第26話 フカヒレスープと竜の尻尾!? イグニス、涙の絶叫!
「今日の昼飯は、フカヒレスープだ!」
レオンが鍋を掲げると、ゴウエンの目が輝いた。
「ふ、フカヒレじゃと!? お前、料理人として本気を出してきたな!」
「いつも本気だよ! ただし、じいさんの食欲には毎回負けそうだけどな!」
「わははは! もっと褒めるがよい!」
「褒めてねえ!」
レオンは乾燥したフカヒレを戻し、鶏の旨味がたっぷり染み込んだスープを丁寧に仕上げていく。
生姜の香りが立ち上り、黄金色のスープが鍋の中でゆっくり揺れた。
「ふむ……この香り。胃袋が勝手に正座を始めたぞ」
ゴウエンが腹を押さえた。
「胃袋に正座させるな!」
「ゴウエン、お腹の中に人がいるの?」
ヒカルが不思議そうに尋ねた。
「おるぞ! 食いしん坊という名の小さなわしがな!」
「じいさん、ついに自分の腹の中に別人格を作ったのか……」
イグニスは呆れながらも、鍋をじっと見つめていた。
「レオン、そろそろ完成か?」
「あと少しだ。フカヒレの食感を生かしながら、スープに旨味をなじませる」
「つまり、あと少し待てば食えるのだな?」
「お前も食欲に支配されてるじゃねえか!」
やがて、フカヒレスープが完成した。
器に盛られた黄金色のスープには、フカヒレがたっぷり。仕上げの香りが食欲を刺激する。
「できたぞ!」
「いただきます!」
三人の声が見事に重なった。
ゴウエンはひと口飲むなり、目を見開いた。
「うおおおおっ! なんじゃ、この深い旨味は! 体の隅々まで染み渡る!」
「じいさん、感想が温泉に入ったおっさんなんだよ!」
「うるさい! これは魂が喜んでおるのじゃ!」
ヒカルもスープを飲んだ。
「おいしい! とろとろしてる!」
「フカヒレの食感を楽しむ料理だからな」
レオンが得意げに笑う。
イグニスもひと口飲み、静かに目を閉じた。
「……素晴らしい。これほどの料理を作れる人間がいるとは」
「おっ、今日は素直に褒めるじゃないか」
「当然だ。レオンは我が旅に欠かせない料理人だからな」
「へへっ、分かってるじゃねえか!」
レオンが照れた、そのときだった。
ヒカルがイグニスの後ろに回り、じっと尻尾を見つめた。
「ねえ、イグニス」
「何だ?」
「フカヒレって、サメのヒレなんだよね?」
「そうらしいな」
「じゃあ……」
ヒカルは無邪気な顔で、イグニスの尻尾を指さした。
「イグニスの尻尾も、おいしいのかな?」
――ピシッ。
空気が凍った。
レオンの箸が止まる。
ゴウエンの口が開いたまま固まる。
イグニスは、ゆっくりと自分の尻尾を振り返った。
「……ヒカル?」
「うん?」
「今、何と言った?」
「尻尾もスープにしたら、おいしいのかなって!」
「なぜそうなるのだあああああっ!!」
イグニスの悲痛な叫びが森を揺らした。
「だって、イグニスって竜でしょ? フカヒレがおいしいなら、竜の尻尾もおいしいのかなって!」
「私は食材ではないっ!!」
「でも、尻尾って大きいよね!」
「大きさの問題ではない!」
ゴウエンが、ふむ、と顎に手を当てた。
「竜の肉か……。珍味としては興味深いのう」
「ゴウエンッ!!」
「いやいや、わしは食べたいと言ったわけではないぞ? 味の研究としてじゃな」
「その目は完全に食べる気だろうが!」
レオンが慌てて止めに入る。
「おい、ヒカル! 冗談でも本人に向かって言うなよ!」
「冗談だよ?」
ヒカルはケラケラ笑った。
「イグニスの尻尾なんて食べないよ! イグニスは大事な仲間だもん!」
その言葉に、イグニスの表情が少し和らいだ。
「そ、そうか……。分かってくれたならよい」
ところが、ヒカルは続けた。
「でも、もし尻尾が抜け替わるなら、抜けたやつを少しだけ……」
「そんな子に育てた覚えはないいいいいっ!!」
イグニスが両手で顔を覆った。
「私は一体、どこで教育を間違えたのだ……!」
「お前、ヒカルの親じゃないだろ!」
レオンのツッコミが炸裂する。
「だが、私はヒカルを大切に思っている! まさか将来、私を食材として見るようになるとは……!」
「見てないよ! ちょっと味を想像しただけ!」
「それが一番怖いのだ!」
イグニスは涙目になって、ヒカルを見つめた。
「ヒカル……私の尻尾は食べ物ではないのだぞ?」
「うん!」
「本当に分かっているか?」
「うん! じゃあ、角は?」
「そこじゃないっ!!」
レオンはとうとう床にしゃがみ込んだ。
「やめろ……! 腹が痛い……!」
ゴウエンはスープを飲みながら、しみじみとうなずいた。
「よいことを学んだのう。竜にも食べられたくない部位がある」
「当たり前だろ!」
「では、レオン。もしわしのひげを煮込んだら、どんな味になる?」
「自分で試せえええっ!!」
「ひげスープ……。滋養がありそうじゃな」
「やめろ! 料理人に変な新メニューを考えさせるな!」
イグニスはまだ涙目だった。
「レオン……。私の尻尾は、本当においしそうに見えるのか?」
「いや、俺に聞くなよ!」
「料理人として、率直な意見を聞きたい」
「……見た目だけなら、肉はついてそうだな」
「レオンッ!?」
「冗談だ! 俺まで巻き込むな!」
ヒカルは笑いながら、イグニスの尻尾をそっと撫でた。
「ごめんね、イグニス。尻尾は食べないよ」
「……本当だな?」
「うん。代わりに、レオンの料理をいっぱい食べる!」
「それならよい……いや、なぜ私の尻尾とレオンの料理が交換条件なのだ?」
ゴウエンが器を差し出した。
「レオン、おかわり!」
「はいはい……」
「わしの分はフカヒレ増量じゃ!」
「じいさんは普通盛り!」
「なんじゃと!? 特訓の師匠に対する敬意はないのか!」
「飯を人質にする師匠に敬意なんかあるか!」
イグニスも器を差し出した。
「私もおかわりを頼む」
「お前は尻尾を守るためにも、しっかり食っとけ!」
「どういう理屈だ!」
ヒカルは最後のひと口を飲み干し、満面の笑みを浮かべた。
「レオン、明日は何を作るの?」
「そうだな……。明日は小籠包でも作るか」
「小籠包!?」
ゴウエンの目が輝く。
「肉汁たっぷりのあれか!?」
「じいさん、食いつきが早すぎる!」
イグニスもほっとしたようにうなずいた。
「よかった。明日は私の尻尾が料理名に入っていない」
「竜の尻尾スープもおいしそうなのにね!」
「ヒカルうううううっ!!」
森に再び、竜の悲鳴が響き渡った。
こうしてイグニスは、フカヒレスープのおいしさと引き換えに、仲間から尻尾を狙われる恐怖を知ったのだった。




