5 アタック・バイアレント 3
やがて、【カシィ=ゼフェルティティ】の焔塊が大きくゆらりと一度揺らめくと、アリュナールの強烈な意志の下に与したか、静かに響く一言を発した。
「守護しよう」
暫しの沈黙の後、再びカシィが話し始める。
「今は滅びし、我が主と同列と遇しよう。但し、我が望み実現できねば、お前らの全てを焼き尽くす事となろう。全てを我が贄とするが、それでも善いのか?」
アリュナールは仰々しく首を垂れ、カシィに向かって礼賛の儀を取った。
「【カシィ=ゼフェルティティ】。尊き【香忰】の守護機構神、我が護法神よ。報恩するは人の作為所以為ればこそ。私達は【信】ある限り、貴神の守護の許に力を尽くしましょう」
「不思議なものだな、お前の言魂には何やら我らの知り得ぬ法力を感じるぞ」
こうしてアリュナールは、自らの犎印力として新たに守護念想体を従え得たのである。
これ以降、プラズマ状集積念想生命体《羅刹》属の王、【カシィ=ゼフェルティティ】は良くも悪くも計り知れない力を随所にて発現し、運命を共にする彼女達を新たなステージへと誘って行く事になる。
「処で、尊き【香忰】の守護機構神、あなた方が接触したと云う、私の同属「奴めら」と出会ったのは何処なのかしら?そして、彼らは何を目的としていたの?」
アリュナールの問いかけに、再びカシィが分離して一斉に囀り始める。
「現れた奴らに、我らの半身が奪われし場所は、呪わしくも奴めらの手によりに封印されし、我が聖地」
「我らの守護すべき聖地、其処は【鎮める神殿】だ。奴らの目的も又、其処に在った」
「お前の種属は、古来我らが守護していた【鎮める神殿】を探し求めていた」
「だが、遥彼方の昔に其れは朽ち果て今はもうその機能も無い。無駄な事だ」
「いや、朽ちてて尚、主の命に従い守り続けねばならぬ神聖な場所」
「其処で奴らが何を目論むのかは知らぬが、所詮無駄な事だ」
「我が宿業が刻まれし、呪うべき、守るべき聖地だ」
「それは滅び去し主の残像。忌むべき夢の跡」
「故に、私の記録をお前に視せよう」
カシィが一つの結論に達すると、彼らの保持する複雑な異文明の情報イメージがアルの中へと流れ込み、人類に理解が及ぶ様、情報を再構築させ彼女の脳裏に意味を持った画像となって投影されて行く。
超古代異文明の神族との複雑に食い違うプロトコル環境の為か、保持した情報の古さの為か、その画像は幾分鮮明さを欠いてはいたが、広大な【香忰】の海に囲まれた半島状の湾内であろう、巨大な琥珀色に煌めく円錐型の神殿状になった構造物が、半ば海中に沈んだ姿で現れていた。
如何やら、明利が話ていた大陸南端にある金剛界多重結界の存在する場所と、位置関係も一致すると思われる。
「だが、我が半身は、何処ぞへ封印されたのか一切の気配を絶っておる。我はこの地の果てへと追い落とされてしまったのだが、以降、半身の気配も何も全く感じ取れぬのだ。お前にはそれが解ると云うのか?」
再び一つの融合体へと統合したカシィは困り果て、まるで縋り着きでもするかの様にアルに向かって問い掛けた。
「これが【鎮める神殿】なのね。鬼神の王よ、尊き【香忰】の守護機構神、我が護法神よ。私の仲間がその答えを知っていると思うわ。じゃあ、そこへ至る道を示し、私達を導く事叶うかしら?」
アリュナールの返した言葉にカシィの青白い焔塊は一斉に爆ぜると、各個に耳障りな言語配置を用いて喚き散らしながら、恰も従順な振りをして応じる。
「お安い御用であるかな」
「我ら単独にてその結界の内へと至る事は敵わぬからな」
「我らには窺い知れぬ力で封印されておるしな」
「したが、お前らの血肉をもってすれば容易き事では在るかな」
「それ故に、お前らの力を借りると致せればな」
「其れより、そう「鬼神」だ、「護法神」だ等と言わずとも良いのだがな」
