7 コンヴァージェンス・ジェネシス 4
・・・仄暗い艦内には低く高く重なって鳴り響く非常警報のシグナルが、ただ無情にも事態の終焉を告げて悲劇の旋律を奏で続けていた。
「羅宇!この忌々しいエマージェンシー・シグナルを直ちに消しなさい。煩わしいったらありゃしないわ!全くもって下品です!!」
「承知しました。しかし宗主様、最早手遅れかと・・・新型リヴュス反応炉の暴走を止める手立ては無いものと存じます。なれぱ取り急ぎ御身の脱出を最優先して頂きますよう、お急ぎくださいませ。ささ、お早く、お早く」
初老の執事侍従が、何時もはキチンと綺麗にまとめている白髪の乱れを気にも留めず、非常用脱出艇専用エアロックの方向へと急くように頻りと彼女を促していた。
「いいえ、羅宇。それより私の招いた客人達の脱出が優先よ。主人が客人より先に逃げ出す等とは、以ての外です。最も忌むべき所業、下品です」
「それにしても手際が良すぎはしないか?アルテミア、これは何処が仕掛けたテロなんだい?」
アルテミアの背後から、白いローブを羽織り金色の巻髪を靡かせて優雅に漂って来た女性が、平然と落ち着いた口調で彼女に話しかける。
「そうねぇ、思うに、最近で言えばねぇ・・・先ごろ崩壊した、旧レテューサ皇国の残党あたりかしらね?」
「ククク、旧とはねぇ?実に面白いな。それに、「崩壊させた」の誤りじゃないのか?皇国崩壊の直接原因は、ソル系連邦中央政庁に庇護を求めた厭ビューダイ皇家直轄領有星域の離反だが、はぁ、仕掛けたのはやはり君だったか」
「さぁて、何の事かしら?フェリィシィアさん?」
「やれやれだぞ、アルテミア。おいたが過ぎると後が怖いわよ?」
金髪の輝きに埋もれた彼女の顔は、然程困った風体でもなく、いや、寧ろ子供の悪戯をあえて喜ぶような微笑を湛えていた。
「あら、謂った筈よ?私を阻むモノは何人たりとも許さないぞ!ってね」
「そうよ、そうそう。それよ、それそれぇ。銀河黄道回廊の皇国領内主要幹線に掛けられた航路関税対象品目の多さに業を煮やして?気に入らない経済封鎖を仕掛けたうえに、レテューサ皇国の崩壊を企んで裏で暗躍していた、航路統制管理諮問機関が存在したと当局の報告書にはあったぞ?」
「なぁにぃ?それ。難しい事、解らないわよぉ~」
「それも、何処ぞの超巨大企業機構系財閥の息が懸かっていたらしいな。アルテミア、そんなに気に入らなかったの?」
金髪の巻き髪が優雅に揺れて大きく靡き、その動きに合わせ無重力の中で踊る様に、彼女は空中をクルリと一回転して黒髪の女性の前に立ちはだかる。
「さあて、如何かしらねぇ?貴女程では無いと思うわよ。ラー・レラス共星群【拡大調査局局長の魔女】さん。貴女が言ったのよぉ?《強者にのみ世界は微笑みを寄せ、勝ち取りし結果のみが全てを語る》ってね。憶えてるぅ?」
「その不敵な笑いがねぇ、可愛い顔をして、実に忌々しいったらありゃしないぞ!」
「ずうぇったい言った!だ・か・ら、これはあなたの所為でもあるのよ!」
「そんなこったからぁ、彼方此方から命狙われるのだよ。守ってやんないぞ、私の立場も考え・・・ああミスった、考える訳無いか」
「ふん、当然です。親友を疑うとは下品ですよ~」
