5 アタック・バイアレント 2
「だめよ!明利、まだ動いちゃダメ!じっとしてて下さい」
アリュナールは、ハイジェットアダプターに治療インプラントを挿入した後、明利の左胸に取りつけられたバイタルセンサー・ユニットに接続させて器用に操作を始める。
「バイタルサインはオレンジ。今ね、貴男の体内では治療デバイスコンポーネント【QD33コンビナート・セクトⅠ】が湧出中よ。治療インプラントのバイオ・ナノマシーンが、貴男の内臓を修復し骨折箇所を再融合してくれているわ」
そう言いながら、アリュナールは静かに明利の額に手を当て、優しくそっと彼の髪を撫でていた。
「だからね、じっとしてて明利。お願いよ」
その時アリュナールは、心の底から湧き上がる捉え処の無い不思議な感情が、次から次に溢れ出て来るのを感じると明利を覗き込んでいた瞳を静かに閉じ、彼の横顔へと口元を近付けてそっと彼の耳元で囁いた。
「・・・ごめんなさい・・・」
初めて見せたアリュナールのその可愛らしい仕草に、明利の心は瞬く間に魅かれてしまっていた。
「あ、・・・ああ、いや、大丈夫だよ。コンテナ・ユニットの破片が先に降ってきちゃって、それが不幸にも当たったのさ。僕の方こそ心配させちゃったね」
それは、彼にとって偽りの中の真実であり、常に真実の姿を纏った偽りの闘いの渦中に身を置いていた彼自身が、最も恐れそして最も欲していたものかもしれない。
MIDの特命を受けた身である事を決して反故にする気は無いが、明利は今この一時の感情に身を任せていたいと心から願う。
「アル、僕こそ済まないと思っているよ。決して君の柔らかなお尻の所為じゃぁないからね」
彼がふと抱いたその感情こそ、永い間非情なる軍の特務専任処理に従事していたこれまでの人生から見ても、いや、その感情が芽生えることさえもが彼自身にとって驚嘆に値する貴重なものであったからだ。
「し、失っつ礼ねぇ!私のお尻の所為だなんて、全く下品です!・・・でも、助けてくれて本当にありがとう感謝しているわ」
アリュナール自身、思わず自分でも抑えようもなく溢れ出してしまいそうになる感情に堪えがら、純粋に素直な気持ちを明利に向けていた。
「ええ!とっても心配しましたとも。・・・そうそう、ところで明利。貴男、魘されながら誰かさんの名前を呟いていたわよ?それって何方なのかしら?」
「はぃい?って!僕、何て言ってたの!!ええっ?それってホントォ?」
思わず狼狽えてしまった彼は、「ハッ」として反射的に顔をあげ思わずアリュナールの頬へ触れそうになる程近付いてしまうが、真顔をしたアリュナールは身じろぎ一つせず、明利の瞳を探る様にじっと見つめたまま少しも動こうとはしなかった。
間近に迫った、アリュナールの深く吸い込まれそうな程に澄んだ薄墨色の瞳は、明利の心を確りと鷲掴みにしていたが、不覚にも明利の脳裏には、一瞬、懐かしい女性の面影が再びハッキリと過ってしまう。
だが、其れも彼にとって遠い昔に既に終わった事であった。
「へぇー?否定しないのね、ふーんそうなんだぁ。でも・・・うん、ちょっとざーん念かな、名前は聞き取れなかったの、ホントよ」
明利の動揺を見透かした様に、悪戯っぽく、それでいて彼の全てを受け止めるかの様に柔らかく微笑んだアリュナールは、ヒラヒラと小さく手を振りながら彼の傍からゆっくりと顔を離した。
「はぁ、・・・良かったぁ」
彼女の言葉に明利の顔が安堵感で緩んだ途端、踵を返したアリュナールの反撃が容赦なく降りかかった。
「何ですと?「良かったぁ」ですと?ふん!それって、もっと下品です。もう知りません!寧ろ、私のお尻で怪我させちゃって、清々したわ!!」
「あっ、えっと、そりゃ、何て言ったら良いのか・・・すいませんでしたぁ」
彼女の逆鱗に触れ、慌忙と思わず怯んで困惑していた明利の姿を見兼ねたのか、一頻り剥れていたアリュナールは一転して「クスッ」と噴き出すと、明利も疼く胸の痛みを堪えながら攣られて自然に笑顔を返していた。