「そう、むず痒いわな」
「それに羅刹の王、守護機構神、至極当然であるが何れもしっくり来ぬな」
そしてアリュナールの周囲をぐるりと輪になって取り囲んだカシィは、コミュニケーション・ゲインを修正しつつ統合的結論を導き出したのか、再び声を一つに合わせ彼女に呼び掛けた。
「以後我らを【カシィ】と呼ぶが良い」
「うん、いいわ、じゃあカシィ。まずは仲間の処へ、明利の元へ私を戻して下さいな」
「やれよ、そう急く事もあるまいに、此処の情景も中々良い物であろう?遥古に滅び去った、我が主の創りし御蔵であった処だ。確りとその両眼に刻んで措くが良い、お前ら稚拙なる種属の辿る未来の果てもこの様になるやも知れぬのだからな」
やがてアリュナールの足元には、再びあの光り輝くサークレットがゆっくりと出現すると、次第に彼女を優しく包み込んでゆく。
「カシィ、貴神の創造主は、とっても偉大だったのですね。でも、こんな高度な文明を持っていながら滅び去ってしまったのね・・・」
彼女は、銀色に鏤められた永遠に続く黄昏の仄暗い薄明りの中で、広大な地下都市状構造空間の廃墟をゆっくりと眺めやっていた。
「彼らの事を知りたいわ。そしてカシィ、貴神の事もね」
「何れな、時至りて機会あらば語る事もあろう」
「でも、とっても寂しい処ね。そして貴神も、此処に置き去りにされずっと独りで居たのですね。私と違って、眠る事さえも許されないまま・・・」
アリュナールの姿が、真白く輝いた光輪の中へと搔き消える間際、嘗て彼女も抱いていた心情に同調したのか、一瞬、歔いたカシィの思念が彼女の心の中を掠めて行った様にも感じられた。
その哀しみは、永劫の時の中で己を生み出した創造主が滅び去った後も、なお独りその課せられし使命を護り果たし続けねばならなかった、哀れで残酷なる守護機構神の背負いし宿業でもあったのだろう。
孤高を纏いし【カシィ=ゼフェルティティ】が漏らした、束の間の哀しき吐息は、それは同時にアリュナール自身から発せられたものかもしれなかった。
「まだ眠ってるようね。大丈夫だわ、良かった」
カシィの創った青白い臨環円方陣を抜け、簡易シェルターへと急ぎ戻ったアリュナールは、心地よい寝息を立てて眠り続けている明利の傍へと駆け寄り、カシィもアリュナールを追ってふわりと漂いながら続けてその中へと入って行く。
明利の治療を行っていた、インプラント・ユニット【QD33コンビナート・セクトⅢ】の経過チェックを急ぎ始めたアリュナールは、そこでちょっとしたパニックに邂逅する事となった。
「あら?妙だわ、未だ0.3タイト程しか経過してない・・・変ね、何て事かしら?経過ステップの設定をミスったのかなぁ」
アリュナールは、再び【QD33コンビナート・セクトⅢ】の治療ステップのセッティングを確かめてみるが、確かに1.5タイトに設定された睡眠治療の途中である事実に間違いは無かった。
「じゃあ、あれは、私が見たのは幻だったのかしら?いいえ、あれから少なくとも2~3タイトは経過している筈だわ。もう、とっくに明利は覚醒モードになっていても良い頃なのに・・・」
だが、彼女が最後に明利のバイタルチェックを済ませ、カシィの焔を確かめるべく単身簡易シェルターのハッチを踏み出してから、簡易シェルターの中では然程の時間も経っていなかったのである。
彼女は困惑しながら頻りと首を左右に振り、一つの冷めた結論を導き出そうとしていた。
「カシィ・・・妙ですね。何か変だわ、そう、時間干渉による不連続位相差、時間のズレが発生しています。どう言う訳なんですか?」
アリュナールは、先ほどまでのカシィとのコンタクトに費やした時間と、この簡易シェルターの中で流れた時間との間に生じた「時間位相差」について、カシィが意図的に操作したのであろうその真意の奈辺を探る。
