第27話 竜が食べたい幻の卵!
「レオン。ひとつ、頼みがある」
朝食の後、イグニスが珍しく真剣な顔で切り出した。
「なんだ? まさか、また尻尾の話か?」
「違う! いつまで引きずるのだ、あの話は!」
「だって、あんなに泣くとは思わなかったからな」
「もう忘れろ!」
イグニスは咳払いをすると、遠くにそびえる山を指さした。
「あの山の頂上に、昔食べた卵があるらしい」
「卵?」
「そうだ。外側は硬いが、中身は濃厚で、口に入れると力が湧いてくる。あれほど美味なものは、ほかに知らぬ」
レオンの料理人魂に火がついた。
「待て待て! そんな卵があるのか!? どんな鳥の卵だ? 味は? 大きさは?」
「それは……昔すぎて忘れた」
「肝心なところを忘れるな!」
「だが、味だけは覚えている!」
イグニスは胸を張った。
「ひと口食べれば、世界が変わるほどだ!」
その瞬間、ゴウエンが勢いよく立ち上がった。
「行くぞおおおおっ!」
「じいさん、話を聞いていたのか!?」
「当然じゃ! 幻の卵じゃぞ! しかも、力が湧くほど美味い!? わしも食べる!」
「いや、まだ取りに行くと決めたわけじゃ……」
「わしの分も確保じゃ! いや、二個! いや、三個じゃ!」
「急に欲張りすぎだろ!」
ゴウエンは地面に転がって駄々をこね始めた。
「卵が食べたい! 卵が食べたいんじゃあああっ!」
「七十八歳が地面で駄々こねるな!」
「わしの心は十七歳じゃ!」
「その設定、まだ生きてたのかよ!」
ヒカルまで目を輝かせた。
「ぼくも食べたい!」
「よし、決まりだな!」
ゴウエンがガバッと起き上がる。
「お前が決めるな!」
レオンはため息をついた。
「……まあ、料理人としては気になる。どんな卵なのか、この目で確かめたいしな」
イグニスが満足そうにうなずいた。
「では、出発しよう」
「待て。ひとつ確認だ。その山、どんな場所なんだ?」
イグニスは何でもないことのように答えた。
「魔物が多い。俺は呪いがなければ無敵だったから、屁でもなかったがな」
「……は?」
「山頂に近づくほど強い魔物が増えるらしい」
「それ、先に言ええええっ!」
ゴウエンは再び地面に座り込んだ。
「卵のためなら、わしは死んでもかまわん!」
「いや、死なれたら俺の飯を食う人間が減るから困る!」
「心配するところはそこか!?」
こうして一行は、幻の卵を求めて山へ向かうことになった。
山の入口。
「うわ……本当に魔物だらけだな」
レオンが周囲を見回した。
木々の間には巨大な足跡が残り、遠くから獣のような唸り声が響いている。
「気を抜くな。ここから先は危険だ」
イグニスが真剣な声で警告した。
その横でゴウエンは、鼻をひくひくさせていた。
「卵の匂いはせんかのう……」
「じいさん、今は敵の気配を探れ!」
「卵の気配なら探れるぞ!」
「そんな能力はいらん!」
ヒカルが突然、レオンの服を引っ張った。
「ねえ、レオン。あそこに大きな鳥がいるよ」
木の上に、赤い目をした巨大な魔物が止まっていた。
その視線は、明らかに一行を狙っている。
「……なるほど。山の魔物は、俺たちを歓迎してくれないらしいな」
レオンが包丁を構える。
「いや、待て。あれはただの鳥ではない」
イグニスが目を細めた。
「卵を守る番人かもしれぬ」
ゴウエンの顔が青ざめた。
「ま、まさか……あれが卵を産む親鳥ではあるまいな?」
「だったら何だ?」
「親鳥を怒らせたら、卵が食べられなくなるではないか!」
「自分の心配が最優先かよ!」
そのとき、巨大な鳥が翼を広げた。
突風が吹き荒れ、木々が大きく揺れる。
「全員、伏せろ!」
イグニスの声と同時に、巨大な羽が一行の頭上をかすめた。
レオンはヒカルを抱えて飛び退き、ゴウエンは地面に這いつくばった。
「ひいいっ! 卵のために死ぬのは嫌じゃあああっ!」
「さっき死んでもいいって言っただろ!」
「卵を食べる前に死ぬのは嫌なんじゃ!」
「面倒くさいじいさんだな!」
イグニスは巨大な鳥を見据えた。
「ここを通らねば、山頂には行けぬようだな」
「よし。なるべく卵を傷つけないように突破しよう」
レオンは深く息を吸い、足元の土を踏みしめた。
「ヒカル、俺から離れるなよ」
「うん!」
ゴウエンも立ち上がり、拳を構えた。
「仕方ない。卵のためじゃ。少し本気を出してやろう!」
「最初から本気を出せ!」
一行と巨大な鳥の戦いが始まった。
その頃――。
山頂へ続く道を見下ろす岩陰。
黒い外套をまとった人物が、じっと一行を観察していた。
「……あの竜が、再び山に現れたか」
その人物の視線が、レオンの手のひらへと移る。
一瞬、レオンの手に刻まれた金色の印が、服の下で淡く輝いた。
「やはり、あの印……」
黒い人物は口元を歪めた。
「卵を手に入れる前に、確かめておく必要があるな」
その影から、黒い霧がゆっくりと這い出す。
「継承者と竜……そして、あの子供。三人とも、ここに集まるとは好都合だ」
遠くで、ゴウエンの叫び声が響いた。
「レオン! 卵はまだかあああっ!」
「まだ山頂にも着いてねえよ!」
黒い人物は小さく笑った。
「せいぜい楽しむがいい……。その卵が、お前たちの運命を変えるとも知らずに」
風が吹き抜けた。
次の瞬間、岩陰には誰もいなかった。
そして一行は、まだ知らない。
彼らが探している幻の卵が、ただ美味しいだけの卵ではないということを――。




