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第6話 料理祭開始! 最強ドラゴン、包丁を持ったら危険すぎる!?

「レオン! 朝だ! 起きろ!」

「……あと五分」

「料理祭が始まるぞ!」

「……あと十分」

「朝飯は肉だ!」

「起きます」

 レオンは布団から跳ね起きた。

「よし、出発だ!」

「お前、俺の扱い方を完全に理解しているな」

 ベッドの上で腕を組み、満足げにうなずく赤髪の美男子。

 その正体は、伝説級の最強ドラゴン、イグニスである。

 ただし現在の彼は、世界を滅ぼすどころか、朝食の肉に人生を左右されていた。

「なあ、イグニス」

「なんだ?」

「お前、本当に伝説の竜王なんだよな?」

「当然だ!」

「じゃあ、せめて朝くらい自分で起きろ」

「偉大なる竜王が自ら起きる必要などない。配下が起こすものだ」

「配下はいません」

「……お前がいるだろう」

「俺は料理人です」

「料理人兼、配下だ」

「勝手に職業を増やすな!」

 レオンは頭を抱えた。

 異世界に来てまだ数日。

 なぜ自分は、伝説のドラゴンの世話係になっているのだろう。

 しかも、食費は自分持ちである。

「今日の料理祭で優勝したら、賞金が手に入る」

「ほう!」

「当分の食費にも困らなくなる」

「よし! 優勝しろ!」

「お前も出場するんだよ!」

「俺は炎を出せるぞ!」

「料理に炎を出すのと、町を焼くのは別物だからな!」

「分かっている!」

「昨日、薪を炭にした奴の言葉は信用できない!」

「……あれは薪が弱かった」

「薪に責任を押しつけるな!」

 こうして、いつもの騒がしい朝が始まった。

◆料理祭、開幕!