「取り立てて妙なものではない。私の意思は時空を超えて存在するのだ」
「押しなべて変なものでもない。お前を招いたのは我が意の支配下で生じた、私の閉鎖世界の一つの姿だ」
「そう、此処とは全く異なる閉じられし世界だ」
小さく震えながら漂うカシィの焔塊を見つめ、アルは、背筋に悍ましい戦慄が走るのを感じた。
「じゃあカシィ、そのまま私を封印する事も出来たのかしら?」
「そうする事も出来た。だが、現にそうしてはいない、その必要も無かった。お前がそう望み我に感応したからだ」
カシィの答えに何ら確証は無かったが、今は結果を受け入れるのが自然だった。
「と言う事は、確かに私達を守護するのね」
「そう約したであろう。ハハハハハハ但し、聊か交渉を要したのでな、代償としてお前の時間をば少しばかり頂戴したのだ」
カシィの説明を聞きながら、先程過った彼女にとっての最も恐怖を伴う疑念を、意識的に脇へと押し遣り、アリュナールはふと思い付いた事を口にする。
「・・・それじゃあ、ルーミィまで跳躍できるとしたら・・・それって、とっても便利だわ」
「お前が何を考えているのか凡そ察しは付くが、お前の同属の居る処へなのだろう?」
「ええ、そうね。カシィ、貴神はどこまで遷移できるのかしら?」
カシィは、震えながらその焔を次第に縮小してゆく。
「我々とて全能ではない。我が意の支配が及びし処、我の認識できる場所にのみ遷移が可能なのだ。残念ながら、お前の同属の居所までは認識致しかねんからな。お前の想念と、我が意の支配と、物理的空間座標の同化なき限り不可能な話なのだよ。そう簡単には行かんな」
カシィは愉快そうに答えて更に小さなオーブ状の輝きになると、眠っている明利の額の上で揺ら揺らと漂い始めた。
「ふむ。成程、成程、このお前の仲間とやらも少々面白きかな。妙な波動を感じるが、善き縁が結べそうだぞ。・・・どれ、お前も疲れておる様であろうからな。故に、暫し休むが良い」
オーブ状となったカシィは、唐突にそう言うと不意を衝いてアルに向かって飛び憑くや、そのままフッと彼女の額へと同化した。
「しまった!これって憑依さ・れ・・て・・・」
あっという間にカシィの想念下に支配されたアリュナールは、意識を失い眠りの深淵へと追い遣られてしまう。
アリュナールの意識を深い眠りへと封じて彼女の躰を支配したカシィは、皮膚に薄く張り付いたアンダースーツを覚束ない動作で一苦労しながらゆっくりと脱ぎ捨て、そして、彼女の腕を伸ばして明利に触れると、人類属と云う有機生命体に存在する皮膚の感触を味わい確かめながら、アリュナールの躰を明利に近づけてそっと寄り添わせた。
「他愛のないものよ。この種属の生温さと来たら、何とも奇妙極まりない」
「微細な変動で生死を分かつ。何と無防備で、斯くも儚く矮性なのだろう」
「だが・・・この小僧の持つ波動には興味をそそられる」
「面白い。真に奇妙なものよの」
「それにこの小娘との間にも、何やら封じられし深き因縁が存している」
カシィは静かに横たわる明利を抱くように、ゆっくりと彼女の柔肌を押し付けた。
「さて、我々がこの切なき感覚を忘れ果て、どれ位の時が過ぎ去ったのだろうか」
カシィの一部が、久方振りに手に入れた恒温有機生命体の感触を堪能すべく執拗に肌を摺り寄せ、やがて溢れ出す捉え処のない歓喜の様な感覚に侵された己の姿をふと顧みると、彼らを構成する各々が一斉に囀り始めた。
「異質にて、異形なる他種属の波動に興味を抱くは解りはするが、己を失いかねぬ愚かな事だ」
「全くだ。あ奴らの、特にあの女の波動に似ているではないか?愚かしい限りだぞ」
「だが、この有機生命体の肌を通した摩擦の荷電流味は、久しく忘れていた」
「ふん、久遠に忘却しておればよかろうに、何の役に立つ?」
