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守屋明利の自宅は所謂豪邸だった。
玄関の門柱の隣には、鉄格子のシャッターが電動で上下する大きな車庫が備え付けられている。格子の隙間から覗くのは、磨き込まれたレクサスのボディだ。
重松らを出迎えたのは貞淑そうな夫人だったが、すぐに応接間に通され、守屋明利が姿を現した。
これだけの豪邸の応接間となると、隅々まで高級調度品で溢れかえっている。今重松らが腰を下ろしている革張りのソファや、木目調の机も、却って居心地が悪くなるような代物だった。
重松と美由希は尻を跳ね上げられたように立ち上がり、ぎこちなく守屋との名刺交換を済ませる。
「こりゃまた、どえらいお宅ですな。やっぱり医者っちゅうのは儲かるもんですなぁ」
「いえ、医者なら皆儲かるというわけでもないんですよ……。私はそれ相応の努力を重ねてきたとは自負していますが」
守屋の言葉には関西弁の語彙どころかイントネーションさえも含まれていない。どうやら守屋は関西の出身ではないようだ。
「それだけの努力の成果ですから、どちらにしても立派なもんですわ」
重松は首が据わらない赤子のように、右に左に顔を向けて部屋を見回しながら、自然な流れで腰を下ろした。それを合図に三人共がソファに腰を落ち着かせる。
先に本題に踏み入ったのは守屋の方からだった。
「それで、阪奈和整形外科医会で開催している、定期研修会についてのお話だそうで?」
「ええ。あの研修会は昔からやってるんですか? ホームページには結構昔のやつまで載ってましたけど?」
「年に二、三回をもう十年くらい前からやってますね。尤も、始まった頃は私はまだ代表ではありませんでしたけども」
何を言うにも自信が言葉の端々に満ちている。典型的な成功者タイプだ。
「ああいうのは、独立した開業医が参加するもんなんですか?」
「まぁ開業医向けというのがメインですけど、勤務医だってまだ若手のうちは、ああいった研修会やセミナーなんかに頻繁に顔を出しますよ。病院から派遣したりもしますし」
医者の世界というのは重松にとって、テレビドラマの世界だった。虚構と現実の差異も何も正確には理解できていない。
「はぁはぁ。やっぱりいつまでも勉強は欠かせんのですなぁ」
重松は苦笑いを浮かべ、側頭部の髪の毛を掻いた。
「新しい症例や術式、とにかく新たな発見は毎日のように続いていますから。医療の歴史は人類の発展の歴史と共に、歩み続けていると私は思っています」
「なるほど……。ところで、年に二、三回の研修会のうち、毎年和歌山県の橋本市で必ず一回は開催されてますな?」
「それは単純に私が今勤めている病院が、橋本市にあるからです。交通の便はあまり良くないところではあるのですが……」
さっき交換した名刺の守屋の肩書きは『橋本みどり病院院長』となっている。どの程度の規模の病院かは重松には分からないが、阪奈和地域の整形外科医会のトップになり、これだけの豪邸に住んでいることを踏まえれば、大きな病院なのだろうと容易に想像出来た。
「その橋本市での研修会に参加した医師の名簿みたいな物は、ないんですか?」
「名簿なら、私の書斎にありますけど、何かの事件に関わってるんですか?」
問いかける時も守屋は胸を張ったままだ。重松には次第に虚勢を張っているように見えてきた。
「まぁそれをお伝えせんまま頼むわけにもいきませんな。大阪府とかその近隣の他県で連続して遺体遺棄・焼損事件が起こってるのはご存知ですか?」
「ああ、最近になって同一犯の仕業だと分かったとか、ニュースでやってましたね。確か山梨でも遺棄された人がいるとか?」
「そうです。実は我々はその事件を捜査してるんですがね……」
守屋は少し不安そうな面持ちになった。さすがに大きくメディアで取り上げられている事件の捜査と聞いて、心が揺さぶられたようだ。
「研修会の参加者と、その事件とどういう関係があるんですか?」
重松は唇を歪めた。
「ううん、それはねぇ……。今はまだお伝え出来ません。捜査の根幹に関わる重大な部分ですので……。しかし、我々はその名簿を捜査に必要としとるんですわ。見せてもらえませんか?」
出来る限りの申し訳なさそうな表情を作る。重松は狼に噛み付く鼠の気分だった。
「根幹に関わるってことは、私がそれを拒めば、捜査は進まなくなるということですか?」
「ええ、そういうことになりますな」
守屋はコーヒーに手を伸ばした。これも恐らく、高級な豆を使っているのだろう。
