7 コンヴァージェンス・ジェネシス 1
7 コンヴァージェンス・ジェネシス
戦鬼一体、明利とカシィは、一陣の焔嵐となって【ヴィオラディ・テグラ】の群体の中を突き進む。
「ははは!!見事な太刀筋だな、明利・レイルズ君かい?その名覚えておこう。処で、君のブラスター・ブレードの太刀流れだが、一体誰に教わったのかね?」
サミュエルは、緊急脱出用小型巡航艇までの血路を開くため、押し寄せる【ヴィオラディ・テグラ】の津波に向けて重ハイパー・ブラスターをランダムに連射しながら明利に問いかける。
「その居合、宰華帝国の帝室指南役「北晨星流」に似てなくもないな。ソル系の人間である君が?まさかな」
「良く判りましたね。流石はアディリア連合星系調査局の特務情報将校ですか。ええ、僕の元師匠「グレッグ・ギュリアム」は少しは名の知れた呪幇施術剣者でした」
「!!・・・またまた、冗談っポイだぞ!」
重ハイパー・ブラスターの連射を続け、崩れ落ちては次々と押し寄せる【ヴィオラディ・テグラ】の硬質触手を打ち砕き、小型巡航艇へと後退を続けていたサミュエルの意識が、一瞬「ハッ」となって明利に向けられる。
「レイルズ君、初対面とは言え幾ら何でも程があるぞ。その「ギュリアム卿」って奴は、宰華帝国の現帝室軍事顧問で、最上級貴族じゃないか?」
「ええ、今はそうらしいですがね」
「そりゃ無いぜ、ソル系連邦と宰華帝国と云えばお互いを仮想敵性国家と見做している間柄だぞ?然も、そいつぁ正真正銘「北晨星流」の筆頭指南役だ!」
「そうです。でも、僕が彼の下で修錬していたのはずっと昔の話で、小さい頃の事です、よっと!!」
明利はサミュエルの繰り出す驚嘆をサラリと受け流しながら、ドゥルガーの白亜に輝く【光輪剣】を振り翳し、飛び散る青黒い【ヴィオラディ・テグラ】の飛沫を器用に避けて行く。
サミュエルは、明利からの思わぬ応酬を受けて少しばかり動揺しつつも、ある不確定情報の存在が彼の記憶巣の隅からスプールされていた。
「益々君の素性に興味が湧くよな、レイルズ君?ひょっとして君は・・・」
「いけない!サミュエルさん、逃げるんだぁ!!」
サミュエルの集中が途切れたその間隙を狙い【ヴィオラディ・テグラ】の一群が、今度はサミュエルに向かって憑依しようと一寸の隙間も無く怒涛の波頭となって一斉に襲い掛って来た。
「こりゃイカンな、こいつはもう駄目かもな」
スローモーションを描く様に、二重三重の打ち寄せる津波となって覆い被さった圧倒的な【ヴィオラディ・テグラ】の群体を前にして、サミュエルは覚悟を決めたのか、重ハイパー・ブラスターに寄りかかって崩れ落ちるようにその場に跪いた。
「何をしている!不甲斐ないぞ、サミュエル!!」
その時、【炎樹の剣】を手にしたリディスが叫び声を上げながら、緋色の旋風となって猛然と彼の懐目掛け飛び込むと、その頑丈な体を一気に明利の方へと投げ飛ばす。
途端にサミュエルの代りとなった彼女の姿は、青黒くうねる【ヴィオラディ・テグラ】へ飲み込まれ、あっという間に呪詛帯の渦中へと搔き消えてしまった。
「ぐぐっ・・・艦長!リディス艦長!!何故助けたぁ!くッそう何故だ、何故なんだぁ!!!」
無様にも、リディスに投げ飛ばされた勢いで明利の足元近くまで転がったサミュエルは、反射的に跳ね起き、不気味な青黒い輝を放つ荒浪に呑まれた彼女に向かって絶叫する。
明利は、危険を承知で【ヴィオラディ・テグラ】の群塊中からリディスを救い出すべく【ドゥルガー】を悠然と構え、【ミッドガルド】に乗ったアリュナールへ向かって叫んだ。
「アル!!ウェポンユニット・パッケージ精密定域打撃(M.G.B)で、周囲の群体を排除援護するんだ!それからカシィ!!奴らの中に潜入路を開いてくれないか、僕が助けに入る!」