こんな処で、こんな気持ちが抱ける事も何だか心地よく感じられるとは、全く今回のオペレーションは異例ずくめだと感じる一方で、その純粋なる想いとは裏腹に彼女の柔らかで艶やかな姿態を前にして、明利の脳裏に湧き上がって来た刺激的な欲求が擽られる。
彼は、互いに不思議な時間と空間を共有している優しげなアリュナールに対して、少しばかり湧き上がったその正常なる冒涜心を恥じて、必死に邪念を封じようと試みる。
片や、明利の胸元に挿入したバイタルセンサー・ユニットを摩っていたアリュナールの中にも、彼の存在に何処となく抱いた心地好さと、束の間の暖かな儚い記憶を抱き締めようとする細やかな感情が灯っていた。
「何故だか昔、アリュナール。君と何処かで一緒に居たような気がするんだ」
「そうね。私も何故だかそんな気がするわ、明利。貴男と一緒だと何だかとっても落ち着くの、何故なのかしら?」
二人を覆う遥か天空を彩った【香粋】の双主星ラーナティⅠ・Ⅱは、軈てその輝きを瑠璃と雌黄から、濃い菖蒲と蘇比へと移ろわせて行き、そっと寄り添う二人の影を優しく包み込みながら、遠く深緑色をした沙緑の地平線へとゆっくりと吸い込まれる様に沈んでいった。
それに代わって、暗き鉄紺に染まった天空の舞台に架るオービタル・リングは、キラキラと瞬きを増しながら虹彩の大河となって地表層に美しき光の雫を降らせ、夜の帳をゆっくりと支配しながら時を刻み始める。
「明利・・・貴男が何者なのか、以前の私は知っていたのかもね?・・・明利・・・今の私にはね、3星歴年前からの記憶しか存在しないの」
「?・・・如何言う事だい?」
「あら、こうして観ると本当に綺麗なリングなのね・・・」
アリュナールは、その儚くも煌びやかに拡がる美しい情景に心を魅せられたのか、徐に、明利に秘めていた自分の過去を静かに語り始めた。
「ティア達606分室が、あるOP遂行の最中、偶然発見した特殊閉鎖空間に閉じ込められ漂流していた古い難破船の中で、唯独り眠っていた私を見つけて救出してくれたの。でも、私が目覚めた時、私の記憶巣にあった筈の前歴補完記憶領域は重大なダメージを受けていたらしくて、過去の記憶履歴の殆ど全てを失っていたわ。それが3星歴年前の事よ、・・・だから今でも彼女達には感謝しているわ」
俯き加減に語るアリュナールの凛とした横顔を、オービタル・リングが発する虹色の輝きが薄らと照らし出し、彼女の抱える神秘的な影を更に強調して浮かび上がらせていた。
「君は其処で、どれ位眠ってたんだい?」
「・・・解らないわ。乗っていた難破船の船籍や航行記録、航路統制管理局の遭難不明船データベースにも登録は無く、船名以外の諸元は一切不明。只、船体損傷の様子から随分と永い間特殊閉鎖空間を漂流し続けていた事だけは確からしいの」
アリュナールは、瞳を伏せたままゆっくりと小さく頭を振る。
「じゃあ、君が眠っていたという難破船の名前は?」
「名前は・・・【リトープス】よ」
明利はその船名をヒントに、彼の内装記憶巣にある膨大な宙航艦船籍データファイルにサーチを走らせてみるが、何故だかその名に関連するデータを見つけ出す事は出来なかった。
「妙だな、MIDのデータは、人類銀河文明圏の殆どの艦船籍を網羅している筈なんだけど・・・」
「いいのよ、皆も散々調べてみてくれたんだけどね、サッパリ判んなかったわ。其れより明利、あなたの事をもっと知りたいな」
アリュナールは其れまで伏せていた瞳を上げ、輝くオービタルリングの光を宿した彼女の美しい薄墨色の双眸は、再び明利の顔をじっと見詰めていた。
「貴男は、如何して私達の所へ来たのかしらね?貴男は、何を求めているのかな?何が知りたいの?」
彼女の曇り無き真摯な眼差しを向けられ、如何返していいのか思わず返事に躊躇した明利は、真実を探りながらも決して語る事を許されない調査員の宿命と真っ向から対峙していた。
「うん、その・・大した事じゃないんだけどね・・・」
