第29話 幻の卵が孵化!?
「卵が……動いてる!?」
レオンは目を見開いた。
巣の中で、金色の卵が淡く光っている。
ピシッ。
小さな音が響いた。
卵の表面に、ひびが入った。
「おおおおっ! ついに食べ頃か!?」
ゴウエンが目を輝かせた。
「違うだろ! 今のは孵化の兆候だ!」
レオンが叫ぶ。
「何!? 孵化だと!?」
ゴウエンの顔から笑みが消えた。
「……つまり、中身が出てくるということか」
「そうだよ!」
「では、ゆで卵にはできんのか……」
「できるわけないだろ!」
イグニスが頭を抱えた。
「貴様は本当に食べることしか考えていないな!」
「失礼な! わしは食べることと修行と美女のことを考えておる!」
「三つとも今は忘れろ!」
そのとき、怪鳥が激しく羽ばたいた。
「ギャアアアアッ!!」
怪鳥の目は、先ほどよりも深い紫色に染まっていた。
「まずい……何かがおかしい!」
レオンは身構えた。
怪鳥は卵を守るように翼を広げている。
しかし、その動きはどこか不自然だった。
「ヒカル、何か見えるか?」
「うん……鳥さんの体に、黒い線が巻きついてる」
ヒカルが怪鳥を指差す。
「線が、ぎゅうって締めつけてるよ」
「黒い線……呪いか?」
イグニスの表情が険しくなった。
その言葉に、レオンの手の甲がわずかに熱を帯びる。
金色の印が淡く光った。
「やっぱり、誰かが怪鳥を操っているのか……!」
レオンは周囲を見回した。
だが、黒衣の人物の姿は見当たらない。
「イグニス! 怪鳥を傷つけずに止められるか!?」
「簡単に言うな! 暴れている相手を傷つけずに止めるなど……!」
「できるか、できないか!?」
「……やってみる!」
イグニスは人間の姿のまま、怪鳥の正面に立った。
「聞け、鳥よ! 我は竜だ! 卵を奪いに来たのではない!」
「ギャアアアッ!!」
怪鳥は返事の代わりに翼を振り下ろした。
「話が通じんではないか!」
「今のは自己紹介が短すぎたんじゃないか?」
レオンが叫ぶ。
「貴様は黙っていろ!」
その隙に、レオンは怪鳥の足元へ駆け込んだ。
攻撃をかわしながら、太極拳の動きで相手の力を受け流す。
怪鳥が大きくよろめいた。
「今だ、イグニス!」
イグニスが炎を放つ。
しかし炎は怪鳥に当たらず、足元の地面だけを円形に焼いた。
怪鳥は驚いて翼を広げる。
その瞬間、ヒカルが叫んだ。
「そこ! 黒い線が集まってる!」
怪鳥の胸元。
そこに、紫色の紋様が浮かんでいた。
「レオン、あの紋様だ!」
イグニスが叫ぶ。
レオンは一瞬で距離を詰め、手をかざした。
手の甲の金色の印が強く輝く。
「頼む……これ以上、この鳥を苦しめるな!」
金色の光が広がった。
怪鳥の胸元に絡みついていた黒い線が、一本、また一本とほどけていく。
「ギャ……?」
怪鳥の動きが止まった。
紫色だった目が、ゆっくりと本来の赤色へ戻る。
そして――。
怪鳥は、レオンの目の前で静かに頭を下げた。
「……分かってくれたのか?」
レオンがそっと手を伸ばす。
怪鳥は逃げなかった。
その大きな頭を、レオンの手に擦り寄せる。
「よかった……」
レオンが安堵した、その瞬間。
「では、卵を一個いただいても?」
ゴウエンが満面の笑みで尋ねた。
「まだ言うかああああっ!!」
レオンとイグニスの絶叫が山頂に響いた。
そのときだった。
ピシッ、ピシピシッ!
