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第9話 料理人、ついに本気の一撃! 竜王も驚くレオンの拳!!

 森に響き渡る、魔物の咆哮。

「グオオオオオッ!!」

 黒い毛に覆われた巨大な熊型魔物が、地面を揺らしながら突進してきた。

 額には、不気味な黒い紋様。

 その身体から漂う黒い霧は、周囲の草木を枯らしている。

「レオン! 下がっていろ! 俺が一撃で仕留めてやる!」

 イグニスの手に赤い炎が灯った。

「待て。森ごと焼くなよ」

「俺を何だと思っている!」

「薪を一瞬で炭にする奴」

「まだ根に持っているのか!」

「忘れられるわけないだろ!」

 言い合う二人へ、魔物が迫る。

 イグニスは炎を放った。

「竜炎弾!」

 轟音とともに炎が直撃する。

 だが――。

「何っ!?」

 魔物は炎を浴びながら突進を続けていた。

 黒い霧が炎を包み込み、傷ついた身体を修復していく。

「炎が効かないのか!?」

「効いていないわけじゃない。すぐに再生しているんだ!」

 レオンは魔物の動きを観察した。

 攻撃の直前、額の紋様が光る。

 そのたびに黒い霧が濃くなっていた。

「……あの紋様が怪しいな」

「ならば、紋様ごと吹き飛ばす!」

「だから森を焼くなって!」

 イグニスが再び炎を集めた瞬間、魔物が大きく跳躍した。

「なっ……!」

 巨体が頭上から迫る。

「イグニス、避けろ!」

 レオンはイグニスの腕を引き、二人で横へ飛び退いた。

 直後、魔物の前脚が地面を叩き割る。

 土砂と木片が飛び散った。

「……危なかったな」

 レオンが息を吐く。

 イグニスは悔しそうに歯を食いしばった。

「くそっ! 再生するうえに、動きも速いとは!」

「力任せじゃ厳しいな」

「では、どうする?」

 レオンは静かに前へ出た。

「俺が隙を作る。お前は紋様を狙え」

「お前が? あの巨体を相手に?」

「料理人だって、たまには包丁以外を使うさ」

「その冗談、今は笑えんぞ!」

「笑わせるつもりはないよ」

 レオンの表情から、笑みが消えた。

 その変化に、イグニスは思わず息をのんだ。

迫り来る巨体、動じない料理人

「グオオオオオッ!」

 魔物が爪を振り下ろす。

 レオンは紙一重で身体をずらした。

 爪が地面を砕く。

 続く横薙ぎの一撃。

 レオンは腰を落とし、腕を添えるようにして攻撃の軌道から外れた。

 大木のような前脚が、目の前を通り過ぎていく。

「当たらない……だと?」

 イグニスが目を見張った。

 レオンは大きく飛び退いているわけではない。

 ほんの半歩。

 わずかな身体のひねり。

 それだけで、魔物の攻撃が空を切っていく。

 しかも、避けるたびに魔物の姿勢が崩れていた。

「おい、レオン! いつまで避けている!」

「今、観察中!」

「何の観察だ!」

「お前と違って、相手をよく見ているんだよ!」

「俺だって見ている!」

「じゃあ、額の紋様が光るタイミングを見ろ!」

「……何?」

 レオンは魔物の突進を誘うように、わざと一歩前へ出た。

「来いよ。熊さん」

「グオオッ!」

 魔物が怒り狂い、真正面から突っ込んでくる。

 その瞬間、額の紋様が強く光った。

「今だ!」

 レオンは足を踏み込み、魔物の前脚へ手を添えた。

 身体を回転させ、巨体の勢いを横へ流す。

 ドォンッ!

 魔物は進行方向を変えられ、巨木に激突した。

 木が大きく揺れ、葉が舞い散る。

「な……あの巨体を、押し流したのか!?」

 イグニスは呆然とした。

 レオンは肩を回し、軽く息を吐く。

「やっぱりな。紋様が光る瞬間、動きが一瞬止まる」

「そんな短い隙を見つけたというのか?」

「料理でも、火を入れるタイミングは大事だからな」

「何でも料理に結びつけるな!」

「便利な考え方だろ?」

「便利すぎるわ!」

 魔物が再び立ち上がった。

 額の紋様が、先ほどよりも激しく輝いている。

 黒い霧が膨れ上がり、周囲の木々を包み込んだ。

「……まずいな」

 レオンの目が細くなる。

 魔物の身体が、さらに巨大化し始めたのだ。

レオンの一撃!

