!」



 次々と繰り出される刺胞攻撃に曝された【ルーミィ】の防御戦闘によって、空中で砕け散った呪詛帯の塊は、アリュナール達の乗った《ミッドガルド》に向かって下から湧き上がり、噴火弾となって掠めて行く。

 それと共に次々と巻き起こる爆圧の嵐に翻弄された《ミッドガルド》は、更にもみくちゃにされながらも、今度は反対に降りかかって来る破片の中を巧みに掻い潜って、必死に上昇を続ける。

 その時、突如飛翔してきた大きな呪詛塊の破片が《ミッドガルド》の進行方向を塞いで、彼女の眼前へと一気に迫った。



 「クッつ!!当たるな!」



 彼女は咄嗟にスラスト・スティックを操り、左方へ錐揉みしながら黒い物体からの回避を図るが、僅かに避けきれず右スタビライザー・フィンの端に「ガツン」と接触し、機体に鈍い衝撃が奔る。

 その衝撃は《ミッドガルド》の機体と、アリュナールを縛り付けていたハーネスの一つを外し、アリュナールと明利の身体は「ふわり」と宙を舞って、《ミッドガルド》から振り落とされそうになる。



 「ダメ!!・・・今、離しては、いやぁぁあああ絶対にダメぇーっっ!!!!」



 スラスト・スティクへと、必死に獅噛み付いていたアリュナールの指は、既に限界を超えて外れそうになっていたが、彼女が叫んだ瞬間その生への執念ともいえる声が奇跡を呼び起こした。

 直後に降り落ちて来た呪詛帯の破片が、複数《ミッドガルド》の傍を掠め去り、それにより生じる風圧を受けた機体が辛うじて弾き戻され、ゆっくりと彼女達の許へと還って来たのである。

 奇跡とも言えるこの一瞬の機を逃さず、アリュナールは必死の思いで力を振り絞って、外れたハーネスを手繰り寄せる。

 彼女は激しい風圧に怯むこと無くゆっくりと、そして力強くハーネスの端を《ミッドガルド》のジョイントへ捩じ込み、グッと固定された感触を確かめ再び機体に張り付いた。



 「よかったぁ明利、もう離れないわ。絶対離さない!【ルーミィ】早くきてぇ!ぉ、ね、が、ぃ、よぉ!!!」



 だが、その奇跡を起こした風圧によって逆にバランスを崩した《ミッドガルド》は、螺旋状にゆっくりと旋回を始めてしまった。

 アリュナールは必死にコントロールを立て直し、機体を垂直バレルロール状態へと持ち込む。

 


 「このまま、このまま揚がってぇぇぇええええええ!!!!!」



 【ルーミィ】のブリッジでは、バレルロールを描いて同期が困難となり始めた《ミッドガルド》を急ぎ回収する為、伽罹那の見事な操艦術が芸術的な極みを見せる。



 「《ミッドガルド》好いねぇそれぇ、エックセレンット!アクロヴァ~ティック!!くそ難しいってもんじゃねぇなあ!!そのまま動くなょおっ!優しく抱き寄せてやるっ、てかあ?!」



 伽罹那は、あっという間に【ルーミィ】の艦体を《ミッドガルド》の後方へと寄せると、《ミッドガルド》のローリングに合わせて艦首をゆっくりと回頭させながら、その不安定な旋回運動へ艦体をピタリと同調させ始めた。

 同時に、艦尾スラスターが一際大きな唸りをあげ強力なラムジェット推進力を放出すると、艦体を一気に上昇させ《ハイレート=クライム》ブースト・フェイズへ突入する。



 「余も手伝おう、任せたぞ伽罹那」



 ニヤリと笑うリトルを見やって、伽罹那は、艦体を垂直バレルロール状態へと持ち込んだ。

 【ルーミィ】の後には蒼星銀色に伸びるブースト炎が、大きな螺旋を曳いて輝いている。



 「いっけーぇぇぇええええええええいいいいいい!!!!!!!」



 必死に飛び続ける《ミッドガルド》の後方へと接近した【ルーミィ】は、伽罹那の絶叫と連動して速度を同期させながら、ゆっくりと下部ペイロード着艦ベイのゲート・ハッチへ導き、《ミッドガルド》を確実に捕捉した。



