6 ユーレカ・モーメント 1
6 ユーレカ・モーメント
アディリア連合星系中央経営機構主席代表ラゥリンゼ・シロウズは、連合星系中央政庁議院専任自治区人口惑星【オルドゥヴァリク】市を望む丘陵地帯に在る、広大な庭園で一人気ままに寛いでいた。
ふと、心地よく通り過ぎる風を受け閉じていた瞼をそっと開いた彼は、恰幅の良い顔に刻まれた皺を撫でながら、良く知った人物の気配が到来した事を感じ取っていた。
「やあ、忙しい所を呼び出してしまってすまなんだなぁ、スクファエリクス君。久しいな、元気にしとったようだの」
従容とした白いカウチシートに、ずんぐりとしたその巨体を横たえていたシロウズは、一際面倒くさそうにゴロンと体の向きを変えて、傍らに佇んだ人影に尋ねる。
「で、その後、派遣された調査艦隊の行方は掴めたのかね?」
カウチシートに寝転ぶ彼の横には、何時の間にか痩身の若者の姿が影の様に立っていた。
彼は全身を青灰色のローブに身を包み、白い前髪をキッチリと綺麗に後ろへ流し神経質そうに纏め上げている。
「お久しぶりです主席代表。先ずは主席代表への謁見に際し、格段のご配慮を戴きました事、誠に有難く存じます」
ゆっくりと彼が発した声は、その外見に似合わず湿っとりと奥深いバリトンの響きを伴っている。
彼、アディリア連合星系中央経営機構代表部枢密秘書官群統括官長プセウドリトス・スクファエリクスは、軽く会釈をするように頭を傾けると早速シロウズ主席代表からの質問に答え始めていた。
「経営機構統制部国防議会調査局からの報告によれば、その後「六慾天」に派遣されていた第四兜率天トゥー・スィタ星系調査艦隊の全ては失われ、虚数空間に漂う泡沫と化した模様です。また、先行していた調査局特務巡航艦【ルヴァージュ】についても、その後の消息は一切掴めておりません」
彼は久方ぶりに対面する主席代表に向かって、臆する事無く表情を変えずに淡々と報告を続ける。
「目下、調査局が全力を挙げて探索中ですが、リディス・メルヴィス少佐の一行が、第五化楽天ニェルマーナ・ラーナティ星系に向かって以降、20ディルの間一切の連絡が途絶しているそうです。従って、調査局では既に失われたものと考えるのが妥当である。・・・との推測に至っておるようでした」
「そりゃいかんなぁ、そりゃいかんよ。ふぅ、遣れやれ、今の調査局の連中は全くもって無能と来とる。使えんなぁ。そう思わんかね?スクファエリクス君」
シロウズ主席は、彼の報告を聞き終えると苦虫を噛み潰した様に右目を顰め、調査局に対する不満を露わにした。
「君も知っておくといい。リディス・メルヴィス少佐だがね、彼女を侮るなよ、私が最も信頼を寄せる調査機関要員なのだからね」
「それはまた剛毅な事ですな、主席代表がそこまで仰られるとは。枢密秘書官群としても、これまでの彼女に対する評価について過小評価しておりましたる事、非礼の段をお詫びせねばなりませんね」
そう、役に立たねばユニットごと排除される非常なる彼の組織運営手腕により、今後、調査局に下されるであろう機構改正と云う名の「粛清」のプロットを考えたのか、枢密秘書官群統括長官は主席代表に向かい珍しくも続けて2回、深々と首を垂れる。
「そうであらば以後、私達も彼女に対する興味を持たざるを得ませんな」
「まあ良い、その話は又にでもしておこうかね。きっと君のその興味に見合うこと、間違いない筈だぞ」
シロウズ主席は、この慎重で冷徹な枢密秘書官群統括官長の表情に現れた、面白い変化を一瞬で見取ると空かさず話題を変えた。
「もう一つの問題だが、外周星系連邦(F.O.S.S)の動きはどうかね?」
「はい、今回の事態については一切沈黙を保っています。特段珍しいことではないものかと」
