第22話 美女に釣られて登場!
「おおおおっ! なんという絶世の美女!」
街道に響き渡る、じいさんの叫び声。
レオンたちが振り返ると、白い長髭を生やした老人が、イグニスの人間形態を見て目を輝かせていた。
「すらりとしたお姿! 美しい顔! その冷たい眼差し! たまらんのう!」
「……誰が美女だ」
イグニスのこめかみに青筋が浮かぶ。
「おや? 男なのか?」
「見れば分かるだろう!」
「いやいや、最近は美しい男もおるからのう! ぜひともお近づきに……」
「近寄るな、変態じじい!」
イグニスが一喝した。
老人はレオンの後ろに隠れた。
「おお、怖い怖い! 美しい者ほど気が強いというのは本当じゃな!」
「じいさん、今のうちに逃げた方がいいぞ」
レオンが忠告する。
「何を言う! わしはまだまだ現役じゃ!」
「何の現役だよ!」
ヒカルが首をかしげた。
「おじいちゃん、変な人?」
「うむ。間違いなく変な人だな」
イグニスが即答した。
「おぬしら、年寄りを敬う気持ちはないのか!」
「敬われるようなことをしてから言え!」
レオンのツッコミが街道に響いた。
老人は、ふとレオンの荷物に目を留めた。
「……む? おぬし、料理人か?」
「そうだけど?」
「何か食べ物を持っておらんか?」
「急にどうした?」
「いやあ、美女を追いかけていたら腹が減ってのう!」
「追いかけるのをやめればいいだろ!」
老人は腹を押さえ、悲壮な顔を作った。
「もう三日も、まともな飯を食べておらん……」
「三日!?」
ヒカルが驚く。
「そうじゃ。昨日は焼き芋を二本食べただけ……」
「食べてるじゃないか!」
「しかも一本は落としてしまってのう……」
「知らんがな!」
レオンはため息をついた。
「仕方ないな。ちょっと待ってろ」
手早く火を起こし、持っていた食材で炒め物を作り始める。
ジュウウウッ!
香ばしい匂いが漂った瞬間、老人の目がカッと開いた。
「こ、この香り……!」
老人は鼻をひくひくさせ、鍋に吸い寄せられるように近づいた。
「なんという香辛料の使い方! 火加減も絶妙! おぬし、何者じゃ!?」
「料理人だって言ってるだろ」
「ただの料理人が、こんな香りを出せるものか!」
老人は一口食べた。
そして――。
「う、うまあああああいっ!」
あまりの感動に、地面に膝をついた。
「生きていてよかった……! わしは今日、この料理に出会うために生まれてきたのじゃ!」
「大げさだなあ」
「おかわり!」
「感動はどこへ行った!?」
老人は器を差し出した。
「ところで、レオンといったか。おぬし、薬食同源を知っておるな?」
レオンの手が止まった。
「……どうして分かった?」
老人の目から、一瞬だけふざけた色が消えた。
「料理の組み立て方じゃ。薬草の扱い、食材の組み合わせ、香辛料の使い方……ただ味を追い求めているだけではない」
レオンは老人をじっと見つめた。
「じいさん、何者なんだ?」
「ふふふ。名乗るほどの者ではないわい」
老人は髭を撫で、胸を張った。
「わしの名はゴウエン! 天下に名を知られた……」
「知られてないだろ」
「最後まで言わせんか!」
そのときだった。
森の奥から、獣の咆哮が響いた。
ガアアアアッ!
木々をなぎ倒しながら、巨大な魔物が街道へ飛び出してくる。
「魔物だ!」
ヒカルがレオンの服をつかんだ。
イグニスが前に出ようとした、その瞬間。
「ひいいいいっ! 年寄りを守れえええ!」
ゴウエンはレオンの背中にしがみついた。
「さっきまで天下の大物みたいなことを言ってなかったか!?」
「わしは知恵担当じゃ! 戦闘は若者に任せる!」
「都合のいいときだけ年寄りになるな!」
魔物がレオンに向かって突進してきた。
その瞬間、ゴウエンの目つきが変わった。
「……ふむ。少し、騒がしいのう」
ゴウエンはレオンの背中からすっと離れた。
そして、魔物の懐に一歩踏み込む。
トン。
指先が、魔物の額に触れた。
次の瞬間――。
ドゴオオオオッ!
巨体が宙を舞い、街道の向こうへ吹っ飛んでいった。
沈黙。
レオンは口を開けたまま固まった。
「……え?」
イグニスでさえ、わずかに目を細めた。
「今のは……何をした?」
ゴウエンは何事もなかったように、髭を撫でた。
「年寄りの知恵じゃよ」
「絶対に知恵だけじゃないだろ!」
レオンが叫ぶ。
ゴウエンはニヤリと笑った。
「ほほほ。まあ、わしも昔はいろいろあってのう」
「いろいろって何だよ!」
「秘密じゃ」
「一番気になる言い方をするな!」
一件落着すると、ゴウエンは再びレオンの鍋をのぞき込んだ。
「ところで、夕飯はまだかの?」
「さっき食べただろ!」
「育ち盛りじゃからな!」
「七十八歳だろ!」
「心は十七歳じゃ!」
「体は七十八歳だ!」
ヒカルが楽しそうに笑った。
「ゴウエンおじいちゃん、おもしろい!」
「おお、分かってくれるか、ヒカルよ!」
ゴウエンは感激してヒカルの頭をなでようとした。
しかし、イグニスがすかさず手を払いのける。
「勝手に触るな」
「なんじゃ、保護者気取りか?」
「そうだが?」
イグニスの返事は即答だった。
ゴウエンはニヤニヤと笑った。
「ほほう……これは面白い旅になりそうじゃな」
そして、レオンに向き直る。
「決めたぞ! わしもおぬしたちの旅に同行する!」
「はあ!?」
「料理はうまい、若者は面白い、美女……いや、美男子もおる!」
「最後の理由が最悪だ!」
「それに、おぬしの一族のことも少々知っておるぞ?」
レオンの表情が変わった。
「……今、何て言った?」
ゴウエンは意味ありげに笑った。
「その話は、飯を食べながらゆっくりしてやろう」
「やっぱり飯が目的じゃないか!」
「もちろんじゃ!」
こうして、スケベで図々しく、妙に腕の立つ老人ゴウエンが仲間に加わった。
レオンの一族の秘密を知るという、この怪しすぎる老人。
果たして、旅は平穏に進むのだろうか。
――いや、進むわけがなかった。
「レオン! 明日の朝飯は何じゃ?」
「もう寝ろおおおおっ!