明利の瞳の奥には、サミュエルの身代わりとなり【ヴィオラディ・テグラ】に呑込まれて行った、リディス少佐の朱色のコンバット・スーツ姿が今も生々しく焼き付いていた。
「ラジャーです!明利、M.G.B撃ちます!!」
ミッドガルドに跨ったアリュナールは、明利の言葉に迷う事無く即座にミサイルポッドのトリガーを押し込むと、ウェポンパッケージ・ユニットの発射口から次々と咆哮をあげて超小型定域重力弾が射ち出され、リディスが呑み込まれた周辺に群がっている【ヴィオラディ・テグラ】を苛烈に根こそぎ薙ぎ払って行く。
「凄いな、まるでリディス少佐の位置が、正確に判ってでもいるようだ。くそっ、でも、ううっ!これじゃあ前に進めないぞ!」
明利は、強烈な旋風となって巻き起こった衝撃波を辛うじてブラスター・ブレードで遣り過すが、激しく続け様に撃ち付けて来る鋼の如き爆風を防ぐだけで手一杯となり、逆に一歩も進めなくなっていた。
そして、強烈なM.G.Bの重力衝撃破砕波が止む寸前、リディスを呑み込んだ【ヴィオラディ・テグラ】群体の中心上部から、カシィは蒼白い爆焔を穴を穿つように執拗に降り潅ぎ、弱々しく蠢く【ヴィオラディ・テグラ】の一部を沸騰させて確実に焼滅させて行く。
「無様なり、お前では役に立たんと言っておろうが、拙き者よ」
「予もやその程度で、我と共に戦おうてか?」
「手を出すでない。笑止、笑止!」
「其処で暫し憩うておれ」
まるで明利を嘲笑うかのようなカシィの鋭い思念波が、明利の脳裏に響いていた。
軈て、カシィのプラズマ爆焔攻撃を受けて、リディスを喰らった中心核の【ヴィオラディ・テグラ】が内側から「ポム」と破裂すると、液状化して急速に型を失いながら溶け落ちる。
ドロドロと流れ落ちる青黒い溶岩流状の粘質塊の中からは、ぐったりとしたリディスが姿を現わし、彼女はそのままフラリと地面へ崩れ落ちた。
サミュエルは彼女の姿を見定めるや、瘴気と熱気の渦巻く中を掻き分ける様にリディスの傍へと駆け寄り、力を失ってグッタリとしている彼女の体を抱きかかえて叫ぶ。
「しっかり、しっかりしてください!リディス艦長。リディース!まだ終わっていませんよ!!」
サミュエルの絶叫にも似た必死の呼び声を受けて、彼女は奇跡的にも微かに目を開くと呻くように応えた。
「・・・ああ、サミュエルか。この姿はちょっと情けないな・・・奴らに憑依されてしまった、既に神経系への侵蝕が始まっている」
彼女の左腕は既に【ヴィオラディ・テグラ】に侵されたのだろう、淡く青色に発光する無数の不規則なラインが浮かび上がっており、繊細な青磁の器の様に蒼白となった彼女の顔からは急速に生気が失われて行くのが窺える。
サミュエルは、ゆっくりと気遣いながら彼女の額に掛かった琥珀色の髪を、微かに震え続ける指でそっと優しく撫で付けていた。
「我ながら酷い有様だわね、もう手遅れだ。解っただろう・・・サミュエル?もうこの辺で頃合いにしよう」
「何を言ってるんですか?本職は、俺は!解りたくなど有りませんよ!でも、はは・・・さっきの投げはちょっとキツかったですがね・・・艦長、まだイケますよ、引き摺ってでも連れて行きますよ」
「サミュエル副長。済まんが、既に憑依侵蝕が始まっているのだ、もう自分では抑えきれない・・・直に、この躰も呪詛帯に支配される。「レセプターに向かえ」と、奴らの強い指向思念が流れ込んで来るんだ」
サミュエルの腕に確と抱かれた彼女の体が小刻みに震え始め、そしてその痙攣が次第に強くなって行くのが感じられる。
やがて痙攣を続ける彼女の口から小さく吐息が漏れたその途端、彼女の左手が「ガツン」とサミュエルの首元を掴み、強い握力で一気に絞め付け始めた。