「そうか、そうか。さて、そうであればだ、尚の事統制部中央評議会の承認決裁を待つまでもないなぁ。どれ、直ちに救出艦隊を向かわせるとしよう。したが、スクファエリクス君?間違ってもソル系や宰華の連中には渡すでないぞ」
スクファエリクスの耳に届いたシロウズ主席代表の声には、鋭い切れ味を持った刃物が仕込まれているかにも思え、彼は即座に現時点に於ける最も適切な回答を選択した。
「メルヴィス少佐の情報ですか?それとも【ヴァレダ】の事・・・いえ、その両方ですかな。では、フロントフリート中核打撃群のティン・グ・モディ司令麾下、第三外洋遠征艦隊を向わせましょう。機動要塞艦【レゾリュート】を擁するあのモディ司令ならば、超越科学にも能々通じていると聞き及んでおります。如何様にでも対処致しましょう」
「ああ、其れが良い、其れが善いな、そうしてくれんか。今は未だ【リディスⅡ】の情報と、散逸遺産【炎樹の剣】の保有事実、そして何より【ヴァレダγ】の事を知られる訳にはいかんのだよ。表向きはな。さてと、それで今彼女の行方だが、第五化楽天ニェルマーナ・ラーナティ星系の第2惑星【香忰】におる筈だ」
スクファエリクスは、シロウズの言葉をしっかりと記憶に刻み付ける。
これまでシロウズ主席代表は、譬え側近で有ろうと不用意に情報を漏らす事は無く、これは明らかに彼へ与えられるべく周到に用意された、次なる仕事への啓示であると受け取れたからであった。
彼は今、リディス・メルヴィス少佐の事を明確に【リディスⅡ】と呼んでいた。
そして、主席代表の目的が奈辺にあるのかは判らないが、最重要国家機密事項である散逸資産と【ヴァレダγ】の存在について、剰えこの事態に係る情報を故意に暴露させようと目論んでいる風にも捉え兼ねられない話し方をしていた。
それ故なのか、珍しくもスクファエリクスの支援審議官群が(これ以上の深入りは危険だ)と、痛烈に警告を囁き続けていた。
「了知致しました。処で、主席代表。統制部中央評議会から星域再生法改正案に係る緊急審議を、三案程急かされておるのですが」
彼は厄介な問題から離れる潮時とばかりに、老獪な主席代表を相手にして多少古ぼけた手ではあったが、確実に効果のある「政務執行」と云うカードを翳す。
「やれやれ、またかな。君の言う二つ、三つは手に負えんて。長くなるのは堪えるで、どら、私は忙しいでな、後は君に任せるとしようかね。ではまたな、確と頼み置いたぞ」
そう言いながら面倒臭そうに瞳を瞑った彼は、宙を二度ほど指で弾く様な仕草を残して、その姿を中央政庁にある何処かのオフィスへと忽ち搔き消し去って行った。
御多分に漏れず、主席代表直属である中央経営機構代表部枢密秘書官群統括官長プセウドリトス・スクファエリクスにとっても、シロウズ主席代表を摑まえる事こそが今や最も困難を極める仕事となっており、それ故にこそ、この危険な場を遣り過す有効な防具にも為り得ていた。
「やれやれ、また何処ぞのユニットへ雲隠れされてしまわれたか。まあ、今回については厄介事を背負い込まされず、幸いな方だったが」
彼はそう呟きながら、ふとある取留めの無い想いが脳裏を過る。
「生身のシロウズ主席代表をお見掛けしたのは、はて、一体、何時の事でしたかな?」
あれは確か、第Ⅱ次アルテア宙域遠征最終焉期の頃だったろうか。
スクファエリクスの記憶巣の中に存在する最も新しい彼の姿は、【オルドゥヴァリク】市の中央政庁にあって政府中枢機能を司っていた大圏航路統制管理部ユニットの最深部に広がる、巨大な中央管制指揮室の指令ブースに堂々と横たわっていた。
拡大した戦線を収束し一気にアルテア星域からの完全撤退を成功させるべく、慌ただしく各方面に指示を飛ばしていたその勇壮な姿を、遥か遠めに視たのが最後だったようだ。
