第10話 森で拾った子供、瞳に宿る不思議な光
森から町へ戻る途中、レオンとイグニスは小さな泣き声を聞いた。
「……ん? 今、何か聞こえなかったか?」
レオンが足を止める。
「獣だろう。放っておけ。俺は腹が減っている」
「さっきからそればっかりだな、お前は」
「腹が減った竜王に、森の平和など守れると思うか?」
「知らん。とりあえず黙って歩け」
レオンが茂みをかき分けると、そこには小さな子供が座り込んでいた。
年は五、六歳ほどだろうか。
薄汚れた服に、泥だらけの手足。そばには小さな布袋が一つ落ちている。
子供は二人を見るなり、びくりと肩を震わせた。
「……お母さん?」
か細い声だった。
レオンは周囲を見渡した。
人影はない。足跡も、子供以外のものは見当たらなかった。
「君、一人なのか?」
子供はこくりとうなずいた。
「お父さんも、お母さんも……いない」
その言葉に、レオンの表情からいつもの軽さが消えた。
どうやら、捨てられた子供らしい。
「そうか……。よく頑張ったな」
レオンがしゃがんで声をかけると、子供は不安そうに彼の服をつかんだ。
その瞬間だった。
子供の瞳が、淡く光った。
金色にも、青色にも見える不思議な光彩が、虹のように一瞬だけ揺らめいたのだ。
「……今の、見たか?」
レオンが隣を振り返る。
イグニスの黄金の瞳が、すっと細くなった。
「見た」
「何だったんだ?」
「知らん」
「お前、伝説の竜なんだろ?」
「何でも知っているわけではない!」
イグニスは子供の前に膝をついた。
普段は誰に対しても尊大な彼が、珍しくじっと子供の顔を見つめている。
子供もまた、恐れることなくイグニスを見つめ返した。
「……きれい」
「何?」
「お兄ちゃんの目。金色で、きれい」
イグニスは一瞬、固まった。
そして、ふっと顎を上げる。
「当然だ。俺は偉大なる――」
「はいはい。自己紹介は後でな」
レオンがすかさず口を挟んだ。
「それより、この子をどうする? 町まで連れていくか」
「当然だろう」
意外にも、イグニスは即答した。
「森に置いていけば、魔物に襲われる。そんなことも分からんのか、料理人」
「……お前、案外優しいんだな」
「勘違いするな! 子供が腹を空かせて倒れたら、食事を作る俺の仕事が増えるだけだ!」
「はいはい」
レオンは笑いながら、子供を抱き上げた。
すると、子供のお腹が、ぐうううう、と大きく鳴った。
イグニスの目が輝く。
「聞いたか、レオン! 腹が減っているぞ!」
「お前と同じ扱いにするな!」
子供は二人のやり取りを見て、ほんの少しだけ笑った。
その笑顔を見て、レオンはほっと息をついた。
「そういえば、君の名前は?」
子供はうつむいた。
「……わからない。呼ばれなくなったから」
その一言に、レオンは言葉を失った。
イグニスも、黙り込んだ。
やがて、イグニスは子供の顔をまっすぐ見た。
「ならば、俺が名を与えてやろう」
「えっ?」
「お前の瞳には、不思議な光が宿っている。暗い森の中でも、その光は消えなかった」
イグニスは少しだけ考え、それから堂々と告げた。
「ヒカル。お前の名は、ヒカルだ」
子供は目を丸くした。
「……ヒカル?」
「ああ。光を持つ者、という意味だ。悪くない名だろう」
「自分で名付けておいて、ずいぶん偉そうだな」
「文句があるなら、お前が名付ければよかっただろう!」
レオンは肩をすくめた。
「いや、いい名前だと思うよ」
レオンがヒカルの頭を優しくなでる。
「ヒカル。これからよろしくな」
ヒカルは何度か自分の名前を口にした。
「ヒカル……ぼく、ヒカル」
その瞳に、再び小さな光が浮かんだ。
今度はレオンにも、イグニスにもはっきり見えた。
イグニスの表情が、ほんのわずかに変わる。
「……レオン」
「ん?」
「この子、ただの人間ではないかもしれん」
「それ、本人の前で言うことか?」
「事実を述べただけだ」
そのとき、ヒカルがレオンの服を引っ張った。
「……おなか、すいた」
レオンは思わず笑った。
「よし。まずは飯だな!」
「賛成だ!」
イグニスが勢いよく手を挙げる。
「お前は自分の飯に賛成してるだけだろ!」
三人は町へ向かって歩き出した。
レオンの背中にしがみつくヒカル。
その隣を、なぜか胸を張って歩くイグニス。
一見すれば、奇妙な三人組だった。
だが、森の奥深くでは――。
黒いローブをまとった人物が、三人の後ろ姿を見つめていた。
「……あの子供まで見つけるとは」
手の中にある黒い欠片が、かすかに震える。
「まさか、あの瞳が……。いや、まだ確証はない」
ローブの人物は、ゆっくりと口元を歪めた。
「面白くなってきた」
その声は、木々のざわめきに溶けて消えた。
一方、何も知らないレオンたちは、町に着いたら何を食べさせるかで揉めていた。
「まずは温かいスープだな。子供には消化のいいものを食べさせないと」
「肉だ!」
「却下」
「なぜだ!」
「ヒカルが食べたいものを聞いてから決める」
レオンがヒカルに尋ねる。
「ヒカル、何が食べたい?」
ヒカルは少し考え、にっこり笑った。
「みんなで食べる、ごはん」
レオンとイグニスは、同時に黙った。
そして――。
「……そうだな」
レオンはヒカルを抱き直し、優しく微笑んだ。
「じゃあ、今日はみんなで食べよう」
「うむ! ただし肉は必要だ!」
「最後までそれか!」
森で拾った、小さな不思議な子供。
ヒカルとの出会いが、三人の旅を思いもよらない方向へ導くことになるとは、まだ誰も知らなかった。