「くそっ、サミュエル副長、サミュエル。聞け!もう直ぐ・・・私は正気を保てなくなる」
自分の首筋をまるで強化プロテクトスーツにでも掴まれ、引き千切られる様に加えられる強烈な圧迫と、彼女の指先が皮膚に突き刺さり肉に食い込む苦痛でサミュエルの顔がグニャリと歪む。
「グっ!・・か、艦長。それでも私は!・・・っつ」
「サミュエル、くそっ!!そのままだ、じっとして居ろ。う、動くなよサミュエル!」
リディスの絞り出すような声と共に、サミュエルの胸元で鮮やかなオレンジ色のエネルギーラインが一閃迸ると、彼の耳元には肉と骨を切断するような鈍い音が響く。
続けて彼の顔面には「サッ」と生暖かいものが吹きかかる感触と共に、深紅の赤い血飛沫が彼の眼前を華麗に舞い散った。
「ぐぁああああ!ぅあああっっっ!!!」
リディスの絶叫が響いたその刹那、サミュエルの視界の片隅には首筋の皮膚を削り取って宙を舞う、青黒く輝いたリディスの左腕が捉えられていた。
自分の意思に反して、呪詛帯に支配されるがままサミュエルを襲おうとした左手を、リディスは自ら【炎樹の剣】で斬撃し切断したのである。
「艦長!!何をするんだ。そんなことしては・・・?!」
その時サミュエルは、彼女の体に起こり始めた異様な光景を目の当たりにして、思わず絶句する。
彼女の肩口から迸っていた深紅の赤い血液が次第に黒ずみ、そして濃青色へと変色すると、侵蝕されていた細胞が見る見る彼女の傷口を塞ぎ、急速に再生修復を始めていた。
「もう手遅れだ、今ので解った筈だろう?はぁ、はぁ・・・サミュエル副長、今から話すことを黙って聞くんだ。ふッ、は、反論は許さん・・・はぁ、はぁ、諦めろ、私の命はもう無い」
強烈な苦痛を感じているのか、荒い息遣いで血の気が引いた彼女の眉間には、クッキリと一筋の深い皺が刻まれている。
「・・・奴らに喰われ侵蝕された時、第Ⅳ文明生命体の残留思念・・・かもな、いや不確かなメッセージが存在していた。狂気に取り憑かれ滅び去ったそれは、激烈なイメージとなって刷り込まれて・・・はぁ、はぁ、それは・・・異形の絶対主が残した邪悪なる願いだ」
彼女はギュッと目を閉じて痙攣し、襲い来る苦痛と湧き上がる呪詛侵蝕から齎された狂気のイメージに対して、必死に耐え続けていた。
「くっ、その願い・・・とはよく言ったものだ。それは歪な祈りでもあり、異種生命体全てに向けた、そう、後続進化種属である人類にとっては不幸にも偶発的に巡り合ってしまった「呪怨」だったのだ・・・っつ、それは「滅びよ」だ。絶対主から全ての命ある者へと向けられた凶悪な呪いなのかもしれない」
サミュエルは口を噤んで、命じられるがまま訳も分からず彼女の話を聞き続ける。
「はぁ、はぁ、彼らは、ただ羨ましいのだよ。ふぅ、滅び去っても尚・・・互いを理解することが絶対に不可能であった不幸な文明間の接触を、ぐぉっ・・・お互いを滅ぼし合うまで闘争を続けなければならなかった悲しき滅びへの宿命を呪いながらね。はぁ、はぁ、「滅びよ」か・・・くっ、鉱石は樹々の歌う唱を、樹々は鉱石の奏でる響きの意味を理解することは・・・絶対に、無かったのだから・・・な」
そう語ったリディスは、残った右手をスッとサミュエルの前に伸ばしてその眼前で握りしめた拳をゆっくりと開くと、そこには先ほどまで彼女の耳をを飾っていた緋色と青藍の二つの微かな光を宿した小さなピアスが在った。
彼女は、その小さな二つの輝きをサミュエルの掌へ預け、彼の瞳をじっと見据える。
「この緋色のピアスには・・・っつ、【リディスⅡ】である私のラストの記憶情報が入っている。この緋色のピアスを・・・うっ、汎人類銀河世界統合機構(GUOO)の行政首府レンシュ・シティにある・・・【ネオコルア複合体】の出先機関に届けるんだ」