この美しき漆黒の髪を三つ編みにして、頭の上で綺麗に束ねクルリと巻き上げたアリュナールと瓜二つの女性、ソル系連邦テラ8宗家筆頭ロドネル家宗主正統承継者《アルテミア・ディモス・ロドネル十三世》と、腰まで届きそうな金髪の巻き髪を絢爛豪華に靡かせた、ラー・レラス共星群拡大調査局局長【グラーヴェの魔女】こと《フェリィシィア・コルディス》は、今から遡る事25星歴年前、ロドネル家直轄統治領域の惑星【ピアジュ】近傍の宙域で、ロドネル家私設艦隊最新鋭巡航艦【リトープス】の処女進宙式典上において発生した、新型リヴュス反応炉の亜光速ハーフ・フォールド暴走事故に巻き込まれていた。
そう、《アリュナール・ディナス・フェナリィ》の正体こそ、ソル系連邦有数の古参複合企業機構系財閥を統括していた先代宗主《アルテミア・ディモス・ロドネル十三世》その人であった。
彼女の統べていたロドネル家、その起源は古く、人類銀河文明発祥の原始星域【太陽系】の第四惑星、彼の赤き星【火星】に於ける植民地開発テラフォーミング時代まで遡る。
太陽系文明の揺籃期に於いて、人類は始祖の星第三惑星【地球】を離れ、太陽系黄道面軌道コロニー群への進出を経た後、第四惑星【火星】へとその覇を拡散していた。
当時の【火星】では、初期開拓入植した人類の子孫達により巨大な植民都市「東・西キャナル・シィテイ」が建設され、そこを拠点として遥か木星軌道域へと拡がる外惑星連合経済圏を形成し、やがてその首都として全盛を誇り栄えていく。
この外惑星連合経済圏繁栄の中にあって、ロドネル家は非凡なる貿易通商の才覚を発揮し、外惑星連合経済圏の雄として、またそれとは別に、特殊な呪詛能力を持った古き呪術を司る火星発祥の異星種属魔族狩りを生業とした一族として、テラ8宗家火星守護府外惑星第一軌道管領職の称号を戴いていた。
しかし、その後始まった人類の壮大な「銀河大躍進」と称する文明拡散の奔流の中で、この一族も次第に自らの能力を封印し、やがて開放する呪文さえも永き時の流れの中に忘れ去られていった。
「私が御傍に付いておきながら、申し訳ございません。この作為的な事故、用意周到に仕組まれた様でもございますな」
白髪のロドネル家筆頭執事侍従長「プルビナータ・フロスティ・羅宇」は、まだうら若き宗主アルテミアと、その賓客である《フェリシィア・コルディス》を誘導し、二人を庇う様に脱出艇に通じるエアロックへと向かっていた。
「私達の事より、世理臼大佐殿は如何しましたか?」
アルテミアは、もう一人の賓客である若く秀麗なソル系宙軍人の安否が気に掛っていた。
「はい、世理臼・レイルズ様に措かれましては、先に緊急脱出艇にあって、最後に残された方々に対する、避難誘導の指揮を執られておいででございます」
「アイッーツ!さてもや、もうから逃げる算段かい?原因くらい、ハッキリさせろっての!!」
フェリシィアは文句を言いながらも、クルリと体を捻らせて一際優雅に通路を漂って行くと、その華麗な姿を横目に見ながら羅宇は世理臼の話を続ける。
「いやはや、真に器用な方でございますな、何とも素晴らしい!何をされても卒なく完璧に熟されます。こう申しては大変失礼かと存じますが、いゃあその手際の良さ、才覚、それに何より一見して女性と見まごうばかりの美しき風貌といい、どれを取っても実に感服致しますなぁ。流石はレイルズ家の次期宗主様で御座います。非の打ちどころもございません」
羅宇はアルテミアが文句を吐いた人物に対して、何時もより余計な程、頻りと彼を褒め称えて答えていた。
「そうですね羅宇、私もそう感じます。世理臼大佐殿は実にご立派な方だわよフェリィシィア?」