 「ティア、ペイロード着艦ベイ本艦軸線上に乗ったぁ、収容相対速度、バレルローリング調律同期完了。一致させたよぉ!!」



 伽罹那に続けて、祈る様に力を込めてティアスが叫ぶ。



 「今だ、アル!明利!さぁ還って来なさい!!」



 アリュナールと明利を乗せた《ミッドガルド》のエンジンは、断末魔の絶叫を上げ続けていた。

 性能限界を遥かに超えてオーバーヒート状態となったイオノエンジンと、今にも爆発せんばかりに灼熱光を発するスラストブースターからは、溶けだした金属構造片による蒼白い火花が勢い四方に向かって噴き出している。



 「お願い・・・もう少しよ!・・・お願い、翔んで《ミッドガルド》!」



 更に激しい振動がアリュナールと明利を襲い、彼女はもう目を開ける事すら出来なくなっていた。


 伽罹那の神業操艦により《ミッドガルド》の動きに合わせて、ゆっくりとローリングする【ルーミィ】のブリッジ・フォロスクリーンには、限界を超えて飛び続けるミッドガルドの姿が映し出されている。

 そして【ルーミィ】は、アリュナールと明利を優しく手繰り寄せるように、着艦ベイの直前へと《ミッドガルド》を導き、それを食い入る様に見つめていた双星神アシュヴィンは祈る様に囁き、辛抱限界に至ったリトルは叫ぶ。



 「アル、確り!10、9、そこだ、・・・」


 「アル、確り!5、4、そこゥー・・・」


 「さあ、余の許へと、いざ帰還するが善い。クッ・・・早く来んかァアア!!!」




 小さく映り込んでいるアリュナールは、必死に《ミッドガルド》を操っている。

 遂に限界を迎えていたイオノエンジンが、不気味な唸りを上げて息を止めようとした当にその瞬間、蒼白銀色に輝く巨大な【ルーミィ】の影がゆっくりと《ミッドガルド》の小さな姿に覆い被さった。



 「「・・・3、2、1!」!」


 「今だ!タッチダウン!っ・か・ま・え・たぁぁぁぁああああああああ!!!!」



 伽罹那の歓喜に包まれた絶叫が、ブリッジ一杯に響き渡った。

 《ミッドガルド》をペイロード・ベイへと吸い込む様に導き入れた【ルーミィ】は、その懐にアリュナールと明利の命を確と抱き留め、そのまま遥天空に広がる宇宙を目指して一気に加速し舞い上がって行く。



 「《ミッドガルド》ゥー!着艦確認!!着艦ベイ、ゲート・クロゥーズゥー!緊急閉鎖ロック完了ゥー!!与圧正常確認したよゥー」


 「あーっはははは!観たかぁ、確っかと、余の手で回収してやったぞー!!」



 テミアが叫び、リトルも仁王立ちの姿をして腕組みしたまま歓喜の声を上げていた。



 「「アルと明利がぁ、還ってきたァぞゥー!」」


 「デカしたぞゥー!伽罹ぃ那ぁ!」

 

 「よくやったぞゥー【ルーミィ】!!」


 「どぉうよぉー、恐れ入ったかぁ!伽罹那様にまっかせなさぁい!!だっははははは!」


 「どうじゃー、余の力を思い知ったかぁ?こんなの屁でも無いわ!!どぁははははは!」



 嬉しさの余り涙声になった双星神に連なって、何時もより自慢げに伽罹那とリトルが歓喜する。



 「リトル!テミア!何をしている、着艦ベイへ急げ!!」



 間髪入れず、ティアが発した雷鳴の如き指示がブリッジに轟き亘ると、リトルとテミアは弾かれた様にシートから跳ね起き、ブリッジを飛び出して行った。

 一方、アリュナールと明利は、ようやく帰還を果たし、【ルーミィ】の暖かな懐へと抱かれていた。

 アリュナールは着艦と同時に、機体と二人を繋いだハーネスのジョイントを一気に引き抜き、【ルーミィ】の艦内重力制御に捉えられた《ミッドガルド》から振り落とされると、明利を背負ったまま横に受け身を取って、ペイロードベイの床を転がりながら衝撃緩衝材へと叩き付けられる。

 《ミッドガルド》のイオノエンジンは、それを見届け使命を終えたかの様に唸りをあげるのを止め、それっきり「プッツリ」と息絶え沈黙した。

 ティアスは、フォロビジョンモニターに映し出されペイロード・ベイの床を転がって行く二人の姿を食い入る様に見つめながら、キャプテンシートのアームレストを握り締め続け、真白く喰い込んでいだ自らの指を静かに外しそっと呟く。



