6 ユーレカ・モーメント 3
【香忰】に墜落した【ルヴァージュ】の残骸に於いて、【ルーミィ】の創った超重力閉鎖空間による焼滅却破壊を逃れた【ヴィオラディ・シグラ】は、その太古に与えられた呪われし使命を執拗に果たすべく、遂に【鎮める神殿】へと到達した。
その複数の鎌首を擡げた物体は、周囲に寄せ来る【ヴィオラディ・テグラ】を叩き潰し、あるいは喰らい合いながら急速に増殖を繰り返して、ゆっくりと【鎮める神殿】へ迫って来る。
「くそ、こんな物じゃ、もう出力を維持することさえ出来ない。しかも何てデカさだ【イェルカ・ブラスト】ではまるで歯が立たない!」
明利が手にしていたブラスターの銃身は既にヒートアップし、既に連射も撃てなくなっていた。
「明利、そんな玩具じゃダメだ。これを使うといいわ!」
明利の苦闘を見かねたリディスは、背負ったバックパックから何かを取り出し勢い明利へ向けて放り投げる、と言うよりは振り被って彼の胸元目掛け「黒い塊」を一気に投げ寄越した。
不意を突かれた明利は、リディスから放たれた見事なストレートの衝撃をまだ痛む胸元で「ズン」と受け止めると、その「黒い塊」から生じた重たい衝撃に耐えて屈み込みながら思わず零す。
「い、痛てて、まだ治っちゃいないのにな」
そしてリディスが投げ寄越した「黒い塊」を手に取って、その複合素材により造られた重厚な武器を眼にした瞬間、彼の脳裏に戦慄が走った。
「こ、これは!・・・【ドゥルガー】なのか?!何でこいつが此処にあるんだ!!」
漆黒のグロス仕様に仕上げられ所々傷だらけにはなってはいたが、黒い銃身に彫られた「三つ首の獣」の紋章が赤黒く不気味に浮かび上がり、一際重厚な存在感を誇示している。
明利が手にしたブレード・ブラスターの銃身に確と刻印されたその紋章に、彼はっきりと見覚えがあった。
「そいつはね、昔、私の弟が使っていた物だ、好かったら君にあげるぞ。正直、気に入ってもらえると嬉しいんだけどね」
追い縋ってくる【ヴィオラディ・テグラ】を次々と薙ぎ払いつつ、新たに襲い来る呪詛帯【ヴィオラディ・シグラ】から逃れるべく、小型脱出艇へと向かって殺戮と破壊を楽しむかのように、満面の微笑を浮かべたリディスが明利に告げる。
その所有者に相応しい、血のように赤黒く刻まれし「三つ首の獣」、地獄の番犬【ケルべロス】の紋章が刻まれたそのブレード・ブラスターは、幼かった頃の明利が憧れし「力」の象徴、強力な厭勝を持つ許された者のみが所有ができる高等禁呪術発現兵器であり、嘗て彼の「師匠」が所有していたものであった。
それは紛れもなく彼の「師匠」、現宰華帝国帝室顧問グレッグ・ギュリアム卿が愛用していた禁呪術銃剣ブレード・ブラスター【因哭のドゥルガー】に他ならない。
自らの手の中に抱かれた【因哭のドゥルガー】をまじまじと見つめながら、明利の心中には得体の知れない疑問が次々と湧きあがる。
「師匠が・・・?アディリア連合星系国防議会調査局リディス少佐の弟だと?有り得ないぞ!!」
確かにグレッグ・ギュリアム卿は、明利の母方の叔父にあたっていた。
「何故だ?絶対に有り得ない。有り得る筈がない!」
しかし、この現実を前にして想定される事実と彼の記憶との狭間で、激しく揺れ動く彼の認識は砕け散り、混乱に一層の拍車が掛かる。
そう云えばリディス少佐の話し方や、ちょっとした仕草自体にも違和感のない何処となく懐かしい感触が蘇って来るのを、確かに彼は否定し得ないでいた。
そう、彼の無意識の中に存在する母親の面影が、何故か今目の前で戦っているリディス少佐の姿と重なりつつあったのだ。
「ほら!坊や、ぼーっとしてないで、遣る事、さっさと遣る!撃てるとこ、サッサと撃つ!」
明利に向けて、間髪入れず畳みかけるようにリディスからの叱責が飛ぶ。
「そうだ、・・・これも母さんの言い方だ!」
