第31話 金色のヒナ、まさかの大暴走!?
「わしのチャーハンがああああっ!!」
宿屋の食堂に、ゴウエンの絶叫が響き渡った。
原因は、テーブルの上。
つい先ほどまで山盛りだったチャーハンが、きれいさっぱり消えていたのだ。
「……じいさん、食べるの早すぎない?」
レオンが呆れた顔で言った。
「違うわい! わしはまだ一口も食べておらん!」
「えっ!?」
ヒカルが目を丸くする。
そのとき、小さな金色のヒナが、ふわふわと空中を漂ってきた。
口元には、米粒が一つ。
「……お前かああああっ!」
ゴウエンが指を突きつけた。
ヒナは首をかしげた。
そして――。
ぽんっ!
ゴウエンの頭の上に着地した。
「なぜわしの頭に乗る!?」
「気に入られたんじゃない?」
レオンが笑う。
「わしはエサではなあああい!」
ヒナはゴウエンの頭をつついた。
「痛っ! こら! わしの頭は卵ではない!」
「じいちゃん、頭が固いから卵と間違えたんじゃない?」
ヒカルの一言に、イグニスが吹き出した。
「ククッ……確かに、岩のような頭だな」
「竜! お前もあとで覚えておれ!」
ゴウエンが怒鳴る。
その間にも、ヒナは空中に浮かび、今度はレオンの肩へ移動した。
すると、ヒナの小さな角が金色に輝いた。
レオンの手の甲にある金色の印も、同じように光り始める。
「……またか」
レオンは眉をひそめた。
ヒナが翼を広げる。
その瞬間、食堂の窓がガタガタと揺れた。
テーブルの上のスプーンが浮き、椅子が数センチ宙に持ち上がる。
「うわっ! なんだこれ!?」
ヒカルが椅子を押さえた。
「まさか、こいつ……気を操っているのか?」
イグニスの表情が変わった。
「しかも、ただの魔力ではない。古い竜の気に似ている……」
「竜の気?」
レオンがヒナを見つめる。
「お前、いったい何者なんだ?」
ヒナは答える代わりに、レオンの頬をぺちぺちと翼で叩いた。
「質問に答える気はないらしいな」
「ピィ!」
ヒナは得意げに鳴いた。
その途端――。
ガタンッ!
食堂の扉が勢いよく開いた。
「大変だ! 町の広場で荷車が勝手に浮かんでいる!」
宿屋の主人が飛び込んできた。
「それから、魚屋の魚も空を飛んでいるぞ!」
「魚まで!?」
レオンはヒナを見た。
ヒナは、ぷいっと顔をそらした。
「……お前、何かやっただろ」
「ピィ?」
「とぼけるな!」
一行が広場へ駆けつけると、そこは大騒ぎだった。
荷車が宙に浮き、野菜が空を舞い、魚屋の魚がまるで空中遊泳をしている。
そして、魚を追いかける猫まで浮いていた。
「ニャアアアアッ!」
「猫まで巻き込むなあああ!」
レオンは叫んだ。
ヒナはレオンの肩で、楽しそうに翼をぱたぱたさせている。
「こいつ、力の加減が分かっていないんだ!」
「ならば、わしの特訓の出番じゃな!」
ゴウエンが胸を張った。
「よし、まずはわしがこいつを鍛えて――」
ヒナがゴウエンを見た。
次の瞬間。
ふわっ。
ゴウエンの体が宙に浮いた。
「ぬおおおおおっ!? わしまで浮いたああああっ!」
「じいさん、飛べるようになってよかったね!」
ヒカルが手を振る。
「よくないわああああっ! 下ろせ! わしは地に足をつけて生きる男じゃあああ!」
イグニスは腹を抱えて笑っていた。
「ハハハハッ! じいさん、空中でも食い意地が張っているな!」
「竜! 助けんかあああ!」
レオンはヒナを両手でそっと包み込んだ。
「いいか。力を使うのは悪いことじゃない。でも、周りを困らせたら駄目だ」
ヒナは、じっとレオンを見つめた。
レオンの手の甲の印が、淡く輝く。
ヒナの角も、ゆっくりと光を弱めた。
すると――。
荷車が地面に降り、野菜が籠に戻り、魚たちも次々と魚屋の桶へ落ちていった。
最後に、ゴウエンが。
ドスンッ!
「ぐえっ!」
地面に落ちた。
「じいさん、大丈夫?」
「……わしの腰が……わしの腰があああ……」
「七十八歳なんだから無理しないでよ」
「心は十七歳じゃあああ!」
「腰は七十八歳なんだね」
ヒカルの冷静な一言に、イグニスがまた笑い出した。
騒ぎが収まったあと、レオンはヒナを手のひらに乗せた。
「名前、そろそろ決めないとな」
「チャーハン!」
ゴウエンが即答した。
「却下」
「ギョーザ!」
「却下」
「フカヒレ!」
「却下だってば!」
「ならば、ピータン!」
「なんで全部料理なんだよ!」
レオンが頭を抱える。
ヒナはゴウエンの顔を見てから、レオンの肩へ飛び移った。
「ピィ!」
まるで、料理の名前は嫌だと言っているようだった。
「お前も嫌なんだな……」
レオンは苦笑した。
「まあ、焦らず考えよう。お前が何者なのかも、名前も、少しずつ分かればいい」
その言葉に、ヒナは小さな翼を広げた。
金色の角が、ほんの一瞬だけ強く輝く。
その光を見たイグニスが、静かにつぶやいた。
「……やはり、ただの鳥ではない」
「何か知っているのか?」
レオンが尋ねる。
「いや。だが、あの気配……遠い昔に失われた何かを思い出す」
イグニスの表情は真剣だった。
そのとき、町を見下ろす屋根の上。
黒い外套の人物が、こちらを見つめていた。
「金色の印に反応する幼き命……」
人物は、ゆっくりと口元を歪めた。
「やはり、卵は正しい主のもとへ孵ったか」
そして、黒い影の中へ姿を消した。
一方、何も知らないゴウエンは、レオンの袖を引っ張っていた。
「ところでレオン。騒ぎで腹が減ったぞ。夕飯はまだか?」
「さっきチャーハンを食べ損ねたからって、もう夕飯!?」
「当然じゃ! 空を飛ぶのは腹が減る!」
「じいさん、飛んだの数秒だけだろ!」
ヒカルが笑う。
イグニスはヒナを見つめながら、ぼそりと言った。
「……次に飯を浮かせたら、俺が先に食べる」
「ピィッ!」
ヒナは怒ったように翼を広げた。
こうして一行には、新たな仲間と、新たな謎が加わった。
そしてレオンは、まだ知らない。
この小さな金色の命が、自分の一族の秘密と深く結びついていることを――。




