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交替要員の捜査員との通話を終えた重松は、眉間に皺を寄せて自分で首筋を揉んでいた。
「あぁ……座って寝るのはきついなぁ。腰、背中、首がバキバキや」
「ほう、そしたら宮田整形外科医院で診てもらいますか?」
「あほな。ほんで、特に変わったことは起こってへんねやろ?」
やや嗄れた声で問う。佐久間の無精髭は目に見えて濃くなっていた。
「ええ。この二時間何も。医院が閉まってからの夜は何か仕掛けてくるかもしれんと思たんですけどね」
二時間ずつ交替で仮眠をとりながら火曜日の朝を迎えた。この後帰れるわけではない。他の捜査員と交替して、自分達は被害者の周辺捜査の続きに取り掛からなければならない。
「やっぱりそんなすぐに動かんのとちゃいますか?」
あくびを噛み殺しながら、佐久間は重松を一瞥する。
「今日が危ないと思うんや。特に今日の夜、閉院してからや」
ペットボトルの水で喉を潤すと、矢継ぎ早にラークを咥えた。車内は既に煙たかった。
「今日ですか?」
「そうや。俺らが篠崎を警護してる中で強行突破で犯行に及ぶとしたら、今までみたいに行かん。拉致してすぐに殺して、そのままどっかで燃やさなあかん」
「……なるほど、なんぼ上手いこと我々の目先で篠崎を拉致することに成功しても、追っ手から逃れながらやから、悠長なことしてられませんな」
「となるとや、宮田整形外科医院は水曜が休診日や。一晩で全てこなそうと思たら休診日かその前日やないと苦しい」
佐久間も重松を倣ってか、セブンスターに火を点けた。
「……今晩か明日か。そこがヤマですな」
捜査は依然として行き詰っていた。宮田整形外科医院に通っていたことが確実視出来る者は高峰・菱谷・二瓶の三人。堺市内のどこかしらの整形外科に通っていたとされるのが平井・矢沢・武原の三人だ。宮田整形外科医院だけに限定してしまえば、三人に過ぎない。
――サイドミラーの中の自画像は、目の下が黒ずんで、ひどく疲れ切っているように見える。
監視のためのセダンから抜け出した二人は、朝から夕方まで堺市内を行脚して回った。その結果、被害者の一人である黒木は草野球が趣味であり、一時期脚を痛めていたことがあったという事実が分かった。これはつまり、整形外科に通っていたであろうと推測させる事実だ。
だが掴めたのはただそれだけに過ぎない。砂金を探して砂場を掘り起こせば、見つかったのは綺麗な石英だった……といったところだろうか。
長いはずの昼も、瞬く間に暮れていく。宮田整形外科医院が開院している昼間には、やはり何も起こらなかった。
「今晩は篠崎の警護にもう一人くらい応援を呼ぼか? 江口君でも居てくれたらだいぶ心強いで」
「僕では心許ないでっか?」
佐久間がにたにたと笑いながら、しかし重く沈んだ声色で反応する。
「なんせ危険や。今晩と明日の晩は。一人くらい増員しとくべきやろ?」
冗談の色の有無は対照的だが、身体能力の高い新鋭が来れば心強いという部分に関しては、言わずもがな一致していた。
江口を合流させて――ついでではあるが前嶋刑事も車に乗せて――幾らかの安心感という名の襷を掛けて四人は巣に帰るように篠崎宅へと向かった。
平日は休日に比べれば来院する患者の数は少なくなるが、閉院間際の夕方五時台は仕事を早めに切り上げてきた勤労者や、放課後の学生を中心に、混み合う時間であった。
宮田は努めて無心に診察をこなしていた。今日の診療が終われば、心中荒れ狂うことが目に見えているからだ。
今晩、計画を実行に移すと決めている。昨夜全ての準備を整えておいた。行程には幾らか運任せの部分も介在しているが、それはある意味で余裕を持っていることの裏返しだと自分で納得している。
今は警察の警戒も高まっているのは間違いない。だが、やるしかない。捕まることは怖くない。
あの夜見た母の涙や無残な姿は、黒い記憶となって今も精魂を搾り取って行く。血反吐を吐く程の苦悩に苛まれる。
あの忌々しい入れ墨を灰の中に葬り去る……そのことしか目の前には見えていなかった。