 「どうだ・・・無事なのか?アル、明利」



 衝撃緩衝材に叩き付けられたアリュナールは、その反動を利用して素早く立ち上がる。

 強烈な立眩みが彼女に襲い掛かって来たが、気丈にも彼女はそれに構わず【イェルカブラスター】を素早い動作で抜き取ると、背負った明利と自分の躰を繋いでいた命の絆であった、ハーネスのベルトを一気に切断する。



 「明利、くうッ・・・明利!大丈夫ですか?!確り、確りしてよ。確りしてぇぇ!」



 彼女は床に転がった明利の躰を手繰り寄せ、静かに目を閉じて血の気も失せていた彼の顔へ自らの頬をぐっと近づけると、彼の命の気配を必死に探る。

 リディスの施した高等呪法凍結結界施術の為か、明利の息遣いは既に無かったがその頬を伝わる仄かに暖かな感覚に、彼の生命の火が未だ微かに灯り続けている事を感じると、彼女は心の底から湧き上がる純粋な喜びに包まれた。



 「良かったぁ・・・まだ生きてるぅ、本当に良かったぁ、生きてる・・・」



 彼女は、束の間の安堵感に浸りそう零すと、薄らいでゆく自分の意識を無理やり繋ぎ止め、なおも自らを奮い立たせて必死に堪え続けた。

 アリュナールは再び瀕死の明利を背中に担ぎ直し、体に食い込んだハーネスの縛りから解放された鈍痛を物ともせず、蹌踉(よろ)めきながらも艦内のメディカル・ルームを目指して歩き始める。



 「・・・もう少し、あと少しです。明利・・・必ず、必ず助けます。助けて見せます」



 明利を背負った彼女は歩きながら、ふと自らの身体の一部が何処か生暖かく、湿っとりと濡れているのに気が付く。

 恐らく、彼女と明利を繋ぎ止めていたハーネスのベルトが食い込んだ彼女の肩や脇腹、太ももに刻まれた彼女自身の傷口から沁み出しているのだろう。

 それは、彼女のタクティカルスーツを朱色に染めながら、更に足元へとゆっくりと伝い落ちる血潮の(したた)りであり、アリュナールが足元へと伝い落とした血の雫は、彼女の歩いた後に沿って点々と艦内を濡らし遠く続いていた。

 それでも今は、明利の命が懸かっている。

 アリュナールは、鈍痛から(やが)て全身へと伝わる激痛に耐えて、メディカル・ルームへと辿り着くと、医療再生ポッドを必死で起動させ始めた。


 冷たい明利の躰を必死に抱き、彼女は薄れようとする意識をポッドの起動操作に集中させながら、その朦朧とする意識の片隅では、バタバタと慌ただしく二人の人影が傍らに近寄って来る気配を、(ぼんや)りと捉えていた。

 必死に誰かが呼び掛けている。



 「誰だろう・・・」



 聞こえているのか、その意味が解らないのか、明利を救うこと以外の彼女の意識はそれ程混濁していた。

 誰かが呼び掛けている様だった。

 やがて、見覚えのある少女の輪郭を伴って姿をハッキリさせると、メディカル・ルームへ駆け込んで来たリトルとテミアが、脇目も振らず真剣な表情で医療再生ポッドシステムの起動支援を始めてくれていた。



 「リ・ル・・・、テミ・・・」


 「やれ、漸く正気を持ったか?何とも酷い有様だが、無事の様だのアル。・・・善い、喋るでないぞ、そのまま暫し待っておれ。どら、テミアよ、アルの方は良いぞ、明利の状態を診てはくれぬか?」


 「ラジャだよゥー、もうやってるよゥー」


 「よくぞ戻った、アリュナールよ。もう安心するが良いぞ」



 優しくアリュナールに話しかけていたリトルは、ゆっくりとテミアに顔を向け、メディカルポッドの傍でアリュナールに抱きかかえられていた明利に目配せする。

 テミアは既に明利の躰に触れ、その身体に受けた深い傷の損傷状態を確認していた。



 「こりゃイッカンぞゥー!てんで無事じゃないよゥー。あらら穴空いちゃってるゥー、ノオぉぉ明利、とーんでもなく良っくないよゥー。リトル急ごゥー、うわおおぉぉ内臓ー見えとるぞうぅゥー」