「それにしても、あれから既に70星歴年か・・・」
感慨深げに瞳を上げて、スクファエリクスが静かに見渡す地平線の先にあったものは、煌めきながら何処までも拡がる無人の【オルドゥヴァリク】市が放つ、絢爛豪華なシティライトに彩られた繁栄の輝きであり、そしてそれは銀河星雲の彼方へと限りなく発展を続け行く、アディリア連合星系の中枢を担う人工惑星の虚構の姿でもあった。
彼は我に返ったように頭を微かに振ると、そっとため息を吐き、関係各所へ向けて一斉に指示を飛ばし始める。
「・・・はぁ。中央経営機構統制部星域経営局と連合政庁代表部を調整して、それから統合幕僚本部軍政務参事官への根回しと・・・そうしてくれ!フロントフリート中核打撃群ティン・グ・モディの第三外洋遠征艦隊を派遣願えないか?ああそうだ!主席命令だ!!・・・大圏航路統制官、通商代表局査察部顧問、対外領域外務法務審議官への連絡・・・それでOKだ。そうそう、統制部国防議会調査局へのお礼と、圧力もっ・・・裏切るなよ!と、情報連携完了。おお、忘れていた、惑星開発委員会星域再生法改正案審議第804委員会への緊急上程案詮議と決裁が先だったな。ふむ・・・三案とも本案のまま了承しよう。発効時期については、諸君ら支援審議官群の随意施行に任せるよ、引き合いに出したお蔭で助かったからな。各委員への結了後合議のうえ、詳細侵攻プランについては更に別途詮議とするように。以上だ」
彼はそう呟きながらサッサと仕事を片付け終えると、地上の灯かりに連なって眩しいまでに星々が飾る天空を独り見上げていたが、暫くして、少し感傷的に肩を落した彼の姿も静かに搔き消える。
後には主を失い誰も居なくなった白いカウチと、広大な美しい無人庭園の続く丘陵地帯に、優しく吹き渡る風の声だけがひっそりと残されていた。
「リディス艦長、我々は・・・と言っても、残りのクルーは既に4名となってしまいましたが・・・何時まで此処に居るおつもりなのですか?」
サミュエル・イスファルト佐将補は、酷く疲れ切っていた。
アディリア連合星系の高規格特務巡航艦【緋翼のルヴァージュ】は、惑星【香忰】への大気圏突入を果たしたものの、予想以上に呪詛帯の憑依侵蝕の対処に苦戦を強いられていた。
その戦闘、いや一方的虐殺ともいえる呪詛帯との闘いの果てに、艦体核と乗員の殆どを失いながら、緊急脱出用の小型巡航艇で漸くこの【鎮める神殿】へと辿り着いていたのである。
「あと僅かの辛抱よサミュエル、後ろに下がって少し休むと良いわ。巡航艇で休息しているアルクメネ捷飛長と交代なさい」
金色の長い髪を後ろ手で束ねながら、リディス少佐は落ち着いた表情で答えた。
「私からも具申致しますわ艦長。奴らを見張っていますので、艦長ご自身こそお休み下さいませ。もう随分とお休み頂いて居ない筈ですわ?」
【鎮める神殿】神殿祭壇の祈祷台と思しき構造体に寄り掛かっていた、ルヴェルフォリア准医官が姿勢を正し、少し緊張感を漂わせながら進言する。
彼女の抱く強い警戒心もこれまでの行動経過から言って無理からぬことであり、如何に精神的、肉体的にも屈強な部下達とは云えこの極限状態に曝され続ければ、そろそろ限界かなとリディスは考えていた。
「安心なさい。調査局何ぞはとても当てに等成らんが、その遥上長機関にある経営企画部幹部が下した救出命令がそろそろ発動している頃だ。それにね、ほら、この多重構造結界はとても強力なのよ。我ながら今回いい出来栄えなんだぞ?」
リディスは努めて安心感を与えようと、彼らの頭上で淡い琥珀色に輝く多重金剛界結界を見上げ、微笑みながら自慢げに語った。
「そうですな。ええ、それにとても綺麗なものです。・・・間も無くアルクメネ捷飛長が交代に出て来るのでそうさせて頂きます。それまで自分は此処で十分です」