「そんな事どうでもいいじゃありませんか!艦長、それより早く解犎施術と傷の手当てを急がなければ・・・」
「黙って聞けぃ!!」
喉の奥から絞り出される、リディスの烈火の如く発した強烈な唸り声が彼の動きを制する。
「・・・はぁ、はぁ、私の命を救うのはもう無駄だと言っている、手遅れだ。・・・君は【ノェル機関】を知っているだろう?」
「はい・・・噂だけは。ラー・レラス共星群拡大調査局【グラーヴェ】が、汎銀河統合世界主義を唱える人類銀河文明調整機関「汎人類銀河世界統合機構(GUOO)」の傀儡政権に対して経済・財政基盤を陰で支えるために設置した、財務政務組織投入資金カムフラージュ用ダミー資本企業【ネオコルア複合体】の理財諮問組織だったかと」
サミュエルに対して場違いな話を始めた彼女の瞳の奥には、彼だけに伝えたい何か強烈な意思が宿っているように思え、彼はライブラリースリットの機密領域タグを捲り更にサーチを奔らせる。
「しかし、その実態は幻の秘密諜報機関、あの伝説となっている拡大調査局【グラーヴェ】の魔女【フェリィシィア・コルディス】局長自らが最後に創設した組織と聞いています」
「フン、「魔女」だけ余計だがな・・・そうだ、表向きはな。その【ネオコルア複合体】の経営委員会筆頭執事長「デュポゴン・NT・22」は、実在する【ノェル機関】のゲートキーパーだ。・・・ぐぐっ、か、彼にそれを必ず渡せ、以後、君の身柄の安全と全てを保障してくれる。そして・・・」
「確りしてください、私の事より貴女が必要なんです」
彼女は、激烈な痛みを堪える様に唇をギュっと噛むと、体を再び小刻みに震わせ始める。
「そして、くっ、これから先、君は【ノェル機関】の調査局員として生きるんだ。はぁ、はぁ、・・・私は君を、ふぅ、・・・っつ、リクルートすることにした」
リディス少佐の瞳は不気味な程静かに笑っていたが、だからと言って死の間際にある極限状態に置かれ麻痺している訳でも無かった。
何故だろう、この重大な局面にあって彼女の背負う深い闇の一端を知る事となろうとは。
サミュエルは酷く混乱したが、反対にそれでこそ最も彼女らしいのではないかと納得さえすれば、不思議とこの異様な事態を素直に受け入れる事も容易だと感じられた。
「貴女は、何を話しているのですか?こんな時に、しかもこの私に、非友好的敵性世界に属する秘密組織の下で働けとは?冗談としても、一発で国家反逆ですかな」
「ハハハ、・・・君こそ、誰に向かって話しをしていると思っているんだ?・・・その【ノェル機関】の首領「カリビア・エレ・ラーナ」自らが、今、君の腕の中で、アディリア連合星系を含むこの世界の行く末を、未来を君に託そうとしているのに・・・か?」
彼女の口から語られた重大な言葉に、サミュエルは強い衝撃を受けた。
この七大世界に冠たる、人類銀河文明領域圏下で最も強力な諜報機関と言われるラー・レラス共星群拡大調査局通称【グラーヴェ】。
その中でも「銀河回廊宙域のファタ・モルガーナ」との異名を取る【ノェル機関】は、常に人類銀河文明世界の裏側で各世界のパワーバランスに対し干渉を加えるべく適時微妙な介入を行い、意図も容易くそれを調整し得る最も危険な存在であった。
然も【グラーヴェの魔女】として恐れられていた拡大調査局局長、今は亡き伝説の【フェリィシィア・コルディス】自らが創設した最後の秘密諜報組織と言われている。
その設立以降【ノェル機関】は、決して表舞台に出る事の無い謎多き秘密諜報組織として、各世界の諜報機関から畏敬の念で語られる存在でもあり、その制圧及び破壊を目論んで各世界の調査機関から仕掛けられた幾度もの苛烈な諜報戦に曝されても、組織のトップである評議会委員長の正体さえ要として知られる事は無かった。
