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6 ユーレカ・モーメント 2

 「しかし、また何だってこんなトコでコンタクトになるのかしらねえ?大幅に予定調和が狂っちゃったわ。・・・サミュエル副長、警戒を解いても大丈夫よ、彼女達のミッションは本物だから」



 彼女は、警戒心を二人に向けたままブラスターを構え続けるサミュエル副長へと歩み寄り、そっと彼の腕に触れてダークブルーに鈍く輝くブラスターをホルスターへと収めさせた。



 「し、しかし、リディス艦長。相手はSIDですよ?目的が解せませんな。用心するに越したことはありません」


 「だ・か・ら、その必要が無いのよ、純粋、助けに来てくれたんだってさ。サミュエル?さっきみたいに堂々と、いえ、太々(ふてぶて)しくしてなさいな。それよりだ・・・とすると彼方達、ティアスお嬢ちゃんに頼まれたの?」



 彼女は、威きり立つサミュエルを(なだ)め諭しながら、コクリと頷いたアリュナールの方へと振り返る。



 「そうか、それで見返りはなあに?私の命だったら、もうあまり価値は無いんだがな」


 「はい、リディス少佐、目的は貴方の命ではありません。このまま貴女には、生きてこの星系を出て頂きます。唯、それだけです」


 「???あッハハハは!こりゃ~良いわ、聞いたぁ?サミュエル。此処んとこ久しく聞かない、スーパーオルドゥノヴァク級戦列艦的ジョークよね。バカバカし過ぎて今時流行んないわよ?」



 真顔で答えたアリュナールを無視するかのように、リディスが声を上げて笑い始めた。



 「クククク、面白いわぁ、面白すぎてねえ、SIDは一体何時から職種改編申請を出したの?身売り?それともまさかの宇宙救助隊ゴッコ?あっハハハハハ!ご立っ~派な事だわね!!クーククククほーんと面白過ぎてもう、涙出そうだわ」



 リディスは一頻り大笑いしながら、その間じっと冷静に佇んでいるアリュナールの傍まで歩み寄ると、これまでとは一変した鋭い翳を帯びた真顔となって脅す様に彼女に語りかけて来た。



 「覚悟しなさい。もう、生きてこの【ヴァレダ】から逃れることはできないぞ。少し状況を甘く見すぎたなSID。全く可哀想な奴らだ・・・でも、ミッション遂行に寄せるその狂い惜しいまでの使命感と、バカげた無謀とも言える勇気には感謝しなくちゃね。ほーんとアリがと」



 リディスはあっけに取られるアリュナールの肩にぐるりと腕を回し、ふわりと優しく抱き寄せる仕草を取りながら、彼女にしか聞き取れない声で耳元にそっと囁きかけた。



 「さて、本題だ、私にはまだ果たすべきミッションが残っている。アリュナール主監、そこで取引だ。お前達のミッションで、サミュエルと明利だけでも必ず脱出させろ。代償として私の情報を()れてヤル、それで目的は果たせるだろう?」



 アリュナールを抱き寄せたリディスの右手が彼女の首元にそっと触れた瞬間、アリュナールはその感触にハッとなった。



 (リディス少佐のこの感触、この香り・・・何処かで・・・)



 在り得ない事なのだが、以前これと同じく彼女との間で交わされた何処か懐かしい「デジャヴュ」とも言える情景が、アリュナールの心の奥底をフラッシュバックして行き過ぎ、何故だかそれがとても大切な事を意味していたとの想いに牴牾(もどかし)む。

 だが、彼女がその情景の意味する処を必死に掴みかけ様としたその寸前、続けて発せられたリディスの言葉の中へと、埋もれるように忽ち搔き消されて行ってしまった。



 「これを・・・、必ずティアス嬢ちゃんに渡しなさい」



 アリュナールは、首筋に優しく触れた彼女の冷たい指先の感触を受けて微かにコクリと頷くと、周囲に気取られぬ様に、肩に回されたリディスの腕を業とらしく乱暴に払い除けた。



 「いいえ、少佐。私達を見くびらないでください!!間も無く私達の(フネ)が此処へ到着します。貴女も含めて全員脱出させるわ!」



 リディスとアリュナールの間に交わされる只ならない気配を感じた明利が、空かさず割って入る。



 「リディス少佐、この多重金剛界結界を造作したのは貴女なのか?」


 「・・・あら坊や、「そうだ」と言えば満足なのかな?」



 明利の発した愚問に、調査局員として残念なまでに未熟で荒な感性を感じ取ったリディスは、我が耳を疑う素振りを見せ無いよう努めて平静を保ちつつ少々困惑に陥っていた。


 