サミュエルは、滑かなスロープ状になった神殿祭壇基底部にゴロンと躰を預ける。
彼等の頭上に拡がる、その何とも不可思議なモザイク状に移り変わる揺らめきをリディスに促されるまま見上げて、「綺麗だ」とそう思えるだけでも幾分か疲労が軽くなったように感じられた。
彼は、結界の内側からしか拝むことのできない見事なこの光景、オーロラの様にボンヤリと天空に輝く幾何学模様を眺めながら、彼女の持つ能力に再び感嘆する。
呪詛帯の侵蝕から辛うじて逃れて、ここへ到着するなり【鎮める神殿】が持つ自己防衛ネットの一部らしきプラズマ状の生命体【羅刹】属が現れ、有無を言わさず彼らに襲い掛かった。
【守護機構神カシィ=ゼフェルティティ】と名乗るこのプラズマ状の生命体【羅刹】属との戦闘に於いて、不幸にも残り少ない3人の屈強な戦闘要員を失ってしまったが、リディス少佐は鬼神レベルの他種属高度積層想念体に対する祓伏炉心施術を駆使し、見事【羅刹】属の大半を鹵獲のうえ残存群を遥か彼方へと放逐させたのだ。
「このキラキラ結界が、艦長が摑まえたあの【羅刹】属の奴ら、燃える戦鬼達の成れの果てかと思うと「ザマア見ろ」ですなぁ。何もなければ、いゃあ~実に美しいモノですよ」
「あら、誰のお蔭かしらねサミュエル?相変わらず太々しいこと。その図太いまでの神経の逞しさは、お見事よね。疲れも軽くなったんなら、もう少し監視役続ける?」
「艦~長。休ませて戴けるんじゃなかったんですか?時々、貴女の副長を拝命している自分がとっても愛おしく感じますよ」
サミュエルの思わず零した皮肉を聞いた途端に、リディスはカラカラと笑い転げ始めた。
「あの?鉄面皮のサミュエル副長がねぇ。自己愛ですって?あっハハハハハは。可笑しくって死んじゃいそう。今の頂いとくわぁ、今度遣っちゃおうっと」
サミュエルは、彼の直ぐ上に腰かけていたルヴェルフォリア准医官に顔を向け、してやったりとばかりにウィンクを投げる。
だが、忍び寄る恐怖を感じているのか、彼女の顔からは一瞬の引き攣った笑みしか返って来なかった。
「(今度ねぇ、今度がある事にでも祈るさ)・・・ルヴェルフォリア准医官、君も少し休みたまえ、命令だ。宜しいでしょう艦長?」
「はいはい、宜しくてよサミュエル副長さん。とても気の付く素晴らしい上官で良かったな、ルヴェルフォリア准医官。そうしなさい」
極限に近い疲労を察したサミュエルの命令を聞いて緊張感を解いたのか、がっくりと項垂れた姿となったルヴェルフォリアの向こうには、神殿祭壇の祈祷台と思しき壇上で片膝を抱く堂々とした姿のリディスが鎮座していた。
あのリディスが完全調伏して鹵獲した【羅刹】属群体の一部を、多重金剛界結界の組成エネルギーとして転換し【鎮める神殿】の抗体自己防衛ネットを停止させると、あっという間にこの多重結界金剛結界を造作して、この一帯を覆い立て籠ったのであった。
「どうやったらこんな物が造れるんだろうな。・・・実に見事なものだ」
サミュエルは、不規則に移り変わる琥珀色の天井万華鏡を感嘆しつつ眺めている間にも、小型巡航艇の内部で休息を終えたアルクメネ捷飛長が、重い足を引き摺るように彼の傍へと歩み寄って来た。
【ルヴァージュ】のブリッジ航法要員の中で、ただ一人生き残った気丈な青年は、振り乱した銀髪を頻りに整えながらサミュエルの横にドサリと座り込んだ。
「おう、休めたかね、アルクメネ捷飛長」
「副長、すいません。・・・待たせてしまった様ですね」
サミュエルの顔を覗き込みながら、微かに肩を竦めた若い彼の顔とその声には、まだズッシリと溜まった疲労感が漂っている。
その時、突如周囲の静寂を切り裂くように、ルヴェルフォリア准医官の絶叫が辺りに響き渡った。
「リディス艦長!サミュエル副長!アルクメネ捷飛長!そこ、そこに何かが現れるわ!!」