今も尚、各世界の諜報調査機関が必死の思いで追い続けている【ノェル機関】のトップ、【カリビア・エレ・ラーナ】評議会委員長の正体が、彼女「リディス・メルヴィス」だったとは、そして当に今、そのリディスがサミュエルの腕の中に抱かれ、深手を負った瀕死の状態を無防備にも晒しているのだ。
明かされた重大な秘密を前に、サミュエルの驚愕たるや理解の度を遥かに越えていた。
やがて、サミュエルの腕の中で横たわったリディスの痙攣周期が、少しずつ酷くなり瞼が小刻みに震え始めるが、それと反するように彼女の感じる苦痛は麻痺し次第に感覚を失って行くのか、その口調はゆっくりと落ち着きを取り戻して行った。
少し離れた所では、アリュナールと明利、そして守護機構神カシィ達がまだ呪詛帯との戦いを続ける激しい炸裂音が響き、断続的に閃光が奔る。
サミュエルは居た堪れなくなり、リディスへ問いかけた。
「貴女は、私に一体何を望むのですか?銀河人類文明圏支配への助力か?新たな文明開闢へと至る前奏曲の如き破壊と混沌か?それとも宇宙の深淵に横たわる未知なる謎の探求なのですか?」
「・・・さてね。選ぶのは君の自由だ、だが、私は君に新たな使命を与えられる。私と共に七大世界の行く末を、人類銀河文明の新たな未来をその目で見たくはないか?」
「服従呪詛を組み込まなくって良かったようですな、でなければ貴女を・・・」
「ほう、如何したね?」
「如何しましょうか」
不敵にも、彼を誘うリディスの鳶色に深く輝いた瞳を瞬き一つせず一途に見つめていたサミュエルの脳髄は、激しい葛藤と混乱の末に漸く一つの結論を導き出す。
「はぁ。・・・貴女は実に勝手な女性ですな、何時も私を困らせてくれます・・・残酷な程にね。・・・判りました。では、後ほどその新たな使命とやらを、ゆっくりと承る事と致しますか」
彼の深い銀色を湛える瞳の奥に導き出した結論を看取ったのか、リディスが一際大きく安堵の溜息を吐いた。
「頼んだぞ、サミュエル。その緋色のピアスで【リディスⅢ】を再生し、そして再び私と逢うがいい」
「了解しました。【ノェル機関】カリビア・エレ・ラーナ評議委員長自らのダイレクト・リクルートですからな。無論、破格の待遇であろう事は期待しておきますよ?」
「フフフ。何とも贅沢な奴だな、偉大なる首領様からの誘いだぞ、少しは光栄に思いなさいサミュエル」
「何とも貴女らしくて、やはりその方が好いですな」
サミュエルは静かに頷くと、リディスに渡された緋色と青藍に微かに輝く二つの小さなピアスを、掌の中で確りと握り締めた。
劃してリディスは自己の秘密の一つである不死伝説、復活再生オペレーションを新たに【ノェル機関】エージェントとなったサミュエル・イスファルトに託すと、続けてもう一つの重大な任務を彼に授けた。
「・・・序に、もう一つ頼みがある。私の復活再生を調整している間、君はその青く染まった方のピアスを宰華帝国皇帝美怜の手に渡してくれないか?」
「え?えぇーっ?いやー、それは途轍もなくハードルが高くありはしませんかね。私の生体認証IDは、アディリア軍役のマーカーフラッグでバリバリですよ、トンでもありませんな」
「ご不満の様だな、サミュエル?」
サミュエルは、脳裏に繰り広げられた如何にも残忍な拷問シーンの中に、憐憫な程無残な扱いを受けている自分の姿を描いてしまい、全身を逆撫でする程の鳥肌に包まれていた。
「宰華帝国になど赴けば、良くて亡命者扱いで強制退去かフェイザーにて即刻ハチの巣。悪ければ虜囚にされて内臓、細胞の隅々に至るまで全てを引き摺り出され、切り刻まれて徹底的に調べ上げられる事になるでしょうなぁ」