数多の言い訳を探しながら、何時もと違い言い辛そうにしている彼の言葉を覆って、天空に広がる蒼穹の影が暗闇の素顔を覗かせ始めた頃、二人の柔らかな時間は一先ず終焉を迎える事となった。
最初に、簡易シェルター周辺の異変に気付いたのはアリュナールだった。
「明利、何か・・・何だか外が変だわ。さっきから妙な気配を感じるの」
アリュナールは、言い難そうにモジモジとしていた明利の傍をスッと離れ、簡易シェルターから外部を観察できるサーチ・スリットを覗き込む為に向きを変える。
「??えっと、アル、防壁結界センサー類には何の異常も出て無いよ。近接警戒システムは・・・と、こちらも異常は無しだなぁ」
直向きに彼へと向けられたアリュナールの純粋な瞳に対して、虚構の言い訳をせずに済んだ事に明利は安心したのか「ホッ」と胸を撫で下ろす。
彼は、【ミッドガルド】からエジェクトして簡易シェルターの周囲6方向へ展開させた、近接警戒ナノ・ドローン・システムのフォロ・ビジョンデータを確認すると、アリュナールの方へ視線を移す。
彼女の後姿を見つめながら、つい今し方まで感じていた迷いと焦燥感が心の奥底で結晶となり、「サラサラ」と音を立てて砕け散って行く感覚に、何故か少しばかり寂しさを覚えていた。
「あっ!あの光よ明利。惘と微かに揺らめいているわ。見えるかしら明利?」
簡易シェルターのサーチ・スリット越しに、アリュナールが遠く横たわる丘陵状になった樹塊尾根付近をジッと凝視している。
「いや、僕には見えないけどな。それより君の気配の方が感じ過ぎて見えるよ」
明利が見つめるその先には、エレクトロルミネの薄明かりを受けて、薄いアンダースーツに包まれたアリュナールの姿態が、とても美しく朧げながらに浮かび上がっていた。
「其れって、流石に下品です!フフフ、でも元軍属の呪幇術師さんと言っても、意外と頼り無いものなのですね」
アリュナールは微笑みながらアッパースーツの袖に手を通し、その優雅な曲線で構成された魅力的な肢体を武骨な外装の下にさっさと仕舞い込むと、クリーンレーザー・ユニットにより簡易洗浄され、陽光とハーブの混じり合った仄かな彼女の移り香りが、微かに香り立って明利へと届いた。
「いや、だからさ、ちょっと鍛えた程度ですって ・・・はい、正直見習いでした!」
(残念!今のアルの姿を何時までも眺めていたかったな)
明利が抱いた不遜なイメージの余韻に浸る間もなく、アリュナールの興味は既に外へと向かっていた。
「ほら、さっきより近付いてる感じがするの。それにね、なんだか数も増えてるみたいよ?」
「多分、きっとそれは《サティルヌスの焔》じゃないかな。古い記録だけど、この星域に分布する移動性樹状生命体の捕食発光現象が確認されているよ。大丈夫・・・こっちから何もしなけりゃ特段悪さはしないさ。・・・それより・・・」
明利は茫とし始める頭を軽く振りながら、体内で活性化していた治療インプラント修復剤から発せられる強烈な睡魔の誘惑に、抵抗する事を半ば諦めかけようとしていた。
「・・・それよりアル、休息シフトの時間だ。簡易シェルターの防御シールド出力を十分維持しておいて、用心に越した事は無いからね」
「ええ、そうするわ。明利、お先にどうぞ。怪我人から先に休んで下さらない?」
明利の話を聞いているのか、アリュナールの様子は何処となくうわの空で、遠くに光る球体の群れを酷く気にしている様子だった。
「アル、君の治療処置は絶大だね。・・・【QD33コンビナート・セクトⅡ】の生体修復用弛緩剤が・・・とても効いて来たみたいだ。・・・すまないが僕が先に・・・休ませてもらうとするよ・・・1.5タイト後に・・・交代宜しく・・・」
明利の体に埋め込まれた治療インプラントは全力で彼の体組織を修復していたが、骨接合のターミナル段階まではまだ暫く時間を要するものと推測された。