彼らの向けた視線の先数メルトに、突如蒼白いサークレット状の光る噴流が眩い輝きを伴いながら湧き上がると、その中心部には朧げながら何かの物体と、二人の人影が陽炎の揺らめきの如く顕れたのであった。
「ルヴェルフォリア准医官は艦長を護衛!アルクメネ捷飛長は俺に続け!!」
サミュエルは反射的に飛び起きながらそう命令すると、新たな侵入者を見極めるべくゆっくりと間合いを詰め、蒼白いサークレット状の光る噴流の傍へと躙り寄る。
後に続いたアルクメネ捷飛長が、担いだ重ハイパー・ブラスターに躓き大きく蹌踉いてバランスを崩すと、サミュエルの後ろへドッと倒れ込み怯えた顔を上げ小さく二言三言悲鳴にも似た言葉が零れ落ちた。
「無理も無い・・・か」
サミュエルは彼の姿に燐憫を感じながらも、ブラスターを構えて彼らの前に立ち昇る陽炎に全意識を集中する。
やがて眼前にした陽炎の揺らめきの中で、それは次第に輪郭をハッキリと際立たせ、それは人の造った移動装置=イオノビーグルに乗った、明らかに二人の「人類」の姿となっていた。
「動くな!!」
考えるよりも先に、サミュエルは思わず叫ぶ。
「お前たちは何者だ?人類の様だが何故此処にいる?!どうしてこの多重結界を見つけた!どうやって潜り込んだ!!」
イオノビーグルに乗った二人の「人類」に向けて、捲し立てる様に一気に問いかけた彼は思わず心の中で悪態を吐く。
(くそッ!!今俺は、標準アディリア公用語で話しちまったぞ)
アリュナールと明利を乗せた《ミッドガルド》は、カシィの蒼白いサークレットの転送リングを抜け、今、目的地である多重金剛界結界の中へと姿を現していた。
《ミッドガルド》の突然の出現に驚いたのか、その結界の中では慌てふためく二、三人の人影がボンヤリと見受けられ、やがて揺らめく周囲の景色がはっきりと固定されるや、灰色の軍用タクティカルスーツに身を包んだ二人の男性が、《ミッドガルド》に乗ったアリュナールと明利の姿を見極めるように、威嚇しながら恐る恐る近寄って来るのが見て取れた。
そして先頭の男性が、アリュナールと明利に向かって捲し立てる様に語りかけて来る。
「おマエタチはナニモノだ?ジンルイのヨウだがナゼココにいる?!ドウしてこのタジュウケッカイをミつけた!ドウやってモグりコんだ!!」
強烈な警戒心を露わにした、その男性から投げ掛けられた言葉に明利の耳は酷く違和感を覚えたが、それは同時に探し求めていた目標を確実に捕捉したであろう確信へと変わる。
彼の発した言葉は、恐らく帰属文明圏の言語であろう。
その特徴に何処か聞き覚えのある既知の言葉、その構成言語体系は確りとしたアディリア連合星系圏の標準公用語であったからだ。
それにしても、彼らの翻訳レーティング・アプリケーション自体にでも不具合があるのか、不用心にも帰属文明圏語で呼びかけて来るとは、そこから推測しても彼らが激しく動揺しており、いや、長期間に亘って酷い混乱状態に曝されていたのかが伺い知れる。
明利とアリュナールの前には、アディリア連合星系軍属の二人の男性、それに少し離れた場所には同じ装備であろうブルーの下士官スーツと、朱赤の指揮官スーツを纏った二人の女性と思しき人物の姿が確認できた。
如何やら、漸くオペレーション・ターゲットにヒットしたようだ。
「失礼、御邪魔でしたかしら?お困りだとお見受けいたしましたので。さて、アディリア連合星国防議会調査局リディス・メルヴィス少佐はどちらでしょうか?」
アリュナールは颯爽と《ミッドガルド》から飛び降りると、これもまた流暢なイントネーションを使い言語装飾された、綺麗なアディリア連合星系圏標準公用語を返していた。