「プフーウップッ!!あの《世理臼大佐殿》がか?彼とっても不器用で、おっちょこちょいなんだぞ。しかも少し変人なんだわ。それより、私よりちょっと綺麗である処は全くもって、全っ然気に入らないがな!!」
羅宇とアルテミアからの惜しみない絶賛に対して、フェリィシィアは噴き出しながらもとても不服そうに返した。
「はい、はい、フェリシィア。こんな非常時にもお熱い事ですのね、結構なことで。確かに、あの方の、あの秀麗な面構えには私も嫉妬しそうだわょ。処で、本当に貴女自身の胎内子宮器官で直接培養しているの?二人の結合子?」
「ああ、そうだ。私と、その《世理臼大佐殿》との小さな、そして壮大な実験だよ。その結合子にはねぇ【明利】って名付けたのだ」
フェリィシィアはとても恥ずかしそうに少し頬を紅潮させると、自分の下腹部にそっと手を翳しながら幸せそうに小さく微笑んでいた。
「全くバカですね。今時、下品とまでは言いませんが、自己生殖機能を使って直接懐胎増殖するだなんて?母体の安全性、生命への冒涜を疑います。況してや、あの忌まわしき【グラーヴェの魔女】がですって?七大世界が震撼すべき驚愕の事実だわよ!ほんと信じらんない!!」
アルテミアが、片方の眉を吊り上げる様にして小さく首を振ると、何処か遠くで鳴り響く非常警報のシグナルに重なって、ズンと突き上げるような振動が艦内を揺らした。
「あら、そうかしら?古来からの習いに遵って生命の起源を、人と宇宙の綾なす荘厳なる命の響きに乗せて、生命の創造を私自身の世界の中で再現しているだけだぞ、フフン!」
「ふーん・・・そうね、・・・そういう見解でしたら、私も少々興味がありますか」
「いいでしょう?アルテミア。羨ましいでしょう?アルテミア。お前さんも欲っしいっのっかなー?」
ややふくれっ面をしたアルテミアの頬を、フェリィシィアが悪戯っぽく優越感を湛えた顔をして「つん、つん」と小指で突いた。
「羨ましぃですってぇ?下品です。・・・でも本当は欲しいのかもね。う~ん、そうだ!決めたわ【明利】は私が貰うとしよう!私の大好きな二人の宝物、それ欲しくなっちゃった!」
「ホ~ント、呆れてしまうなぁ。ロドネルの女帝に睨まれちゃった、世理臼どーしよう?」
「それも私の勝手です。もう決めちゃった!」
そう言って燥ぐアルテミアに、フェリィシィアが目を丸くしながら微笑んだ時、脱出艇へと繋がるエアロックがもうすぐ目前に迫っていた。
だが、そのエアロックを手前にして、立ち塞がるようにしていた白髪の羅宇執事侍従長の後ろ姿が、ゆっくりこちらへ振り向くと、彼は二人に向かって小型ブラスターを構え低く威圧するような声を発し、意外な言葉を二人へ投げかけた。
「ここで止まってもらおうか。これから先のエアロックに入れるのは、アルテミア宗主様だけだ。失礼だが、ラー・レラス共生群拡大調査局局長フェリィシィア・コルディス殿、お前はここに残るがいい」
彼の静かな表情をした双眼の奥底には、憎しみの無い純粋な非情さを湛えていたが、宗主アルテミアの手前で有ったのだろう、羅宇執事侍従長は努めて穏やかに言い放っていた。
「何てこと!そこをお退きなさい羅宇、何をするつもりですか!!」
「ご無礼の程はお許し下さいアルテミア宗主様、これもお仕事でございます。詳しい次第は後ほど致しますとして、彼女、フェリィシィア・コルディス殿には、前宗主グリフォン・ヴィフォルティス・ロドネル様からの最優先遺令にて、既に暗殺許可命令が下知されておりました」
「ええい、何を言っているのか!!早くそこをお退きなさい羅宇!!」