しかし、彼の前には如何しても間違える事の出来無い、是もまた彼にとって一際迷惑な事実でもあるのだが、ある意味認め難い残酷なる事実が現存として横たわっている。
此処から遥か遠くに離れてはいるが、明利の「母親」は今も異なる星の上に確かに存在していた。
そしてこの瞬間にも、常人も及ばぬ高き権力の玉座に鎮座して人類銀河文明七大世界の一角である帝国をその掌中に治め、意のままに統治しているのである。
「何故これを持っている!師匠が弟って、貴女は何者なんだ?!」
明利は、リディスをキッと睨み付け吠え掛かる。
「あら怖い。でもいいわね、今のちょっと格好好くてよ。坊や」
リディスは、明利の投げ寄越した率直な疑問に思わせ振りに答えると、続けて彼の迷いを断ち切る様に確と命じた。
「明利ぃ~。世の中って君が知っている事より、ちょっと複雑なのよね。だから、はい、さっさと遣る事遣る!ドゥルガー・オーバーブーストする!」
「くそっ、まるで・・・その言い方も何なんだ?母さんが二人居るとでも云うのか?記憶移植したOSTか?いや、それも絶対に有り得ない、一体全体如何いう事なんだ?」
「グダグダ言わない!ブラスター・ブレード発現だ、時間がないぞ!!」
明利の思考は益々混迷の迷宮に沈みながらも、一方で手にした【因哭のドゥルガー】のグリップの馴染みと、そこから伝わって来る冷たい殺戮の予感をじっくりと確かめていた。
「昔、ちょっと握らせてもらったなぁ。この重厚感と傷跡、間違い無い、確かに師匠のものだ」
あの頃と同じく、グロス仕様で鈍く艶めいた銃身はズッシリとして重く、血の色に染められたケルベロスの右頭に斜めに刻まれた傷跡は、今でも彼の記憶の中で鮮明に息衝いていた。
そして彼の手が再び【ドゥルガー】のグリップを握り込むと、それはまるで指先で受け止めた羽毛の様に不思議と重さを感じさせず、明利はまるで自分の四肢の一部にでも同化したような不思議な感覚を味わっていた。
そう、【因哭のドゥルガー】は今、強力な厭勝の波動を認識して躊躇う事無く、新たな主人に対して従順に従い彼を受け入れていた。
「師匠、俺にもできるのか!!」
一頻り困惑の中にいた明利は、右手に握りしめていた【イェルカ・ブラスター】を思い切って放り投げ、そして【因哭のドゥルガー】をしっかりと握り締め直すと、湧き上がる疑念を断ち切るかの如く上段に構えた銃口を気合を込めて一気に振り降ろした。
その瞬間、【因哭のドゥルガー】の銃口から迸った収束厭勝エネルギーは、一振りの輝くソードの様態を呈して見事な白亜のブラスター・ブレード【光輪剣】を生成していた。
「凄い!何という、あ、圧倒的なエネルギーだ」
手元の銃口から噴き出すエネルギー・ハレーションにより、明利は右手の皮膚にチリチリとした微かな痛みを覚える。
「あら、まぁ。ほ~ら出来た、見事なものだ。遣れば出来る子なんだから、聴かん坊で分らず屋の叔父さんより数段恰好いいかもよ明利?フフフ」
リディスが悪戯っぽく微笑みながら振り返った瞬間、その隙を見透かしたかの様に【ヴィオラディ・テグラ】の一群が、リディス目掛けて一気に襲い掛かって来た。
「それにしても、やっぱり不思議な女性だな。・・・今だ!リディス少佐、伏せて下さい!!」
明利の右手に握られた【ドゥルガー】から迸る眩いブレードは、高まる明利の脈動に合わせて更に輝きを増して行き、その輝きが頂点に達した瞬間、ブラスター・ブレードは紫電一閃宙を切り裂き、リディスの眼前に迫る【ヴィオラディ・テグラ】の群体を一気に薙ぎ払っていた。
「へえぇ、明利調査官殿、今の太刀筋とっても善いぞ、ありがとう。でもね、大事な事は命を粗末にしない事よ?覚えておいてね、決して命を粗末にしちゃダメだぞ」
明利の一声を受け、反射的に身を屈めていたリディスは、肩を竦めながら立ち上がり際に明利に向かって礼を言う。