 (何ぃ~今の、違ぁ~う!そこ今突っ込むモノが違うでしょ?気付かなかった訳ぇ?こりゃ向いてないわぁ。GoodなタイミングでBadなボケ咬ましだぞ、でも、大丈夫かしらこの子?一体誰に似たんだろぅ)

 


 リディスの抱く渇いた心配を他所に、明利は続ける。



 「中央構造同異帯(セントラル・ソサエティ)から超越技術の供与を受けない限りこれ程緻密で精巧な、しかも強力な多重結界を造作すること自体簡単ではない筈だ。これは本当にアディリア連合星系の高等呪犎技術なのか?」


 「あらやだ、中央構造同異帯(セントラル・ソサエティ)の介入は、ばれちゃってたわね」



 応酬を続ける二人の後ろで、アリュナールは先ほどリディスの指先により自らの首元に貼り着けられた、超極小シールチップ状記憶素子の感触を確かめる。



 (彼女、【ヴァレダ】を知っている。それにこのオペレーションの展開を見切って・・・そうか、やはり私達を呼び寄せたのね?これも彼女の仕掛けた予定調和の一部なのかしら?だとすれば真の狙いは・・・)



 アリュナールは、リディスから託された超極小シールチップ状記憶素子の上から確りと生体保護パッチを被せ、自らの皮膚の下へと一体化させた。

 【ヴァレダ】を知った上での果たすべきリディス少佐のミッションとは一体何か、得体の知れない彼女の奥深さに、アリュナールの心の中には予断を許さぬ覚悟が芽生える。



 「良いかい坊や?目聡いのも災いの元。とまでは謂わないけど・・・成程、逞しく成長してくれたのねぇ。フフフ、()ぃ~()ぃ。でも、それだけじゃないぞ、この多重結界の基幹構造部にはね・・・」



 リディスがニヤりと笑いながら多重結界に仕込まれた秘密を暴露しかけた時、突如、明利の背後に碧く輝くカシィの群体がユラリと出現し激しく騒ぎ立て始めた。



 「そうとも、お前らが奪いし我が半身を、今こそ返してもらうぞ!」


 「寄りにもよって、このような玩具の贄などに使いおったとはな」


 「この様な異端結界の具材として、使役されておったとは。何と酷い有様なのか」


 「このような不逞な扱い、我慢ならん!」


 「全く、我慢ならんぞ!」


 「我慢ならん!!」



 燃え上る蒼焔の塊を前にしたリディス少佐は、天空を覆う金剛界結界の揺らめきをふと見上げた後、さして微動だにすること無くカシィを睥睨する。



 「あーらぁ?カシィじゃない。全く、貴方がたと来たら此処の元守護機構神まで連れて来ちゃったの?しょうがないわねえ、折角「冥想樹海」辺りまで跳ばしてやったのに。でもカシィ、ほーら立派でしょう?貴神の最大利用方法としては寧ろ正解だったわよね?」



 リディスの発した言葉に向けた怒りの所為なのか、カシィの蒼白い炎が一際研ぎ澄まされ鋭く打ち震える。



 「愚か者め!直ちに結合犎印を解き、我が半身を開放するがいい!」


 「其れと之とは別な話だ。此度は容赦せぬぞ」


 「最早、残されし時は無いと知れ」



 カシィはその焔を大きく震わせ、蒼白いプラズマの閃光を奔らせながら一層激しく燃え上らせるのだが、何故か躊躇する様にリディスの周囲を取り囲むのみで、一向に手を出す気配を顕わさない。



 「カシィ、それは出来ない相談だわ。今更そうしない方が賢明だし、貴神本来の目的とも合致する事でもあるのだぞ。もう気が付いているのだろう?・・・だから襲っては来れない。そら、後ろを御覧なさい」



 彼女が見つめる方向、揺らめく多重金剛界結界の外側遥か遠くの地平線が、騒然と微かに揺れ動き始め、何かしら青黒い塊が湧き上がりながら急速に接近して来るのが見て取れた。

 その青黒い塊、呪詛帯【ヴィオラディ・テグラ】のクラスター群体は見渡す限りの地平線に瞬く間に広がると、周囲の空気を振動させつつ地平線一面に押し寄せる津波となって迫り来ていた。