「前宗主様からの御遺命なれば、残念ながら叶いませぬ」
「父上からだと?何故だ!!」
アルテミアは、困惑しながらもフェリィシィアを庇って羅宇の銃口の前に毅然と立ち塞がると、当のフェリィシィアは半分呆れた顔をして、済まなさそうに彼女に詫びる。
「ほ~らぁ。アルテミア、だからぁ云わんこっちゃないぞ。ウーム、君の父上から恨みを買う覚えも無いのだがねぇ、悪い友達を持ってしまったからなぁ。一応断りは入れておくよ、済まないな」
「フェリィシィア、詫びだなんて!!後で憶えときなさいよ!今のジョークは結構下品です!!」
羅宇の豹変ぶりと、彼の答えた内容を理解する程に、次第に激昂して行くアルテミア。
それに呼応するかの様に、再び艦内の何処かが爆発したのだろう、一瞬激しい振動と同時に生じたスパークに艦内の空気も揺れる。
「・・・そうか。これも、この事故も!全てお前が仕組んだことなのか!?それとも亡き父上の、グリフォン・ヴィフォルティス・ロドネル前宗主の差し金なのか!何れにしても下品極まりないわ!!」
「アルテミア宗主様、重ね重ね、申し訳ございませんが・・・」
「ええい!呪くな!羅宇!!」
「今は!ご理解頂け無い事とは存じますが、宗主様。此度は、その両方にてございます」
そう宇羅が冷徹に答えた時、エアロック外天井付近の一角に明滅が走り、それを目にしたフェリィシィアは一瞬にしてアルテミアを抱きかかえると、エアロックの入り口から飛び退りながら羅宇に向かって叫んだ。
「羅宇執事侍従長!!ブラスターを捨てて、そこから離れろ!!」
「己えィ、羅宇!許さんぞ!!」
「宗主様、今此処でそ奴を逃せば、何れロドネル家とレイルズ家との間に禍根を残しましょう」
宇羅が言い終わる間もなく、彼の伸ばした指がブラスターの引き金を引いた瞬間、突如爆発が巻き起こり噴き出したプラズマ状の高圧ジェット噴流が3人を襲った。
「ギィィィィィイヤーーーああァァァアーあああ!!」
アルテミアを庇って、身を屈めるように高圧ジェット爆発の衝撃をやり過ごしたフェリィシィアの耳に、羅宇が発した断末魔の絶叫が響く。
そして渦巻く爆風の嵐が引いた後、真面に高圧ジェットの爆風に曝されたのだろう、黒く焼け焦げた羅宇の躰が無惨にも半身が引き千切れ、吹き飛ばされた姿で漂っていた。
フェリィシィアに助けられたアルテミアは、彼女の懐をスルリと抜け出し、黒焦げと為り果て辺りを漂う羅宇の残骸を跳ね除け跳躍すると、続けて起こった小さなフレアを避けつつ、クルクルと回転しながら器用にエアロック操作コンソールを足先で思い切り蹴り上げる。
「動かないで、ジッとしててくださいね!フェリィシィア」
ゆっくりと、脱出艇へ続くエアロックが音を立てて開き始める。
アルテミアはその回転を利用しながら再び見事な跳躍を見せ、彼女を庇った反動でバランスを崩していたフェリィシィアの身体を手繰り寄せるように受け止めると、勢いを点けて逆に彼女の身体ごとエアロックの中へと向けて叩き込んだ。
「クッ痛うぅっ!アルテミア、何をするんだ!」
エアロックの奥へと抛られ、壁面に叩きつけられた強烈な痛みを感じながらフェリィシィアが振り仰いだその先には、独り呆然と佇むアルテミアが、悲しそうな顔をして彼女を見つめていた。
「これはあまりにも、・・・これでは、あまりにも、下品すぎます」
アルテミアの発した哀しみの声に重なって、再び次のフレア爆発が起り二人の間を遮った瞬間、フェリィシィアが投げ込まれたエアロックのハッチは、鈍い音を立てて閉鎖され始める。