「いや、お前達はアディリア連合星系圏の者ではないな。その重機動武装イオノビーグル、装備、タクティカルスーツからしても・・・そうか、やはりソル系連邦(USS)の犬か!何をしに来たMID。いや、SIDか?我々を舐めるなよ!」
その将官らしい壮年の男性は、片手で翻訳レーティング・アプリケーションの調整をしながら、アリュナールに向かってブラスターの銃口を向け威嚇する。
「一寸待った!!待って下さい。俺達は、貴方がたの救出支援に来たんです」
明利は言語野変換システムを素早く起動させ、叫びながらアリュナールを庇い、サミュエルの前へと敢然と立ちはだかった。
「そんなバカな、信じられん。・・・夢でも見ているのか?いや、やはり謀られている感があるか」
サミュエルは明利の言葉を訝しむように、二人へ向けてブラスターの照準をピタリと定める。
「撃つな!!我々は貴方がたの脱出を助けて、一刻も早くこの星域から離脱させるようコマンドを受け、オペを遂行しているだけだ!」
続けて説得を図ろうとしていた明利に対して、遥か頭上から響き渡る鋭い酷く冷たい声が浴びせられた。
「へえ?坊やが!救出支援だと?大した口の訊きようじゃないか!!」
朱赤のスーツを纏った金髪の女性が、神殿祭壇の祈祷台と思しき壇上から階段状のテラスへ向かってヒラリと飛び降りると、踞み込んだままの姿勢でこちらを鋭く見据え、殊更強い口調で言い放つ。
「愚かな事を呪な!貴職らが何者で、何処から来たのかは知らないが、此処が一体何処だか解っているのかい?!」
黄金色の髪を靡かせた彼女は、じっと射竦めるように明利を見詰めながら、腕に装着したリング状のアクセサリーを撫でるように弄んでいた。
アリュナールを守ってカバーに入った明利の肩越しに、サミュエルの向けた銃口と対峙したアリュナールが再び彼女へ向かって毅然と呼びかける。
「そう、大体はね。でも修羅界じゃないことだけは確かでしょう。もう一度お尋ねします。貴女がリディス・メルヴィス少佐でいらっしゃいますね?」
強敵を前にしたアリュナールの物怖じせぬ態度を、明利は意外性を持って受け止めていた。
(彼女は強いな)
テラスに蹲るやや小柄の女性は、軈てゆっくりと立ち上がると確りとした足取りでテラス状の階段を降り、二人の方へと近付いて来る。
「少しは気の利いたセリフが言えるのだな。真面な所属名はいいから、お名前だけでも聞かせてもらえるかしら?艶やかで素敵な黒髪のお嬢さん?」
「私は、SIDソル系連邦中央情報調査局星域統制部調査第6課606分室専任分析主監アリュナール・ディナス・フェナリィです。彼は・・・」
アリュナールとリディスは、互いの間合いを受け応えしながら詰めて行くと、アリュナールが言い終わるのも待たずに、リディスはスッと掌を翳して彼女がその次の言葉を発するのを制した。
「・・・明利か?元気にしていたようね。失礼、SID調査6課のアリュナール主監。マッコード君の組織か?諸君らが来るとはねぇ、私も迂闊だったな。そうだ、私がアディリア連合星系中央経営機構統制部国防議会調査局リディス・メルヴィス少佐だ。彼は私の副長、同じく国防議会調査局所属のサミュエル・イスファルト特務佐官補」
リディスは、ブラスターを握り緊めて警戒するサミュエルには一瞥も刳れず、そのままアリュナールの手前まで歩み寄ると、戸惑う明利を繁々と覗き込んで「にっこり」と微笑みかける。
「??何で僕の名を知っているんだ?貴女とは初対面の筈だが?」
「大きくなったなァフフフ、君にとってはな。だが、私は君を良く知っているつもりだよ。それにしても随分と遅かったじゃないか?」
この接触を予測していたとでもいうのだろうか、彼女の微笑の下に秘めた何かが明利の意識を一層不安に駆らせ、そして同時にアリュナールの胸中にも一抹の不穏な影を落としていた。