 「サミュエル副長、遂に「奴ら」が来たわよ。だが、おいそれと此処へは入れまい」


 「こりゃ凄い、壮絶なものですなぁ艦長」



 平然と見つめるリディスとサミュエルの傍らで、迫り来るその禍々しいまでの脅威を目の当たりにしていたルヴェルフォリア准医官とアルクメネ捷飛長が、遂に極限的恐怖に押し潰されたのか、突然酷い絶叫をあげて身悶え始め、そして狂気に駆られた獣の如く多重結界の外に向かって猛然と走り出した。



 「しまった、何て事だ!呪詛帯の誘因相念に影響され引き寄せられたのか?やはり正気を保てなかったな」


 「くそ!冗談じゃありませんよ!ルヴェルフォリア准医官、アルクメネ捷飛長、止せ、止めろ!戻れ、戻るんだ!!」


 「無駄だ、せめて貴男は魅入られないでね、サミュエル」



 リディスの言葉に被さって、サミュエルの絞り出すような叫び声にも一切反応する事無く、狂気に憑かれて駆け去ってゆく二人の姿にアリュナールと明利も凍り付く。



 「元々この遺跡【鎮める神殿(レセプター)】の周囲に張られていた古代文明の抗体結界は、人類の遺伝子に対して全く無関心らしい。その抗体結界とカシィの多重結束印を成して造作したのがこの金剛界結界だ。であれば、一度ここから出た人間があの呪詛帯に憑依され、再びここへ入って来るのも容易な事・・・そうなれば最早、防ぐ手立てはないな」



 リディスは淡々とそう呟くと、一呼吸置いてサミュエルに向かって冷徹に命令を下した。



 「サミュエル副長そいつらを止めろ、ここから出すな。射殺して構わん!!」



 彼女の発した命令に、成す術もなく一瞬戸惑うアリュナールと明利。

 


 「ちょっと待って、まだ他にも手段が・・・」



 だが、間髪入れずサミュエルの構えたブラスターから、彼らを狙って連射されたエネルギーブレットが、無情にも明利の傍を掠めて駆け抜ける。

 その青く輝く弾道線の先で、吹きあがる赤い血の花が「パッ」と咲き乱れサミュエルのブラスターに胸部を射抜かれたルヴェルフォリア准医官は、内臓をまき散らせ紙屑の様に倒れ臥し絶命していた。

 だが、アルクメネ捷飛長は貫通弾による深い傷を受けながらも、千切れ跳んだ腕と足を残しても尚、地面を這いずりながら多重結界の外へと消えて行ってしまったのである。



 「チッ、しくじったか!何てことだ、アルクメネ捷飛長を逃してしまいました。・・・アルクメネ惨い事をしたな。許せよ、ルヴェルフォリア」



 サミュエルは手にしたブラスターを振り下ろしながら、アルクメネ捷飛長の残した重ハイ・ブラスターを見詰めて、一頻り後悔の籠った声を漏らす。



 「(わざ)と外したな。・・・いや、済まなかったなサミュエル副長・・・もういいわ」



 サミュエルの捨てきれなかった温情に対して一切非難する事もなく、リディスは凍り付いたような表情を変えずに、静かにアリュナールと明利を見下ろしていた。



 「さあ、アリュナールさん、明利、覚悟なさい。お待ち兼ねだった、修羅界の扉がもうすぐ開く事になるわ」



 そして彼女は、先程までルヴェルフォリア准医官だったものが横たわるその先へと視線を移し、不気味に迫り来る青黒い群塊に向かって言い放つ。



 「さあ、来るがいい!目覚めし時こそ、崩壊の始まりだ。此処で全てを終わらせるとしよう」



 続けてリディスは何かを探すかのように、遠く遥か空の高みを見上げながら吐き捨てる様にサミュエルに囁いた。



 「最後の仕上げだ副長、【ルヴァージュ】を使うぞ」


 「はい艦長、これでやっとこのミッションから解放されるのかと思うと、いい夢が見れそうですな。・・・で、彼らは如何しますか?」



 リディスの傍に寄り添ったサミュエルは、片方の口元を引き攣らせ覚悟を決めた様に落ち着き払い、気の毒気そうにアリュナールと明利の方へ向かって目配せをする。



 「あら、サミュエル副長?貴官が説得なさい。素直に追いて来てくれると良いけどね。それから「解放」だなんて冗談じゃない、サミュエル、貴男誤解してるわよ?貴男が「夢を見れる」ような立場になれるのは、まだ当分先の事になりそうだから」