 町の中央広場には、色とりどりの旗が飾られていた。

 大きな調理台がずらりと並び、各地から集まった料理人たちが準備を進めている。

 香ばしいパンの匂い。

 焼きたての肉の匂い。

 甘い菓子の匂い。

 そして――。

「レオン、あの串焼きを買え」

「駄目だ」

「なぜだ!」

「さっき食べただろ!」

「あれは朝食だ!」

「今は朝食の第二部じゃない!」

 イグニスは露骨に不満そうな顔をした。

 その顔があまりにも整っているため、近くを通りかかった女性たちが足を止める。

「見て、あの人……すごい美形」

「どこの貴族様かしら?」

「赤い髪も素敵……」

 イグニスは視線に気づき、ふっと笑った。

「ふむ。人間どもも、ようやく俺の偉大さを理解し始めたか」

「顔しか見られてないぞ」

「顔も偉大さの一部だ」

「その自信、少し分けてくれ」

「断る」

「即答かよ!」

 レオンたちが会場に入ると、壇上に白髪の男性が現れた。

 年齢は六十代ほど。

 背筋はまっすぐで、料理人らしい鋭い目をしている。

「皆さん、本日は料理祭にお集まりいただき、ありがとうございます!」

 司会者が紹介する。

「今回の審査委員長は、王都の名店『銀の匙亭』で長年料理長を務めた、グスタフ様です!」

 会場から大きな拍手が起きた。

 グスタフは静かに一礼した。

「料理とは、珍しい食材を使えばよいというものではありません。高価な材料を並べればよいというものでもない」

 料理人たちが真剣な顔で耳を傾ける。

「食材の持ち味を理解し、適切な技法で調理し、食べる人に喜びを届ける。それが料理です」

 レオンは小さくうなずいた。

「いいことを言うな」

「つまり、肉を大量に使えばいいのだな?」

「どこをどう聞いたらそうなるんだ!」

「肉の持ち味を理解し、食べる人に喜びを届ける!」

「最後だけは合ってる!」

「ならば肉だ!」

「話を戻すな!」

 そのとき、グスタフが手を上げた。

「それでは、第一審査を始めます!」

 会場が静まり返った。

「第一審査は――『未知の食材を使った料理』です!」

 料理人たちがざわめいた。

「未知の食材だと?」

「市場で手に入れた珍しい魔物の肉を使うか……」

「希少な香辛料なら勝てるはずだ」

 レオンは用意していた食材を確認した。

 魔猪の肉。

 香草。

 乾燥唐辛子。

 そして、淡く光るキノコ。

 月灯り茸。

 昨日、市場で見つけた食材だ。

 魔力を含んでおり、扱いを間違えると味が変化するという。

「レオン、その光るキノコは食えるのか?」

「きちんと処理すればな」

「食べると光るのか?」

「知らない」

「俺が食べて確かめよう」

「やめろ!」

「なぜだ!」

「食材を試すために食べるのは、最後の手段だ!」

「では、先にお前が食べろ」

「俺を実験台にするな!」

 レオンは月灯り茸を手に取り、じっくり観察した。

 傘の裏側に細かな筋がある。

 表面には魔力の粒子が漂い、わずかに甘い香りがする。

「……なるほど」

 レオンの目つきが変わった。

「このキノコ、熱の通し方で香りが変わるかもしれない」

「食えるのか?」

「今、考えているところだ」

「肉と一緒に焼けばいい」

「料理を全部焼くな!」

「焼けばうまい!」

「お前の料理理論は一行で終わるな!」

 レオンは小さく笑った。

 知らない食材。

 知らない調理環境。

 知らない世界。

 だが、料理人としてやることは変わらない。

 食材を観察し、特徴を見極め、最もおいしい食べ方を探す。

「よし。これでいこう」

「何を作る?」

「魔猪の肉を使った香辣炒肉。それに月灯り茸を合わせる」

「肉か!」

 イグニスの目が輝いた。

「俺の分は?」

「審査に出す分しかない」

「……俺の分は?」

「二回言っても増えないぞ」

「竜王に食事を与えないとは、反逆か?」

「反逆じゃなくて食材不足だ!」

「ならば、食材を増やせ!」

「お前が食べなければ増えるんだよ!」

 レオンは調理台に向き直った。

◆竜王、料理を始める

「参加者の皆さん、調理開始!」

 鐘が鳴った。

 会場のあちこちで、包丁の音が響き始める。

 レオンは魔猪の肉をまな板に置いた。

 包丁を握る。

 トン、トン、トン。

 一定のリズムで肉が切り分けられていく。

 余分な筋を取り、厚さをそろえる。

 その手際は、異世界の料理人たちとは少し違っていた。

「なんだ、あの包丁さばきは……」

「肉の厚さが全部同じだぞ」

「無駄な動きがない……」

 周囲の料理人たちがちらちらとレオンを見る。

 レオン本人は、まったく気づいていない。

 それよりも、隣の問題児が気になっていた。

「イグニス。お前は何を作るんだ?」

「決まっている」

 イグニスは堂々と胸を張った。

「最強の竜王にふさわしい料理だ!」

「具体的には?」

「肉を焼く!」

「やっぱりそれか!」

「さらに炎を加える!」

「いつもと同じだろ!」

「そして、俺の偉大さを込める!」

「味付けに自分の自信を使うな!」

 イグニスは肉をまな板に置いた。

 そして、調理用の大きな包丁を手に取る。

「ふっ……この程度の刃物、片手で十分だ」

「待て」

「なんだ?」

「その持ち方は危ない」

「俺は竜王だぞ?」

「竜王でも指は切れる」

「俺の指が切れるものか!」

「じゃあ、指を切ったら料理禁止な」

「……慎重に扱おう」

「急に素直になったな!」

 イグニスは慎重に包丁を構えた。

 そして、肉に向かって振り下ろす。

 ドンッ!