「ヤだなぁ、慌てないで頂戴。やっと貴男の体内に留まった鎮静ユニットが浸透し始めたばかりなのよ?ホントだったらね、溶け出してから一通り動かせるようになるまで、優に3ディルは掛かるんですからね」
明利の治療を担うインプラント・ユニット、【QD33コンビナート・セクトⅢ】が次に必要としていたのは、彼自身の一時的活動停止=インターバル状態を作り出す事、それは即ち彼の体を心地よい眠りへと誘う事にあった。
そして明利はあっという間に寝息を立て始め、前後不覚に深い眠りへと堕ちて行った。
アリュナールは、邪気ない子供の様な面立ちをして静かに眠る明利のバイタルチェックを再び終え、彼のα睡眠波が出現したのを確認すると、静かに身支度を整え始める。
彼女は、どうしても確かめなければならない激しい衝動に突き動かされるが儘、遠くに光るあの存在の正体を確かめる為に、そっと独りで簡易シェルターを抜け出していた。
「何だか誘っているみたいに瞬いているわね・・・いえ、あれは確かに、私を呼んでいるのかしら?」
簡易シェルターのハッチから濃密な【香忰】の大気の中へと、2、3歩進み出たアリュナールがそう思った途端、彼女の足元に突如として青白い光の臨環円方陣が浮かび上がった。
「しまった!!これ何?やだ!明利・・・」
彼女が驚きの声を発する間もなく、その青白いサークレットは更にその輝きを増すと、アリュナールの体を一瞬にして吸い込む様に閃光の中へと包み込み、同時に彼女の意識もまた、光の渦中へと瞬く間に飲み込まれて行った。
「・・・カサ、・・・カサカサ・・・カサカサ」
彼女の耳元に、少しばかり纏わり着きながら乾いた風の囁き声が過ぎ去って往き、その音に誘われてアリュナールが意識を取り戻した時、巨大な列柱の続く広大な空間を有した大伽藍の中に、彼女は一人佇んでいた。
如何やら其処は、惑星【香粋】の表層下に広がる広大な地下空間に造られた、超古代遺跡の巨大なシェルター都市の遺跡なのだろうか、ドーム状構造体の廃墟が何処までも果てしなく連なっている様にも見える。
凡そこの遺跡の有していた都市機能、いや生命活動そのものが途絶えて随分と久しいのだろう、冷たい地表を風に誘われて幾ばくかの塵芥だけが、小さく音を立ててハラハラと舞い上がって行く。
「そうか、FTL通信が遮られていたのは、此の所為なのね。惑星の表層下に、こんな構造物が存在していたとは・・・でも、此処ってとっても寂しい処ね・・・」
辺りは仄暗く、微かに地平線と思しき境界に架かった銀色に鏤められた黄昏の中で、彼女は確かに何者かの存在を感じ取っていた。
だが、何故だか不思議と彼女には恐怖の欠片さえも湧いて来ず、寧ろ、この寂寥たる侘しさにも似た感情に包まれている自分の存在を、何故かしら酷く冷静に捉えていた。
「!其処に居るのは何者ですか!?人?いえ、人類では無いようですね」
その気配は最初単なる雑音か、風を斬る調べの様でもあり、漣となって少しずつ寄せては返して次第に彼女の心へ届くと、軋んだ音をあげてジワジワと直接意識の中に溶け込み始める。
言葉に為らない何者かの思念詠唱波は、彼女の言語野をアクティブ・リーディングしたのか、何らかの意思を伝えようと辿々(たどたど)しく言葉の音符を奏で始め、やがて彼女の言語調律韻階構成をモデリングすると、堰を切った様に明確な意味を伴う言語となって一気に語りかけて来た。
「・・・www、Wa、WAre、我ワレ・・・我々は・は、この星を守護する・する、誇り高き守護機構神・機構神。【カシィ=ゼフェルティティ】ェルティティ】と呼ばれ・と呼ばれている至高の存在だ・だ」
やや耳障りで、部分的に反響した異なる音色の言葉が聞こえて来ると同時に、彼女の目の前には惘りと蒼く揺らめく一つの焔塊が浮かび上がる。
アリュナールは微かに疼く頭の中で息を凝らしてその焔の正体を探るが、それは明らかに明利の言っていた、移動性樹状生命体による捕食発光現象《サティルヌスの焔》等と言う生易しい存在では在り得無かった。