 呆れた顔をしたリディスの表情が、彼に同情を寄せるかのように悪戯っぽく変わると、続けて何時もの台詞でをきっぱりと指示を出す。



 「じゃぁ、よろしくね。サミュエル副長」



 たった今しがた目の前で最後の部下を失い、二人きりになったばかりだと言うのにまだ副長と呼ばれている。



 (・・・やれやれだ)



 そして尚も生き残る算段を模索し、招かれもせず勝手に助けに来たと(のたま)うSIDの厄介者エージェントを逆に助けて逃げ出す算段とは、何と大胆不敵と言おうかその執念深さに恐れ入ると言おうか。

 サミュエルはリディスに対する畏敬の念を覚えつつ、何故か湧き起こる信頼と忠誠の意味も込めて、あの時と同じように彼女に向けて再び無意識に敬礼を返していた。



 「さてと、まだまだ続きもあるようだからな、どうするかね?君達の艦とやらが来る気配もないが、もし宜しければ我々の脱出艇までご同行願おうかな?」



 サミュエルは思う、説得も何も此処まで来れば一蓮托生ではないか。

 彼らの艦を待つまでもなく、一刻も早くこの惑星を離れることが先決だ。



 「サミュエルさん。非常に有り難いのですが、・・・そんな余裕は・・・無さそうです。貴方方だけでも先行して、いや・・・一刻も早く!逃げてください!!」



 明利の戸惑うような眼差と彼の意に反した様な言葉を受け、咄嗟に後ろを振り返ったサミュエルの目には、リディスの言葉どおりに人へと憑依した【ヴィオラディ・テグラ】の群塊が、多重結界を突破して一気に侵入を始める姿が飛び込んで来た。

 その醜悪極まりない群体の一つ一つの姿は、アルクメネ捷飛長を模した様でもあり、憑依を受けた彼の細胞が原形質単位まで分解され再び呪詛帯によって再構成された後、青黒く蠢き回る深海生物にも似た醜い姿となって顕現されている。

 禍々しくうねるように押し寄せて来る青黒い群塊を目の前にして、明利は微かに震えるアリュナールの肩をぐっと引き寄せ、安心させるように囁く。



 「アル、ミッドガルドで何時でも飛び立てる用意をしておいてくれないか?チャンスを待つんだ。武装ユニットはエジェクトせず、まだ温存しておこう。ティア達は必ず来る、絶対に来るさ」


 「そうね、ええ、きっと【ルーミィ】が来てくれる。そのチャンスに賭けるわ」


 「問題は、それまで此方が持ち堪えられるかどうかだけど・・・さて」



 明利はサテライト・プローブのピケット衛星に向けて発信した、このランデブー・ポイント座標に【ルーミィ】が到達するまでの間、何としても生き延びる方策を必死に見出そうとしていた。



 「明利。カシィにお願いしてみてはどうかしら?」



 ふと思い付いた様に、アリュナールの瞳が明利に向けられるが、その瞳の奥には不安そうな気配を宿している。



 「そうか、いいアイディアだ。元々カシィは、この【鎮める神殿(レセプター)】を守護する為に存在していたのだからね」


「でも・・・少し怖い、本当に彼らが私達に従うのかしら?」


「きっと大丈夫さ、カシィは君を守護する護法神でもあるんだろう?いや、遣れるさ。きっと君ならね!」



 明利の言葉を自分に言い聞かせる様に大きく頷いたアリュナールは、全ての不安を振り払って一際輝く笑顔を明利に向ける。

 明利はアリュナールをミッドガルドに乗せて後方に下がらせると、祭壇の基底部に佇むリディスを振り仰ぎ様に呼びかけた。



 「リディスさん、サミュエルさん、先に行って下さい。我々には未だ時間を稼ぐ手段が残されている。それに僕らは仲間を、艦を信じてここで待ちます」


 「あら、あら、この子ったら、随分と大人びちゃったこと。こんな成長を間近で見られるのも実に楽しいものだな」



 戦いを決意したのか、貧弱そうな汎用ブラスターを胸元に構え確りとした眼差しで自分を見上げる若者の姿を、リディスは一際感慨深げに見入っていた。

 一方、ミッドガルドに乗ったアリュナールが、再び彼女の集積記憶巣にある古い情報深淵部にアクセスを始める一方で、リーディング冥想状態に入ったアリュナールの変化を悟ったのだろうか、カシィが一斉に(ざわ)めき始める。