それでも尚、【ヴィオラディ・テグラ】の青黒い群体の波が次々と溢れるように結界に侵入し、今度は明利を標的として一斉に襲って来た。
「くそっ、捌き切れない」
津波となって続々とうねり押し寄せる【ヴィオラディ・テグラ】の群体は、明利の頭上一杯に広がりながら渦を作って彼を押し潰すように迫る。
「ま、不味い!!」
勢い、明利の姿が群体の中に飲み込まれたと見えた瞬間、突如足元に出現したサークレットの閃光に彼の体が包まれるや、彼は意識する間もなくアリュナールの傍へと転移している自分に気が付いた。
「大丈夫なのですか?明利!確りして下さい」
心配そうに震えたアリュナールの声が、薄れかけた明利の意識を現実へと引き戻す。
「???あ・・・危なかった。カシィ、君がやったのか?さて、礼を言っておくべきかな」
我に返った明利は、激しい動悸を抑えながら片膝を着き、アリュナールの後ろを漂うカシィに呼び掛けた。
「礼など無用の事だ、拙き者よ」
「その腕業、脅威為れど、まだ未熟」
「ふむ、それ故に彼女の傍を離れるなよ」
揺ら揺らと蒼白い焔の身体を震わせながら、明利を茶化すようにカシィが答える。
「くそっ、封滅されるべき鬼神の類が、未熟等とは言ってくれるじゃないかぁ」
続けて、からからとカシィの乾いたような嘲笑思念が、彼の脳裏にジワリと広がってゆく。
「笑止よ。当に笑止千万」
「うぬの様な未熟者に封滅される等とは、それこそ笑止千万。有り得ぬわ」
「努々有り得ぬ事だ。もし次あれば、卑しき身のあれらの様に焼滅してくれようぞ」
一旦呼吸を整えた明利は、横目でアリュナールの無事を確かめると、カシィに向けてニヤリと笑って一瞥を刳れ、再び押し寄せる【ヴィオラディ・テグラ】の群体へ向かって跳躍して行った。
「何と、愚かな」
「離れるなと言っている」
「己が未熟さを悟らぬとは、ほとほと呆れた奴め」
カシィの思念波に妨げられ、声を掛ける間もなく駆け去ってゆく明利の後ろ姿を追いながら、アリュナールは咄嗟に唇を嚙み、彼女を必死に守ろうとしている明利に対して何も出来ない己の非力さに葛藤を憶える。
「ダメだ・・・私じゃ何も出来ない、カシィ。お願いです、明利を援護してくれませんか?」
アリュナールは溢れんばかりに涙を溜めながら、喉の奥が詰まるような切ない思いに声を振り絞ってカシィへ訴えた。
「お前が気に病むことは無い。己が力を発現すべき時は軈て訪れよう」
「とは言え、やれやれ、その願いとやらも面倒なことだな」
「未熟であるが故に、守護せねばならんとは」
「引き受けた。では、行くとしよう」
カシィはアリュナールの願いに渋々応じ一瞬不満げに震えた後、明利を援護して彼の周辺で焦滅幇焔の列を拡げると、行く手を遮る【ヴィオラディ・テグラ】の群体を包み込み、弾けさせ雪崩を打つ仕掛け花火のように次々と焦却する。
「これ以上、好きにはさせんさ!!」
明利とカシィは見事なコンビネーションを披露し、【ヴィオラディ・テグラ】を血祭りにして片っ端から屠って行く。
その一方で、ヤマタノオロチとなった【ヴィオラディ・シグラ】と、その餌に集る蟻となって群がっていた【ヴィオラディ・テグラ】は、互いに喰い合いながら結界残滓の周囲を渦を巻いて取り囲むように拡散し、巨大な積層構造体を作り出し始めていた。
両者の姿は一見して生存競争を繰り広げているかの様に見受けられたが、実は【鎮める神殿】の影響を受け最終形態の合成呪語へと変成し【ヴァレダ】の躯体核を形成する集積基幹構造体としての役目を負う群体となるべく、急速に増殖を繰り返す為の儀式に他ならなかったのである。
やがて合成されるが儘に多段層に渡って積み重なった呪詛帯は、続いて【香忰】の樹塊群を次々に引き寄せて取り込み始めると、湧き上がるハリケーン状の構造を有した渦状形態へと急激に変化させて、見る見る成層圏まで届く呪詛帯樹状クラスター構造体を形成させて行った。