ゆったりと時間をかけて濃褐色の液体を愉しんでいる。
「……そうしたら、やむを得ませんね。橋本市の分だけで良いんですね? 今お持ちしますから、少々お待ち下さい」
応接間から守屋の姿が消えたのと同時に、美由希は深く息を吐いた。
「肩凝るやろ? 俺もこんなカチコチのソファより、一課の染み付きのソファの方が座り心地ええわ」
美由希は白い歯を見せて笑った。
「このコーヒーも、一課のインスタントのコーヒーの方が美味しいですよ」
「まさしく」
重松は肩を竦めた。
振り子付きの掛け時計が、静かに時を刻み続ける。針の先端をぼんやりと目で追っていると、五分ほど経ってから守屋が再び現れた。
「お待たせしました。ちょっと探すのに手間取りまして……」
守屋は半透明のクリアファイルを机の上にふわりと置いた。
もう湯気が消えたコーヒーを一口啜ると、どうぞと一言だけ添えた。
「失礼します」
クリアファイルに挟まっているのは、ホッチキスで綴られたA4判の用紙だ。全部で十部ある。
「各綴りが各年の物です。一枚目の左上に開催日の日付が入ってますから」
重松はまず日付が直近である、今年の七月に開催された回の資料を取り上げた。
美由希も身体を乗り出して用紙を覗き込む。仄かな髪の匂いが重松の鼻腔をくすぐった。
名簿は参加者の氏名と所属する病院の名前だけが記録されたシンプルな物だった。
目当ての名前は「宮田」だ。どうも五十音順に並べられているようなので、一枚目には目もくれず二枚目に目を通すと、最後の名前もまだま行に届いていない。
重松は二枚目の用紙をめくり、三枚目を穴が開くほど睨みつける。
上から順に読んでいくと、中段に差し掛かった所に『宮田修治』の名前がごく当たり前のように記されていた。
「あっ!」
美由希もほぼ同時に見つけて声を上げる。その短な歓声は包容力のない空間に虚しく響いた。
守屋は怪訝そうに二人を観察している。
宮田修治の名の隣には、宮田整形外科医院と記されている。佐久間が突き止めた、菱谷の訪れた病院に間違いなかった。
重松はすぐに昨年、二〇〇九年の六月の資料も手に取る。美由希は二〇〇八年七月の資料を漁るようにめくっている。
紙と紙の摩擦音が二重奏を演出する。
先に声を上げたのは美由希だった。
「警部、二〇〇八年七月の研修会にも宮田は参加してます」
「ええと、こっちもあったで。去年もきっちり参加しとる」
二〇〇七年、二〇〇六年、そして二〇〇五年の物にも宮田修治の名前を発見出来た。
「二〇〇五年以前にはありませんね。初めて参加したのが二〇〇五年の七月の回のようです」
「確か最初の事件が二〇〇六年の九月やったから、その一年前から参加してたことになる」
「あの……」
バツの悪そうな声色で守屋が割って入る。
「その宮田という医師が何か?」
「宮田医師と知り合いなんですか?」
「いえ、知りません。何年も連続で参加してくれる方は他にもたくさんいますから、特に記憶に残ってるということもありませんけど」
「まぁまだ詳しいことは控えさせて下さい」
とはいえ、連続殺人遺棄・焼損事件の捜査で来た刑事がこれだけ食いつく人物となれば、例え洞察力の乏しい人でも、容疑者かもしくは被害者だろうと察しがつくに違いない。
これで重松らの目的は達せられたことになる。
一応念には念を入れて、資料のコピーを取らせてもらい、守谷邸を後にした。
「はぁ……居心地の悪い部屋やったなぁ。煙草が吸いとうてかなんわ」
「煙草はいつでも吸うてるでしょ!」
「はは、そらそうや。さて、宮田の名前が見つかったな」
重松は指を使わずに、器用にラークを一本箱から咥え出した。
「限りなく黒に近付きましたね。早速他の班に連絡して、被害者達が宮田整形外科医院に行ってた事実がないかを突き止めてもらいましょ」
美由希に対して重松は何も答えない。それは沈黙という名の肯定だ。
ゆっくりと一本灰にしてから、手帳を開き、宮田整形外科医院の住所をメモした頁を開く。
「堺市堺区の北三国ヶ丘か……。大阪刑務所の近くやなぁ」
通話を終えた美由希の方に向き直る。美由希はまだ気が昂ぶっているように見えた。
「そういうたら、高峰も村上も二瓶も堺市の北部に住んでましたね。浅香、中百舌鳥、金岡……ほんで北三国ヶ丘言うたらJRの堺市駅の近くです」
「その辺に住んでたら当然その辺の病院に行くからな。ええ感じに宮田整形外科医院に収束してきとるがな」
重松の中で次の行動はもう決まっていた。
「勝野君、今から宮田整形外科医院に行こか。限りなく黒に近い人物の塒に……」