 アリュナールの記憶巣は、それに構わず所作を導く様に囁き続けた。



 〈羅刹属は、対等以上の存在の幇力にのみ隷従する〉


 〈協約していようとも、裏切りは許されぬ〉


 〈だが、約束を違わぬ限り、その無垢なる履行は完全だ〉


 〈さあ、己が意の赴くまま、命ずるが善い〉



 アリュナールは意を決して、焔立つカシィに向かい毅然と命を発した。



 「至高なる守護機構神カシィ=ゼフェルティティ、「羅刹」の王よ、今こそ貴神の与えられし古の責務を果たすべき時が来た。この聖域を守護する使命を発現して下さい」



 アリュナールの命を受けてカシィの輝きが明滅を繰り返すと、疑念で錆び付いた彼の思念波が怒涛となって押し寄せてきた。



 「余計なことを命ずるでない、私の半身は未だ還してもらっておらんぞ」


 「そうだ、お前らこそ、先に我が契約の責務を果たすがいい」


 「何を持ってしても、履行をする方が先だ」


 「汝ら、約束が違おておろうが!!」


 「そ奴から、我が半身を奪還せぬ限り、我が贄となる身を忘れておるのか?」


 「我が半身取り戻せぬとあらば、先ずはお前の片割れをば、我が焔にて焦滅させるとしようか」



 カシィは苛立たしそうに分裂集合を繰り返し、明利の周りを威嚇しながら旋回し始めるが、片や明利は迷惑そうに【イェルカ・ブラスター】の電磁フィールドを使って、カシィからのちょっかいを往なしていた。



 「リディスさん、何とかなりませんかね。この鬼神は結構頑固者なんですけれど、存外役に立つかもしれませんよ?」


 「ふむ、しょうがないか。この見事な多重金剛結界も、今や単なる張りボテに相為ってしまった事だし。はぁ、・・・坊や、それじゃあ覚悟しなさい。今から、封印を開き結界を解犎くぞ、戦闘用意だ!!」



 リディスは忌々しそうに眉を顰めながら、右腕に装着したブレスレット状の機器を操作して、小声で多重金剛結界結合犎印を解くための解除呪符を詠唱し始めた。



 「その姿を【炎樹の剣レーヴァティン】として顕わすべし。所謂諸法。如是相。如是性。如是體。如是力。我が許に内なる陰陽の理よ、如是作。如是因。如是縁。如是果。如是報。招請とし応えよ、如是本末究竟等」



 そして彼女の詠唱声色に連動して、琥珀色をした結界が次第に崩れ落ち解犎開闢されるや、金銀に煌めく雪状結晶破片となって辺り一面舞い散る様に降り注ぎ始める。

 リディスは、キラキラと輝きながら舞い落ちる結界の「黄金」欠片をブレスレット状の機器の内部へと瞬く間に収束させて、赤銅色に光り輝くエネルギー・ブレード【炎樹の剣レーヴァティン】として再精煉していった。

 その間にも黒い人影状となった呪詛帯は、多重金剛結界の犎解と共に怒涛の波の如く侵入してくるや否や、爆発的に次々と分裂増殖を始め彼らに向かって一気に押し寄せて来る。



 「サミュエ~ル。どお?逃げましょうか?」


 「はい艦長。流石に、私も吐き気がしてきました」



 少し滑稽に歪んだリディスの困り顔を見て、サミュエルは率直に賛同せざるを得なくなった。



 「小型脱出艇まで退路を確保する。遣れるか?」


 「了解しました。何のこれしきです、たった今、具合の悪さも忘れてしまいましたよ」



 サミュエルの耳に、行き成り「げらげら」と笑うリディスの声が飛び込んで来たが、彼としては至極真面目に答えたつもりだったので、何処が面白いのかサッパリ判らない。

 ただ、これから彼女の命令を遂行するのに聊か困難が伴うであろう事を考えると、ひと段落したら何かの序にでも彼女へ聞いておこうかとチラリと思った。

 彼の背後では、明利の周りを旋回しながら漂っていたカシィの輝きが結界の解犎と共に次第に脈動を強め、舞い落ちる「白銀」欠片を取り込み放射状へと急速に拡がりながら姿を変えて行った。