「レオン! 離れろ! 次は俺が全力で――」

「駄目だ!」

 レオンが鋭く制した。

「この森で全力を出したら、周りまで吹き飛ぶ!」

「では、どうしろというのだ!」

「俺を信じろ」

 短い言葉だった。

 イグニスは一瞬、口を閉じた。

 目の前の料理人は、恐怖に震えているわけでも、無謀に突っ込もうとしているわけでもない。

 勝つための道筋が見えている。

「……分かった」

 イグニスは炎を小さくまとめた。

「失敗したら、肉は俺が全部食うぞ!」

「成功しても食べる気だろ!」

「当然だ!」

「じゃあ、絶対に成功させる!」

 レオンは地面を蹴った。

 魔物が巨大な爪を振り下ろす。

 レオンは懐へ踏み込み、攻撃を紙一重でかわした。

 右手で前脚を受け流し、左足を軸に身体を回転させる。

 そして――。

 魔物の額にある黒い紋様が、再び光った。

「そこだ!」

 レオンの拳が、紋様の中心へ打ち込まれた。

 ドンッ!!

 空気が震えた。

 大振りの拳ではない。

 全身の力を一瞬に集めた、無駄のない一撃だった。

 黒い紋様に亀裂が走る。

「グオオオオオッ!?」

 魔物が初めて、苦痛の叫びを上げた。

 黒い霧が一気に吹き飛び、額の奥から紫色の光がのぞく。

「イグニス! 今だ!」

「任せろおおおっ!」

 イグニスの黄金の瞳が輝いた。

「竜炎――穿ち!!」

 細く鋭い炎が、紫色の光を貫いた。

 バキィィン!!

 黒い紋様が砕け散る。

 魔物の巨体がぐらりと傾き、轟音とともに地面へ倒れた。

 森が静まり返った。

 黒い霧は消え、枯れかけていた草木にも、少しずつ緑が戻っていく。

「……倒した、のか?」

 イグニスがつぶやいた。

 レオンは魔物に近づき、慎重に様子を確かめた。

「どうやらな。今度は再生しないみたいだ」

「お前……」

 イグニスはレオンをじっと見つめた。

「本当に、何者なのだ?」

「中華料理人」

「その答えはもう聞き飽きた!!」

竜王、料理人に敗北する

 魔物の身体が消え始めると、地面に大きな魔石と黒い欠片が残った。

 レオンは欠片を拾い上げる。

「料理祭の魔物と同じ紋様だ……」

「やはり、俺の呪印と関係があるのかもしれんな」

 イグニスの声が低くなった。

 そのとき、彼の腹が盛大に鳴った。

 グゥゥゥゥ……。

 深刻な空気が、一瞬で崩れた。

 レオンは顔を上げた。

「……お前、今の戦いで腹が減ったのか?」

「当然だ! 全力を出したのだからな!」

「ほとんど俺が戦ったけど?」

「俺が最後に炎を放った!」

「そこは認めるよ」

「ならば報酬だ!」

「何の?」

「肉だ!!」

 レオンはため息をついた。

「この魔物の肉が食べられるか、まず調べないとな」

「よし! 大量の肉が手に入るぞ!」

「まだ食べられると決まってない!」

「レオンなら何とかする!」

「俺を万能料理人にするな!」

 それでも、レオンは少し笑った。

 この世界に来てから、妙なことばかり起きている。

 伝説のドラゴンと出会い、呪いを抱えた魔物と戦い、そして自分の武術まで人前で使うことになった。

 だが、一つだけ変わらないものがある。

 どんな世界でも、うまい料理を作りたい。

「さて、町へ戻るか。魔石を売れば、食材も買える」

「肉は?」

「調べてからだ」

「肉は!?」

「調べてから!」

「……人間の料理人は面倒だな」

「食べることしか考えてない竜王よりはマシだよ!」

 二人は言い合いながら、森を後にした。

 しかし、レオンの手の中にある黒い欠片には、誰も気づいていない変化があった。

 表面の紋様が、ほんの一瞬だけ赤く光ったのだ。

 まるで、遠くにいる誰かへ合図を送るように。

 そして森の奥。

 木々の陰から、二人の姿を見つめる人影があった。

「……あの男の拳。まさか、あの流派の生き残りか?」

 黒いローブの人物は、静かに笑った。

「面白い。竜だけではなく、料理人にも秘密があるようだな」

 手の中の小瓶で、黒い霧が渦巻いた。

「次は、もっと強い獲物を用意してやろう」

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