 まな板が真っ二つになった。

 会場が静まり返った。

 レオンも静まり返った。

 イグニスは包丁を見下ろした。

「……切れたぞ」

「肉じゃなくて、まな板がな!」

「よく切れる包丁だ」

「感心するな!」

「新しいまな板を用意しよう」

「そういう問題じゃない!」

 イグニスは首をかしげた。

「人間の調理器具は脆いな」

「お前の力が異常なんだよ!」

 レオンは頭を抱えた。

 料理祭で優勝する前に、調理台の修理代で破産するかもしれない。

◆料理人レオンの異様な手際

 レオンはフライパンを熱し、油を入れた。

 刻んだ香味野菜を炒める。

 ジュワッ、と音が響いた。

 香りが立ち上る。

 続いて、下味をつけた魔猪の肉を投入する。

 強火で一気に炒める。

 肉の表面が焼き固まり、香ばしい匂いが広がった。

 レオンは鍋を振る。

 肉が空中に舞い、きれいに返ってフライパンへ戻る。

 その動きには無駄がなかった。

「……あの男」

 審査員席のグスタフが、目を細めた。

「どこの料理学校の出身だ?」

 隣の審査員が首を横に振る。

「登録書には、遠方から来た料理人としか……」

「遠方、か」

 グスタフはレオンの手元を見つめた。

「ただ者ではないな」

 一方、レオンは月灯り茸を薄く切り、別の小鍋で丁寧に加熱していた。

 最初は淡い香り。

 火が入るにつれて、ほのかな甘みと深い旨味が立ち上がる。

「よし、今だ」

 レオンはキノコを肉に合わせた。

 最後に香辛料を加え、鍋を大きく振る。

 香りが一気に広がった。

 周囲の料理人たちが、思わず手を止める。

「なんだ、この香り……」

「辛そうなのに、甘い香りもする」

「肉の匂いが強すぎない……キノコが香りをまとめているのか?」

 レオンは火を弱め、味を確かめた。

「……悪くない」

 そのとき。

「レオン!」

「なんだ!」

「火が弱い!」

「料理中に叫ぶな!」

「俺が火を強くしてやろう!」

「絶対にやめろ!」

 しかし、イグニスはすでに片手を上げていた。

 指先に、小さな炎が灯る。

「竜王の炎を見せてやる!」

「待て! ここは料理祭だ! 戦場じゃない!」

「炎を操るのは得意だ!」

「知ってる! 町を焼けるくらい得意なのも知ってる!」

 イグニスの炎が、ボッと大きくなった。

 レオンは即座に鍋を持ち上げ、火元から離した。

 同時に、空いている手でイグニスの手首を軽く押さえる。

「……そこまでだ」

 イグニスの動きが止まった。

 ほんの一瞬。

 レオンは強く握ったわけでも、力ずくで押さえつけたわけでもない。

 ただ、自然に動きを止めた。

 イグニスの黄金の目が細くなる。

「……今の動き」

「なんだ?」

「いや……」

 イグニスはレオンの手を見た。

「お前、本当に料理人なのか?」

 レオンはにっこり笑った。

「料理人だよ」

「その笑顔、何か隠しているだろ」

「包丁と調味料を隠している」

「そういう意味ではない!」

「料理祭の最中だ。集中しろ」

「話をそらしたな!」

「ほら、肉が焦げるぞ」

「何っ!?」

 イグニスが慌てて鍋をのぞき込む。

 レオンは心の中で、そっと息をついた。

 危なかった。

 自分の過去について、今はまだ話すつもりがない。

 料理人として、この世界で生きていく。

 それだけで十分だった。

◆不穏な黒い霧

 そのころ。

 会場の外れにある、人気のない路地。

 黒いローブをまとった人物が、広場を遠くから見つめていた。

 手には小さなガラス瓶。

 瓶の中では、黒い霧が生き物のようにうごめいている。

「……竜の封印が、予想以上に弱まっている」

 ローブの人物は、広場の中央にいるイグニスを見た。

「まさか、人間の料理人と行動を共にするとはな」

 黒い霧が、瓶の中で激しく揺れた。

「竜の力を取り戻される前に、計画を進めなければ」

 人物は瓶を懐にしまうと、群衆の中へ紛れ込んだ。

 誰も気づかなかった。

 料理祭の賑わいのすぐそばで、何かが動き始めていることに。

◆第一審査、終了!