「ごめんなさいフェリィシィア!逃げて下さい、そしてまた会いましょう。親愛なる友よ、その時は・・・そうね、必ず【明利】を貰い受けますからね」
「クッソォ何だと!その傲慢な言い様が・・・承知できるか!ここを開けろ、開けるんだ!馬鹿な事をするな!!ここを開けて、開けてよ!アルテミア!アルテ・・!ア・・・・!・・!!!・!!!!!」
絶叫するフェリィシィアの声と彼女が激しく叩き続ける拳の音を遮って、固く閉鎖されてゆくエアロックのグラス越しに、アルテミアはフェリィシィアへ静かに別れを告げていた。
ニッコリと微笑みかけながら、ゆっくりと、彼女の口許がフェリィシィアへの最後の言葉を告げているのが見える。
「や・く・そ・く」
フェリィシィアは、ただ大きく頷き返す、何度も、何度も何度も。
もう、彼女には其れしか出来なかった。
そしてハッチの向こうに隔てられたアルテミアの姿は、忽ち荒れ狂うフレアの向こう側、【リトープス】の艦内へと吸い込まれる様に、遠く音もなく搔き消えて行った。
「ア・ル・テミアー!何故だぁー!!どうして、どうしてそこまでこの世界はぁ、私達を呪うのか・・・くっ何故だ。己ぇぇぇえぃ!世界がそうであると謂うのなら、私が世界を変えてやる!宿命を変えてやろうではないか!!・・・アルテミア・・・ア・ル・テミア・・・。ううっ、うわわわぁぁぁあああああアアアアアアアア!!!!!!」
二人の間を久遠に分かつ様に、脱出艇が離脱する鈍い振動の中で嗚咽を上げるフェリィシィアは、彼女の人生で掛替えの無い友を失った深い悲しみと、激烈なる怒りに打ち震えていた。
こうして、世理臼を含めた少数の生存者と共に【リトープス】を脱出し、生還を果たした【フェリィシィア・コルディス】は、後日【明利】を生み、世理臼との間にもう一子を設けた後に名を変えて、七大世界の一角である宰華帝国の建国に大きく関わって行く事になる。
静寂の支配する【リトープス】のラウンジデッキでは、展望グラスの遥彼方を白い尾を引いて、永遠に閉ざされた空間を流れて行く矮小な光たちを見つめながら、独りアルテミアの心は澄んだ湖の様に鎮まっていた。
「皆去って行った、私を一人残して。うん。やがてあの星々の中に、私も還るのかな?」
無限に閉じられた空間の中で、暴走を続けて永遠に突き進む【リトープス】。
この特殊閉鎖空間の中に在っては、他に生きている者は彼女以外誰も居らず、そして外部からの救出及び元の空間に戻ること、其れさえも既に絶望的であった。
そして、この閉ざされた特殊歪曲場閉鎖亜空間の中を、永遠に彷徨う運命となった【リトープス】の中で、ただ一人残されたアルテミアは、誰からも顧みられることの無い虚無の世界に心さえも支配されるがまま、朽ちてゆく自分の運命を静かに受け入れようとしていた。
崩れ落ちたVIP専用ラウンジ・デッキのソファで独り膝を抱え、白く尾を引いて流れ去ってゆく星々の虚構の光を見つめながら躰を丸くした彼女の頬に、その時何故かしら、ふと小さく暖かな感覚が蘇る。
(この暖かさは、何処だったろう。・・・ああ、あれは、そう。あのエアロックの前でフェリィシィアに助けられた時だ)
爆風を避けるように彼女の躰にしっかりと抱きかかえられ、柔らかで、そして張りのあるフェリィシィアの腹部にアルテミアの頬が振れた瞬間、彼女の温かさとは違う儚くも小さな、そしてとても力強い脈動と確かな暖かさを感じ取っていた。
