第37話「レオンの力が消える!?
「レオン、本当に大丈夫なのか?」
イグニスは、座り込んだレオンの手を見つめていた。
手の甲にある金色の紋章には、黒い筋が残っている。
「大丈夫だよ。少し疲れただけだ」
「嘘をつくな。顔色が悪い」
「料理人だからって、いつも元気だと思うなよ」
「そういう問題ではない!」
その横で、ゴウエンが腕を組んだ。
「ふむ。これは栄養不足じゃな」
「違うと思うぞ」
「では、肉じゃ! 肉を食えば治る!」
「何でも肉で解決するな!」
ヒカルは心配そうにレオンの手を握った。
「レオン、痛い?」
「少しだけ。でも大丈夫だ」
そのとき、金色の小さな生き物がレオンの手の甲に近づいた。
ピカッ。
小さな角が光る。
すると、黒い筋が一瞬だけ薄くなった。
「おっ?」
レオンが目を見開く。
イグニスも驚いた。
「その小さな生き物……お前の力に反応しているのか」
金色の生き物は、レオンの手の甲に頬をすり寄せた。
「もしかして、助けてくれているのか?」
ピィッ!
まるで返事をするように鳴いた。
ゴウエンが目を輝かせる。
「よし! 今日からこいつを金ピカ団子と呼ぼう!」
「絶対に嫌だ!」
「では、黄金まんじゅう!」
「食べ物の名前から離れろ!」
そのときだった。
ドン……。
通路の奥から、重い音が響いた。
黒い騎士が再び立ち上がっていた。
胸の紫色の結晶は、ひび割れたまま不気味に光っている。
『継承者の力を確認。回収を再開する』
「まだ動くのかよ!」
ゴウエンが杖を構える。
「しつこい奴じゃ! ワシの人生でも、ここまでしつこい敵は初めてじゃぞ!」
イグニスが前に出た。
「今度こそ終わらせる」
黒い騎士が六本の腕を広げた。
その腕から無数の黒い刃が飛び出す。
「危ない!」
レオンが叫んだ。
イグニスは炎を吐き、黒い刃を焼き払う。
しかし、騎士の背後からさらに刃が飛んできた。
ガキンッ!
イグニスの肩に直撃する。
「ぐっ!」
「イグニス!」
レオンが立ち上がろうとした。
だが、足に力が入らない。
「くそっ……体が動かない」
ヒカルがレオンを支える。
「無理しないで!」
そのとき、騎士がレオンに向かって手を伸ばした。
『継承者を回収する』
黒い鎖が飛んでくる。
しかし、イグニスがその前に立ちはだかった。
「二度と触れさせるものか!」
イグニスの体から、凄まじい炎が噴き出した。
通路全体が赤く染まる。
だが、炎の中でイグニスの体に黒い紋様が浮かび上がった。
「イグニス! やめろ! 呪いが!」
レオンが叫ぶ。
イグニスは振り返らなかった。
「構わん!」
「構わなくない!」
「お前を失うくらいなら、この身などどうなってもいい!」
その言葉に、レオンは息をのんだ。
だが、黒い騎士は笑うように声を響かせた。
『愚かな竜よ。自ら呪いを強めるとは』
騎士の胸の結晶が紫色に輝く。
イグニスの炎が、突然黒く染まった。
「ぐあああっ!」
イグニスの体が大きく揺れる。
「イグニス!」
ヒカルの瞳が光った。
「レオン! イグニスの中に、黒い線がいっぱい見える!」
「どこにある?」
「胸の奥! でも、金色の線もある!」
レオンはイグニスを見つめた。
黒い呪いの奥に、かすかな金色の光が揺れている。
その光は、レオンの手の甲の紋章とつながっているように見えた。
「そうか……」
レオンはゆっくり立ち上がった。
「レオン、何をする気じゃ!」
「俺に料理人としてできることがある」
「料理人として?」
レオンは腰の調味料袋に手を伸ばした。
「この呪いは、力ずくで消せない。でも、イグニスの中に残っている光を守ることならできるかもしれない」
イグニスが苦しそうに叫ぶ。
「やめろ……近づくな……!」
「嫌だね」
レオンは一歩踏み出した。
「お前には、まだ俺の料理を食べてもらわなきゃ困る」
「……こんな時に、料理の話か」
「俺にとっては大事なことなんだよ!」
レオンの手の甲が光り始めた。
金色の生き物も、レオンの肩に飛び乗る。
ヒカルが叫ぶ。
「レオン! 光がつながってる!」
三つの光が重なった。
レオンの手。
イグニスの胸。
金色の小さな角。
黒い呪いが、一瞬だけ動きを止めた。
その隙に、ゴウエンが飛び出した。
「今じゃあああ!」
ゴウエンの杖が騎士の膝を打つ。
ガキンッ!
騎士の体がぐらついた。
「年寄りを甘く見るでないわ!」
「師匠、今のはすごい!」
「当然じゃ! ワシはまだ十七歳じゃからな!」
「七十八歳だろ!」
その瞬間、イグニスの炎が再び赤く戻った。
「レオン! 今だ!」
レオンは最後の力を振り絞り、騎士の胸に向かって駆け出した。
「これで終わりだ!」
金色の光をまとった拳が、ひび割れた結晶に叩き込まれる。
バキィィィン!!
紫色の結晶が砕け散った。
黒い騎士は膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
静寂が訪れる。
レオンはその場に座り込んだ。
「はぁ……もう動けない」
イグニスが人間の姿に戻り、レオンのそばに駆け寄る。
「馬鹿者。無茶をするな」
「お前に言われたくないよ」
二人は顔を見合わせ、少しだけ笑った。
しかし、レオンの手の甲には、まだ黒い紋様が残っていた。
そして、崩れた騎士の胸から、小さな石板が転がり落ちた。
ヒカルが拾い上げる。
そこには古い文字が刻まれていた。
『継承者の血を受け継ぐ者よ。竜の呪いを解く鍵は、失われた一族の記憶にある』
レオンは石板を見つめた。
「失われた一族の記憶……?」
その下には、さらに小さな文字があった。
『北の祭壇に眠る者を目覚めさせてはならない』
イグニスの表情が変わる。
「……北の祭壇?」
そのとき、黒い扉の向こうから声が聞こえた。
『よく来たな、継承者よ』
レオンの手の甲が再び熱くなる。
『次は、お前自身の過去を見せてやろう』
ゴウエンは石板をのぞき込み、真剣な顔で言った。
「つまり、次は過去の料理を見せてくれるということか?」
「違うと思う」
「昔の料理も大事じゃぞ!」
「師匠、今は黙ってて!」
一行の前で、黒い扉がゆっくりと開き始めた。
その向こうには、金色に輝く巨大な祭壇が見えていた。
レオンは自分の手を握りしめる。
今度こそ、自分の一族の秘密に近づけるかもしれない。
だが、その先には、まだ誰も知らない恐ろしい真実が待っていた。
――そして、レオンの手の甲に残った黒い紋様が、静かに脈打った。