「調理時間、残り三分です!」

 司会者の声が広場に響いた。

 レオンは料理を皿に盛りつけた。

 赤く炒めた魔猪の肉。

 その間に、淡く光る月灯り茸。

 仕上げに香草を散らす。

 見た目は派手すぎない。

 だが、香りは力強く、食欲を刺激する。

「完成だ」

 レオンは満足げにうなずいた。

 隣では、イグニスが自分の皿を見つめていた。

 そこには、黒く焦げた肉の塊がある。

 皿の端には、砕けたまな板の破片まで乗っていた。

「……イグニス」

「なんだ?」

「これは何だ?」

「竜王特製、灼熱の肉料理だ!」

「炭だよ」

「肉だ!」

「炭になった肉だよ!」

「香ばしいぞ!」

「炭の香りだ!」

 イグニスは焦げた肉を一口かじった。

 ガリッ。

 会場に、石をかじったような音が響いた。

 レオンは顔を覆った。

「……歯は大丈夫か?」

「問題ない!」

「肉の方が問題だよ!」

 イグニスは皿を持ち上げ、胸を張った。

「見ろ! この黒さ! 力強さ! まさに竜王の料理だ!」

「料理というより、火山の噴火跡だな」

「審査員も驚くだろう!」

「別の意味でな!」

 やがて、審査員たちが各調理台を回り始めた。

 レオンの料理の前で、グスタフが足を止めた。

「これは、何という料理ですか?」

「魔猪の肉と月灯り茸の香辣炒肉です」

「月灯り茸を使ったのですか?」

「はい。加熱しすぎると香りが飛ぶので、火の通し方を調整しました」

 グスタフは皿に顔を近づけた。

 香りを確かめ、肉とキノコを少しずつ口に運ぶ。

 静寂。

 レオンは黙って待った。

 グスタフはゆっくりと目を開いた。

「……これは」

 周囲の料理人たちが息をのむ。

「月灯り茸の甘い香りを、香辛料が引き立てている。魔猪の肉も柔らかい。強い味なのに、食べ疲れしない」

 グスタフはもう一口食べた。

「実に面白い。未知の食材を、ただ珍しいものとして扱っていない。食材の性質を理解しているのですね」

「ありがとうございます」

 レオンは頭を下げた。

 グスタフは、少しだけ笑った。

「次の審査も楽しみにしています」

 審査員が去ると、イグニスがすぐに顔を寄せてきた。

「レオン」

「なんだ?」

「俺の料理は?」

「審査員が避けて通っていったな」

「なぜだ!」

「皿から煙が出ているからだよ!」

「竜王の威厳だ!」

「ただの焦げだ!」

 イグニスは不満そうに唇を尖らせた。

「……俺も、お前の料理を食べたい」

 その声は、いつもより少し小さかった。

 レオンは一瞬だけ目を丸くした。

 それから、自分の料理をほんの少し取り分け、イグニスに差し出した。

「審査が終わったらな。今は味見の分だけだ」

 イグニスは皿を受け取った。

 一口食べる。

 黄金の目が輝いた。

「……うまい」

「そりゃよかった」

「もう一口」

「駄目だ」

「なぜだ!」

「お前、さっき食べただろ!」

「これは別腹だ!」

「竜にも別腹があるのか!」

「今、誕生した!」

「都合よく生み出すな!」

 広場に、レオンのツッコミが響き渡った。

◆そして、異変が起こる

「第一審査の結果発表です!」

 司会者が壇上に立った。

 料理人たちが集まり、広場のざわめきが静まっていく。

「審査員の評価をもとに、第二審査へ進む参加者を発表します!」

 レオンは静かに息を吐いた。

 イグニスはというと、発表よりも、レオンの皿に残った最後の一切れを見つめている。

「……イグニス」

「なんだ?」

「それ、俺の分だからな」

「俺は何もしていない」

「視線で食べようとしているだろ!」

「視線に罪はない!」

「その理屈で許されるなら、世の中に食い逃げ犯はいないんだよ!」

 司会者が名前を読み上げ始めた。

「次の審査に進む料理人は――」

 その瞬間だった。

 広場の空気が、急に重くなった。

 レオンの背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。

 風が止まった。

 旗が揺れなくなる。

 そして、広場の隅に置かれていた魔石の照明が、一斉に黒く染まった。

「……何だ?」

 レオンがつぶやく。

 イグニスの表情から、食い意地に満ちた笑みが消えた。

 黄金の瞳が鋭く細まる。

「この気配……」

 彼は胸元を押さえた。

 服の下にある黒い呪印が、じわりと熱を帯びていた。

「イグニス?」

「……レオン。下がれ」

 初めて聞く、低く真剣な声だった。

 その直後。

 広場の中央に、黒い霧が噴き上がった。

 悲鳴が響く。

 人々が逃げ惑う。

 黒い霧は渦を巻きながら膨れ上がり、やがて巨大な獣の形を作り始めた。

 赤く光る目。

 鋭い爪。

 そして、身体のあちこちに浮かぶ不気味な黒い紋様。

「な、何だ、あれは!?」

「魔物だ! 広場の中に魔物が現れたぞ!」

 レオンは包丁を置き、周囲を見渡した。

 料理祭は、まだ終わっていない。

 なのに、会場は一瞬で恐怖に包まれていた。

 イグニスは一歩前に出た。

「……人間ども。俺の後ろに下がれ」

 その声には、ふざけた調子も、食べ物への執着もなかった。

 ただ、圧倒的な威厳だけがあった。

 レオンは初めて目にした。

 この美男子が、本当に伝説級のドラゴンなのだということを。

 黒い獣が咆哮した。

 広場の地面が震える。

 そして、獣の赤い目が――まっすぐイグニスを捉えた。

「グルルルル……封印の竜……見つけた……」

 イグニスの顔が、凍りついた。

「……誰が、お前をここへ呼んだ?」

 黒い獣は答えなかった。

 代わりに、身体の黒い紋様が一斉に光った。

 レオンは包丁を握り直した。

「……料理祭で、魔物退治までやることになるとはな」

 イグニスが横目でレオンを見る。

「お前、逃げないのか?」

「せっかく作った料理を台無しにされたんだ。少しくらい文句を言わせてもらう」

「……ふっ」

 イグニスの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。

「いいだろう、料理人。少しだけ俺の本気を見せてやる」

「町を焼くなよ」

「分かっている!」

「本当に分かっている奴は、そんなに早く返事をしない!」

 黒い獣が、二人に向かって飛びかかった。

 次の瞬間、イグニスの黄金の瞳が、炎のように輝いた。

 料理祭は、最悪の形で第二幕へ突入したのだった。

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