 「ウム、急ぐとしよう。アル、後は余に任せるが良い。さて、明利に掛けられた【凍結結界呪法】の(たぐい)とやらを、じっくり(ほど)くとしようかの」



 一瞬で結界幇印の感触を察知したリトルに対し、アリュナールは呆然としてリトルに促されるまま頷いていた。

 リトルとテミアの二人は見事な連携を見せ、明利の右太腿のホルスターに確りと括りつけられていた【ドゥルガー】と、彼が着ているタクティカルスーツのメタボライザーライン連結を取り外す。

 続けて、アリュナールの胸に(いだ)き抱えられた明利の身体を、彼女の腕から()ぎ取って引き離すと、医療ポッドの中へサッサと押し込んだ。



 「バイタル・コントロール再接続完了ゥー、復旧成功だよゥー。バイオリミカル・ストレージAS-grⅠからⅣステージを省略ゥー。Ⅴの緊急コア・セットアップを優先、今、起動したよゥー。・・・で、でもって?システムレッドのままぁって?稼働しないよゥー、何でぇー?ステップ省略どっか間違えたぁのゥー?」



 戸惑うテミアを尻目に一瞬呆れ顔をしたリトルは、LCL-Hi・Ringel氏液が注がれて行くポッドの中へ勢い顔を突っ込み、明利の顔許へと小さな唇を寄せて彼の頬へ「ペロリ」と舌を這わせる。



 「慌てるでないぞ、愚か者めぃ。この者に施されし反魂の施術【凍結結界呪法】の所為だ、暫し待つが良い」


 (・・・クククそれにしても、実に美味そうじゃないか?)



 ポッドから顔を上げて濡れた髪を後ろへ掻き上げながら、傲岸不遜な眼差しでジッと明利を凝視したリトルは、紅金と蒼銀に並んで輝く【金銀妖瞳ヘテロクロミア・オヴ・アイリス】の双眼をグニャリと歪め、不敵な笑いを浮かべてすっくと顔を上げた。

 次にリトルは、ポッドに横たわった明利のタクティカルスーツを手際よく切り裂いて行き、瞬く間にまるっと剝き身にする。



 「ほう、これは見事なモノよ。それでは、取り掛かるとしようかのぉ」



 リトルは、彼の躰に空いた破孔を撫でまわす様に触わりながら、何事も無かったかのように冷静な表情を湛え、(おごそ)かに超高速集積犎印の解除幇綴式(リジェクトほうていしき)を詠唱し始める。

 リディスの施術により彼の躰を一時的な仮死状態へと結界凍結させ、常温下でのクリプトビオシス=無代謝休眠状態を創り出していた【凍結結界呪法】は、死の淵に在った明利の命を確実に繋ぎ留め、辛うじて彼の命を生き永らえさせていた。



 「解除幇綴式駆式詠唱完了、いざ、明利の凍結結界を開封する。そうれ、バイタルサインの信号検出・・・出るぞ。再生セル活性化兆候を確認。今だ、繋ぐが良いテミア」


 「うん好いよゥー。バイオリミカル・システム回復ゥー、フル=グリーン。O~Kリトルゥー!Ls.AS-grⅤ蘇生ステージへのオペを開始するよゥー。アルお帰りなさい、良く戻ったぜよゥー。バイタル蘇生モード・フルオートへ移行、ドレナージ開始。生きててよかったぞゥ~明利ぽん!!」



 ラミアは涙目に心配そうに語りかけながらも、一時の間も手を休める事なく動かし続け、医療ポッドに満たされたLCL-Hi・Ringel氏液の中へと、再び明利の躰を沈み込ませていった。



 「もう大丈夫だ安心するが良い、後は余らに任せておれ。アル、明利・・・」



 医療ポッドの収納ハッチがロックされたのを確認すると、呆然と立ち尽くすアルの方へ真顔の厳しい表情をしたリトルが、振り向き様に小さく、そして力強くポツリと声を掛ける。



 「見事であったぞ、良く帰ったな、アル!・・・おかえりなさい」


 「・・・はい、ただいま。・・リトル、私達、帰って来た・の・・ね・・・」



 アリュナールに向けて発せられたリトルの言葉を耳にした途端、彼女は、まるで堰を切り怒涛のように一気に押し寄せた鈍痛と、疲労感に抗しきれず意識を失ってその場へと崩れ落ちた。

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