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灰の中  作者: 茜坂 健
二〇一〇年八月二十二日 日曜日 午後
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27/31

 何種類かのニュース番組を、取っ替え引っ換えに鑑賞した結果、幾つかの事実が分かった。

 警察はまだ被害者の共通点として、入れ墨の存在についてはメディアに流していないようだ。だが、一連の事件について八件とも被害者と見られる人物が浮かんでいるということは、既に各局こぞって報道している。

 宮田は今日医院を訪ねてきた重松という刑事のことを思い返していた。

 恐らく警察は、被害者には皆入れ墨があったことを突き止めている。重松の口振りからしても、間違いないだろう。そして医院まで押しかけて来たということは、彼らが例外なく患者であると気付いているだろう。

 宮田の計算外だったのは、予想以上に早く警察が自分を見つけたことだ。重松という刑事はかなり鼻が効くらしい。

 元から警察の追随など恐れてはいない。監獄に放り込まれれば、例え地球が傾こうとも自分は死刑になり、断頭台の露と消えるだろう。そのこと自体は決して構わない。暴漢の腕で未練のうちに葬り去られた母親の最期に較べれば、死に場所を用意されて事切れるというのも悪くない。

 だが今はまだ成し遂げなければならない。篠崎昌信という男の入れ墨を灰に帰す――

 しかしそれもまた、警察の登場で厄介なことになってしまった。

 重松らが帰った後、受付業務を任せているパートの奈津子なつこにそれとなく尋ねてみれば、彼らは篠崎と何やら話し込んでいたらしい。そのきっかけは篠崎が入ったトイレに、重松が誤って入ろうとしてしまったからのようだ。

「……余計なことを」

 一人しか居ない空間にも関わらず、宮田は怒気を押し殺した声で呟く。

 これはまさに、重松が篠崎の入れ墨を目撃してしまったのではないか? でなければ、数人居た患者の中で、篠崎だけと深く話し込む理由などない。

 村上に次いですぐに現れた篠崎だが、もうあれこれと思索に耽っている暇はない。警察が篠崎を警護しようと脇を固め出したら、どう足掻いても手を出すことは不可能だ。

 気分転換に、消したばかりのテレビを再び点けようとリモコンに手を伸ばす。ボタンを指先で押し込めば、静寂の間隙が、存在したことさえ忘却の彼方に飛び去りそうな程に一瞬だけ空間を走ってから、賑やかしいスタジオが映し出される。お笑い芸人や若手俳優が雑学クイズに苦悶しているところだった。

「……」

 被害者の腰や腿に入れ墨があることを知り、しかも自分が犯人だと警察が睨んでいるのなら、篠崎の周りを固めていないわけがない。

 こうなれば一種の頭脳戦だ。防弾ガラスのショーケースで囲われた、幾千カラットのダイヤモンドを衆人環視の中から攫い出さなければならない。

 ――篠崎の個人情報については、もう十分過ぎる程に叩き込んである。

 彼は堺市の金岡公園の近く、ちょうど今年の三月に犠牲になった二瓶典和と同じ地域に住んでいる。子供は既に一人暮らしをしているが、家では妻と二人で暮らしているという。

 無論、住所はカルテの問診票から盗み見ればすぐに分かるが、家族構成や生活習慣まではそう簡単に分からない。だからこそ、診察中に自然な会話から訊き出すのだ。子供が独り立ちし、妻と二人で暮らしているという事実はまさに、診察台の上で無防備に横たわる彼自身の口から漏れ出たものだ。

 宮田が神経質にならざるを得ないのは、この妻の存在だ。彼女に気付かれないようにしなければならない。

 妻は日中パートをしているらしい。そして、篠崎は数年前にリストラに遭い今は無職なのだと言う。日中なら篠崎は一人暮らし状態だ。ならばそのタイミングを狙うのが最も単純で簡単に見える。

 ――しかし問題はそのダイヤモンドは、厳戒態勢で守られているだろうということだ。早ければ今日にも篠崎の周りに刑事を送り込んでいるだろう。日中に動くとなれば、医院が休診日の時しかないが、自分が動きやすい日イコール警察が注意を高めている日である……

 宮田は自らの手で額を覆い隠す。

 警察が警戒を解くまで待つという選択肢もあるにはある。しかし、自分の中の牙はもう、奮い立っている。

 宮田は何も無い虚空に方程式を書き殴っていた。行き詰まっては、溜息が漏れる。

「じっくり計画立てれば……」

 そう言って深く頷く。

 難問をクリアした高学歴タレントが、金持ちの子供のような得意げな微笑と共にアップで映し出されている。次の問題に入ろうかという時、CMに切り替わった。爽やかな男性アイドルを起用した宅配会社のCMだった。

「……」

 自分の武器と言えるものは、これまでも拉致に用いてきたスタンガンくらいだ。それ一つで何人の刑事を相手に立ち回れるだろうか?

 自分はスポーツもろくにこなせない。いくらスタンガンを持っていたって、鬼に金棒とはいくまい。自分は鬼ほど強くない。

 他に武器と言えるものは無いだろうか……

 他人に勝る強みと言えば、自動車の運転が得意なことくらいだった。

 普通車だけでなく、中型トラックだって動かせる。中型の免許は持っているわけではない。ただ、機械を操ることは割と得意で、昔知り合いのトラック運転手の男に頼んで、悪ふざけで少し転がしたことがある。

 組んだ両手が次第に汗ばむ。今夜も熱帯夜らしい。身体は疲弊している筈だったが、宮田は眠気など感じなかった。

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