 「おお、我が力が賦活する」


 「おお、我が半身の力が、戻って来たぞ」


 「おお、奪われし畏力が蘇える、我が力、我自身が蘇ってゆく」



 カシィの蒼白き炎塊が、蒼茫たる恒星ラティーナⅠ・Ⅱのフレアの如く一際大きく(たわ)み、(まばゆ)い閃光を発して一気に膨れ上がると、その輝きに呼応するかの様にアリュナールが叫んだ。



 「約束は果たされた!守護機構神よ。我が意に従い、彼と共に暗黒の呪詛を祓い賜え!!」


 「「「「「「「「!「!!「!!!応よ!!!」!!」!」」」」」」」」」


 「暫く満たされし、我が想念」


 「蘇りし我が力、諚と汝が両の眼で観るが良い」



 爆音が伝う衝撃波の如きカシィの思念波が周囲を圧倒すると、燃え盛るカシィの横をすり抜けるように一陣の朱い翳が奔っていった。

 【炎樹の剣レーヴァティン】を振り翳したリディス少佐が、疾風のように階段状のテラスを駆け降り、次々と侵入してくる【ヴィオラディ・テグラ】を華麗に、まるで舞踊る様に小気味よく切り刻み始める。

 一気に此れまでの数十倍へと分裂したカシィの焔は、彼女の動きに連動して迫り来る【ヴィオラディ・テグラ】に向かって唸りをあげて飛翔すると、彼女の右側方から襲い掛かってきた青黒き一群をコロナ状の拡散プラズマ焔で包み込み、あっという間に焼滅粉砕させた。


 一方、明利もカシィと連携しながら厭勝補完を受けた護法弾を装填する【イェルカ・ブラスト】を連射しつつ、次々と伸びてくる【ヴィオラディ・テグラ】の硬化触手を吹き飛ばして行く。

 そしてサミェルは、祭壇基底部の高みからアルクメネ捷飛長の形見である重ハイパー・ブラスターを操り、「ずしり」と響く重低音の射撃音を連らねながら遠距離射撃を開始して二人を援護し続けていた。

 サミュエルの正確無比な狙撃弾道は、リディスと明利の動く先を予知しているかのように描き跳び、小型巡航艇へ至る血路を開くべく【ヴィオラディ・テグラ】の躯体を吹き飛ばして、二人と一糸乱れぬ見事な破壊コンビネーションを披露する。

 その殺戮にも似た反撃の饗宴は、いつ潰える事もなく果てしなく続いてゆくかに思えたが、やがて止め処なく押し寄せていた【ヴィオラディ・テグラ】の青黒い津波のような群体が途切れたかと思うと、突如として水を打ったように周囲が静まり還った。



 「何かおかしい。何か来るぞ!!」



 明利は眉間に皺を寄せながら、得体の知れぬ脅威を帯びて張り詰めた静けさの中に、只ならぬ異形の物の気配を感じる。



 「気付いたか、幼き種属よ」


 「ほほう、姿を変えて迫り来たか、古より呪われし根源呪詛帯【ヴィオラディ・シグラ】よ」


 「彼奴らめ、そこら中で互いを貪る様に喰い合うておるわ」


 「そら、そら、あれがウミ蛇の成れの果てだ」


 「彼奴が、此処に至るぞ」



 焔の脈動と共に伝わるカシィの鋭い警戒想念波が、突き刺さる様に明利の脳裏で響き渡る。



 「カシィ、何が来るんだ?」



 明利がカシィに問いかける間もなく、辺りの地表が一斉に盛り上がる様に隆起を始め、夥しい無数の触手がそれを突き破る様に立ち昇ると、途端に彼らの眼前で蠢めいていた【ヴィオラディ・テグラ】の群体を一気に撥ね散らして捕食し始めた。

 やがて無数の触手は、黒々とした巨大な岩塊から幾筋もの鎌首を伸び上がらせる不気味な「ヤマタノオロチ」となって膨れ上がり、禍々しいまでの醜き姿を顕わす。

 それは黒き呪詛帯の本体であり、超古代第Ⅳ文明「イーギリァ・トキィエ」呪怨の残滓、超越魔法技術制御による積層念疑似生命体【ヴィオラディ・シグラ】の顕現体であった。

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