第21話 うちの一族
「……レオン。お前は一体、何者なのだ?」
イグニスの問いに、レオンは薬草を刻む手を止めた。
「何者って、料理人だけど?」
「それだけではないだろう! あの黒い影を素手で受け流し、呪いの鎖にまで干渉したではないか!」
「いやあ、あれは俺もびっくりした」
「自分でやっておいて、びっくりするな!」
ヒカルもレオンの顔をじっと見つめた。
「レオン、すごい人?」
「うーん……うちの一族が、ちょっと変わってただけかな」
レオンは苦笑した。
「俺の家は代々、普通の料理人の家系じゃなかったんだ」
「ほう?」
「針を使って病気を治したり、薬草を調合したり。人の気配や気の流れを感じたり、時には未来の兆しを読んだり、風水で土地や建物の気の流れを整えたり……まあ、いろいろやってた」
イグニスが目を見開いた。
「待て。病気を治す? 未来を読む? 土地の運気まで変えるのか?」
「全部を自由自在にできるわけじゃないよ。得意不得意もあるし、予知だって必ず当たるわけじゃない」
「それでも十分おかしい!」
「失礼だな。うちでは普通だったんだぞ」
「お前の普通を世界の普通にするな!」
レオンは、幼い頃を思い出して遠い目をした。
「特に祖父と祖母は厳しかった……」
幼いレオンは、祖父の前で正座していた。
「レオン。目を閉じろ。周囲の気配を感じるのじゃ」
「はい、おじいちゃん!」
「右から何が来る?」
「……風?」
「違う。わしの拳じゃ!」
ゴツン!
「痛あああっ!」
「気配を読めと言ったじゃろう!」
一方、祖母の修行も容赦がなかった。
「レオン、針を持ちなさい」
「はい、おばあちゃん!」
「まずは人体のツボを覚えるのよ。間違えれば大変なことになるからね」
「はいっ!」
「それから薬草の名前、効能、毒性、調合方法。ついでに風水、占い、気功、太極拳もね」
「ついでの量じゃないよね!?」
「口答えする暇があるなら、次の課題をやりなさい」
「はいぃぃっ!」
さらに祖父は、山へ連れ出しては気配を読む訓練。
祖母は、薬草を採らせては見分け方の試験。
少しでも間違えれば、最初からやり直し。
レオンの幼少期は、修行と勉強の連続だった。
「うちの一族では、できて当たり前って扱いだったんだよなあ……」
「それは子どもには厳しすぎるだろう」
イグニスが珍しく同情した。
「だよね! 俺もそう思う!」
「では、なぜそんなに明るいのだ?」
「おいしいご飯があったから!」
「そこなのか!?」
レオンは、鍋の中をかき混ぜた。
「もちろん、祖父母から教わったことは今でも感謝してるよ。人の体のことも、薬草のことも、気の流れも。全部、料理に役立ってるからね」
「だが、お前は一族の技を極めようとは思わなかったのか?」
イグニスの質問に、レオンは少しだけ真剣な顔になった。
「興味がなかったわけじゃない。でも、俺が一番惹かれたのは薬食同源だったんだ」
「薬食同源……?」
「食べ物と薬は、根っこでつながってるって考え方だよ。体調や体質に合わせて食材を選んで、食事で体を支える。病気を治すことだけが、人を助ける方法じゃないだろ?」
レオンは、刻んだ薬草を鍋に入れた。
「疲れた人が温かい料理を食べて元気になる。食欲がなかった人が、ひと口食べて笑ってくれる。そういうのが、俺は好きなんだ」
ヒカルが鍋をのぞき込む。
「おいしいの?」
「もちろん!」
「じゃあ、ぼくも元気になる?」
「うん。ちゃんと食べて、よく寝て、元気に大きくなろうな」
「食べる!」
「よし、いい返事だ!」
イグニスも鍋をのぞき込んだ。
「……それで、その料理はいつ完成する?」
「お前は感動の話より食事か!」
「腹が減っては感動もできん!」
「竜のくせに、ずいぶん人間くさいな!」
やがて、薬草と鶏肉を煮込んだ温かなスープが完成した。
レオンは器によそい、イグニスとヒカルに渡した。
ひと口飲んだイグニスは、目を閉じた。
「……体の奥まで、温かさが広がる」
「薬草の香りを生かして、味は優しく仕上げたんだ。無理に何かを押しつけるんじゃなくて、体が受け入れやすい料理にする。それが俺のやり方」
ヒカルも、両手で器を持って飲んだ。
「おいしい!」
「だろ?」
レオンは満足そうに笑った。
その瞬間だった。
イグニスが、ふいにレオンの手を見た。
先ほど呪いの鎖に触れた場所。
そこには、かすかな金色の紋様が浮かんでいた。
「レオン。その印……」
「ん? ああ、これか。昔から、力を強く使ったときに出ることがあったんだ。祖父母も詳しくは教えてくれなかったけど」
イグニスの表情が変わった。
「まさか……あの一族の力が、まだ受け継がれていたとは……」
「え? 何か知ってるのか?」
「いや……確信はない」
イグニスは言葉を濁した。
ヒカルが、レオンの手にそっと触れる。
すると金色の紋様が、一瞬だけ強く輝いた。
遠く離れた場所。
暗闇の中で、古い書物を開いていた何者かが顔を上げた。
「……やはり、継承者は目覚め始めたか」
その指先が、書物に描かれた同じ紋様をなぞる。
「だが、あの力はまだ完全ではない」
不気味な笑い声が、闇に溶けていった。
一方、そんなことなど知る由もないレオンは、鍋の底を確認していた。
「よし、スープのおかわりはあるぞ!」
「いただこう!」
「イグニス、三杯目だぞ!」
「竜に量を気にするな!」
「いや、食費は気にしろ!」
――レオンの一族に隠された秘密。
それは、彼が思っている以上に、この世界の運命と深く結びついているのかもしれない。