「二度と手にすることはない、貴重なものぞ」
「二度と手にしたとしても、不要なり」
「さあ、もう此処から出でよ」
「不要なものを手にしても、詮無き事」
「ああそうだ、未だ事は為し得ておらぬからな」
カシィはアリュナールの躰から弾き飛ばされる様に抜け出すと、深い眠りの淵に彷徨う二人の躰の上を愉快そうに飛び回り、思いも寄らぬ獲物を捕らえた狩人が、ちょっとした歓喜を現す踊りを真似てクルクルと乱舞し続けていた。
やがて明利の体に取りつけた【QD33コンビナート・セクトⅢ】の治療ステップが、確かな1.5タイトの時を刻んだ後、彼はゆっくりと治療睡眠から覚醒を始める。
簡易シェルターの天井構造体に直接蒸着されたE・ルミネッセンスが、白く仄りと辺りを照らす中、覚束ない意識でゆっくりと瞼を開いた彼は体を起こそうと上半身に力を込める。
だが、右腕が何かに固定されてでも居るのか重く動かない。
「・・・うん。何だか、重いなぁ。・・・う、腕が上がらないぞ」
明利は、石のように重たくなっていた自分の右腕を怪訝そうに見るなり、一瞬息が止まりそうになる。
そこには彼の右腕を枕にしたアリュナールが、淑やかな寝顔をして寄り添っていたのだ。
しかも彼女は一糸纏わぬあられもない姿で、その透き通った白く美しく柔らかな素肌を彼の躰にピッタリと密着させており、彼の眼前に頬を寄せて仄かに暖かい彼女の呼気は、明利の頬に伝わる程近くにあって微かな寝息を立てていたのである。
「い、いかん!・・・な、何があったんだ?この処、目覚める度にびっくりだぁ!」
動揺する明利の目には、しっとりと濡れたように艶めく、ふっくらとしたアリュナールの柔らかな唇と、彼の胸部に密着して豊かに膨らんだ胸の双丘が、これ見よがしに飛び込んできた。
まるで白亜に輝く大理石の様に、白く透き通った美しいアルの姿態を前にして、彼は牴牾しさを感じ激しく動揺する。
だが明利は、その魅了された欲望との間に生じる焦躁感に囚われる間も無く、簡易シェルターの内部に漂う得体の知れぬ違和感と、未知なる何かが発する異様な気配に気付く。
「何だか、妙な気配がするが・・・何だ?」
「ほう、気付いたのか?小僧よ」
不意打ちを掛けるかの様に、不協和音にも似た聞き慣れない雑味の在る思念波が彼の頭蓋内一杯に投げ付けられ、彼の感覚は一瞬にして凍り付く。
明利は反射的に周囲を窺うのだが、簡易シェルターの中にはアリュナールと彼以外に、何者の姿も認められない。
「そう剝き出しの敵意を抱かずとも良い。それに、お前は未だ動いては為らんのだぞ」
「誰だ?何者だ!!」
複雑な音階を奏で、少し苦み走った雑味の在る音韻想念を伴ったその声は続ける。
「お前の頭上、僅か60ミルに居るぞ。喰らって掛かるつもりも無いが。どれ、見るが良い」
明利は、咄嗟に頭を仰け反り目を凝らすと、其処には、小さく震える蒼白い焔の塊が浮かんでいた。
どうやらそれが、この音韻想念を伴った声の正体らしい。
「お前何者だ?何故此処に居る!!」
「ほう、行き成り不躾な奴だ、無礼な奴は礼儀を知らぬな。我が「何者か」知りたくば、お前が褥で抱いているその同属に尋ねてみるが良かろう」
明利は、まだ痛む胸を押さえながら、腰の武装フォルダーに括り付けた汎用ブラスター【イェルカ・ブラスト】に手を伸ばす。
「無駄な事だ、我にはそんな物は効かんぞ?」
小さな焔の塊は、そう話すと一斉に十数個の小さな焔の群体へと拡散した。
「くそっ!こんな時に・・・アル、アル!目を覚まして、目を覚ますんだ、アル!!何かが侵入している!」
明利は囁く様な小さな声に、警戒の語気を込めてアルを起こした。
「うっ・・んン。如何したの?明利。???・・・えっ?ええッ??アッ!何で私、裸になんか???!!!!いゃあ!キィャヤヤァァァーーーーー!!」