金色の卵に、さらに大きなひびが入った。
全員が息を呑む。
卵の殻が、ぱかりと割れた。
中から現れたのは――。
金色の羽毛に包まれた、小さな生き物だった。
丸い体。
小さな翼。
つぶらな瞳。
そして、頭には豆粒ほどの角が二本。
「……ピィ?」
小さな生き物が鳴いた。
沈黙。
レオンが瞬きをする。
イグニスが固まる。
ゴウエンが口を開けた。
「……何じゃ、これは」
「生まれたんだよ! 幻の卵から!」
レオンは興奮して叫んだ。
小さな生き物は、よちよちと歩き出す。
そして真っ先に向かった先は――。
ゴウエンの頭だった。
「おおっ!? わしに懐いたのか!?」
小さな生き物はゴウエンの頭に乗り、ちょこんと座った。
「見ろ! わしには動物を惹きつける魅力があるのじゃ!」
「いや、頭が巣に似ていたんじゃないか?」
レオンが真顔で言った。
「何じゃと!?」
「ピィ!」
小さな生き物が鳴いた。
次の瞬間、ゴウエンの髪の毛をつつき始めた。
「痛い痛い痛い! そこは食べ物ではないぞ!」
「じいさんの頭、ついに食材認定されたな!」
「笑っておらんで助けんかあああっ!」
イグニスは呆れながらも、小さな生き物をそっと手のひらに乗せた。
「……不思議な力を感じる」
その表情が、少しだけ真剣になる。
「この子は普通の魔物ではない。古い竜の気配に似たものを持っている」
「竜に似ているのか?」
レオンが尋ねた。
「断言はできん。だが、この卵がただの珍しい卵ではないことは確かだ」
ヒカルが小さな生き物に顔を近づける。
「ねえ、君のお名前は?」
「ピィ!」
「そっか。まだないんだね」
ヒカルは嬉しそうに笑った。
「レオン、この子も一緒に旅していい?」
「もちろんだ。こんな小さな子を放っておけないだろ」
「待て! わしにも名前をつけさせろ!」
ゴウエンが手を挙げた。
「よし、食べ物にちなんで……チャーハン!」
「却下!」
「では、ギョーザ!」
「もっと却下!」
「ならば、フカヒレ!」
「食べる気満々の名前をつけるな!」
小さな生き物は、ゴウエンの頭から飛び降りると、イグニスの肩にちょこんと乗った。
「ピィ!」
「……なぜ我なのだ?」
イグニスは困惑した。
小さな生き物は、イグニスの頬をぺろりと舐めた。
「お、おい! やめろ! 我は食べ物ではない!」
「じいさんの頭より、イグニスのほうがおいしそうなんじゃないか?」
「レオン! 貴様まで何を言う!」
笑い声が山頂に広がる。
だが、その少し離れた岩陰では、黒衣の人物が彼らを見つめていた。
「卵は孵化したか……」
黒衣の人物は、悔しそうに拳を握った。
「しかも、継承者の印に反応した。予定より早いな」
その手の黒い紋様が、じわりと広がる。
「だが、まだ終わりではない。竜も、子供も、そしてあの料理人も……いずれ必ず手に入れる」
黒衣の人物は闇の中へ消えていった。
その頃、レオンたちは山を下り始めていた。
「さて、帰りに町で食材を買っていくか」
レオンが言った。
「何を買うのじゃ?」
ゴウエンが期待に満ちた顔で尋ねる。
「アヒルの卵だ。せっかく中華料理を作るなら、鶏卵とは違う濃厚な味を試してみたい」
「アヒルの卵!」
ゴウエンの目が輝いた。
「何個買う!? 十個か!? 二十個か!?」
「料理に使う分だけだ!」
「では、わしの分は別会計じゃな!」
「食費を払ってから言え!」
イグニスは肩に乗った小さな生き物を見つめた。
「……お前の名も考えねばならんな」
「ピィ!」
小さな生き物は嬉しそうに鳴いた。
ヒカルが笑顔で言った。
「みんなで考えようよ!」
レオンは青空を見上げた。
幻の卵から生まれた、不思議な仲間。
金色の印に反応した卵。
そして、彼らを狙う謎の人物。
「……どうやら、ただの旅じゃ済まなくなってきたな」
その直後。
「レオン! アヒルの卵で茶碗蒸しも作れるか!?」
「中華料理の話をしてるんだよ!」
「では、卵炒めじゃ! 大盛りで頼むぞ!」
「まだ買ってもいないだろ!」
今日もまた、レオンの旅は騒がしく続くのだった。