「あら?厚顔無恥なサミュエルらしくないこと。それは意外と愉快だぞ」
「至極当然な結論ですよ、私は不死身ではありませんから」
「でもそうね、流石にミンチにされるのは嫌でしょうからね。では左手を出しなさい」
リディスは、普段の様な彼との遣り取りを楽しみながら、そっとサミュエルの左手首に彼女の右手を翳すと、高速圧縮詠唱呪文を唱えながら人差し指をスライドさせ、皮下組織第Ⅱ層のDNAに刻印されている彼のアディリア軍属性生体認証IDコードの証跡を抹消した。
これ以降、アディリア連合星系中央経営機構統制部国防議会調査局サミュエル・イスファルト特務佐官補の存在は、この世界から跡形もなく永遠に搔き消されたのであった。
彼女は、続けて今度は指を逆方向へとスライドさせると、特務調査エージェント「リディス・メルヴィス」としての生体認証IDコードを彼の腕へと刻印する。
「これで、暫くの間アディリア連合星系の各ターミナルへ接続しても、誰一人として疑う者も無いだろう。そして同時にこのコードは、ハハハそうだな、君の忌み嫌う彼女、美怜女帝との重要な接触キーともなるのだよ」
サミュエルは、リディスの話から強引に心臓を鷲掴みされたかの様な感触に、再び鳥肌が奔るのを覚えて思わず目を眇める。
しかし、有無を言わさぬ鮮烈な彼女の思いを受け止めた彼の胸中には、彼女に対する新たな想いが、これまでとは全く違う形を創りながら強烈に湧き上がって来るのを感じていた。
「諦めろ、もう君しか残っていないぞサミュエル。【香粋】へ向かった折、私は言った筈だ、「必ず生きて帰らせる」とな」
サミュエルは目じりを下げ情けなさそうな表情をしながら、微かに首を横に振っていた。
「いいえ、貴女も連れて行きますよ。でなければ、私が・・・私が当面、困るんですがねぇ」
「これは意外だな、珍しい物を見たぞ・・・フフフ、君にもそんな表情が出来るのか?」
「向いて無いと思いますがねぇ?」
「・・・いい事サミュエル、そんな顔しないの、すぐにまた私に逢えるから。その時は、嫌でも【ノェル機関】評議会委員長専任補佐官を務めてもらうぞ、覚悟しておいてくれ」
彼女はサミュエルに向かって微かに微笑んだように見えたが、途端に宙を見据えた彼女の鳶色の瞳に架かった瞼が強く、グッと閉じられた。
「さあ、もう行くがいい!!」
「リディス、気を確かに、リディス!」
引き攣った口元から絞り出すように絶句したのを最後に、リディスの意識は急速に失われ、力尽きた様に彼の中で静かになった。
それでもサミュエルは、リディスの切断された左腕の傷口を応急パットで塞ぐと、彼女を背負って静かに立ち上がる。
「俺は自由なのか?いや、もっと酷い事になりそうだな。そう、「リディス・メルビス」と「カリビア・エレ・ラーナ」という呪縛に捉われた下僕、いや囚人ですかな。まぁ・・・それもいいでしょう」
サミュエルはふと後ろを振り返ると、ミッドガルドに乗ったアリュナールと明利が神殿渓谷へ向かって血路を開くために尚も死闘を続けており、そしてカシィもその二人を守護して戦闘フィールドの中を一際派手に煌めきながら乱舞していた。
サミュエル達の目指す脱出用小型巡航艇まではまだ遠く、レセプターを囲った神殿渓谷の後方の谷底にあり、その遥か前方ではレセプターの拒絶結界を取り囲むように、【ヴィオラディ・シグラ】と【ヴィオラディ・テグラ】の複合体が増殖を続け、リディスの目論み通り天空を覆い尽くすかの勢いで天に向かって立ち上ってゆく。
「やれやれ、自分の世話も大変だが、ちょっと回り道して行くとしよう。良いでしょう?リディス」
サミュエルはリディスの躰を確りと背負い直すと、アリュナールと明利の元へ向かって駆け出していた。