事態の混乱に一層の拍車を掛けて、アリュナールの絶叫が簡易シェルターの内部一杯に響き渡った。
「・・・ったく!このエロ守護機構神め!!一体何のつもりですか!」
酷く取り乱していたアリュナールが一通りの混乱を経て、漸く落ち着きを取り戻した後、彼女はいそいそとアンダースーツの袖に手を通しながら、カシィに向かって怒りを込めた訴えを述べ始める。
「少しばかり楽しませてもらった。だが、心配するな、何もしてはおらぬ」
「何もしていないですとォ?憑依したうえ、人の躰を勝手に支配していながら!少し楽しんだとは何ーんたる言いぐさ、言い訳無用!下品です!!こンの戯けた淫乱変態俗慾守護機構神め!」
再びアルの怒りが怒髪天を衝き、手当たり次第辺り構わずカシィ目掛けて医療キットを投げ付けていた。
「然り、然り。だが、その「変態俗慾」とは余計だ。この際、キッパリ否定しておこう」
カシィは悪びれる事もなく辺りをフワフワと優雅に漂いながら、次々に飛来してくるキット類をスルリ、スルリと躱しつつ淡々と答える。
「そら、其処に居る小僧の怯えた表情を見るが良い。言い訳も何も、それが明確な答えだ」
彼女はカシィに促され明利の方へと視線を向けると、確りと握りしめた【イェルカ・ブラスト】の銃口をカシィに向けたまま、彼は何とも痛々しい姿でジッとこちらを凝視し続けていた。
「ふぅ。・・・その様ね・・・まあ、良しとしましょう」
アリュナールは肩の力を抜き、気の毒そうに明利を眺める。
事の次第を飲み込めていない明利だけは、ただ怯えた子供の様に警戒しながら此方の様子を窺っており、その姿からは、少しばかりの哀れさと滑稽さが醸し出されていた。
「あらやだ、大丈夫よ明利。この変態俗慾守護機構神【カシィ=ゼフェルティティ】様は、何も危害は加えないそうですから・・・多分ね」
「アル、そいつは一体何なんだい?どうして此処に居るんだ?」
明利の強張った表情からは、警戒心が少しも失せていない事が解る。
「さぁてと、どう説明したら良いものかしらねぇ。えへへ!私に憑いてきちゃったの」
「ㇵぃい?アルに憑いて来たって?疑似生命体にしてはとても特殊な感じだが、そいつは魔族か?はたまた鬼神の類なのかぃ?」
明利は微笑むアリュナールの表情を見て、半ば呆れ返って少しばかり落ち着きを取り戻したのか、未だ警戒心を維持しながらも構えたハンドブラスターをゆっくりと下ろした。
「真に無礼な物言いよ。そう幾度も「そいつ」呼ばわりするでないぞ、拙き種属の小僧め」
「守護機構神に向けた、その卑しき稚戯の如き言葉使いは、殊の外気に入らぬ」
「やはり我慢がならんな。少しばかり焼きを入れてくれようか」
「ㇵハーハㇵ、蒸し焼きがよろしいかな」
「いや、カリッと焦がそうか」
「熱してやろうぞ」
カシィは、フワフワと分離したかと思うと激しく炎を立ち昇らせて、明利の周りを悪戯っぽく威圧しながら飛び交い、まるで愉しむかの様に彼を弄び始めた。
「んもぅ!止めてくれませんか、カシィ。下品です」
アリュナールがさも鬱陶しそうにカシィを窘める。
「明利、取敢えず説明しておきましょう。こちらは【カシィ=ゼフェルティティ】。この惑星【香粋】の守護機構神らしいの。《羅刹》属だそうです。そうね、私たちの概念で捉えるならば、変態性プラズマ状集積念想生命体《羅刹》の俗慾王とでも言うのかしらね?」
アリュナールが何時もと違いかなりの皮肉を込めて、カシィと出会った次第を明利に説明しているその間にも、カシィは彼の周りを賑々(にぎにぎ)しく囃し立てながら、時折彼の体の一部を小突くようにして飛び回る。
そしてアリュナールは、カシィの目的であるリディス少佐の奪い去った彼らの半身を奪還する手助けと引き換えに、明利と彼女を守護し、目的地である多重金剛界結界へと導く取引が成立した事を語った。