やがてその焔は、ゆらゆらと数個の焔に分裂を始めながらハッキリと形を現し、彼女の周りを輪を描いて威嚇する様にゆっくりと漂い始める。
だが、アリュナールの意識は何故だか恐怖を感ずることも無く、彼らの発するコンタクトに静かに心を傾けた。
「我々は、御身ら人類種属の知識に在れば《ラークシャサ=羅刹》と呼ばれている護法神族に類似している様だが、それとは根本的に似て非なる者だ」
「凡そ異質な、非ざるべき者かな」
「似るべくもない」
「非だ」
其々(それぞれ)の青白い焔が発するRondoの様に繰り返された音韻旋律が、取り囲んだ彼女の周囲の空気を振動させ、一気に共鳴し始める。
彼女に伝達されて来たその思考は、言葉と言う概念を超えた不撓なる意志そのものに感じられ、アリュナールは気丈にもその青白き焔の群れに向かって怖れる事無く問い掛けた。
「ラークシャサね。昔・・・確かに聞いた覚えはあるわ、《羅刹》属プラズマ状集積念想生命体だったかしら?さて、じゃあ、その鬼神の類が一体私に何用かしら?」
アリュナールの集積記憶巣の奥底では、遠い昔に封じられていた筈の古きインデックスがゆっくりと開き始め、何時か聞き覚えのある独特な音律で彼女にこう囁き始める。
<畏れるな、欺かれるな。ゆっくりと、丁寧に。彼らの思考は幼く、そして纐纈>
その内なる声に付き従う様に、アリュナールは《羅刹》属プラズマ状集積念想生命体からの返答を静かに待った。
「ほう、これは面白い。お前には、我らへの畏れが纏わり憑いておらぬな。いや、既に我らの存在を認識していたとでも云うのか?」
やや大きな焔塊らしい思念体が、彼女に向かって吠え掛かると、続けて周囲に漂う小さな炎の群れが一斉に囀りはじめた。
「いや、お前は、何故我らの事を知っているのか?」
「そう、先ほどの奴めらもそうであったな」
「さあ、奴めらの仲間であるかどうか」
「だが、力はあの女だけであったぞ」
「だが、この女にも力を感ずるではないか?」
「さあ、奴めらの同属である、お前への用向きだ」
「そう、我らを知っている、お前への用向きがあるぞ」
「いや、お前を待っていた、いざ我らの願いを聞き届けよ」
やがて、各々勝手に宣っていたカシィの焔群が、再び一つの焔に纏まり彼女へ痛切に訴えかけて来た。
「我々の半身が、お前らの同属に調伏隷従させられてしまった。我もこの地まで落ち延びしものなれど、我が手足を還せ、己が同族より耳目を取り戻せ。我はお前に銘ず、速やかな現況回復を望むものなり」
恐らくこの鬼神、神の名を騙る【カシィ=ゼフェルティティ】の一部は、リディス少佐らの手による何らかの高等呪術技犎程式の駆式により、封印され奪われたに違いない。
彼らの力を利用するべき何らかの必要性があったのか、果たしてリディス少佐らの目的が何処にあるのか、アリュナールは一層の興味を持ってこの哀れな鬼神【カシィ=ゼフェルティティ】と、改めて対峙していた。
「理由は如何にせよ、勝手な言い分ね。そうはいかないわ」
彼女の耳の後ろに埋め込まれている、集積記憶巣に折り畳まれた古い情報基底核部が、インデックスの脈動を発し続けアシスト・スクリプトを囁き始める。
<羅刹属は狡猾に取引を持ちかける。慎重に対価を見定め導き出せ>
<簡単に危険な取引に応じるな。さもなくば精神を焼き尽くされる>
<だが、彼らは約束を違わぬ限り、無垢なる者の様にその履行は完全>
<必要とあらば、掌中とせよ>
アリュナールは、その声が導くままに取引のカードを手繰り、《羅刹》属の外堀を埋め始めた。
「簡単ではないけど、手伝ってあげるのも善いかもね。でも、鬼神を信じるに足る要素がないわ?」
思わぬ取引相手の出現に、歓喜したカシィが勢い騒ぎ立て始める。
「乗ってきおったのか?さあ何が望みか?」
「お前は、何を欲するのか?」
「望むものを言え」
「望むものを叶えてやろう?」
「そして、我が望みに従い、我に示すか?」
アリュナールは、集積記憶巣の指示のまま最初の一手を仕掛ける。