その小さく暖かい感覚を思い出した途端、彼女の意識の中に突如として鮮烈に「生」への欲望が沸き立ってくるのを覚える。
「【明利】なの?・・・この暖かさ、あの結合子だったのね。うん・・・このまま朽ち果てようだなんて、ホンと私らしくないな。フフフ、よぉ~し、生きてやる。生きて必ず【明利】に逢うの、決めたわフェリィシィア!」
キッと見開いた彼女の瞳には、燃え上がる生命と、決して挫ける事の無い命の脈動が湧き上がっていた。
彼女は暗闇に捉えられていた心の中で何かを振り払う様に、スッと立ち上がって崩れたラウンジデッキを離れ【リトープス】のメディカル・ブロックへと向かう。
予想していたとは云え、酷く滅茶苦茶に破壊されたメディカル・ブロックに入った彼女は、大きく壊されていたバイタルユニット・デッキを片っ端から探り始めると、辛うじて一基だけ生き残っていた【隔離検体応急保存用デルタ冬眠ポッド】コンポーネントを見つけ出す。
デルタ冬眠であっても、旧式の検体隔離応急保存用の器材では、覚醒時の蘇生措置において保存体に重大な欠陥を生じさせる恐れがあり、しかも耐用年数は決して恒久的には創られていない為、良くて10年がその限界であろうと思われる程の粗末な代物であった。
だが、彼女に一切の躊躇はなかった。
アルテミアは、メディカルブロックの床面を次々と引き剥がし、艦内の至る所から掻き集めてきたエネルギーパックを繋ぎ合わせ、活きているエネルギー回線を片っ端からポッドへ接続すると、コンソールを操作してデルタ冬眠コントロールを無制限期限へセットした。
やがて全ての準備が完了すると、彼女は決意を胸に、ポッドの中へゆっくりと横たわる。
「何れ、何時か何処かで、必ず逢える事を信じるわ【明利】、きっとね、フェリィシィア。私を阻むものは何人たりとも許さない、この宇宙の何処かで生きている限り、私は必ず勝ち取るわ」
確かに強くそう呟き、【隔離体応急保存用デルタ冬眠ポッド】の中で静かに目を閉じた彼女は、永遠の絶望の中に唯独り醒める事の無い孤高の夢を見続けながら、決して自ら目覚める事の出来無い閉鎖空間の棺の中で、久遠の眠りに着いた。
劃してロドネル家私設艦隊新鋭巡航艦【リトープス】は、独り静かに眠る宗主アルテミア・ディモス・ロドネル十三世を乗せたまま、久遠なる閉鎖空間を漂う彼女の墓標となった。
それから22星歴年の歳月が過ぎ去りし後、ソル系連邦宙軍から忽然と離脱失踪し、艦籍を抹消された幻の外宇宙遠征用超弩級巨大重機動要塞艦【フォレグラル】を探索する極秘オペレーションに当たっていたSC606分室のメンバーは、その探索の途上に於いて、偶然にも【リトープス】が閉じ込められていた特殊歪曲場閉鎖亜空間を発見する事になる。
亜光速ハーフ・フォールドの暴走状態で行方不明となっていた【リトープス】と、そして、独りその中で永い眠りに着いていたアルテミアは、【フォレグラル】とSID専属艦【ルーミィ】、そしてティアス達一行の手によって奇跡的にも救出されたのであった。
しかしこの時、再び目覚めたアルテミアはその尊き命の代償として、大切な物を失っていた。
彼女の命を奇跡的に繋いでいた、応急用デルタ冬眠ポッドの劣悪なシステム環境と二十有余年の歳月は、残酷にも、彼女の命と引き換えにその記憶巣に残されていた筈のもの、そう、彼女自体の存在であるべき《記憶》、その殆どを奪い去り、遠く時の彼方へと喪わせていたのであった。