「危険は無いのかい?相手は《羅刹》属なんだろう?人類の理解が及ばぬ未接触の鬼神類属に分類記録されているけど」
記憶巣にあった比較的古い内容をリーディングした明利は、一層怪訝そうな眼差しをカシィに向ける。
「許より承知です。ちょっと、危険かな。と言うより、いえ、かなり下品なんですけどね!」
躊躇う事無く、キッパリとアリュナールは答えた。
「それにこれから先、カシィの守護と導きが無くして、今後オペの遂行はうまくいかないと思うの。そうでしょ?」
「ああ、それは何となく理解できるよ。しかし、俄に僕達を守護する鬼神属が現れたと言われても、とても信じられないな。鬼神属レベルにもなる高度積層想念体の調伏自体それ程容易な事じゃ無いし、それに、彼らの半身を奪取して行ったと云うリディス少佐の力も侮れないよ」
明利は記憶巣の中で、暫くアクセスもせず埃を被るほど長い間放置されていた《高等呪術祓伏師養成課程》のファイルを、秘匿書架から引き出し久方振りにパラパラと読出していた。
そして、彼の疑念に応えるかのように、カシィがアリュナールの話を引き継ぐ。
「愚かな。我は、調伏されてなぞおらぬ」
「幼く拙き種属よ、お前らの狭く浅きその懐疑の念を解くには、余りあるのでな」
「術無きは哀れなるかな、この一想のみにて我らは情を与えるに至ったのだ」
「我が庇護の許にあるが善い。術なく弱き者達よ、儚き存在よ」
「悲しむべきかな。お前らに憐れみを掛けて遣る事とした」
「そして我が情けに応じ、我らの望みを聞き届けよ」
「多宝の供物を奉じるより、我が願いを成せ」
そしてカシィの言葉の最後に付け加えるように、アリュナールが一言こう締め括り明利に向かってニッコリと微笑んだ。
「だって、憑れてきちゃったんだもん。しょうがないでしょ?」
「やれやれ、お互いの目的が一致したって訳かい?はぁ、それはそれで・・・良いんだろうね」
明利は、未知の異種属高度積層想念体を随わせたアリュナールの屈託のない笑顔を前にして、呆れながらも無理やり自分を納得させたが、其れとは反対に彼女自身に対する全く新たな疑念が首を擡げ始めていた。
鬼神レベルにある未接触の異種属高度積層想念体を「調伏」とまではいかないが、こうまで従順に従わせるとは、そう誰にでも出来得る術業ではない。
(高度祓伏施術を行使した訳でも無し、況してや、宰華帝国の特級祓伏師が複数段の施犎陣を施し駆式させたとしても相当困難が伴うだろう・・・だが、彼女はそれを易々と遣って退けた。嘘だろう?)
彼女の中には、恐らく彼女自身が知り得ない何らかの強力な呪術的能力が潜在内包されているに違い無く、アリュナールには能力を行使する事が極自然に可能なのだろう。
そして、その能力を彼女に授けている強大な存在がある筈だ。
明利は、程遠くない将来に於いて、彼女の持つ能力を見定めなくてはならない時が来る事を、そして、強大な存在が彼とアリュナールとの間にどの様な未来を齎す事となるのか、望めるならばその時が永遠に来ない事を祈る様に自分に言い聞かせていた。
その時、疑念に囚われ項垂れていた明利に向かって、突然カシィが催促するように囃し立て始める。
「急ぐが良い」
「お前達が、グズグズしておるからだ」
「気付かぬか、卑しき瘴気が、辺り一面にプンプンしておるぞ」
「視よ、もう囲まれておるわ。下等な水蛭子の類が、お前らの血肉を欲している様だな」
「我は御免だぞ、守護するものを容易く供物として刳れてやる訳にはいかぬでな」
カシィの燐焔が、次第に勢いを増し強く翻って燃え盛る。
「急げ!急ぐのだ」
「急げ!仕掛けて来るぞ」
「急げ!奴らが手を出して来るぞ」
アリュナールはカシィの急かした声に俊敏に反応すると、跳び付くように広域早期警戒情報システムのアラート表示を確認し始めた。