<彼らの想念を、己が意志の下に導き組み替える>
「欲してなんか無いわ、望みも何も要らない。それより、貴方は私の【信】を得れるのかしら?」
アリュナールの冷静な問い掛けを前にして、カシィの想念が大きく乱れ揺れ動き、やがて幾重にも思考を乖離させて乱れ飛び始める。
←「何も要らねば取引にならん。欲するモノ無き等とは、先の奴めらとは違うぞ」
→「黙れ!小娘、この儘お前を焼き殺しても良いのだぞ」
←「此れでは取引にならん。奴らとは確かに違う」
→「その傍若無人な振る舞い、我が恐怖の坩堝にて燃やし尽くしてやろう」
←「いや待て、先ずは取引だ」
→「誇り高き【香忰】の守護機構神たる我らへの愚弄、万死に値す。灼熱の炎の中で踠き苦しむ様を我の前に晒すが良い」
←「我は、躰を取り戻したい。適わば不味い」
→「お前のその灼熱地獄の中で、踠き苦しみ苦痛に歪む様は、さぞ愉快で有ろうな」
←「取引にならぬとあらば、我の望みを適える事が出来ぬ」
→「我が呪いを受けるが良い」
←「それでは永久に、我が半身を取り戻せぬ、我の力を取り戻せぬまま朽ち行く事と相成り果てよう」
激しく火花を散らし激突していた焔の群れは、相互に交わされる想念と共にゆっくりと集合し始め、戸惑う様に、静かに揺ら揺らと蠢きながら再び一つの焔塊へと収束し始める。
「では、お前との取引を始めるとしよう」
古き集積記憶巣がアリュナールに指示を告げ、カシィの混乱に点け込んだ彼女は、嗾ける様に澱み無く問いを発し続けた。
<組み替えられし「羅刹」の想念を、己が意志として治めよ>
「如何すれば、私の【信】を得れるのかしら?答えてくれますか?「羅刹」の属長よ、誇り高き守護機構神よ!私は御身の「信」を問います!!さあ答えるがいい!!!」
「羅刹」の群焔は、再び一層激しく集合・分離を繰り返しながら、盛んに彼女の周りを飛翔し始めた。
→「悍ましき下賤なる単一積念体の身で有りながら。尚も我を愚弄するか」
←「我の信を示せとは何故か、我にはお前の求める信が必要なのか」
→「汚辱と苦痛の恐怖を、その身に刻み付けてやろうぞ」
←「必要なのは信。我が信を示せば、良いのか」
→「最早、後には戻れぬぞ」
←「お前の言う信とはどの様な物か。我が何を示せばよいのか」
→「お前に永劫の屈辱と、後悔を与えてやろう」
アリュナールは胸の前で組んでいた腕を解き、スッと背筋を伸ばして徐に片手をカシィに向け差し出すと、気迫を込めて一気に問い掛ける。
<「羅刹」の想念を収束し、統べさせ型を成す。さあ、答えを導き出せ>
アリュナールの古き集積記憶巣がそう結んだ。
「私は、貴神方の難事に力を貸しましょう。至高なる【香忰】の守護機構神よ、私達を守護する代わりに貴神方の手助けをする用意があります。さあ、【信】ずるに足る証を!!」
アリュナールは躊躇せず、【カシィ=ゼフェルティティ】の焔に向かって一気に畳み掛けて迫った。
「さあ!如何様に【カシィ=ゼフェルティティ】を【信】ずるのか、答えを齎せ!私達を守護せよ!!それが【信】ずる証となろう!」
目まぐるしく、激しい勢いで彼女を取り囲んでいた青白い焔の球体群は、次第にその飛翔の速度を緩めながらアリュナールに向かって吠え続ける。
「そうだ、お前の望む力を貸そう」
「そうだ、お前らの目指す場所へ連れて行ってやる」
「我々の力で、送り届けること造作もないぞ。さすれば、我が望み適えし手助けをするのか?」
「我が守護の下に、お前を置けば助力するのだな?」
「そうか、守護すれば【信】を得るのだな?」
「然らば我が望み、果たされんと」
軈てカシィの焔群は、ゆっくりと一つの焔塊へと纏まりながらアリュナールが差し出した手の前で静止し、彼女は黙して頷くと静かにカシィの答えを待った。
彼女の古き積層記憶巣が喚いた。
<今こそ術を成し、力を得るが良策>
彼女はその声に勝負を賭けた。
「私達の護法神となり、守護致すのか!致さぬのか!さあ、答えを今ここに!!」




